魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
濡れ羽色の美しい黒髪の下、呉キリカの顔を白い仮面が覆ってた。
虚ろな丸い目が穿たれ、口元には半月の笑みが描かれた仮面であった。
嘲弄の表情を有した仮面を嵌めたキリカへと、咆哮と共に巨大な牙が迫った。
「遅いね」
牙が噛み合う音よりも早く、キリカは声を発していた。声はマガイモノの後頭部から生じていた。
振り返った瞬間、マガイモノの頭部に複数の衝撃が突き立った。
砕けた眼にはその原因が映っていた。眼を半分以上抉っているそれは、巨大な針だった。
直径が三十センチ、長さは五メートルにも達する冗談の様なサイズの針が、獰悪な異形の貌に五本も突き刺さっていた。
「見たか佐倉杏子。これが我が感情の現身だ」
涼しげな声と共に複数の風切音。マガイモノの巨体が震え、歯茎ごと牙が割り砕かれた口からは苦痛雑じりの叫びが漏れた。
胸と腹に二本ずつ、両膝にも一本ずつの巨大針が突き刺さっていた。苦痛の呻きを鳴り響かせながら、異形は宙を見上げていた。
貫かれた両眼の先に、奇怪な存在が浮かんでいた。
上半身部分を連ねたマネキン人形。そうとでも例えられるような、奇怪な形状だった。
丸い頭部に被せられた紫色の婦人帽子にはべっとりとした血が滲み、その胴体を飾る様々な色の衣服も血に塗れていた。
その袖からはこれもまた針の様な手が生えていた。その先端は毒々しい赤黒に染まり、まるで獲物を喰らったばかりの獣の牙の様だった。
三人分の胴体を重ねられた終点、一番下の部分には手足を投げ出したように垂らした仰向け状態のキリカがいた。
そのキリカの抉られた両胸から、この異形は生えていた。
胸に開いた二か所の傷口からは異形の触手が伸び、それらが交わる事でこの形が形成されていた。
「『針のドッペル』…。常時股を濡らせて発情しっぱなしの糞下衆淫乱ド変態女のアリナ・グレイにしてはいい名前を付けてくれたものだ」
仰向けで宙に浮いた状態で呉キリカは言った。身体がぐるりと水平に百八十度回り、逆さまの状態で彼女はマガイモノを見据えた。
「じゃあ、抉り貫き…て邪魔だなこれ」
言うなりキリカは顔を左右に軽く振った。顔を覆っていた仮面が外れ、美しい顔が再び露わとなる。
落ちてゆく仮面を、巨大な針が貫いた。針は彼女が言う処の『針のドッペル』の周囲に円を描くように配されたうちの一本だった。
計十一本の針がドッペルの周囲に浮かんでいた。
「さ、抉り貫いて刻もうか」
そう言うなり、十一本の針の内の一本が飛翔した。続いてその隣、更に隣と連鎖が続く。
円状に僅かな時間差を生じさせつつ針は次々と放たれる。
両足を貫かれても回避行動に移ろうとしたマガイモノの動きに、奇妙な停滞が生じていた。
撓められた足は延ばされず、ゆえに全ての針が巨体へと突き刺さった。仰け反った姿に対し、更に針が飛来する。
針は発射の直後に即座に再生成され、ドッペルの周囲に再び滞空していた。
「そう云えば、これで最初に切り刻んで、全身を串刺しにしてやったのはあの腐れアーティスト女だったか」
通常時よりもさらに強力になった速度低下魔法を発動させ、思い出を朗らかに語りながらキリカは針を放っていく。肉襞と装甲が貫かれ、マガイモノの傷口からは膿の様な粘度の高い黒液が溢れ出す。
佐倉杏子の声の面影を残した絶叫を挙げ、巨体がキリカへと向かう。
振り切られた剛腕の傍らを、ドッペルはふわりとした挙動で抜けた。
嘲弄の色を帯びて微笑むキリカを、背後から伸びた複数の触手が貫いた。
細身でありながらも肉の付いた太腿。
ほっそりとしたウエストの腹部、華奢な肩にと触手が容赦なく貫き、切っ先は身体の前面から抜き出ていた。
彼女を貫いた触手の根元は、ドッペルの背中に繋がっていた。貫かれたキリカが移動し、ドッペルの頭部のすぐ下に磔のような状態で固定される。
ドッペルの下部とキリカの胸とを、これもまた複数の触手が束ねられた管が臍の緒のようになって結ぶ。
管を介して何かが送られているのか、管は膨張と収縮を繰り返す。
「はいよ、戦闘モードっと。待たせたね、今から本格的に弄んでやる」
にっこりと笑った瞬間、キリカを貫いている触手たちが一斉に蠢き、そして溢れ出した。
触手は巨大な腕を削り、顔面へと着弾。
亀裂の隙間から内部へと入り、肉と装甲を抉り抜く。苦痛の叫びを聞きながら、呉キリカはふと気が付いた。
「あ」と呟いたそこを、巨大な槍が貫いた。そう見えたのは一瞬であり、キリカの姿はその傍らに移っていた。
機動性など皆無にしか見えぬ外見ながら、キリカは魔女と同様の浮遊能力を以て移動していた。
残像を生じさせながらの移動速度は、普段のそれを上回っている。
「なるほど、捻りか」
次々に飛来する槍を小刻みに回避しながら、キリカはふむふむと頷きながら言った。
黄水晶の眼は、胸から噴出する触手の一本を興味深げに見ている。
槍を躱していく最中、真っすぐに放たれた触手に捻りが生じていた。
その触手から伝わる肉と甲殻を抉る感触は、今の彼女の感覚で言えば、そう。
まるでナッツを白い歯で噛み砕いたような、ポッキーをかりっと齧ったような。
そんな心地よい響きが胸元から脳へ、魂へと昇り詰めていた。
「ドリル」
穿孔し、穿つ。その働きを為すものの名前を彼女は呟いた。
その言葉は工事現場のそれよりも、彼女が友人と呼ぶ存在から聞いたものを由来としていた。
「どりる、どりどり」
言葉の語感が気に入ったのか、キリカは繰り返す。
「どりるどりどりどりりりり」
触手が応え、あるものは右に、またあるものは左側へと猛烈な回転を開始する。
そこへ、本体を貫く不埒者を誅するべく、その上空から複数体の模倣達が槍を携えて飛来した。
「ドリルリドリドリ」
ドッペルの針が射出され、空中で模倣杏子達が貫かれる。そこに更に数を増やした触手が殺到。
開いた口を貫き食道を通り、柔らかい内臓を凶悪な触手が容赦なく陵辱する。
「ドリドリ」
さらに複数体が貫かれる。回転する触手に内臓を切り刻まれ、腹を膨張させて無惨に破裂する。
「ドリドリドリ」
キリカの両手からも迸った触手が模倣を捕獲。頭頂から股間までを、まるで回転鋸のように削り切る。
「ドリ!ドリ!ドリ!ドリ!」
語気が強まり、触手の本数が一気に増やされた。そして。
「キヒ」
磨き抜かれた水晶が砕けたように、キリカの美しい顔に狂気の笑顔が描かれた。
「ヒャーーーーーーーハッハッハッハッハァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
絶叫と共に、キリカの全身から、それどころかドッペルからも膨大な数の触手が溢れた。
それは赤黒い殺戮の大河となって、マガイモノの腕に突き刺さり直後に微塵と砕け散らせた。
波濤は進路を変えられつつも巨体の脇腹に着弾。そこから内部へと侵入し、有機体めいた中身を抉り抜く。
苦痛と共にマガイモノが吠えた。吠えた瞬間、地面に宙にと無数の魔鎖が描かれる。
そして鎖の中から、無数の槍穂が射出されていく。自らへ向かう槍穂をキリカは回避し、更に触手を差し向け迎撃させる。
「イケぇええええええええええええええ淫らな管蟲、『ドリル・ワーム』どもォォォォォオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!」
巨体が動き、キリカもそれを追う。槍穂がそれを狙い、触手が先端を激突させる。
真紅と赤黒の交差が、空間を埋め尽くす勢いで展開されていく。
「ドリドリドリドリドリドリドリドリドリドリドリドリドリドリドリドリィィイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!!!!!!!」
絶叫のままにキリカは触手を操り、槍穂とマガイモノ、そしてそれらの破片から無数に生れ出る模倣体を破壊していく。
落ち着きなく一か所には一秒たりとも留まらず、キリカとドッペルは醜くも美しい無数の残像を悪夢のように残しながら、世界を切り刻んでいく。
世界は赤黒い破片と殺戮と、黒い魔法少女の狂乱と異形の絶叫で満ちていた。
地獄の一端が開かれた様な、正気を掻き消すような光景だった。
『朱音麻衣。長くは持たないから、イベントはさっさと済ませておくれ』
狂乱の中、呉キリカは思念を発した。
返答は直ぐあった。
『今行く。少しだけ待て』
決意と、悲痛さに満ちた朱音麻衣の思念であった。
危険人物(偽書ハヤト)×危険人物(呉キリカ)×危険物(ドリル)の組み合わせ
お楽しみいただけたら幸いです(またこの形になったのは偶然だとは思います。多分)