魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
灼熱地獄による高熱が舞い踊る中、空中にて二つの存在が争っていた。
一つは全身から紅の槍穂を生やし、甲殻類と爬虫類の中間のような顔つきとなった、異形の竜とでも呼ぶべき真紅の巨体。
もう一つは両側頭部に黒い角、背中には悪魔を思わせる蝙蝠型の翼を生やした少年。
それら二つが、縦横無尽に異界の空を駆け巡っていた。
離れては迫り、巨体が追い縋ってはそれを掻い潜っての少年の斬撃が見舞われる。
両者の速度は既に音速をとうに越えていた。
高さにして地上から約五百メートルは下らない高度にて、二つの飛翔体が巻き起こす破壊の乱流が鏡の世界を掻き乱す。
「悪いな!!」
乱流が渦巻き紅と黒の破片と鮮血が舞う中、翼を広げたマガイモノの真上にてナガレは叫んだ。その体表は赤い光に覆われていた。
魔女を取り込み、強化されたダメージカットが彼の体表を力場の様に覆い、吹き荒れる大気と衝撃波はその表面で虚しく渦巻くに留まっている。
「空中戦は得意でね!」
いい様、その身に背負った翼がはためき、彼は黒い流星と化してマガイモノの背から腹部側へと巨大な表面を這うようにして抜けた。
交差の瞬間、鋼の義手と化した黒い両手が振り切られていた。巨大な刃渡りを有した、両刃の斧を握った手であった。
一瞬の後、マガイモノの右の翼がその半ばから切り裂かれた。断面からは膨大な量の赤黒が、大海の如く迸る。
マガイモノの絶叫が空を貫く。少女の面影を残した叫びが乱流さえも切り刻んで異界の空へと響き渡る。
振り返った正面には海のように拡がる赤黒の沙幕。
それを突き破り、マガイモノの顔が顕れた。その身は全身が噴き出した体液により赤く黒く、淫らにも見える光沢を持って濡れていた。
マガイモノが水平から垂直へと体勢を変化させ、彼を食い潰さんとして獰悪な牙を剥き出しにして獲物へと迫る。
「怒るなよ。どうせ物覚えが良いお前のコトだ」
獰悪な叫びは痛みではなく、悔しさで出来ていた。音としては他のものと変わらないが、そこに含まれた意思を彼は感じていた。
「空での戦い方も、すぐに覚えちまうだろうさ!」
叫び、獰悪な牙の群れへと自ら突撃していく。激突する牙が、その姿をガキリと捉えた。
されど牙は肉に届かず、黒翼の上に先端を立てたに留まった。
牙と噛み合う翼が蠢く。悪魔のような形はそのままに、翼の表面からは無数の刃が林立した。
刃の形状は円に近い弧を描いていた。彼が最も愛用する刃の一種、斧の形を成していた。
「バトルウィング!!」
翼長にして三メートルに達する翼が、更に倍の長さとなってはためく。
牙が弾かれ、マガイモノの顔が上を向いた。向いた先に、黒翼を広げた少年の姿があった。光を遮った影は、口角を歪めて笑う悪魔の貌にも見えた。
その悪魔然とした翼が、マガイモノの顔へと叩き付けられた。
その表面に羽のように生えた斧状の刃の群れの激突により牙が砕かれ、桃色の歯茎ごと複数の牙が寸断される。
苦痛の咆哮が迸り、ナガレはそれを全身で受けた。そして咆哮と共に、口元同様に刻まれた額から紅の角が放たれた。
彼の頭部を狙ったそれに対し、ナガレは障壁を宿した右掌を振り上げ、かけて留まった。
その隙に角は伸びきっていた。鮮血が舞った。彼の右頬、薄皮一枚を破った際に生じたものが。
受けようとしていた体勢から強引に首を逸らし、間髪で回避していた。
「…やっぱりか」
呟くと、彼は黒翼を羽搏かせた。背後に一気に跳び、その後に反転。音速を越えた速度を宿してマガイモノへと向かう。
目標を見据えるナガレの思考に違和感が生じていた。そのマガイモノもまた背後へと飛翔し、彼と距離を取っていた。
熱線かと思ったが、重力から解放された今となっては縦横無尽に動く彼の姿を捉えきれやしない。
その思考に応えるように、マガイモノは光点を放った。但しそれは口内のみに留まらず、その巨体の全体から生じていた。
そして紅の光が迸った。数百数千に達する光は全て、黒翼を纏った少年へと向けられていた。
「へっ、こんなもん喰らったところで」
嘲笑うように歪んだ笑みが硬直、慌てて翼が翻った。
「って、死ぬっつの!!!」
直撃しかけていた光を回避し、更に光を掻い潜る。回避の最中、巨大化していた翼は折り畳まれ元のサイズへと戻っていた。
空中戦が得意とした彼の自己評価は伊達ではなく、細かい光の間の関隙を縫い飛翔する彼を無数の光が捉えることは敵わなかった。
「さっきの感覚は洗脳か」
光を回避しながらナガレが呟く。
周囲には光が柱のように聳えているが、強化した障壁のお陰で今度は灼熱に身が焙られずに済んでいた。
「素で強ぇってのに、そんなのまで使えるのかよ」
戦慄にも似た表情を浮かべて更に飛翔、異界の果てはまだ知れないが、かなりの高空にて彼は停止した。
「大分吐き出したか、ならそろそろ…」
上空にてマガイモノを視認した彼は気付いた。マガイモノからは既に閃光の発露は停止していた。
それでいながら、放出された後も光が空間の中に固定されたかのように紅の光が残っている。
それは光ではなく、物体と化して存在する紅の柱の群れだった。その表面にじわりと無数の泡が立つのを彼は見た。
「やべ」
言った瞬間、泡の一粒一粒から真紅の槍が飛び出した。伸びた先で、更に柄の部分から更に槍が、それが更にと連鎖する。
空間を埋め尽くし喰らい尽くすかのように、異形の枝葉を広げて真紅の槍が拡散していく。
全てを、世界を憎悪し尽くしたかのような地獄じみた光景に彼は奥歯を噛み締めていた。
その彼へと、槍穂の先端の全てが向かって行く。
「本当、嫌われたもんだな」
翼を開いて表面に斧状の羽を生やし、彼は両手の斧を握り締める。
「いいさ。俺なんかで良いんなら、存分に殺意でも悪意でも吐き出しやがれ」
翼を翻し、異形を纏う魔法少女へと再び向かう。
全てを喰らい尽くす勢いで拡散される真紅の槍の枝葉が、彼の視界の全てを埋め尽くす。
次話が長くなりそうなので、短めですが繋ぎとしまして…