魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第58話 奪い育む紅、託される黒

 赤い霧で覆われていたかのような、不吉な血色の景色が晴れていく。

 だが鮮明になった視界の中を占めるのは、またも赤い色だった。

 伸ばされた右腕の、手の甲と手首を覆う黒い袖口から伸びた繊手が、脈動する赤黒い何かを掴んでいた。

 皮を剥ぎ取って剥き出した筋肉を、火傷と裂傷で覆ったような凄惨な肉体。

 佐倉杏子の模倣体の肉体の首を、その繊手は掴んでいた。

 細い指先は肉の内側に沈み込み、赤黒い肉の内側からは薄黄色の体液がスープのように漏れた。

 

 苦痛に痙攣する肉体へと、吸い付くように視界が迫る。視界と肉がほぼゼロ距離になった場所は、模倣体の下腹部だった。

 接触の瞬間耳を覆いたくなるような生々しい音が、ぶちぶちと肉を噛み千切って抉り出す音が鳴り響いた。

 鮮血を伴って引き摺り出されたのは桃色の袋、子宮であった。

 

 外見は死体の如き凄惨さの極みでありながら、内臓には健常な瑞々しい生命の輝きを放っていた。

 腹の肉ごと抉り出されたそれが、硬く柔らかな音と共に噛み砕かれた。複数の砂肝を一気に噛み砕いたかのような音だった。

 小さな歯形を刻まれて真っ二つにされた子宮の中から、赤色の光が漏れた。

 光を発しているのは、血と粘液で照り光った赤い六角形の宝石だった。それ自体が生命であるかのように煌々と輝くそれにも、子宮を噛み砕いた歯が立てられた。

 意外なほどにあっけない音を立てて、赤い宝石は砕け散った。砕けた宝石は拡散する光となり、その視界を覆い尽くした。

 

 その赤い光は直ぐに消えた。次に映ったのは、両手で首を締められている模倣体だった。

 形だけでみればオリジナルとよく似た頭部の隣には、赤い地面が見えた。押し倒されているらしい。

 前と同じく視界が接近、着弾したのは模倣体の左側頭部。林檎の皮のように易々と頭蓋骨が割られ、灰色の脳味噌が齧り取られる。

 壊れた脳の奥から光が漏れた。青黒く丸い宝石が放つ光だった。

 次に視界を染めたのは、赤い宝石同様に噛み砕かれた青黒い宝石が断末魔のように放った同色の光だった。

 

 それからもまた複数の映像が映った。薄い胸を喰い破り、鼓動を続けるままに両手の繊手によって解体された心臓の中からは緑色の光を放つ菱形の宝石が。

 喉笛の奥からは二等辺三角形と八角形を組み合わせたような水色の宝石が、蛇のようにとぐろを巻いた腸が絡み合う腹腔の内奥からは眩い光そのものといった八角形が。

 

 この時視界の中の映像は一つではなく、細かな複数の視界が連なる無数の悪夢となっていた。

 模倣体とはいえ少女の形をしたものを解体し、その奥から宝石を採取するという光景が、一度に百以上も展開されていた。

 無論模倣体からの抵抗はあった。だがこの貪欲な捕食者はそれらを逆に打ちのめし、手足を切り飛ばして無力化したのちに肉と宝石を喰らっていった。

 異形の人体を切り裂くのに用いられるのは、十字架を模した真紅の槍穂。

 

 無慈悲な断罪を執行する刑吏のように真紅の長槍が暴れ狂い、無数の模倣体を蹴散らしていく。

 宙にばら撒かれた肉片に手を伸ばし、内臓に育まれているかのように人体の奥で輝く宝石を掠め取る。

 ジェノサイドに等しい光景が広がる中、一か所のみが異なる場面を映していた。

 超高速で振るわれる槍の乱舞に、赤黒い斧が暴風と化して喰らい付いていく光景だった。

 赤黒い斧は不吉な黒鳥を思わせる黒髪の、片目を眼帯で覆った魔法少女から放たれていた。

 光景自体は無音だったが、それを見るものの脳裏にはその少女が挙げる狂気の叫びが鳴り響いていた。

 

 黒い魔法少女、呉キリカの美しくも邪悪な笑顔が他の殺戮・捕食風景をアップで押し退けて全面に映った瞬間、その光景はプツリと消えた。

 まるでテレビのスイッチを消したかのように。そしてこれは比喩ではなく事実だった。

 無数の殺戮を映すテレビの右下にあるスイッチを、黒い鋼で覆われた手から伸びた人差し指が貫くように押していた。

 古めかしく分厚いテレビの両サイドに、その大きさには見合わぬ細い指が添えられている。

 

 スイッチを押すためにやや屈めていた体勢から、この光景を自分に見せた存在へと顔を向けた時、それは自分で彼の元へと寄っていた。

 役目は終わりだと言わんばかりに、横へ向けて投擲されたテレビは遥か彼方へと放られていた。

 どれほどの力によるものか、まだ自由落下にも移らず飛翔を続けている。

 

 その剛力を以てして、彼の腰に両腕が廻されていた。

 薄紫色のレースを通した細腕であったが、宿った力は猛牛を絞め殺す大蛇のそれだった。

 逃げ場を失くすように腕が絡み、彼の胸へと柔らかく熱い肌が押し付けられる。彼が視線を下に送ると、燃えるような赤髪とそれを束ねる大きな黒いリボンが見えた。

 リボンと髪は左右に激しく動き、まるで鰐か鮫が獲物を喰い千切るさまの様だった。

 しかしながら彼へと送られる行為は捕食ではなく至って平和な行為、熱と自らの匂いを与えるかのような頬擦りだった。

 ポニーテールの紅い長髪が獣の尾のように揺れる様子は、巨大な猫が飼い主にすり寄っているかのようにも見えた。

 或いは、炎が何かを焼き尽くそうとしているようにも。

 

「……」

 

 彼は無言で待った。なんだこの状況と言いたげな表情を、美少女じみた貌に薄っすらと浮かべている。

 そのまま五秒、十秒と待ったが、マーキングじみた身の摺り寄せは終わる気配がない。

 ひょっとして終わらせる気が無く、時が果てるまで続けるつもりなのかもしれなかった。

 仕方ないと彼は行動を起こすことにした。そう思うに至った時にちくりと何かが精神に触れたのは、真摯な行為に対する叛逆に思えたためだろう。

 

「ああ、俺もお前さんにまた会えて嬉しいよ」

 

 彼は素直にそう言った。言葉を飾り立てるほどの発想も無く、その言葉は彼が思ったままの言葉だった。

 声を掛けられ、赤髪の少女は顔を見上げた。そこにあったのは太陽のような輝く笑顔。

 それでいて紅の瞳が嵌められた目尻には、滾々と熱い涙が溜められていた。

 姿かたちはそのものであり、されど彼が知らない表情をした姿。鏡の結界が産み出した、佐倉杏子のコピーだった。

 言葉を理解し、コピーの笑顔が緩やかに蕩けた。童女の眩い笑顔の面影はそのままに、ほのかな妖艶さが孕まれる。

 

 どういった原因なのか、コピーの杏子達は色沙汰に身を焦がす性質を持っている。

 嘗ては姉妹とでも言うべき複数体で彼に群がり、全身の傷を舐め廻していた。

 更に彼女らは、ただでさえ薄い着衣の下に下着を着用しておらず、肉の花芯や熱い樹液に濡れた花弁、胸の突起を彼の体に摺り寄せたりと媚態を振り撒いていた。

 オリジナルがやるとは全く思えない事柄に彼は激怒し、怒りのままに複数体を抹殺した。

 

 だが何を思ったのか、コピー達はある者は彼を庇って命を落とした。

 残った個体も血路を開くために自ら命を投げ捨て赤い灼熱の花と化して舞い、美しくも無惨に散って行った。

 今ここにいるコピーの外見は少なくとも見えている範囲では傷が無く、巨大な異形の残骸に胸から下半身を下敷きにされていた個体に違いなかった。

 それ以外の個体はそもそも肉体を完全に喪失するか、他ならぬ彼の手によって肉体を惨たらしく破壊されている。

 

「       」

 

 コピーが口を開き、ぱくぱくと口を動かした。口内の造形もオリジナルそのままだった。

 杏子は噛み付きも攻撃方法として取ってくることから、彼は彼女の口内を割と見慣れていた。

 ここ最近では暴走した杏子に襲われて肉を喰われたので、見る機会に恵まれ過ぎているが。

 それは兎も角と、その様子に彼は怪訝な表情となった。

 コピー達の発言と思考は人間の理解を拒む狂気と愛に満ちていたが、それでも言葉は難なく発せる筈だった。

 

「喋れねえのか」

 

 そう尋ねた彼の口調は心配の響きを帯びていた。

 彼は彼女らと真っ向から死闘を繰り広げた相手だが、だからこそ彼なりにこのコピー達には思う事があるのだろう。

 コピーは少し迷ったような表情を見せ、襟を開いた。そこにあったものに、彼は表情は変えず喉奥で唸った。

 

「キリカか」

 

 コピーの喉は無残な有様となっていた。喉の中央でバツの字を描いた斬線はぎざぎざとした傷となってコピーの喉を抉っていた。

 針同士が向き合うようになったヤスリの如き傷は、赤い糸で強引に結ばれていた。

 その糸とは彼女の長髪を何本か束ねたものであった。

 

 コピーの様子に怒りは覚えるが、同時に悲痛さと虚しさが打ち消していく。彼もまたコピー達に無惨な死を与えた為だ。

 他に動かせる場所が無かったとはいえ、コピーの一体は彼に口元を喰い千切られ、またある個体は上半身を圧搾されて破裂した腹から臓物を溢れさせた。

 戦いの最中であるとはいえ、そんな自分にキリカを責める権利など無い。

 

 コピーは更に襟を開き、刻まれた傷を見せようとした。

 胸の宝石のあたりまで開こうとした時、彼女の両手首を冷たい鋼の手が卵を手に取る様に柔らかく握り、その動きを止めた。

 傷は喉だけで済まず、右の胸を緩やかに抉って更に下降していた。麻衣の例を鑑みるに、恐らく傷は下腹部まで続いているのだろう。

 

 無言で自分の動きを止めた彼にコピーは困惑したような表情を浮かべたが、すぐに優しい顔になり、緩い拘束から両手を抜いた。

 そして自由になった両手で、今度は彼の右手首を掴んだ。そしてその手をゆっくりと下方に向けて下げていった。

 どうしたのかと彼が視線で手を追うと、彼の刃の眼差しは痙攣するかのような引き攣りを見せた。

 

 内に内臓を秘め、やせ型ながらに緩く膨らんだボディラインに更なる膨らみが見えた。

 それは肥満による風船のような膨張ではなく、人体の構造に沿ったごく自然な変化に思えた。

 膨張の中心はコピーの下腹部であり、膨らみにより短いスカートや衣装が窮屈そうに押し上げられていた。

 ピンク色のスカートで覆われた秘所の奥にある臓器が何であるかは考えるまでも無く、膨らみの中心であるそこで何かが育まれている。

 臨月とはいかないが、コピーの体は少なくとも半年以上は腹に生命を宿した女のそれと似た体型となっていた。

 その様子に彼が怪訝な視線を送っているのは、見た限りで十三、四歳程度の少女が妊婦となっている姿に複雑な思いを抱いている為だろう。

 

 割と常識人な思考をしている彼の思惑は兎も角、その膨らみへとコピーは彼の手を誘っていた。腹に生命を宿した女が、そこに触れることを許す存在は多く無い。

 例えばその生命の…。

 否応なく想像させられた彼の思考を砕くように、指先が熱に触れた。

 優しい形の膨らみの、彼女の臍の真上のあたりに温もりを廃した鋼の手が触れていた。

 

 触れたと思った瞬間、手はスカートと胴体を繋ぐ黒いアンダーの中にとぷんと沈み込んだ。

 出血は無くただ内側へと指先が入り、そのまま手首までずるりと埋没する。

 他者に与える感触は鉄ながら、主へと伝える感覚は素肌と変わらない義手が捉えたのは熱い体温と蕩けるような泥濘の感触だった。

 

「おい」

 

 自分への危機感ではなく、声の矛先はコピーに向いていた。

 腹の中へと彼の手を導いたコピーの顔は仰け反り、無残な傷を彼に晒している。

 細い身体と腰が震え、立っているだけで精一杯に見えた。コピーは明らかに苦痛を訴え…ていなかった。

 

 仰け反った顔の口端は蕩け、法悦の緩みを以て開いた口からは涎が垂れていた。背中を伝う、ビクビクという魚が跳ねるような震えは性的な絶頂のそれだった。

 しかし苦痛では無いと分かり、彼も一応の安心感を覚えた。

 感覚が麻痺と言うよりも認識がおかしいが、彼の存在自体が非常識な上に彼が身を置く世界自体も異常に満ちているので仕方ないのかもしれない。

 

 滑らかな熱い泥と、蛭に吸い付かれるような女体の内で、冷たい指先が何かに触れる。

 それは腹の肉や他の内臓を押し退けて膨張した子宮であり、子を護る為の頑丈な外側も容易く抜けて、彼の手が生命の揺り篭へと導かれた。

 神聖なそこに侵入することには、流石に彼も思うところがあるが努めて表情に出さぬように努力する。

 

 その様子が苦痛を堪えているものと取ったのか、快感にわなないていたコピーは顔を前に戻し、彼の頬に開いた傷へと舌を這わせた。

 ざらついた熱い舌の一舐めは並みの男どころか、性を意識する前の幼子だろうと快感に浸らせる刺激が伴われていたが彼に効果は無かった。

 相も変わらず彼はこの年代の少女に性的関心は抱かなかった。ゆえに寧ろ苦悩をさらに募らせる結果となった。

 そしてそれを表出しないように努めることが、コピーの更なる不安を煽った。

 コピーは優しくも貪るように彼の傷を柔らかな舌で舐め廻し、舌が捉える血の味や肉の感触に対しても快感を覚えて身を震わせる。

 すぼめた唇が傷をしゃぶるように食み、正常な肉と共に愛撫する。

 その刺激はよほど精神が強い者でも性差を問わずに理性が蕩けさせるほどで、そうなったら即座に彼女を押し倒し欲情のままに幼い女体を貪っただろう。

 それはコピーの望みでもあり、彼を癒したいという気持ちに加えこの愛撫に励む理由でもあった。

 

 しかし対するナガレはと言えばやはり子供へは性的関心は皆無であり、ゆえに刺激自体も理性の壁で虚しく跳ねて返されていた。

 その一方で、女体の中に導かれた右手に奇妙な感触を覚えていた。人差し指の先を、何かが掴んでいる。

 それは小さな手であり、ともすれば赤ん坊のそれにも思えた。そしてそれは一つではなく、複数だった。

 感触を認知するが早いか、全ての指の先端と手の甲に掌、膨らんだ子宮の中に入っている右手の全ての個所で無数の手に触れられる感覚があった。

 

 彼の手に触れる無数の小さな手は、彼と言う存在を知ろうと励んでいるかのように思えた。

 振り払おうと思えば簡単に跳ね除けられるそれらを放置したのは、その動きに子供じみた無垢なものを感じたというのもあるだろう。

 そしてそもそも、この行為にも意味があるとして彼はそれに従うと決めていた。戦いなら兎も角として、この形をした存在への認識を改めたいという思いもある。

  

 夥しい数の手に触れられながら、彼の手は更に奥へと沈んだ。肘の辺りまでを、コピーは子宮に宿した。

 

「うゥ……」

 

 切り裂かれた喉を震わせ、コピーが呻く。そこに快感は無く、苦痛に満ちていた。

 同時に胎内の熱が増した。熱湯から炎へ、そして溶鉱炉もかくやと言ったものへ。

 無数の手も形が蕩け、それでいて名残を惜しむ様に彼の手を撫で廻して消えていく。

 焼け爛れる痛みはそのままに、彼の手は魔法少女の複製の中にあり続けた。身を焼く痛みなどに逃げる訳も無く、彼はそのままであり続ける。

 

 対してその苦痛の発生源であるコピーは、胎内を焼かれ溶かされる地獄の苦痛に身を苛まれていた。

 苦痛に身を折りかけたコピーの身体を、ナガレは残った左手を彼女の腰に添えて支えた。

 その瞬間、コピーは眼を見開いて叫んだ。

 破壊された声帯が奏でたのは、獣のような咆哮だった。元の可憐さなど欠片も残っていない、無残な声だった。

 

 その意識がコピーを苛み、眼から涙を滂沱と溢れさせる。濡れた眼は救いを求めるように、愛しさの対象を見つめた。

 黒い瞳が真っすぐこちらを見ていた。瞬きもせずに、視線も全く逸らさない。

 瞳の中にあるのは、銀河か地獄を思わせる闇の坩堝。

 全てを虚無へと導くような渦巻く瞳に、コピーは自らの懊悩が飲み込まれていくような感覚を覚えた。

 それが契機となったか、腹の熱は頂点に達した。そして今までの発熱が嘘のように、急速に冷えていった。

 両手で彼の肘を握りつつ、コピーはゆっくりと胎内から彼を引き抜いていく。

 

 行動としては全く真逆だが、彼の肘を握る様はまるで引き抜きではなく、彼の手に縋り付いて胎内に留めようとしているようにも見えた。

 されど無情ささえも帯びて、彼の手は彼女の内から取り除かれた。入るときと同じく、皮膚からは一滴の血も破壊も無く。

 最後まで彼はコピーに自らの手を預けていた。それが彼女の姉妹たちに無惨な死を与えた事への贖罪なのかは、彼にしか分からない。

 

 彼を解放したコピーは荒い息を吐きながら、膝を折り曲げ四肢を地面に着けていた。

 屈膝の邪魔となっていないことから、膨張していた腹は元の平坦さを取り戻したらしい。

 四足獣然とした姿で獣じみた呼吸を続ける様子は、紅く美しい獣に見えた。

 

「確かに受け取ったぜ。ありがとよ」

 

 自らも屈み、ナガレはコピーへと言った。次の瞬間、その身に彼女が覆い被さった。

 獣のように荒々しく、慈母のように優しく彼の後頭部に腕を巻く。

 そして貪るように彼の顔に唇を這わせ、薄い胸を彼の胸板へと押し付ける。まるで自らの全てを捧げるように。

 赤と黒の影が一つに交わったと見えたその瞬間、世界は紅の色に染まった。全ての存在が彼らのように一つとなり、そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界に色を取り戻した彼が最初に見たのは、黒い異形の竜を体内から放っている朱音麻衣の後ろ姿であった。

 彼女は相変わらずにトランス状態を維持し、愛し子と呼ばれた竜達は巨大な異形へと喰らい付いている。

 呉キリカもまた絶叫と狂気の叫びを挙げ、針と触手を乱舞させている。

 彼の感覚では、意識の喪失から復帰までには、長くても数秒程度しか経っていない。

 しかしながら周囲を見渡すまでも無く、この世界が産み出した佐倉杏子のコピーの気配と姿が消えていた。

 紅い幻影にでも逢ったかのように、彼女の姿は何処にもなかった。

 

 されど、彼女は確かに彼の傍にいた。魔法少女の複製が胎内で育み、身の内へと彼の手を導いて托したもの。

 彼女の体内で触れた血と粘液に濡れた手が、それを握っていた。それは虹色に輝く光の結晶だった。

 赤に青に紫に緑色、そして光そのものの輝き。

 それらを束ねたような光沢を放つ、戯画的な星のような形をした結晶体が彼の手に握られていた。

 大きさは彼が武器として扱う手斧程であり、産み出された場所を例えの参照とするならば、新生児ほどの大きさがあった。

 虹色の宝石の中央が輝き、彼の肘を虹色に照らす。

 

 光に触れた血と粘液が宝石へと吸い込まれ、宝石に朱と濡れたような光沢を足した。

 そして血を吸った宝石は、命を得たかのように形を変えた。

 星形の形が中央に向けて折り畳まれていき、それまでとはまるで異なる形を形成していく。

 一秒と掛からず、宝石の形は丸みを帯び大きさも掌に乗る程度の大きさへと変じた。

 

 彼の右掌に鎮座するのは、杏にも桃にも似た形をした、サイズで言えばさくらんぼ程度の大きさをした虹色の塊だった。

 躊躇も無く、彼はそれを口内へ放り噛み砕いた。

 蓄えられた六つの色の魔力が弾け、それを彼が背負った魔女が受け取り力に変えていく。

 それはこれまでの戦闘で蓄えていた力を支配者のように束ね、覚醒させるに足りていた。

 与えられた力が身を苛む苦痛は進化の声であるかのように、コピーから託された力が彼の内を毒のように駆け巡る。


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