魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第55話 紫の少女、虚空を孕み宿して招いたものは

 切り裂かれた腹に解剖刀のように挿し込まれた刃の先が、桃色の肉の袋を貫いていた。

 そして少女の胎内で、虚空の力が発動される。それは生命を宿し育む器官を彼女の内から消し飛ばし、少女の内に虚空を描いた。

 当然のように、刃に貫かれた部分自体が消えた事で子宮を刺し貫いていた痛みも消失した。

 子宮の中で蠢いていた熱く粘ついた性欲による疼きも消え、冷えた鉄の様な冷気が麻衣の腹の中を満たした。

 

「これが私の絶望か」

 

 自らの未来、願いと欲望の象徴である器官の喪失に、麻衣の心は身を包む虚無感を感じていた。

 

「ああ…良かった」

 

 殴り蹴られて打ちのめされ、強引に組み敷かれて手足を縛られる。

 そして好きでもない大勢の男たちに群がられて全ての穴を強姦されて。

 ありとあらゆる憎悪と侮蔑の滾った悪罵を受け、更に生きたまま腹を切り裂かれてじっくりと解体されるかのように、存在自体を蹂躙されるような。

 

「ちゃんと、足りたようだな」

 

 心という輪郭が、虚空から伸びた無数の手に掴まれて引き千切られていくような。

 

「満足だ」

 

 凄惨な自傷行為によって傷付いた心の隙間を、子宮の喪失による虚無感が埋めていく。

 その中で麻衣は微笑んでいた。美しい花に微笑むように。

 

 宝石に加工された己の魂から湧き上がる闇に包まれる寸前、麻衣は闇の奥にある闇よりも黒い眼を見た。 

 地獄の様な渦巻く眼に見詰められながら、麻衣の心は事切れるように闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 再び眼を開けた時、麻衣は自分が無明の闇の中にいる事を知った。

 天も地も無く、爪先は浮遊感を捉えている。胸と腹にかけて開いた傷はそのままに、されど痛みは感じなかった。

 それどころか、自分の鼓動さえも感じなかった。自分という存在が確立されているのかも分からない、曖昧な世界。

 虚無。

 

 孤独感が強く湧き立ち、今にも周囲の闇に圧し潰されそうな重圧をひしひしと肌に感じる。

 そして裂けた腹の奥で、自らが消し去った子宮の場所に存在する虚空を彼女は感じていた。

 

 皮肉なことに、それが彼女の今の自己を確立させている大きな要因であり、麻衣自身もそれに気付いていた。

 中身に空白の出来た下腹部に眼をやり、手で触れて少し力を込めると、内側へと指と肉が沈み込む感触がした。

 見事なまでの消失に、行使した魔法の名前の虚空を斬破するとはよく云ったものだと麻衣は思った。

 

 そして彼女は前を見据えた。手を伸ばせば届く距離に、それは何時の間にかそこにいた。

 

 武者に似た精悍さを持ち、それでいて可憐な要素も多分に含まれた衣装を纏った紫髪の少女が立っていた。

 自分と全く同じ衣装でありながら、一切の傷が無く清潔な姿をした自分の姿であった。

 その顔は白い仮面に覆われていた。空虚な丸い目に、緩い半月を描いた口。

 どこか道化を思わせる風貌であり、呉キリカも顔に嵌めていたそれに麻衣はふんと鼻を鳴らした。

 

「貴様が私の心か」

 

 道化を見出した事も含め、憤然とした様子で麻衣は言った。

 仮面姿の自分は何も言わなかった。麻衣の方もそれは承知であり、元から答えなど求めていない。

 何よりも今必要なのは、新たな力であった。

 

「勿体ぶるのはよせ。私にはやるべき奴がいる」

 

 感情の赴くままに麻衣は仮面の麻衣へと突き付けるように言った。やる、の『や』とは『殺』の文字が当て嵌まる。

 彼女にとって佐倉杏子とは救出すべく対象ではなく、葬り去るべき標的だった。

 憎悪に燃える血色の瞳に応ずるように、仮面の麻衣は右手を伸ばした。麻衣も同じく、鏡合わせのように同じ動作を行った。

 

 穴の開いたグローブを嵌めた手が、互いを求めるように近付いてく。

 片方は無垢のままであり、片方は血と体液に塗れていた。

 それらが触れる寸前、仮面の麻衣は動きを止めた。

 

 不審に思った麻衣の眼の前で更に異変は続いた。こちらに伸ばされていた仮面の麻衣の右手が、不意に消失したのであった。

 曲げられた肘の辺りで消えたその断面は、周囲と同じ闇色をしていた。

 更に次の瞬間には右足が消えた。同時に先に消えた右手も残っていた肘が、その根元である右肩諸共に消えた。

 そして左足に左腕も消えていった。

 消失した肉体の断面に闇を纏わりつかせた、達磨状の麻衣の肉体が本来の麻衣の前に浮いていた。

 

 仮面を被った麻衣の表情は、当然ながら全く分からない。身じろぎ一つせず、自らに降り掛かる現象をただ受けている。

 それを見る麻衣自身もこの光景自体が初体験のものであり、何が正しく何が異常なのかが分からない。

 その時ふと、麻衣は仮面の麻衣の背後で何かを感じた。広がる闇の中、何かを見たような気がした。

 

 よく目を凝らすと、闇の中で更に濃く輝く部分が見えた。そう思った時、仮面の麻衣の姿が消えた。

 白い仮面を嵌めた頭部から、首が、胸が、そして腹と腰が消えていった。

 消えた後、その消えゆく過程の後に何かが残っていることが分かった。

 それは長く、長く連なる何かであった。そして更に二つ、麻衣の前に存在するそれの左右から生じた。

 

 来たと言った方が正しいのかもしれなかった。最初に左右の身体が削られ、最後に胴体を消したと見れば数が合う。

 その三つの何かは麻衣の近くへと忍び寄っていた。

 闇に慣れてきた麻衣の眼には、それが彼女の周囲をゆっくりと旋回していることが分かった。

 明瞭な形は不鮮明であったが、それらは巨大な蛇に思えた。

 しかしそう思ったのは一瞬だった。それを彼女は改め、蛇ではなく別の物として捉えた。

 

か」

 

 短くぽつりと、それでいて感慨深く親し気に呟いた。

 そして。

 

「そうか」

 

 次の瞬間に麻衣は悟った。

 

「そうだったのか」

 

 この存在がどこに繋がっているのかを。

 

 理解したとき、麻衣は口を開いた。小さく開いた隙間からは、白く健康的な歯の列が覗いた。

 口の端は頬の半ばまで達していた。

 先程の仮面のような酷薄さと、生物の温かみを持ったその形は狂気を孕んだ慈母のような笑みだった。

 

「愛しき我が子らよ」

 

 微笑みながら、麻衣は再び手を伸ばした。

 闇の中で蠢く何かが、一斉に動きを止めた。

 彼女に従うかのように。

 

「御帰りなさい」

 

 微笑みながら麻衣は告げた。それに従うかのように、彼女が竜と認識したそれらは麻衣の元へと向かって行った。

 そして切り裂かれた腹と胸へと一斉に潜り込んでいった。それが更にどこへ向かうのかを、彼女は分かっていた。

 絶望を孕むべく、自らの意思で魔法で消した子宮があった場所へと、そこに開かれた虚空へと三匹の竜が入っていく。

 

 それを彼女は帰ると表した。巨大としか思えないそれらが完全に彼女の中へと入り込む寸前、最後に彼女の腹の前で闇が跳ねた。

 最後に残ったのは三匹の竜の尾であり、それは彼女の下腹部に臍の緒のように繋がっていた。

 つまりこれらは、彼女の内から生じていたものだった。

 

 腹の中に満ちる虚空を感じながら、彼女は腹を優しく撫でた。そこに傷は無く、清らかな肌を柔らかくも強靭な布地の衣装が覆っていた。

 微笑みながら腹を撫でつつ、麻衣は言葉を口ずさんでいた。

 

 『竜』『戦士』『命』という言葉が連ねられたそれの音程には、古の都に流れる音の流れの様な和の趣が感じられた。

 呉キリカが何気なく呟いていたフレーズが麻衣の耳に残り、そして時折思い出していたそれらの単語を連ねた即興の唄だった。

 優しく穏やかな口調で奏でられるそれは、子守歌にも聴こえた。

 

 そして魔法少女が奏でる唄によって為されたかのように、周囲の闇は切り裂かれていった。

 


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