魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第48話 真の姿の紛い物③

 視界を、空間を埋め尽くすが如く広がる紅の槍の波濤がナガレの姿を包み込む。

 林立した柱から更に広がった異形の枝葉は無数の大樹を形成し、その全ての表面から槍が生じていた。

 第一陣とでもすべき波濤の上に、更に更にと真紅の先端が喰らい付く。

 

「はっ。甘いな」

 

 直径数十メートルに達した槍の包囲の中で少年の声が生じた。

 直後、紅の包囲の表面を漆黒の光が走った。光の隙間が拡大したと見るや、球状になっていた槍の群れが霧散した。

 崩れていく真紅の中央には、巨大な翼を広げたナガレが立っていた。

 翼はこれまでになく巨大化し、片翼だけでも長さが十メートルに達していた。

 翼の淵は鋭利な刃であり、翼の表面に生えた羽根は小型の斧の連なりであった。

 

「やっぱよ、ゲッターって奴は武器に使うんなら便利だな」

 

 翼を畳みながらナガレは言い、どんな形でもよぉと更に続けた。

 そして飛翔し地上を目指す。その度に大樹に阻まれ、切り刻み進む。数度繰り返した後、彼は地上に向けて視線を送った。

 

「こいつは…」

 

 それは絶句に等しい呻き声であった。

 既に視界は広くなく、今もなお伸び続ける槍穂の群れが巨大な枝葉となって異界を覆っていた。

 針の山地獄とでも呼ぶべき異様な光景が、視界の端まで広がっている。

 あいつらは脱出したかなと思った時、複数の気配と足音が彼の周囲で鳴った。

 枝葉と柄の拡大により、空中の至る所にまるで地面のような足場が生じていた。

 そして気配は宙にもあった。

 

 その方向へと、一閃する何かがあった。空中を一薙ぎすると、それは何処かへ消え失せた。

 肉が弾けて液体がブチ撒けられる水音の後に、複数の落下音が生じた。

 それは全身が赤黒く染まった少女の姿。佐倉杏子の身体の輪郭の面影を残した、ヒトの姿の紛い物だった。

 

 杏子の身体から衣服及び皮膚を剥ぎ取り、髪型の形を挽肉と粘膜で形成し、剥き出しの筋肉の上に火傷や肉襞を敷き詰める。

 そして得体の知れない甲殻類の甲羅を張り付けて、それらしく構成したかのような吐き気を催す姿だった。

 ミラーズ内で生じる偽物の魔法少女達の更なるデッドコピーのような代物ではあったが、グロテスクな中に確かに彼女の輪郭を留めていた。

 眼は無く、鼻は輪郭だけが残り、それでいて口はある。口の中には臼歯が覗いていた。

 

 そして歯の中には一本、発達した八重歯が見えた。元々の面影がそこには多分に残っていた。

 それだけに、彼女を知る者からしたら嫌悪感を掻き立てずにはいられない存在だった。

 この姿を彼の前に遣わすものの心情には、何が籠められているのだろうか。

 間違いなく言えるのは、悍ましい想いに違いないという事である。

 

「今日は随分とお前に会うな」

 

 苦笑交じりで彼は言った。そしてこの異形に対しても、彼は杏子として扱っていた。

 

「お前の死に様ってのは全然思い浮かばねえってのに、なんでこんな事ばかり起きるのかね」

 

 ぞろぞろと、光に惹かれる毒蛾のように無数の姿が彼へと近づく。

 彼女らの手にはやはり、十字架を頂いた槍が握られていた。

 肉体は腐乱死体もかくやといった惨状ながら、槍は元の姿と同じ形状を保っていた。

 

「来いよ。とことん相手になってやる」

 

 言うが早いか、異形の杏子達が駆けた。グロテスクではあったが、その身には少女の幼い体つきが再現されていた。

 痩せぎすの身体や胸の未発達さ、肉の薄い尻などにはある種の雄を惹きつける忌まわしい魅力があった。

 彼はその場で立ち、垂らした両手の先に斧を握って彼女らを待っていた。

 彼を中心にした円を成して、更には宙からも槍を振り下ろして迫る杏子達の姿があった。

 先程の槍穂の群れから異形の杏子へと攻め手が変わっただけといえばそうだが、その光景の悪夢じみた様子は先程の比ではないだろう。

 

 振り下ろされた必殺の槍と交差するように、何かが伸びたて円弧を成した。

 その円弧の根元は彼の背の裏側に繋がっていた。

 それは多節を有した黒い鞭であった。その形は彼が主武装としていた牛の魔女本体の柄部分に似ていた。

 魔女自体は彼の背で翼と化している為、これはその柄そのものだった。

 複数の節を有して滑らかに動くそれ。

 背中から生えてはいたが、まるで巨大な爬虫の尾にも見えた。

 

 それが十メートル以上も伸び、宙に舞う杏子達の首を薙ぎ払った。そして残った一体の顔面を串刺しにしたのだった。

 勢いは止まらず、地上の杏子の胸にも着弾。薄い胸が背中ごと破裂し、更に尾は逆方向に向けて回って一周、

 振り切られた後には胴体や首を切断された、少女の姿が遺骸となって転がった。

 まるで、振り切られた巨竜の尾のような一撃だった。

 

 それを踏み潰しながら、更に異形達が殺到する。

 その口からは林檎を思わせる甘い香りの唾液が溢れており、彼女たちが何を求めているかの察しがついた。

 翼を最小限の大きさに畳み、今度は彼も動いた。赤黒の群体の真っただ中に、黒い孤影が猛然と襲い掛かっていく。

 繰り出される槍は悉く空を切った。

 彼女たちの力が本物並みならいざ知らず、素の身体能力を魔女との融合で魔法少女級に引き上げた彼の前にはデッドコピー品の動きは遅すぎた。

 

 隙間を縫って肉薄し、醜くも美しい姿に両刃の斧を見舞っていく。

 首や手足が刎ねられ、割られた胴体からは悪臭を放つ臓物が無意味な肉片と化して宙に舞う。

 宙に湧いた血肉は渦を巻いて吸い寄せられ、彼の背中の翼の中央に開いた孔へと吸い込まれていった。

 このあたりは斧形態と変わらず、そして魔女自体が翼と化しているゆえに普段の大斧は使用不能となっている。 

 

 背後から迫っていた者らに対しては背中から生えた鞭が振られ、複数体が口を貫かれて数珠繋ぎとされた。

 じゅるんという啜る様な音を立て、竜尾が背へと舞い戻ると貫かれていた杏子達は人形のように崩れ落ちた。

 

 一瞬で数十体の肉体が破壊され、杏子の姿を模した存在の残骸が大量に横たわる

 それらを踏み潰し、更に無数が彼へと迫る。獰悪な咆哮を上げ、彼は彼女らと切り結ぶ。 

 自分を相棒と呼んだ少女と似た姿と気配を有した存在を切り刻む度に、噴き上がる鮮やかな血肉。

 魔女はそれらを啜り貪った。

 

 瞬時に消化され、血肉は魔女の力へと変わる。それは魔女を制御下に置いた彼に対しても同じ事であった。

 杏子達の紛い物を構成していた魔力を通じて注ぎ込まれる感情の波濤が、彼の魂へと押し寄せる。

 記憶と思い出、そして抱えた闇さえも。

 

 それに対して、だからどうしたと切り捨てることを彼はしない。こんなものとも蔑みもしない。

 ただ魔法少女を、佐倉杏子を苛んでいた理不尽に対する怒りが募る。

 生じた怒りは身を動かし、魂を突き動かす糧となる。

 

 あらゆる感情を贄と燃やして、この男は生きてきた。

 そして今、彼は魔法少女の抱えた闇と向き合っている。

 自分自身の存在をかなぐり捨て、紛い物とはいえ、成れの果てに等しい姿となってまで。

 

 自らの命を差し出しながら、眼の前の命と真っ向から向き合う。

 彼にはそれしか出来ず、そして生命あるものが行えることで、それ以上の献身はこの世に存在しない。

 そんな事など微塵も意識せず、ただ本能と己の心の赴くままに彼は杏子達と戦っていく。

 

 切れ味が鈍ってきた斧を杏子達の群れへと投擲し、空いた右手は奪い取った十字槍を振っていた。

 疾走と飛翔を以て、移動しつつの乱戦の最中に先を見る。思わず彼は歯軋りをした。

 開いた隙間の奥で、更に無数の巨大槍の形成が再開されていた。

 槍の表面で泡立ち生じる槍の枝葉に加え、この紛い物達も槍から生まれ行く姿が見えた。

 紅い柄の表面から少女に似た裸体がずるりと這い出す光景は、卵から這い出る蛇の幼生を思わせた。

 

 それを眺めるのも一瞬の事で、彼は背後に向き直り得物を構えた。

 既に無数の杏子達に囲まれ、周囲は甘い香りと荒い息遣いで満ちていた。呼吸には濡れたような響きがあった。

 紛い物達を動かしているものは、飢餓だけでは無いらしい。

 

 再び会敵に移ろうとした直後、戦場を横薙ぎの光が一閃した。

 紛い物達が声も挙げずに蒸発し、複数の槍と枝葉が寸断され視界が一気に広がった。

 彼は間髪の差で光を避けて飛翔していた。

 光の元を探った時、咆哮が木霊した。音の元へ眼を向けると、マガイモノの巨大な顔があった。

 

「奇襲たぁ、味な真似するじゃねえか!杏子!」

 

 叫んだそこへも、真紅の熱線が見舞われた。

 避けるスペースが狭く、熱が彼の脇腹を掠めた。

 障壁により三万度の熱が千度程度まで下げられていたが、触れた部分は血色の泡と化していた。

 更に放たれる熱線。回避を重ね上昇し、上空からの反撃を画策する。

 その時だった。 

 

「よう友人」

 

 上昇する彼と行き違いに、黒い魔法少女が下方へと降りていった。

 声を掛ける前に

 

「話すのもグダつくから無しだ。勝手に殺戮行為をやらせてもらうよ」

 

 とキリカは会話を拒絶した。そして降り立った足場の周囲には、既に百を越える杏子の紛い物達が待っていた。

 着地の瞬間には、彼女の両手には五本の赤黒い斧が形成されていた。

 

「キヒ」

 

 狂を発した声と表情のままに、彼女は異形達へと向かって行った。

 

 その様子を見た彼の真上に、突如として影が躍った。影の形と気配から、彼は正体が察せた。

 真正面から降りてきた姿は、武者を模した衣装を纏った魔法少女であった。

 彼の背中に両手が廻され、飛翔中の彼の身が抱き締められる。

 

「おい、麻衣」

 

 何やってんだお前という口調でナガレは言う。

 

「嗚呼、やっぱり君は抱き心地が良いな」

 

 それを無視し麻衣が語る。

 その瞬間、両者の手前を熱線が掠めた。一瞬気付くのが遅ければ蒸発していたに違いない。

 

「顔が可愛くて、それでいて男らしくて強い。完璧に近いな君は」

 

 気にもせずに麻衣は語る。彼を信頼しているという事だろう。

 そこに再度熱線が飛来する。今度は複数であり、明らかに速度と熱量そして幅が倍加していた。

 それらに対し、彼は音速を越えて飛翔し掻い潜る。

 正しい対応ではあるのだが、音速を越えた飛翔に飛ばされまいとしてより力強く抱き締められたことで骨が軋み、豊かな胸が彼の身体に押し付けられる。

 女ならともかく少女からのそれからは、例によって一切の性的関心が無いままに漸く足場へと辿り着いた。

 こうしている間にも鏡の異界は槍によって浸食されていた。最早当初の面影が見当たらない程に。

 

「完璧ってな、なんだよ」

 

 話は聞いていたらしい。息抜き程度に彼は聞いた。

 

「もう少し、理想的には身長は百八十以上だな。そして今より男らしい外見が私的には完璧の好みだ」

 

「そうかい。いい趣味してんなお前」

 

 彼は素直な意見を述べた。その条件には思い当たりがあり過ぎる。

 状況が状況でなければ、青春の一幕だっただろう。

 

「ああ。だから今は生き抜くとしようじゃないか」

 

 麻衣は抜刀し、彼もまた再度両刃の斧を召喚した。

 その両者の上に、巨大な影が降り立った。その背には悪魔の様な真紅の翼が展開されていた。

 憎悪に歪んだ表情と相俟って、マガイモノの姿は悪魔そのものと化していた。

 

「模倣されたようだな」

 

 人型のままに翼を形成したマガイモノに対し、敵愾心に満ちた視線を血色の眼に宿して麻衣は言った。

 

「ああ。物覚えが良すぎらぁ」

 

 両者の言葉を塗り潰すように、マガイモノは少女の面影を残した悍ましい声を上げて叫んだ。

 そして、最後の戦いが始まった。

 

 








背中鞭はゲッターロボDEVOLUTIONの機体(決戦仕様)を参考にしました
それと書いていた時は全く気付きませんでしたが、ほぼデビルマンな状況ですね…

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