魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
黒、黒、黒。
天も地も無く、世界は黒で満ちていた。その中で、ぬらりと蠢くものがあった。
牛を模したような影靄で出来た、身長にして二メートルにも達する巨体。牛の魔女と呼ばれる存在だった。
魔女の正面にはその半分程度の大きさの何かが地面から突き立っている。その表面にもまた、黒い靄が掛かっていた。
靄の形状は鰻か蛇を思わせる黒い流線。それが覆うものの姿は膝を着いた人間だった。
自らの胸を巨大な槍で貫き、槍の切っ先は背を抜けて、血塗れの切っ先には引き千切られた心臓の繊維が付着していた。
それを流線の一つが慈しむように身を絡ませ、臓物の一部を体内へと取り込んだ。
無数の細長い者達に絡まれたものが行われているのは、異形による捕食行為であった。
心臓の回収を見届けた瞬間、牛の魔女の巨体は霧散し自らもまた靄と化して、己を槍で貫いた者へと覆い被さった。
彼の全身を覆った魔女の行為は単純なものだった。
喰う。食む。貪る。啜る。食らう。喰らう。喰らう。
魔女の存在そのものが肉体に吸い付き、魔女を構成する魔力が血肉へと染み渡っていく。
力を行使されていた身ゆえに、この存在が持つ人間にあるまじき力は熟知していた。
それゆえに、喰い尽くすなど勿体ない。
これを我がモノとしたいと、異形の思考でありながら、それは確かな意思となって魔女の行動を促していた。
この力があれば、天敵である魔法少女は今までよりも簡単に葬れる。血肉を啜り骨を噛み砕き、更には性的にも辱められるだろう。
孕ませた胎児を生きたまま抉り出し、産声を挙げるそれを、上顎と下顎に手を掛けて真っ二つに千切り割いて、母親となった魔法少女に喰わせながら更に犯してそいつの肉も喰らう。
実に楽しそうだと、絶望より生まれた人間の精神の、更に成れの果ての落とし子は本能からの悪意でそう思っていた。
最初の生贄は…そうだ。ちょうど近くにいる紫髪の女でいいと。
自らの腹で命を育みたい、誰かを愛したいという欲求は以前元主と共に交えた剣戟を通して伝わってきていたし、それを叶えつつ破壊するのも愉しいだろうと。
邪悪な未来を叶えるべく、最後の仕上げに取り掛かろうと魔女は力を行使した。
この黒で満ちた空間自体は魔女の口づけと使い魔と、そして魔女で包まれた嘗ての主の姿を象った精神の合わせ鏡であり、魔女は既に彼の精神へと触れていた。
喰い漁る行為は精神又は魂への浸食であり、それらを隷属させるべく魔女は肉体としてのビジョンで精神世界に投影された彼の身体を貪った。
そして自らの悪意を、存在を注ぎ込む。肉の器は魔を宿し、全くの別物へと変わっていく。
邪な作業に魔女と呼ばれるその存在は没頭していた。そこには異形であったが、確かに性的な快感さえも含まれていたのかもしれない。
牛の魔女が持つ本来の魔法である幻惑の力が最大限に行使され、彼女は少年の精神を己の物とすべく邪悪なる行為に耽っていた。
その時だった。
「掴まえた」
女のような声であったが、籠められた雰囲気と絶望から生まれた魔でさえも怖気が奔るほどの獰悪さを秘めた声だった。
声の源泉は魔女の直ぐ近く、どころではなかった。
魔女が汚染を続ける肉体の主そのものから放たれていた。
「よっと」
軽く言い様、跪き闇に覆われた肉体がずるりと二重にぶれた。黒い靄が剥離し、その中からまるで脱皮でもするようにして、少年の姿が身を顕した。
血に染まった衣服はそのままに、それはナガレと呼ばれる黒髪の少年の姿を取っていた。
その姿の虚影と化して跪く魔女を、その前に立った少年の渦巻く瞳が見降ろしている。
そして魔女はというと自らの姿は何時の間にか、今まで喰い貪っていたはずの肉の中にいた。
外側から浸食を観測していた筈なのに、胸を突き刺し跪く少年の姿へと、まるで檻の様にして閉じ込められていた。
困惑する魔女を尻目に、ナガレは自分を貫いていた筈の槍へと手を伸ばした。
白手袋で覆われた手が槍の柄を掴み、そしてこう言った。
「お前とは上手くやっていられた積りなんだけどよ、魔女ってだけあってロクな事考えてねえのな」
ナガレは。
リョウマは皮肉気に言う。魔女の精神を覗いて、少なくとも見掛け上は平然としているなど異常に過ぎた。
こいつの持つ精神や魂、そして心というものは、魔女よりももっと悍ましい何かとしか、牛の魔女には思えなかった。
そもそもどこからが現実で、何処からが己の幻惑魔法を含めた魔力の制御下であったのか。
自らが行使する幻惑と精神への干渉に、この魂がいつ打ち勝ったのかさえも魔女には分からなかった。
「でもま、たらふく肉を喰えただろうが」
冗談ではないと、魔女は思った。実際は精神干渉に力を注ぎすぎ、全身どころか両腕の肉を八割ほど齧り取った程度だった。
程よく焼けていて美味いと言えば美味かったが、割になど合わないし魔女の欲望は底なしである。
その底なしの欲望や悪意が。
獲物である筈の人間によって今、抑え付けられている。
今までは逆らったら物理的に殺されるゆえに、更には正直そこまで嫌でも無かったが従っていた魔女としても理解不能だった。
「押し売りみてぇで悪いけど、代金は支払えよ。人としての常識ってヤツだ。借りた金はちゃあんと返すみてぇにな」
利子を付けてなとも彼は加えた。
ドヤ顔みたいな精神の声で彼は語った。まるで今までの人生で、さも自分がそれを遵守してきたとでもいうように。
だが少なくとも人間が魔女に人の道を説くというのは、世も末ないいところな異界じみた所業である。
「んじゃ、『契約成立』ってコトで。これからもよろしくな」
意味不明過ぎる言葉だった。そもそも本人が契約という行為の根本を分かっているのかすら定かではない。
記憶の奥の奥の片隅で、そんな言葉を何処かで聞いたような気分が魔女の中に木霊した。
だがそれも一瞬の事であり、絶望の象徴たる魔女の感情はこの時完全に駆逐されていた。
恐怖というものを除いて。
牙を見せて嗤う、少年の姿をしたものが跪いた魔女に突き刺さる槍を抜いたその瞬間。
広がる闇は千々と千切れ、そして鏡の異界の中に築かれた常世が顔を覗かせた。
槍を手に持ち光を浴びるその様は、闇を祓い世界に光を齎した若き勇者の姿に見えた。
祓われた闇の内から出でた渦巻く瞳が最初に見た者は、全身の衣装を朱に染めた武者姿風の魔法少女の姿だった。
少女が口を開く前に、その姿が黒く染まった。
黒とは、異界の光源を覆って展開された何かだった。
「悪いな」
黒が麻衣の姿を覆った時、ナガレはそう言った。
光源を遮られ、闇が降りた麻衣の腰に右腕を巻いた。
悪いとは少女の身体に触れたコトについてだろう。
そして力強く、一気に地を蹴った。
重力を引き剥がして高々と舞い上がったその跳躍は、その後に生じる筈の落下の音を響かせなかった。
異界の風が頬を撫でる中、麻衣は彼を見た。十二分な男らしさを宿しつつも、美しい少女の様な顔立ちが見えた。
そしてその背を血色の眼がちらと覗いた。
「ああ…」
感嘆とも哀切ともとれる、声が漏れた。
「やっぱり君は最高だ」
濡れた声で更にそう続けた。
恋慕に浸る乙女の声だったが、その顔付には生死の狭間を揺蕩う剣鬼の如く陰惨さが影となって貼り付いていた。
「んな言葉、もっと別のコトに使えよ」
ナガレは麻衣へと笑い返した。いつもの笑い方だった。
地獄を宿したような渦巻く瞳も、牙の様な歯も何時ものままに。
但し異界の地面に降りたその影は、人間の形をしていなかった。
麻衣の腰を抱き、腰の裾を掴んだ腕と手の質感もまた、肉のそれではなかった。
相変わらずこの二人は仲が良い(麻衣さんのマギレコ実装を望みます)
そして結局、893の借金どころかラーメン屋のツケも払ったかどうか怪しい男であった