魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第56話 虚構を喰う者

「はは、ハハハ!」

 

 自らの感情の現身の全身から凶悪な形状の触手を展開させながら、呉キリカは嗤う。

 可憐な唇は鮮血に染まり、秀麗な顔にはその美に挑むかのように複数の凄惨な切り傷が走っていた。

 ドッペル自体もマネキン然とした形状と質感の表面に幾つものヒビが入り、そこからは粘ついた血色の体液が滲んでいた。

 無数に展開された触手たちもよく見れば、伸びた長さが不揃いであったり、凶悪な造詣ながら整然と生え揃った細かい斧の列に乱れが生じていた。

 それらが束ねられ、一塊の巨大な触手となって飛翔する。その切っ先には巨大な異形が佇んでいる。

 

 マガイモノの右腕は肩から欠損し、左脚も根元から失われている。

 それ以外にも全身を切り刻まれ、黒い粘液が赤黒い全身を染めている。

 縦横に無数の傷が入った巨体の頭部へと、束ねられた触手は赤黒い巨大なドリルと化して飛んでいく。

 

 だがこれまでに幾度も巨体を抉り手足を砕いてきた一撃は、飛翔の半ばで受け止められていた。

 回転を強引に抑え込むのは、切断された右肩から新たに生成された巨大な腕と五指を備えた手であった。

 

「私の速さと刃の鋭さに追い付いてきたか」

 

 そう呟いたキリカの前で、拘束されたドリルが握り潰されて砕け散った。

 ドリルを握っている手と腕は黒く、それは傷口から溢れた得体の知れない黒い粘液から発生していた。

 手と腕の形状はそれまでよりも更に人間に似た形となり、その形を覆う装甲も整然とした滑らかさを獲得していた。

 

「成長?いや、よくあるゲーム的には進化って事なのかな」

 

 実際こういうのは変態っていうハズなのにおかしいよね、とキリカが誰へともなく呟いたときにその全身に砕けたドリルの破片が突き刺さった。

 

「速度低下も効いてるのか効いてないのか…いやはや全く」

 

 ドッペルに磔となって埋め込まれているキリカの下腹部に右腕、そして触手に覆われた左腿に破片と化してもなお牙の様な凶悪さを色濃く残した破片が喰い込む。

 血を吐き出しつつ、キリカは生じた傷から新たな触手を産み出した。

 だがそれはこれまで同様に敵を刻む為には伸ばされず、キリカとドッペルの周囲を繭のように包み込んだ。

 それをマガイモノの黒い拳が撃ち抜いた。正拳ではなく、地面に向けて振り下ろすような一撃だった。

 キリカを覆う触手の繭が砕け散り、彼女はドッペル諸共地面へと墜落した。半球の様な陥没痕が生じ、その周囲にも夥しい数の亀裂が入った。

 

「がふっ…」

 

 口からは衝撃で破裂というよりも爆裂した胃袋の破片が胃液や血諸共噴き出し、その中には歯茎と共に砕けた歯も混じっていた。

 彼女のアイデンティティを示すかのように右目を覆っていた眼帯も帯が肉ごと抉られて外れ、その奥にある黄水晶の眼は弾けた血色の玉となっていた。

 

「一体…何時まで…続くんだ…この、虚構相手の茶番は…」

 

 現状を呪うように、キリカは血塗れの顔を動かして言葉を紡ぐ。

 キリカのみならず、背後に背負ったドッペルも全身隈なくヒビを入れられていた。

 触手の防御をしてもなおこの惨状を鑑みれば、素の状態で受けていたのなら今頃微塵と化していたに違いない。 

 

「底の見えない耐久力に、素早さ…クソ高い打点と言い、面倒くさいに過ぎるだろ…ソシャゲのレイドボスなら絶対に避難轟々だ…」

 

 自分の知識と趣味を組み合わせた皮肉を言いながら、キリカはドッペルを跳ね上げさせた。その直後、陥没痕を巨大な柱が貫いた。

 腕同様に新たに生み出された、黒い足が陥没痕を更に深々と抉っていた。

 

「全く…虚構と現実が交わるとロクな事が無い」

 

 最近観た映画の事柄をそれっぽく加えつつ、傷だらけのキリカが治癒魔法を発動させた。

 強力な治癒により、ドッペルと自身の傷を強引に塞ぐ。魔法によっても塞ぎ切らない傷は、小さな針で肉を貫いて縫い留める。

 キリカとその感情の現身は、針による縫合を全身に施した凄惨な姿と化していた。

 

「流石にもう持たないぞ。友人とあのヤンデレ発情女は何をやってるんだ?漸くヤッてるのか?赤飯なら炊かないぞ。私あれ嫌いだから」

 

 マガイモノから繰り出される十字槍の雨と拳を全力でいなし、回避しながらキリカは言った。

 

「次元を切り裂いてワープ的に移動できるんなら、ヤる事ヤったらさっさと来いってんだよ全く」

 

 愚痴を言う最中、キリカはあるものに気が付いた。

 額から垂れた血を受け止め、朱の膜を帯びた黄水晶の眼が赤く染まった世界の一点に吸い寄せられた。

 それとほぼ同時に、嵐のように撒かれていた災禍も止んでいた。キリカはマガイモノから距離を取り、改めてそこに視線を送った。

 割れた鏡かガラスの様な無機質なマガイモノの眼も、キリカと同じ場所を見ていた。

 

「何だ、あれは」

 

 彼女の言葉の矛先は、眼が見たものではなく魂の感覚が捉えたものだった。

 それは彼女が気付いたというよりも、そこにあるものに吸い寄せられたような感覚だった。

 恐らくそれはマガイモノも同じだろう。

 

 悪意も無く殺意も無く、ただそこに何かがあるという感覚だった。

 あるいは逆に、そこにぽっかりと空白が空いたような空虚な気配。

 

 これに似た気配をキリカと異形を纏う魔法少女は知っている。だがその黒髪の少年ともまた違う気配だった。

 何がどう違うのかは分からなかったが、似てはいても別のものだと分かるような。

 共通しているのは、この世のものと思っていいのか、これまで生きてきた中で感じた事のない存在であるという確信だった。

 そこに感覚を集中し、キリカは漸く正体が察せた。

 

「朱音麻衣、か?」

 

 それでいて、疑問符を付けざるを得ない気分であった。

 

「奴の魔力を感じない事も無いが…これは」

 

 言いつつキリカが言葉に詰まる。

 魔女や使い魔とも、そしてあすなろ市の悪意の種子や神浜市に巣食う怪異とも異なる、感じた事のない気配にキリカは言い淀んでいた。

 

「不吉過ぎる」

 

 総評としてキリカはそう述べた。言い終えた時、身体を這うように連ねた針たちが互いに身をぶつけ、かたかたと鳴っている事に気付いた。

 針自体は微動だにしていない為、動いているのは彼女の肉だった。

 まさかとキリカは思った。

 

「怯えているだと?」

 

 淡々とした声で尚且つ思考も、狂気を宿していながらに彼女にとっての正気であり明瞭だったが、肉体は間違いなく震えていた。

 微細な震えはそのままに、キリカは目を凝らした。

 視界の先、赤く染まった大地の様な異形の地面の上に立つ、虚空の気配の主が立っていた。

 

 眼を閉じて両手を左右に自然に垂らしながら、朱音麻衣が立っていた。

 胸と下腹部を繋ぐ傷はそのままに、生地の裂け目では乾いた血が赤黒い色合いを見せて固まっていた。

 キリカとマガイモノの視線に晒される中、麻衣の胸の傷が上に向けて奔った。

 秀麗な顔の中心を縦断し、鼻と額を断ち割って頭頂にまで傷が達した。

 

 そして眼を閉じたままに、麻衣の身体が左右でそれぞれ前後にずれた。

 長さにして約五センチほどであったが、麻衣の身体は上半身が二つに裂けていた。

 生じた肉の切れ目には、そこにある筈の肉や内臓の断面は無く、磨かれた鏡面の様な滑らかさを見せて闇色に輝いていた。

 

 その闇の奥で、更に黒く濃い闇が浮かんでいた。闇の形は完全な球体であり、大きさは彼女の拳と同じくらいであった。

 拳大の大きさの闇の球は、彼女の豊かな胸の断面の奥に鎮座していた。

 麻衣に生じた闇の断面には奥行というものが感じられず、まるで彼女の内に新たな空間が広がっているかのようだった。

 キリカはそれを魔女結界に近いと感じた。そして或いは

 

 

「宇宙?」

 

 

 で、あるとも。呟いたキリカの傍らを巨大質量が通り過ぎた。

 それは巨大な複数の十字槍だった。

 佐倉杏子が使用するそれの十数倍に巨大化したそれらは、マガイモノが発動した鎖状の結界から召喚されていた。

 その数は二十本に達し、多節を生じさせながら飛翔していた。

 

 それはさながら、複数の蛇が獲物へと喰らいかかるかのようだった。

 十字架を描いた頭部は次々と麻衣の周囲へと突き刺さり、赤い地面に突き立っていく。

 その巨大質量も相俟って、それは肉どころか彼女の立つ空間自体を喰らう巨大な獣の咢にも見えた。 

 その様子にキリカは違和感を覚えた。

 

 槍は確かに地面へと向かっていた。だがその途中で、槍は垂直への落下に移っていた。

 切っ先を地面に向けての意思による貫きではなく、重力によって惹かれたが故の刃を垂直に立てての墜落だった。

 よく見れば、槍の各部は切断されていた。その様子に更に疑問が渦巻いた。

 

 麻衣の魔法や得意技である斬撃が為した、とすればそれまでだが破壊の範囲が広すぎる。

 槍は槍穂の根元で断たれたものもあれば、長大な柄の半ばもあった。

 更には一本の槍の中で断たれた部分が十か所以上に昇るものも見えた。

 異常な状況に、キリカはおろかマガイモノさえも動かない。

 朱音麻衣の異常に対し、様子見として槍を放った点も含め、この異形には確かに戦い上手な杏子の思考が感じられた。

 

 マガイモノの異形の眼は地面に向いていた。彼女は赤い地面の上に、異様な存在を見つけていた。

 落下して散らばった槍の断片を縫うように、黒い影が蠢いていた。

 違う。影が触れた部分の槍が切断され、影の通り道となっていた。槍を切り刻む様に影は這い廻っていた。

 そしてこれは切断ではあったが、あくまでそれは結果としてのものだった。

 

「喰って、いるのか」

 

 キリカが呟いた通り、影が触れた部分は切断ではなく消失していた。正確には、影の先端が触れた部分が。

 影の切っ先は刃のように鋭く、それでいて切っ先から少し手前の輪郭は無数の棘が密集する異様な形となっていた。

 言うまでも無く、この影を地面に落とす存在は無く、宙にはただ虚空が舞っている。

 

 更に異常な場面を彼女は見た。

 他の槍を足場として傾斜していた槍の、その地面に落ちた影を喰らった時にその槍もまた同じ部分が切断されたのである。

 

「…何だ、あれ」

 

 魔法とすればそれで終わりだが、そこに魔力は感じられなかった。

 影の為す行為は、この世の理を捻じ曲げて異界の法則に従わせているかのような異様さだった。

 

 積もっていた堆積物を喰らい、地面には開けた空間が出来ていた。それにより、キリカは影の数とその出処を知った。

 影は槍に匹敵する巨大さであり細長い形状は槍を連想させたが、曲がりくねって縦横に好きなままに動く様は蛇の動きを思わせた。

 その数は三本も、いや、三匹もいた。

 

 そして忌まわしきそれらの影の根元は、上半身を二つに裂いた麻衣の影から伸びていた。

 キリカ達が見つめる中、三匹の影の蛇は麻衣の元へと戻っていった。

 麻衣の影に対し、三匹の蛇のシルエットは比較対象にするのも馬鹿らしいほどに巨大であったが、全く以て自然に蛇たちは麻衣の影へと同化していた。

 

「もういいのか」

 

 ここに際し、顔を二つに割られた朱音麻衣は始めて口を開いた。

 呉キリカが聞く機会も皆無であったとは言え、聞いたことのない優しく穏やかな声だった。

 

「ならば、往くといい」

 

 その口調にキリカは思わず顔を歪めた。

 慈悲に溢れているとしか言いようのない声に、不気味さと生理的嫌悪感を、そして放たれるであろうものに危機感を覚えたのである。

 呉キリカの感情など露知らず、麻衣は眼を見開いた。

 開かれた眼は真っ赤に染まっていた。白目は無く、彼女の血色の瞳の色が眼全体に広がっている。

 

「往け、愛しい者達よ」

 

 妖しい深紅に輝く眼を見開いた麻衣が厳かな口調で告げた時、麻衣の身体から闇が弾けた。

 噴き上がったそれはその果てにて形を成した。

 

 鋭く細長い口先、弓のように緩い弧を描いた上下の顎。その顎を覆い尽くすかのように生え揃った鋭い牙。

 胴体へと流れるように生えた四本の角は、まるで王者の冠を思わせる荘厳ささえ漂っていた。

 表面にびっしりと棘を生成した、棘皮動物のような刺々しい胴体と爬虫類を連想させる鱗の連なり。

 それらは漆黒色に輝き、麻衣の身体より発生していた。

 身体の何処も彼処もが鋭く尖った異形の姿、全身が凶器のような漆黒の竜だった。

 

 麻衣の左右の胸から。両胸の断面にわだかまる闇の奥の、更に黒い闇の球体からそれぞれ二匹が。

 そして下腹部に達する凄惨な傷口から最後の一匹が。

 そこも同じく闇に満ち、そしてそれの尾とでも云うべき末端部分がどこに繋がっているかは容易に想像が出来た。

 朱音麻衣の肉体の女性を象徴する部分から、これら漆黒のものたちが生えていた。

 

 手足は無く、蛇か帯のような身をくねらせながら鎌首を上げ、竜達が彼方の存在を見据える。

 眼に相当する部分には、身に纏う黒色に埋もれてはいたが、昆虫の眼のような丸い突起が幾つも生えていた。

 その先には、巨大な赤黒いヒトガタの存在が立っていた。

 目線の高さはそれぞれ等しく、されど竜達の胴体は更に長く、太さは別として縦の長さではマガイモノさえ圧倒していた。

 

 そして三匹の黒い竜達は一斉に口を開いた。

 発せられたのは異様な叫びだった。

 稲妻のような爆音と、摩擦音の様な金切り声。そして古めかしい通信音を思わせる電子的な音。

 それらが絡み合い、生物どころかこの世の存在とは思えない異界の咆哮となって放たれていた。

 

「…あれは…奴のドッペル、なのか?」

 

 キリカが思わず問うたが、答えなどは無論無い。答えを求めるように、異形の竜を放った者へと、朱音麻衣へとキリカは視線を送った。

 完全に深紅に染まった麻衣の眼からは表情は伺えない。

 だが微笑みを浮かべた口元や頬の形からして、彼女は自らの臓器や肉の奥と繋がる竜を愛おしく見ているかのようだった。

 そしてその姿は縦に腹にと傷跡が刻まれ、今にも三つに分かれてしまいそうな凄惨さを放っている。 

 その三分割されかけたような状態でこれら異形を呼び出した様に、キリカは

 

「まるで供物みたいだな」

 

 と言い放った。

 

「どうとでも言え。私はそれならそれでいい」

 

 声は麻衣へと届いたらしく、麻衣は思念で返した。その思念からもキリカは異様な気配を感じた。

 思念を通して何かに見られている、心を覗かれているといった気分がしたのだった。

 そしてそれは恐らく間違いないだろうと彼女は結論付けた。

 麻衣の思念の奥に、竜達が放った咆哮の一端である、「カラカラカラ…カラカラカラ」という電子音に似た何かが聞こえたからだった。

 

「行け!」

 

 キリカの不愉快さなど意にも介さず、麻衣は右手を振った。

 銃殺刑を執り行う指揮官のような、冷徹さを思わせる動作だった。

 麻衣と繋がっている者達は、それに一斉に従った。

 

 長大な胴体が大きく揺れたと思った直後、数百メートルはあった距離が一気に縮み、三匹の巨大な顔はマガイモノへと噛み付いていた。

 鋭い牙が装甲を貫き、その巨体を引き裂かんとして長大な胴体が激しくうねる。

 装甲が千切られ、マガイモノの体内から黒い粘液が溢れ出し、牙で覆われた口からは苦痛の叫びが迸る。

 

 

 

「ま、いいか。なんだ、その…あれだ。ささいだ」

 

 その光景を眺めながら、キリカはそう言った。

 疑問は無くも無いが、これは奇跡とか新たな力とか、そういうヒロイック的なやつに見せかけたおぞましい何かだろうとキリカは納得した。

 今やるべきことは一つであり、朱音麻衣が発現させた力の出処などどうでもいい。

 

 

「死ねぇぇええええ佐倉杏子ぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

 再びドッペルを駆り、触手を展開させながらキリカは叫んだ。

 奇しくもこの言葉を、同じタイミングで朱音麻衣も更に激しく憎悪に狂った口調で叫んでいた。

 異形の巨体同士が絡み合い、狂乱の魔法少女が針と獰悪な触手を放つ。

 絶叫と咆哮が狂気の嗤い声と混じり合い、ここに新たな地獄が産まれていく。

 


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