魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第54話 紫の少女、孕み宿すは冷たい虚空

「悍ましい光景だ」

 

 血色の眼に映る光景に、朱音麻衣は観たままの感想を漏らした。

 暴れ狂う巨大な異形を相手に、呉キリカが発現させた感情の現身が主の絶叫と共に異形の触手を浴びせ続けている。

 装甲や肉襞が赤黒い霧となって宙に迸り、迎撃として放たれた十字の槍穂が触手を砕き砕かれ、無数の破片が乱舞する。

 血の池地獄と針の山地獄、その二つを混ぜ合わせたような地獄の光景が展開されていた。

 

「京は先に帰しておいて正解だった。こんな地獄絵図、あの子には耐えられない」

 

 片翼を身に巻き、地面に座りながら彼女は呟いた。生真面目な性格のためか、選んだ座り方は正座であった。

 折り曲げられた膝の上に、桃色の管が乗っていた。鮮やかな桃色の粘膜が赤い血で濡れ、どこか淫靡なきらめきを放っていた。

 それは、下腹部から胸までを切り裂かれた麻衣の腹から垂れた小腸だった。

 白いスカートを朱に滲ませながら、麻衣はその内臓をまるで眠る猫のように膝上に置いていた。

 地獄を映す血色の眼が彷徨うように動き、腸の表面を走る毛細血管を見た。

 濡れた粘膜の奥の細い管の中、その更に内側で走る血の流れが見えた。

 

「…ふむ」

 

 その様子に何を思ったか、麻衣は感慨深く呟いた。

 腸が垂れている肉の淵。彼女の身体を大きく抉る傷の断面は、無数の粒が浮いたような荒いささくれが連なっていた。

 麻衣の肉は鋭利な刃物で切られたのではなく、細かい刃で強引に抉り削られていた。

 ちりちりとした微細な痛みが傷口にびっしりと張り付く。

 それは例えるなら無数の蟻かダニに群がられて一斉に牙を立てられ、肉を齧られ更に肉の奥へと穿孔されていく感触だった。

 

「私は生きているか」

 

 気が狂わんばかりの痛さと痒みさえも無いかのような、涼し気な麻衣の声だった。

 その彼女の元へ、複数の物体が飛来した。砕かれた十字の槍と、千切れた触手の破片であった。

 それらは最後の力を振り絞り、傷付いた魔法少女を黄泉路への道連れと選んだかの如く、破壊されてもなお研ぎ澄まされた牙を麻衣へと向けていた。

 接触の寸前、麻衣へと迫り来る牙の群れの前に黒い魔風が立ち塞がった。

 風は幅広の刃を、両刃の斧を伴っていた。

 

 風が吹き荒れた後、斬撃により微塵よりもさらに細かく切り刻まれた魔の破片達は無害な塵と化していた。

 それは自らに破壊も与えた者の元へと向かい、その背へと吸い込まれていった。

 正確には、その者が背負った黒翼の根元に開いた魔の眼へと。

 

「あいつ、見境無しか」

 

「何時もの事だ。気にするな」

 

 互いに自然現象に対する感想を述べるかのような、ナガレと麻衣であった。

 飛来する破片をナガレは斬り払い、更にはそれを掻い潜り迫る模倣達とも斬り結ぶ。

 巨大な破片ごと模倣の頭頂から股間までを両刃斧で切り下げ、破片を蹴り飛ばし即席の砲弾として扱い、模倣体の頭部を吹き飛ばす。

 破壊されたものは彼が背負った魔女へと漏れなく体液を啜られ、破片は魔力として吸収されていく。

 

「腹の傷はまだ塞がらねえか」

 

 魔女の力を借り、思念の声でナガレは訊いた。

 

「傷口にあの女の魔力がわだかまっているな。そのせいで治癒魔法が阻害されている」

 

 同じく思念にて麻衣も返した。彼が振った裏拳が模倣体の頭部を砕いた瞬間でもあった。

 

「まるで毒みてぇだな」

 

「ああ。この卑しさ、実にあの女らしい」

 

 迫り来る全ての脅威を斬り伏せて蹴散らすナガレの姿を見つつ、麻衣は「よし」と呟いた。

 彼とは幾らでも会話をしていたいが、そうもいかないなと折り合いを着けた。

 正直なところ佐倉杏子に対して申し訳ない気持ちはあっても、思い入れがある訳ではない。

 

 そもそも麻衣は杏子と会話をしたことが無く、彼女の過去についても道化から聞かされてはいたがあくまで情報としてのものだった。

 それについて気の毒だとは思うものの、それ以上の詮索を彼女はしなかった。何処までが真実か分からず、また知ったとしても何も言えないし何もできない。

 全てはもう既に終わった事柄である為に。故に思い入れは少なく、彼女の為に命を賭ける価値はといえば無いと言えばそれまでだった。

 踏みとどまっているのは強者と戦いたいという欲望と、この事態を招いた事への責任感。

 血色の瞳の前で、異形相手に死闘を繰り広げる少年の為であった。

 

 ああ、と彼女は今日十何度目かの陶酔の声を漏らした。

 傷付きながらも異形達を蹴散らす少年の雄々しさ。殺戮の最中で激しく燃え上がる闘志の激しい輝き。

 それらを纏った少年。その姿の美しさと憧憬、身を焦がすように狂おしい程の愛おしさ。

 それによって腹の奥がドロドロと蠢き、溶鉄のように熱く疼く。

 生命の揺り篭が発する熱は、いつか子供を宿し育み産み育てたいという欲望と、懊悩と化して彼女を熱く苛む。

 そしていつの日にか、話して聞かせたいという願いも浮かぶ。

 

 眼の前の苦難を一笑に付し、何者が相手でも敢然と立ち向かうものの存在を。

 話の中での例えや表現は変えつつも、この存在を伝えたいと。

 そう思い描く中で腕に抱いた我が子の姿と、その傍らに立つ者の姿を一瞬想い描いたところで麻衣は傍らに置いていた刀を鞘から抜いた。

 

 魔力により産み出された刃は、白銀の清潔な光を宿し美しい輝きを放っていた。

 掲げた刃の鏡面の如く磨き抜かれた刀身には、それを掲げる主の姿も映っていた。

 胸から下腹部までを縦に切り裂かれ、赤黒い傷を晒し零れた内臓を膝に置いた凄惨な姿。

 傷の傍ら。腹と胸の間の辺りに、切られかけた紐に結ばれた丸い宝石が辛うじてぶら下がっている。

 普段は青紫の美しい輝きを放つそれは、今は漆黒よりも更に黒い闇そのものの色を孕んでいた。

 

 それを見ながら、麻衣は呉キリカの言葉を思い出していた。

 

『ドッペルは誰でも使える訳じゃない。ある程度の力量と相応の感情が必要だよ』

 

 異形の姿を纏いマガイモノと戦う彼の元へと向かう際、呉キリカはそう言っていた。

 

『果たして色情にうつつを抜かす君如きに、そこまでの絶望が背負えるのかね』

 

 嘲りでもなく疑問でもなくキリカはそう言った。無関心さの顕れであり、凡その事例に虚無感を抱く彼女らしい言い方だった。

 

「ならば私は、それに挑もう」

 

 決意の口調で麻衣は言った。その声は彼の元へも届いた。

 巨大化した片翼が長大な刃となって旋回し、無数の模倣体を駆逐した直後の事だった。

 ほんの少しだけの間、戦場に生じた時間の隙間を使い、彼は麻衣の方へ振り返った。

 

 黒い渦巻きを宿した瞳が嵌った眼が、麻衣を見た時に大きく見開かれた。そして彼は、肉が貫かれる音を聞いた。

 キリカによって麻衣の身体に刻まれた亀裂の様な傷の内側へ、麻衣は両手で柄を握った刃の先端を当てていた。

 内臓を傷口から垂らして正座しながら、麻衣は刃の切っ先で自らの子宮を刺し貫いていた。

 

「ああ…」

 

 凄惨な自傷行為に、麻衣の口から苦痛の声が漏れた。肉体的なものではなく、精神が刻まれる痛みからだった。

 振り払うように、麻衣は両手に力を込めた。頑丈な肉の袋が刃を孕む様に飲み込んでいく。

 そしてて生命を育む揺り篭の中心で、麻衣は自らが得た魔の力を行使した。

 

 空間を切り裂き、別の空間へと繋ぐ魔法。虚空斬破と名付けたそれは、力の中心地である彼女の子宮を彼女の身の内から消し去った。

 生命の元となる卵を産み出す卵巣も消えた。

 後には、熱が引きつつも粘液で濡れた膣だけが無意味な肉の管として彼女の中に遺された。

 浮遊感にも似た、胎内の喪失感。虚空が与えられた胎内の感覚に、麻衣の精神を虚無が抱いた。

 彼女の全存在を宿した宝石が、まるで彼女自身を嘲笑うかのように黒く輝いたのは、正にその時であった。



















麻衣さんの素敵な挿絵を頂いた直後で複雑ですが、今回の主役は彼女であります。

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