魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 マイナス??話 叛逆の竜達

 衝撃音が鳴った。それはもはや、爆音に近い激しい音だった。

 その音に乗じて何かが風を巻いて飛んだ。そして地面に激突し、更にはかなりの距離を滑ってようやく停止した。

 

「ウグゥ…」

 

 蒼天が空に浮かび、世界を白光が照らしている。

 敷き詰められた砂地の上で唸り声を挙げたのは、四肢を備えた巨躯だった。

 手も足も胴も、潜水服の様に膨らんだ分厚く黄色い装甲を纏っていた。

 

 頭部には顔の全てを覆う面貌が嵌められていた。その形状は奇妙な事に、前に大きく迫り出した形をしていた。

 ぱっと見た限りでは、大型犬の顔の輪郭に似ていた。

 苦痛を孕んだ声を零しながら、その巨体は仰向けから立ち上がろうとした。首を傾けたところで、その身体は完全に倒れ伏した。

 殊更に分厚い装甲が施された胸に、まるで砲弾を叩き込まれたかのような深く広い陥没が生じていた。

 倒れた巨体の先に、一人の男が立っていた。

 

「俺は実感がねぇケドよ、俺はお前らにとっちゃ憎いどころの相手じゃねえんだろ?」

 

 突き出した拳を戻し、泰然とした立ち姿を取りながら青年は言った。

 緑と青で彩られた戦意に身を包んだ、百八十センチを越える長身。

 その衣に包まれるのは頑強で引き締まった筋肉と逞しい骨格。

 

 野性味を帯びながらも整った形状の貌、そしてやや浅黒い肌には艶やかな張りと若さが満ちていた。

 頑強さと秀麗さが混じった顎に触れるか触れないかの場所。

 彼の逞しい首には緑色のスカーフが巻かれ、その端は獣の尾のように宙で靡いている。

 炎の様な攻撃性と烈しさを思わせる黒髪の下で、刃のように鋭い目が黒い瞳を宿して輝いていた。

 その目がちらりと左右に向いた。黒い瞳の中には、先に打ち倒した巨躯に匹敵する二体の姿が映っていた。

 

 青年から見て右は赤、そして左は青。

 炎と水を思わせる色の装甲を纏った二体の巨躯はそれぞれ前者が鈍い金属光沢を放つ長槍を、後者が鉈のように分厚く日本刀のように長い刃を手に携えていた。

 二体の武装した巨躯に対し青年は全くの素手であり、彼も長身とは言え対する巨躯たちの身長は二メートルどころか三メートルに近く、身体の厚みも三倍近い差があった。

 子供と大人どころではない。人間と巨獣の差に近い体格さであった。

 

 されど、その内の一体は彼に倒されていた。呻きだけは続けていたが、その身体はぴくりとも動いていない。

 倒れた巨躯の近くには、重火器らしき物体が転がっている。

 一切の熱を孕まず冷え冷えとした金属光沢のままであることが示すように、一発の弾丸さえも放てなかったようだ。

 

「どうしたァ…オイ」

 

 武具を携えながらも停滞する巨躯たちに、青年が口を開いた。その姿に相応しい、燃え上がる真紅の炎のような精悍な声だった。

 

「来なけりゃこっちから行くぜ?」

 

 嘲笑うというよりも、「早くしろ」と急かすような声だった。声に殺意はなくただ純粋な戦意が滾っている。

 だがそこに巨躯たちは恐怖を見出した。それは感情というよりも、遺伝子に刻まれたような原初の恐怖であった。

 悍ましい叫びを挙げながら巨躯たちが武具を突き、または掲げて突撃。

 重合金を穿ち、巨岩でさえ両断しかねない裂帛且つ完全なタイミングの双撃はしかし。

 それらよりも遥かに速く、旋風の如き速度で動いた青年によって躱されていた。

 

 そして更に、技を放った筈の二体の姿は宙を高々と舞っていた。

 得物を手から放して吹き飛んでいく二体の真ん中で、両手を左右に緩やかに突き出した青年が立っていた。

 彼が放った左右の一撃により、地に落下した二体の腹と胴体には、先の個体が負ったものと酷似した陥没が刻まれていた。

 そして彼の拳を覆う茶色の皮手袋の拳骨部分からは、焼け焦げた香りが漂っていた。彼の鉄拳が音速を越えた証拠であった。

 

「一撃必殺、二天一流…とでも名付けようかね」

 

 白く鋭い歯を見せて嗤いながら青年は言った。立ち上がろうともがく巨躯たちは、その声に心を折られたように動きを止めた。

 

「そこまで」

 

 そこに新たな声が生じた。抑揚と感情を抑えたような、物静かさを伺わせる若い声だった。

 声の発生源へと青年が首を向けた。そこにいたのは、青年と似た体格の姿であった。

 その身を頭まで包むのは、古代文明の戦士を思わせる鎧。

 重厚だが見る者にも重さを感じさせない未知の存在を思わせる姿であった。

 

「構わない、そのまま楽にしていろ」

 

 立ち上がろうとした者達を、寧ろ咎めるように鎧を纏った若者は言った。

 厳しさは優しさであり、敗者達の苦痛を断ち切り安息の気絶へと誘った。

 

「整備は完了した。何時でも発てるぞ」

 

「要は出てけってコトだろ」

 

「理解が早くて助かる」

 

 いい様、鎧姿の若者は右手の指をパチンと鳴らした。

 蒼天が照らす闘技場の光景が一変し、地面も壁も金属で覆われた無機質な世界へと変じた。

 そのまま壁面に向かい無造作に歩くと、一ミリの凹凸も無い壁が左右に分かれて開かれた。

 その隙間を、若者に先導された青年が歩いていった。

 

 出てすぐに見えたのは、無数の光点が散らばる闇の世界。

 広く長い回廊の半分を覆う窓の外には、無限の宇宙が広がっていた。

 それに対し、特に感慨も無く両者は歩いた。宇宙とは見慣れた光景であるために。

 

「槍が苦手か。刃に対して僅かに接近を許していたな」

 

 歩きながら若者が言った。青年は「ああ」と返した。

 

「つっても得意も苦手もねぇって感じだけどな。こっちからしたら槍の先端は点にしか見えねえ」

 

「そういえば昔、キョウトとやらで槍に制圧されたらしいな。前に言ってた気がするが」

 

「下らねぇコト覚えてやがるな。あとそれは負けたんじゃねえ。次に何やっていいか分からなかったから、敢えて捕まってやったんだよ」

 

「理解に苦しむ状況だ」

 

「まぁな。俺も未だにあん時の事はよく分かってねぇ」

 

 タイムスリップというのだと、若者は言おうか迷って止めていた。理解される気がしなかったからである。

 

「それよりもよ。さっきの組み手の相手の事で話がある」

 

「気付いていたか」

 

「ああ。あいつらガキで、しかも全員女だろ」

 

「その通りだ。最後に残った三人を含めて都合三十人、人間の年齢で云えば十から十四歳といったところか」

 

「小中学生くらいの子供を、俺に差し向けやがったのか」

 

「そうなるな」

 

「それであんなゴツい鎧まで着せて、音よりも早く動けるようにしやがったのか。てめぇ、偉い立ち場なのは分かるけどよ。児童虐待って言葉を知らねえのか」

 

「彼女らの希望だ。一刻も早く戦士として戦いたいと。だからお前との対峙を希望したのだ」

 

「てぇ事ぁ、そんな連中まで戦わせてるのか」

 

「言い訳はしない。その通りだ」

 

 若者の言葉に青年は歯を軋ませた。呪詛の様な響きが、宇宙を映す窓に当って震わせた。

 

「命を懸けて戦う女のガキどもか。いい気分はしねぇな」

 

「それらをぶちのめした男の台詞とは思えないな」

 

「向かってくる奴らにゃ容赦しねぇよ」

 

「それでいて命までは取らないか。あちらは殺す気だったぞ」

 

「その辺りの分別くらいは付けられんだよ。俺を何だと思ってやがる、殺人鬼か何かってか?」

 

「冗談だ。まぁ、改めての確認のようなものだ。お前はまだ正気らしい」

 

「相変わらずっつうか、元とは言え二号機乗りって奴ぁどうしてこう皮肉屋で理屈っぽいのかね」

 

「確かにな。一種の法則かもしれん」

 

 若者の言葉には分析を行うような知性の響きがあった。一種の発見でもしたかのような。

 そのまま思考しながら歩く若者。しばらくして、足音が一つ消えていることに気が付いた。

 振り返ると、緑衣の青年は右を見ていた。無機質な壁面の奥を、凝視しているようだった。

 

「やはり気付いたか」

 

「ああ」

 

 声には懐かしさと警戒心が滲んでいた。感情の対比としては六対四といった比率で懐かしさの方が多かった。

 

「見ていくか」

 

「いや、いい。それと何だか、嫌な気配まで一緒にしやがる」

 

「そこにも気付くとはな。この先は一種の封印区画だ。お前からの預かり物も含め異界の産物を閉じ込めている」

 

「危険物を預けてる俺が言うのもなんだけどよ、大丈夫なのか?」

 

「危険は承知だ。万一の時にはバグで全てを破壊する、というか消す」

 

「徹底したコトで。まぁそれで正解だろうな」

 

 そのまま少しだけ壁を見つめ、青年は「じゃあな」と言った。そして再び歩き出す。振り返りはしなかった。

 

「整備は既に済んでいる。ゲッター炉心も問題はない」

 

「助かるぜ。機械いじりはどうも苦手でよ」

 

「少しは覚える努力をしろ。同盟を組んでいるとはいえ、敵のような存在を頼ってどうする」

 

 若者の口調は呆れと諦めが混在していた。溜息を吐き、新たに言葉を紡ぐ。

 

「この寄せ集め機体に搭載されているのは、アークのそれを元にした炉心だ。勝手に暴走もしないし火星にも行かない筈だ」

 

「ゲッターロボアーク…。お前から寄越された写真でしか見た事ねぇけど、あの悪魔みたいなヤバイ面した奴か。見かけによらず優等生なんだな」

 

「変な表現をするな。そしてやはりお前と話すと疲れるな」

 

 再び溜息。苦労が多そうな若者であった。

 

「そういえばだな」

 

「あん?」

 

「『終焉にして原初の魔神』というのを知っているか」

 

「なんだそりゃ。新手の化け物か?」

 

「そんなところ、で済めばいいのだがな。所謂概念的な神であるらしい」

 

「まーたワケ分からねえコトほざきやがる。まぁつまりは魔神てだけあって、神っていうか悪魔の類ってか」

 

「お前にしては理解が早くて助かる」

 

「おい」

 

「既に滅び去った宇宙や消え去りかけの宇宙にて、その存在を示唆する遺物や記録が最近観測された。現状では不明もいい処だが、確かに存在はするらしい」

 

 青年が言い掛けた文句を上書きするように、若者は畳みかけるように言った。

 

「で、そいつをどうしろって?」

 

「最初の説明を思い出せ。私は尋ねただけだ」

 

「あー、要はアレか。見っけた時は何でもいいからサンプル?ってのを寄越せってんだな」

 

「その通りだ。異界の遺物、特に不可思議な存在は歓迎する」

 

「例えば奇跡とか魔法とか、そういうよく分からねぇものってか」

 

 適当に思い浮かんだ単語を青年は述べた。これらが存在するなど、微塵も彼は思っていない。

 奇跡は起きるのではなく起こすものであるし、魔法という言葉の意味に至ってはそういう言葉があるという程度の認識しかない。

 

「そうだ。我々がゲッターに対抗する為には、そういった存在するかも定かではない物も使わざるを得ない」

 

「お互い先は長いな」

 

 笑うように青年は言った。若者もまた重々しく頷いた。

 そして若者は再び指を鳴らした。手近な壁面が開き、広大な空間が開かれた。

 巨大で精緻なメカが並ぶ中に、一際に巨大な物体が鎮座していた。

 血で染め抜いたような紅の色を纏った、機械の戦鬼がそこにいた。

 

「じゃあな、苦労の絶えない王様よ。そのうちまた色々と頼むぜ」

 

「不本意だが、お前との同盟は維持していきたい。可能な範囲で支援はしよう」

 

「おう。今度来るときは魔神てヤツの頭でも持ってきてやる。それともしもいるんならって感じだが、ええっと魔法使い?って奴も連れて来てやらぁ」

 

 開いた壁の淵に足を掛けた時、彼は振り返った。

 

 

「おい、カムイ

 

 

 それは王と呼ばれた若者の名であった。

 

「まだ会った事ねぇが、この世界の俺のガキ…拓馬って奴に会ったらよ。伝えておくコトとかあるか?」

 

 しばしの沈黙。そして王は、カムイは口を開いた。

 

「大きなお世話だ。あの二人との決着は私がつける」

 

 毅然とした、強い意志を込めた苛烈な言葉だった。

 

「ああそうかい。だろうな」

 

 青年が複雑な表情を浮かべたのは一瞬、そして理解を示した。

 

「お前も精々ハジをかかないコトだ。別の宇宙の流竜馬よ」

 

「ああ。俺は皇帝なんざ似合わねえからな」

 

 吐き捨てるように青年は、流竜馬は決意のように言い切った。

 

 

「だがよ、もしもだぜ。仮にどんな姿になっちまおうが、俺は俺でいてやるさ」

 

 

 牙の様な歯を見せて嗤い、そして竜馬は床を蹴って飛翔した。

 戦鬼の元へ軽々と辿り着き、その体内へと入り込む。

 紅の顔に穿たれた鋭角の眼が輝き、顔と胸に配置された緑のパネルが暗緑の輝きを放った。

 その光を忌む様に、周囲の機械が離れてゆく。代わりに壁面からせり出した新たなメカが戦鬼の周囲をぐるりと一円する。

 細長い円が戦鬼を囲み、猛烈な勢いで加速していく。紫電を振り撒き回転を速め、更には景色までもが歪んでいく。

 

 

「じゃあな、カムイ!死ぬんじゃねえぞ!」

 

 霞んでいく戦鬼から青年の叫びが鳴り響いた。

 

「ああ。お前もな、流竜馬」

 

 そして消えゆく戦鬼へと、最後にこう続けた。

 

「摂理への叛逆者、竜の戦士よ」

 

 その言葉は届いたのかどうか。

 言葉が言い終わるが早いか、閃光が迸った。

 一瞬の後に光は絶え、静寂が舞い降りた。

 光の渦中にいた筈の戦鬼の姿は何処にもなかった。この宇宙の何処からも。

 














ゲッターロボアーク放送開始を祝しまして

また、寄せ集めゲッターの出自について自分なりに考えた結果でもあります
(後日もう一度番外編が続きます。少々お待ちを)

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