魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第48話 真の姿の紛い物

「うむ」

 

 呉キリカは頷きながら呟いた。可憐な顎を引いたとき、濡れ羽色の髪から一筋の液体が垂れた。

 

「ズタボロだな」

 

 垂れた液体は言うまでも無く鮮血だった。割れた鏡の上に数滴垂れた血は、そこへと流れた血の中に蕩けて消えた。

 血の源泉はキリカの腹から生じていた。肉の断面を見せて転がり、千切れた内臓からは悪臭と血臭、そして白い湯気が昇っていた。

 上半身はと言えば胴体を垂直に立て、まるで座っているかのようだった。

 

 両手は右は肘から、左は手首から先が消失していた。豊かな肉と脂肪で出来ていた乳房は大きく抉られ、獣に喰い漁られたかのように、砕けた肋骨が乱雑に飛び出していた。

 美しい顔の正面から見て左半分、大きな黒い眼帯で覆われていた右目は顎先から額までが削られていた。

 白い骨の断面が見え、額からは桃色の脳が覗いた。皺で覆われている筈の脳は、グズグズに掻き混ぜられた泥の様に荒い面を見せていた。

 無数の槍穂を掻い潜った際、顔を掠めた一本によって脳の一部が吹き飛ばされていた。

 

「どうするかなぁ」

 

 その状態で平然とキリカは喋っていた。肉体の損壊も、少なくとも生物なら生じる筈の思考力の欠落とも無縁の口調だった。

 これが魔法少女であるという事だろう。彼女らにとって、肉体は刺激を感じるためだけの器に過ぎない。

 

「我がバンパイアファング、威力は凄いんだが時間が掛かるのと手数がなァ…」

 

 残った眼を閉じ、キリカは回想した。

 

『死ね!佐倉杏子!!』

 

 剥き出しの殺意の叫びと共に放ったバンパイアファング。それは確かにマガイモノの装甲を削り、その身を大きく傷付けた。

 だが結界魔法との合わせ技で放たれた無数の槍穂は、速度低下を以てしても捌ける数では無かった。

 なおも強引に刻み続けた果てに、マガイモノの拳が激突。

 彼女は戦線を離脱し、後はナガレと麻衣に任せたのであった。

 

「ま、私が消えたお陰で雰囲気作りにはなったかな。あいつら案外お似合いだしね」

 

 でも朱音麻衣は最近雰囲気危ないから、友人には生贄になってもらお。とキリカは言った。

 

「まぁDVやカニバリズムな邪悪青春してるアホ共の事はいいか。話を戻すと一度発動したら取り回しが利かないから、普段は大得意な近接が潰れる」

 

 壊れた人形のように首を左右に振りつつキリカは語る。言葉の矛先は自分自身か、それとも虚空か。

 

「新必殺技が望まれるな。これは次への課題だ。人間は常に進歩せねばね、私は魔法少女だが」

 

 首の旋回は、首の骨が折れんばかりに早まっていた。実際、首に刻まれた傷は振られる度に広がっていき、鮮血を周囲に撒き散らしていた。

 

「だが、もう遅いか」

 

 その狂気の運動は唐突に停止した。動きを止めたキリカの惨殺死体然とした姿を、紅の光が照らした。

 それは鏡面の地面を、まるで水の様に溶解させて直進する巨大な光であった。

 光の根元は遥か彼方であったが、赤黒い巨体が空中で狂乱する様が見えた。

 

 少女の声の面影を残した絶叫を挙げながら、姿を飛翔体からヒトガタの直立歩行形態へと変えたマガイモノはあらゆる包囲に向けて口内からの熱線を放っていった。

 鏡の異界は三万度に達する超高熱に蹂躙され、夥しい数の蕩けた陥没痕と構造物の破壊がもたらされていた。

 その内の一発が今、黒い魔法少女を飲み込もうとしていた。

 

「きひっ」

 

 真紅の破滅の光を前に、キリカは笑っていた。黄水晶の眼は、憎悪に狂った異形の姿を映していた。 

 異形は常に何かを求めるように首を振り回して周囲を見渡し、自らの口や牙を融かしつつも超高熱を放ち続けていた。

 その様はまるで、泣き叫びながら失くした玩具を探して泣き喚く子供の姿に見えた。

 

「一生そうして喚いてろ、佐倉杏子」

 

 半分になっても美しい顔の唇は、嘲弄の笑みを浮かべていた。

 

「口や態度でどれだけ拒絶していようが、お前の心は分かり易過ぎる。所詮お前は猛き竜の戦士には成れない。淫らな毒蛇がお似合いだ」

 

 意味深気に見える言葉に意味が含まれているのかは、彼女にしか分からない。

 灼熱の舌が彼女の身を舐める寸前、その身体は影に覆われた。熱と光とは真逆のものに。

 

「よう友人」

 

 キリカは感慨も無く、自らの襟首を手で引っ掴んだ者に告げた。

 その身体は浮遊感に包まれ、冷ややかな風が血染めの体表を撫でていた。

 

「よう、キリカ」

 

 ナガレもまた声を掛けた。韻が踏まれているのは、彼女の惨状を見たからだろう。

 怪物じみているとはいえ、年少者の無残な姿には思うものがあるらしく表情にも複雑な感情が浮いていた。

 そのくせ自身は戦闘に入れば呵責なく肉体を破壊するのだから、矛盾しているものである。

 

 キリカもそんな様子に気付いているのか、ふふっと鼻を鳴らした。こちらは楽しそうな様子だった。

 苦悩する彼の様子が面白いのだろう。

 そしてこの時、キリカは彼を挟んで隣にいる者に気が付いた。

 

「よう朱音麻衣。よかったな、友人に抱かれて。それとまさかだけど、随分と雌臭いところからしてまだ純潔のままかい?」

 

 沈黙。五秒後に麻衣は口を開いた。

 

「ああ、呉キリカか。気付くのが遅れて悪いな、貴様の声はゴキブリの羽音に聞こえるもので」

 

「ははは。その調子だと遂に狂ったか。友人、見ないでおいてやるからさ。指でも何でもいいからさっさと使って、こいつの処女孔とソウルジェムをぶち抜いて永遠に黙らせて呉」

 

「黙れ、下衆」

 

「ほざくな、雌犬」

 

 最悪な雰囲気に挟まれているが、ナガレが思ったのは多少のイラつきと「大丈夫そうだな」という感情だった。

 何かに噛み付く気概があるのは、余裕がまだある証拠だと。

 

「ふむ、紫に黒か。互いに不吉な色だが両手に花だな。実に主人公らしくていいね」

 

「その主人公ってのやめろ。ここはお前らの領分だろうが」

 

「領分、ねえ」

 

 ここ最近であった事を思い出し、キリカは困ったような顔をした。

 ウナゲリオンに佐倉杏子の暴走、そして気を利かせてやったのに女を抱いて遣れないこの少年の不甲斐なさ。

 少なくとも前の二つは、今までの魔法少女生活ではお目に掛かれない珍事だった。

 魔法由来の事柄とは言え、キリカはいまいち納得がいかない様子だった。そう思わせる原因は他にもあった。

 前から噴き付ける風を浴びつつ、キリカは彼の背中を見た。

 そして襟首を掴み背に触れているものの感触を覚え、ハァと溜息を吐いた。

 

「いや、ほんと。っていうか何やらかしたのさ」

 

 キリカのそれは、呆れ切った声だった。

 

「お前らのマネゴトだよ」

 

 ナガレは答えた。こうでもしなきゃ勝てねえからな、と続けた。

 

「答えになってないね。まぁ、無茶でバカな事やった事は分かるよ」

 

「まぁな」

 

「でもま、自分を顧みないところは及第点かな。精々足掻けよ、魔少年」

 

 魔少年の言葉に彼は皮肉気に笑った。

 魔法少年と言われていたら、多分こいつはカチンと来てただろうなと麻衣が思った時、彼が抱えた両者の足は地に付いていた。

 何時の間にか、キリカの下半身は衣服等も含めて完全に再生していた。相変わらずの不死身振りであり、異常な再生能力だった。

 

「じゃ、行ってくら」

 

 地に降りた足音は二人分だった。彼の姿は虚空にあった。

 

「私達はどうすればいい?」

 

 見上げながら呉キリカは聞いた。黒い闇が異界の光源を遮り、二人の魔法少女をその色に染めていた。

 

「お前らの命だ。自分の好きにしな」

 

 ナガレは応えた。そして魔法少女達の顔を一陣の風が撫でた。

 風が彼女らの身体を撫でて背後へと消えた時、少年の姿は消えていた。

 

「あいつめ、私達を実質的に放置しやがったぞ。普通主人公ならお前らは逃げろとか、もう大丈夫だとかさ。もっと気の利いたコト言うよね」

 

 憤然とした口調で、そして無関心にキリカは告げた。麻衣に対してというよりも、あくまで独り言と言った風だった。

 

「社会的には別としてだが。私達は既に子を孕んで産み落とし、乳を与えて育てられる歳だぞ。この身に命を宿せる者として、命の使い方は自分で決めるべきだ」

 

「朱音麻衣、お前の言動は一々欲望丸出しで更に重すぎる。だが、まぁその通りなのだろうね」

 

 互いに視線も交わさずに魔法少女達は異界の空を見上げていた。

 

「確かに私達は既に命を孕んでいる。最悪な形ではあるけどね」

 

 魂を穢すようなキリカの言葉に、麻衣は黙って耐えた。そして縋る様に空を見つめた。

 黒い何かが飛翔する姿が見えた。それは既に、視界の遥か彼方であった。

 

 

 

 

 

 絶望、絶望、執着、空虚、空虚、虚構 

 

 

 灼熱地獄の中心部で、マガイモノは熱線を吐き出しながら叫び続ける。

 内側に存在するものの、感情の波濤に呼応するように。

 

 

 欲望、執着、憎悪、後悔、後悔、後悔

 

 

 渦巻く感情の波濤を吐き出すように、その捌け口を求めるように。

 

 

 懺悔、執着、執着、経血、肉欲、性、欲、孕、母、父、妹、家族、崩壊、破滅、懊悩、憎悪、憎悪、憎悪、後悔、後悔

 

 

 自らを融かしながら、灼熱の光を放ち続ける。

 溶解した鏡面の地面は泡立ち、泡は破裂し炎が舞い上がる。

 舞い散る炎は互いを愛する紅の妖精の様に抱擁を繰り返し、そして別の熱に犯されて交わり、巨大な炎と化していく。

 地獄の直径はキロ単位の広さとなっていた。

 この世の終焉を描いたような地獄絵図は、何時果てる事も無いかの如く続いた。

 

 

 虚無、虚無、虚無、虚無、闇、闇、闇、闇、虚無、闇、闇、虚無、闇

 

 

 紅蓮の中心にいながら、マガイモノの視界は闇に包まれていた。

 邪魔な羽虫も消え失せ、意識を掻き乱すものは何もない。 

 ゆえに世界は輪郭を失い始め、全てが自棄っぱちの感情のままに堕ちていく。

 

 彼女の思考を埋める、虚無や闇へと。

 その感情に、一滴のように何かが落ちた。それは大海の中に投じられた一滴、ないしは一粒の砂の様なものだった。

 そしてそれは、一気にその感情を拡散させた。

 

 

発見、執着、憧憬、捕食、同化、支配、支配、支配、支配、支配、支配、憎悪、解放、性、悪意、懊悩、執着、絶望、後悔、憐憫、支配、支配、同化、吸収、肉欲、憎悪、執着、捕食、性欲、愛憎

 

 浅ましく悍ましい感情が、一気に彼女の中を突き抜ける。閃光が停止し、半ば溶け崩れた異形の口から咆哮が迸った。

 闇と虚無を切り裂いて挙げられたそれは、産声の様だった。

 咆哮の矛先は、天に向けられていた。自らの虚無と闇を裂き、感情の叫びを挙げさせた光とでもいうものに送るかのように。

 

「派手にやってんなぁ、杏子」

 

 声が答えた。マガイモノの身長の倍ほどの高さの場所に、それはいた。

 

「お前、本当に強いぜ。あんなドロドロとした感情ってヤツに耐えてたなんてよ」

 

 彼の背後には身長よりも遥かに巨大な闇色の沙幕が見えた。

 沙幕の形は、斧か鎌を思わせる鋭利な輪郭で縁取られていた。

 

 それが左右に一つずつ。彼の身を重力から切り離しているそれは、金属の光沢を有した翼であった。

 人の悪意と堕落が、そして闇に生まれて闇に潜む忌むべき生物である蝙蝠のそれと合わさり産み出した虚構の怪物、または概念。

 『悪魔』と呼ぶべき存在を連想させる漆黒に輝く翼が、ナガレの背に顕現していた。

 

しつけぇぞ、ほんっとテメェは往生際が悪ぃな

 

「ああ。あいつみてぇに最期の最後まで戦ってやるよ」

 

 吠えた異形に、背に異形を纏った彼は人の言葉で返した。その言葉にマガイモノは再び吠えた。

 

「怒ったか。相変わらずアスカが嫌いなんだな。まぁ、お前のままで安心したぜ」

 

 苦笑しながら、右手を側頭部へと伸ばした。手は、指先から肩まで包帯を思わせる帯で覆われていた。

 耳の少し上のあたりで、硬い質感が捉えられた。

 

「はっ、まだ足掻くかよ。てめぇも大したもんだ」

 

 指先が弄するようにそれに触れる。

 そこに生えていたのは大きく湾曲した突起、というよりも角だった。頭の反対側にも同様の物が生えている。

 彼の毛髪が蕩けて混じり合って変性し、くの字を描いて伸びたそれは牛の魔女の義体のものと同じであった。

 

「まぁちょうどいい。俺も景気づけって奴がやりたくってよ」

 

 右手が角と化した毛髪を握り締め、握力でぐしゃりと砕いた瞬間。ほぐれたそれは新しい形を成した。それに連れて、反対側でも変異が生じる。

 湾曲していた形状が解けて再び交わり、鋭く伸びた鋭角となった。

 鋭角の色は、彼の髪と同じ漆黒。耳か、または角に見える形だった。

 その角度といい、生えた場所と言い、それはマガイモノとも酷似していた。

 元となる存在が、個体は違えど種は同じである為に。

 

あたしの真似するなよな

 

「お前が真似てんだろうがよ」

 

 咆哮に返す様も慣れたものだった。普段よりも親しいまであるほどに。

 

「真似っていうならよ。まさか俺が、しかも生身で真ゲッターの真似をする日が来るたぁな…」

 

 悪魔の様な翼を眺めながら、彼は呟いた。不吉そのものを宿したような声だった。

 

「コイツだけには成りたくなかったんだけどな…ほんと笑えねえや。笑っちまうくれぇによぉ」

 

 言葉の通り、彼は凄絶な笑みを浮かべた。そしてその顔のままに、彼は告げた。

 

 

さぁ、ケリをつけようぜ。佐倉杏子

 

 

本気出すのが遅ぇんだよ。ナガレリョウマ

 

 

 再び言葉と咆哮が交わされる。

 己の感情の捌け口と慰み者を見つけたマガイモノの口からは、甘い臭気を孕んだ唾液が滂沱と垂れた。

 

 

「そうだな」

 

 距離を隔てても香る様な狂気を好ましく思うように、彼は眼を閉じて満足げに笑った。

 その眼がかっと開かれた。開いた先にあったのは、円環する地獄の様な黒い渦を宿した瞳。

 

「だからよ!最初から全力でやってやる!!」

 

 叫んだ瞬間、彼の背の翼が蠢いた。朧の様に霞み、羽搏く様は無数の刃の斬撃に見えた。

 刃の形状には斧の面影が宿っていた。

 悪魔の翼と頭角を生やした少年がマガイモノへ向けて飛翔する。

 その飛翔は直線では無かった。空間を切り刻む様に縦横無尽の軌跡を描いたそれは、慣性の法則を無視した異形の飛行だった。

 

 接触の瞬間、剛腕が振り抜かれた。腕からは無数の槍穂が針山地獄の如くに伸びていた。

 極微な隙間を掻い潜り、ナガレはマガイモノの背後へと回っていた。

 そこを真紅の熱線が貫いた。蕩けていた異界の地面に着弾し、巨大な火柱が立ち昇る。

 その頂点よりも更に高みに、ナガレはいた。

 

 展開された闇の翼の中央で、紅い光が迸った。それは、胸の前で彼が合わせた両手の隙間から生じていた。

 そして、かつてそれを見た時の記憶のままに彼は叫んだ。

 

 

 

 

ストナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 咆哮が異界を震わせた。比喩ではなく、遥か彼方の地面にまでその声は届いていた。

 噴き上がる炎でさえも、怯えたように震えていた。

 手の間の光は強さを増し、両手の間隔は肩幅程に開いた。その間には、掌から生じた光を吸って巨大化した光球があった。

 

 

 

 

サァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!

 

 

 

 

 叫びと共に光球が更に一気に巨大化。言葉の通り、太陽を思わせる赤色の珠と化した。

 炸裂する熱が彼自身の腕に広がり、指先から肩までの帯が一気に消え失せた。

 白い帯の下からは、黒色と金属の光沢が覗いた。それは真紅の光球の輝きを受け、溶鉄の色に染まっていた。

 

 魔女に喰い漁られた肉や骨を、彼は魔女の魔力と魔女自身の肉体を用いて鋼の腕として再生させていた。

 破裂せんばかりに巨大化した光の直径は彼の身長の三倍にも達していた。

 指の先端に生え揃った鉤爪が、光を抑え込む様にその表面に喰い込んでいた。

 それに抗うように、光の表面には無数の波紋が蠢いていた。

 

 

 

 

シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアインッ!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 そして少年は咆哮と共に光球を掲げ、一気に両腕を振り下ろした。

 真紅の光球は不規則な軌道を描き、まるで呪いの様にマガイモノへと向かって行った。

 マガイモノはそれを前に、一歩だけ身を引いた。しかしそれ以上は動かず、真正面からそれを受けた。

 赤黒い腹に光球が直撃した瞬間、光はマガイモノの全身を包み込んで炸裂した。

 紅い光球の拡大は止まらず、地面を削りながら半円形に立ち昇る中、それを突き破り巨体が宙に躍った。

 身体の右半分が消失し、断面は炭化し体表が焼け爛れていながらもマガイモノは戦闘力を失っていなかった。

 

「やるじゃねえか!杏子!」

 

 一瞬にして眼の前へと出現した巨体を前に、彼は叫びながら両手を掲げた。

 指先に鉤爪を有した両手は、手斧サイズとなった両刃の斧を握っていた。

 禍々しい波が打たれた刃を見せた、獰悪な凶器であった。

 振り下ろされた剛腕に、彼はそれらを叩き付けた。

 マガイモノの剛腕は振り切られず、そこで停止していた。

 冗談のようなサイズ差でありながら、彼は真っ向からの剛力に耐えた。

 ただでさえ高い身体能力が、取り込んだ魔女の力によって魔法少女級に強化された結果であった。

 

「行くぜぇぇぇえええええええええ!!!」

 

 叫びながら悪魔然とした翼を開いて飛翔。ジグザグとした飛行をしながら、巨体を縦横無尽に切り刻む。

 迎撃の熱線と結界魔法を掻い潜りみながら、異形の戦士と化したナガレが両刃の斧を振ってマガイモノの身体を削っていく。

 無数の槍穂が迎撃し、斬撃や障壁が迎え撃つ。

 切断された個所が蠢いて泡立ち、更に攻撃的な姿となって再生していく。

 そこを更に破壊し、傷口を残忍な刃が切り刻む。

 

 絶叫と咆哮が融け合うように、異界の空に木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだ、あいつら」

 

「戦いだろ。見て分からないのか、呉キリカ」

 

「悪いが私は貴様ほど狂ってないからな。あれはなんだ、怪獣映画か?」

 

「さしずめ、宿敵二体の直接対決だな」

 

「ああ。こんな時でも名前を呼び合ってイチャつき腐ってる彼奴らは、うんざりするくらいに宿敵同士だろうよ。それでお前は連中の眼中には無い部外者だ」

 

 遠方の死闘を眺める魔法少女達は、険悪な雰囲気のままに己の意見を述べ合っていた。

 部外者の言葉に、朱音麻衣は歯を軋ませた。実際に何本かが折れ、砕けるほどに食い縛られていた。

 

「その扱いは御免被る。私は参加させてもらうとしよう」

 

 腰に下げた刀を抜くと、麻衣は虚空を断つ魔法を刀へと与えた。

 

「死ぬ気かい?」

 

「かもな」

 

「平然と言う奴だな。友人に毒され過ぎだ」

 

 憐れな奴めと続けたキリカに、麻衣は軽く鼻を鳴らして答えた。

 

「命は大事に使う。その命を燃やすときが今なのさ」

 

「ははっ、まるで狂信者だな。友人も便利な奴が出来て、さぞ嬉しいだろうよ」

 

 無表情のままに、口だけは半月を描いてキリカは笑った。

 その鼻先に、ほんの一ミリだけの隙間を残して麻衣は刀を突き付けた。

 

「お前に何が分かる」

 

 地獄の底から響くような声には、感情が鎖の様に絡みついていた。

 愛情と、嫉妬と、獲物を奪われた肉食獣の様な、貪欲なる欲望への渇望が。

 血色の眼は潤み、刃はキリカに向けられてはいたものの、その眼が宿す殺意の矛先は彷徨っているかのようだった。

 武者姿の魔法少女の苦悩に、キリカは朗らかに笑い、こう言った。

 

「「なんで」「どうして」「これから」」

 

 麻衣の眼が瞬いた。涙が弾けて垂れ、頬を濡らした。

 

「どうせそんな事を考えてるんだろ。友人にイカれるのは構わないが、そんな難しい事を考えるのは生き延びてからにしとこうよ」

 

 形で見れば優しそうに、されど感情のこもらない、無関心な口調でキリカは述べていた。

 いつもの狂乱の一種だとは麻衣も分かっていた。

 この美しい悪鬼の首を撥ね飛ばし、素手で肉を引き千切って細切れにしてやりたい激情が湧いたが、キリカの言葉は麻衣の心の中で反芻を繰り返した。

 なんで、どうして、これから。その言葉が、何故か胸に突き刺さる。

 まるで心臓を抉られるような、幻痛が胸の奥を焼いた。

 

「そうか」

 

 痛みを覚えつつ、麻衣は刀を下げた。

 

「そうだな」

 

 言い終えると、麻衣は首を小さく左右に振った。眼の涙が剥がされ、血色の眼からは潤みが消えた。

 そして、殺意と戦意に燃える瞳のままに彼女は刀を振るった。

 

「私は行く。お前は好きにしろ」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 麻衣は再び小さく鼻を鳴らした。親しみの一切が籠っていなかったが、代わりに憎しみは僅かに減っていた。

 共に歩む魔法少女達の宝石は、黒々とした闇を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 


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