魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第44話 紅黒く醜く淫らに強く②

轟音に爆音、怒号に咆哮が木霊する。

地面と大気は常に震え、どこからか飛来した、砕けて散った鏡の破片たちは地面でかたかたと笑うような音を立てていた。

その一つを、黒い安全靴が踏み潰した。

相応の硬度を有していたはずなのに、それはスポンジのように音も無く潰れていた。

潰れた破片の上に、その加害者である小柄な人影が降りていた。

人影は宙を飛翔し、林立するオブジェや建造物を蹴って撞球の様に上昇していった。

 

地上五十メートルの高みに到達するまで、三秒と掛からなかった。

その場に身を躍らせたのは、黒く赤く染まった私服を着たナガレだった。

宙に舞う彼の周囲には無数のビル群が立ち並んでいた。

壁も窓も、全てが鏡で構築された水底を思わせる色をした異界の建造物だった。

 

正確には彼の背より奥が、であった。

彼の視線の先、彼がここへ来るまでにあったもの、彼の視線の先には建造物どころか平坦な地面が消失していた。

崩れ落ちた物体が堆積して山を成し、地面には無数に亀裂が入り、まるで地獄へ続くかのような裂け目を形成していた。

 

そして既に建造物よりも高い場所にいる彼の上に、巨大な影が降り注いだ。

異界に破壊を成したものの姿が生み出した影だった。

 

それは肉と機械が蕩け合わさったようなグロテスクな装甲で身を覆った、異界の兵器のマガイモノ。

真紅の魔法少女の絶望が産み出してしまった、忌まわしき姿。

身長百六十程度の少年と、全長四十メートル近い巨体との対峙は冗談を越えて悪夢の光景となっていた。

 

「行くぜ杏子ォォォオオオオオオオオオ!!」

 

名を叫びながらナガレは斧槍を振った。

彼が流した血と、魔法少女から溢れた異形のエネルギーによって生成された赤黒の私服を纏って幅広の黒斧を振うその姿は、贔屓目に見ても悪魔の姿に近かった。

対するマガイモノの外見もまた、地獄に住まう悪魔でさえも身を背けかねない醜悪で痛ましい姿だった。

魔法少女が顕現させた異形が吠え、獰悪そのものの顔で剥き出しになった無数の牙の全てが傾斜し、切っ先を彼へと向ける。

 

旋回する斧、突き出される槍。

無数の槍と斧槍が交差する。

 

斧が槍を逸らして切断し、槍が斧の腹に激突し一瞬にして無数の火花が散った。

斧が織り成す物理的な防御を突破し、数本の槍がナガレへと向かう。

それぞれが心臓と腹と頭部を串刺しにすべく体表に切っ先が触れた瞬間、肌と槍穂の間に紅の光が生じた。

拳大の六角形の紅光が、槍の前進を阻んでいた。

 

その停滞も一瞬であり、槍は即座に障壁を貫通した。

だがそれより一瞬早く、彼はバク転の要領で宙を舞っていた。

足場となったのは、障壁により停滞していた槍穂状の牙だった。

 

滞空の最中、彼は左手を突き出した。

普段は白く、今は剥き出しになった内臓の如く赤黒い色と化した皮手袋で覆われた手は黒光りする物体を握っていた。

それは彼の外見での年齢、凡そ十三から十四歳程度の年少者が持つにしては異質であり、今の現状を鑑みればあまりにも無力な、何の変哲も無い拳銃であった。

暇つぶしと申し訳程度の地域貢献を兼ねて趣味的に行っている暴力団や半グレ等の抹殺の折、永久に拝借した得物の一つだった。

 

四肢切断や内臓の破裂どころか、惨殺死体や焼死体状態からも平然と蘇る魔法少女や、文字通りの化け物である魔女相手にはほぼ何の役にも立たない無意味な鉄塊はしかし。

彼がジャケットの背部から取り出した瞬間から魔力を纏い、引き金を絞った瞬間にはその姿を大きく変えていた。

掌とさして変わらない大きさだったそれは、彼の腕に匹敵する長さの銃身と魔力を孕んだ弾丸を詰めた、丸い弾倉を備えた異形の機関銃と化した。

 

「喰らいなっ!!」

 

一瞬の内に変容したそれの引き金を絞ると、銃口からは破壊の申し子たちの産声が上がった。

 

マガイモノの顔面に無数の弾丸が突き立ち、次々と破裂していく。

放たれた弾丸の一発一発には黒い斧の面影があり、肉襞と金属を思わせる異形の装甲に突き刺さって炸裂。

肉片と甲殻が弾け、硬質な金属が破壊に抗う。

 

無数の弾丸は一発一発が精密射撃の精度を持ち、槍のように伸びた牙の根元である桃色の歯茎を正確に射抜き破壊していった。

しかしマガイモノはたじろぎもせず、その両腕を高々と掲げた。

両腕の先にある爪を有した五指同士が組み合わさり、岩塊の如く巨大な拳が形成される。

 

「ちっ」

 

吐き捨てつつ、ナガレが牛の魔女に命じて退避を促す。

魔女の浮遊能力を利用し、戦線からの離脱を図った。

背中を魔力で引っ張る様なイメージを浮かべると、魔女は彼の望みを叶えた。

だが後ろに弾けるように飛んだ瞬間、マガイモノの巨体は彼の背後に回っていた。

この巨体でありながら動く速度は彼と大差がなく、それどころか魔法少女の機動力を有していた。

回避は不可能とみて両腕を掲げて防御の体勢を取った瞬間、飛燕の速度で拳が落下。

 

直後に天より降りた黒い流星は複数の建造物を貫き、地面に激突し直径二十メートルに達するクレーターを生んでいた。

深く広い円周のクレーターの中央には、長い手足を投げ出して仰向けに倒れたナガレがいた。

彼の背で、赤い燐光が舞っていた。

 

「ぐぅ…」

 

魔女に発動させたダメージカット、通称ダメカを全力展開したものの流石にこの衝撃はかなり効いていた。

牛の魔女は即座に治癒魔法を全開発動、主の負傷を魔力が強引に修復する。

 

破裂した内臓が高熱で繋がれ、裂けた肉が歯か牙で強引に無理矢理噛み潰されて癒着されるような苦痛が全身に広がる。

狂わんばかりの激痛で真っ赤に染まる視界で彼が下した自己判断は、まだこれからだという闘志の発露であった。

 

そこに向け、間髪入れずに赤黒い拳が放たれた。

拳はその軸線上にある複数の建物を、砂上の楼閣のように容易く貫いていた。

隕石の如くクレーターに突き刺さりその面積を倍加、どころか周囲一帯に激震を走らせ地面を陥没させた。

 

蜘蛛の巣のように這う亀裂の上空、地面から噴き上がった破片の中に混じり、少年の姿は宙にあった。

拳が地面に突き刺さる数瞬前に跳ね起き、地を蹴って跳んでいた。

魔女の力を借りて跳躍し宙で斧を振りかぶった先には、異形の後頭部が聳えてた。

 

振り下ろし様、ナガレは異形の外見をつぶさに見た。

自分の知る機体と比べ、かなり細身で手足も人の輪郭に近かった。

有機物と無機物が混じったような異形の装甲の分だけ人体よりは太かったが胴体にはくびれが浮かび、その身体の形には見覚えがあった。

マガイモノも彼に気付き、横顔をこちらに向けた。

 

「笑えねぇな」

 

思考を打ち切り、吐き捨てながらナガレは斧を振り下ろした。

顔面に突き刺さる筈の刃は、飛燕の速度で飛来した左手で受け止められた。

皮手袋に似た質感で覆われており、巨体に相応しい巨大な指が生えてはいたが、その形はどう見ても女性の手を連想させる繊細さが見受けられた。

 

斧は人差し指に命中した。

彼の感覚は最初に肉の柔らかさが感じ、次いで金属の感触を覚えた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおりゃあっ!!」

 

内に湧いた生理的嫌悪感をブチのめすようにナガレが叫び、斧を思い切り引いた。

巨大で繊細な形状の指が纏めて切り裂かれ、四本の巨大な塊が宙を舞う。

真っ黒な断面からは、汚泥の様にどろりとした闇が零れた。

魔法少女を苛む黒色は尚も溢れ、巨体の隅々に行き渡っているらしい。

 

指を切断したナガレは、そのまま下方に向けて飛んだ。

魔女に命じ、背中を魔力で蹴り飛ばす要領で加速する。

目指した先は槍穂の様な装甲で守られた膝部分、その背後であった。

 

「もう一丁!」

 

音速に近い加速を身に宿したまま、ナガレは横薙ぎの一閃を放った。

人体同様鍛えられない膝裏を切り裂き転倒を誘発。

四肢を破壊し行動不能にし、その間に巨体を解体するしか今の彼に打つ手はない。

 

魔女の力も載せた一閃は通常の魔女なら一撃で屠る威力が乗せられていたが、その斬撃は虚空を切った。

間合いを誤った訳でも、ましてや外した訳でもない。

接触よりも前に膝関節は外れ、自ら隙間を生んでいた。

生じた隙間がずれ、その断面が蠢いた。

死んだ獣の毛皮の内側で、肉を漁る蛆虫の様に。

 

無数の丸い点が断面を埋め尽くしたと見えた瞬間、それは泡のように弾け滂沱と溢れ出した。

 

「白丸っ!?」

 

滞空する彼の前の様に広がったものの形を、彼はそう評した。

溢れた赤黒い闇が取った姿は、キュゥべえと自称した獣を連想させる小動物然とした姿だった。

だがその手足は全て槍穂を思わせる鋭角と化し、人間の子宮に酷似した形状の顔には、無表情な眼はそのままにマガイモノ同様の悍ましい口が開いていた。

卵巣に似た耳の先にある指状の器官の先端には爪が生えており、全体的に見て吐き気を催すほどに醜悪な姿となっていた。

 

一瞬の内に生じた異形は彼の背後へも回り込み、その数は細菌を思わせる膨大さとなっていた。

それらが一斉に口を開き、ナガレへと襲い掛かった。

水平ではなく縦にされた魔斧が迎撃し、弧を描いて振り回された斧の腹への激突で百体を超える異形が体液を散らして粉砕される。

生じた隙間へ、彼は異形を蹴り飛ばして飛翔した。

大半の牙と爪を空振らせたが、それでも数十体の獣たちが彼の背に貼り付き衣服や肌に爪と牙を立てた。

動きが停滞した瞬間を狙い、残りの獣たちも彼へと迫り彼の姿は蠢く赤黒の中へと消えた。

 

 

「しゃらくせえ!」

 

背中の獣たちの牙が肉に埋もれた瞬間、ダメカを全開発動。

生じた障壁が獣の口に炸裂しその頭部を消し飛ばし、その衝撃を魔女が増幅し彼の体表を通じて群がる獣へと襲い掛かった。

まるでポップコーンの生成のように獣の顔や胴体が弾け、外見同様の赤黒く汚らしい飛沫を放って四散した。

だが彼も更に負傷し、牙が立てられた全身からは出血。

獣から噴出した汚液が赤黒い衣に更に色を足した。

 

「確かにそいつは分散するけどよ、こりゃねえだろが」

 

ようやく着地し、凄惨さを増した血染めの姿でマガイモノを見上げながら彼は愚痴った。

切り結んでから数十分が経過していたが、有効打に欠けていた。

魔女の中に積載した銃火器は未だに大半が残っていたが、マガイモノの動きが素早く使う機会が限られる。

そして距離をとれば、普段であれば…。

 

「やべぇ」

 

そう思考を過らせた彼の眼前で、マガイモノは右手を広げた。

まるで挨拶でもするように、無造作な様子だった。

仲が悪すぎてロクに見た事がなかったが、それだけにやりとりを行った記憶は鮮明に残っていた。

 

真紅の魔法少女の繊手の面影を宿した五指が広げられると、指の表面から無数の紅が連なった。

それは四方八方に伸びて着弾、更には着弾地を基点に爆発的に増殖。

地面に建造物に、一瞬にして広大な範囲に連なる真紅の菱形が刻まれた。

 

そしてマガイモノは手を握り込んだ。

破砕されていた歯茎は既に再生し、それを突き破りながら無数の槍穂を思わせる牙が生え揃う。

新生した口元は嘲弄を浮かべているように見え、元の姿の少女の眼付の輪郭に酷似した眼も挑発の形を浮かべていた。

 

こればかりは、混じりっ気なしの真紅をした鎖状に連なる菱形は、彼の周囲と地面を紅に染め上げていた。

菱形はナガレを中心にした場所を取り囲むように敷かれていた。

 

「いつも思うけどよぉ、杏子。やっぱお前強過ぎるぞ」

 

一斉に発光を強め、異界の一角が紅の色に染まり切る。

真紅の結界の中央に立つ彼も当然、その光に染まる。

それはまるで、祭壇に捧げられた贄を舐め廻す巨大な獣の舌を垣間見たような光景だった。

 

「ZEROの野郎を相手にしてた方がよっぽどマシだ」

 

牙の様な歯を見せながら、彼は何故か満足げな笑みを浮かべた。

単純に、強いものは好きなのだろう。

 

一際眩く光が発光したその瞬間、菱形の一つ一つが一気に炸裂した。

真紅の光は同色の十字を頂いた槍と化し、全方位から彼に向って殺到した。

 

無数の真紅の毒蛇に群がられるが如く、異形の槍衾が押し寄せる。

それは彼の存在を完全に消し去るが如く、空間を埋め尽くすように。

無数の槍が乱舞する様は、紅の風が渦を巻いているようにも見えた。

 

その時、鈴の音の様に美しい音が鳴った。

それを皮切りにして、殺到していた槍が次々と切断されていく。

空間が開かれ、その中央に立つ者が姿を見せた。

 

ナガレは全身に更に傷を負い、生きているのが不思議な有様となっていた。

歯を食い縛られた口の端や、槍によって裂けた頬からは黒い煙が湧いていた。

 

「悪ぃな杏子。俺は諦めが悪いんだ」

 

言い終えると、砕いた破片を飲み込んだ。

それは胃に達する前に煙と化し、彼の内へと吸い込まれた。

魔法少女の絶望を吸った魔の卵を噛み砕き、溢れた魔を彼は魔女の力を介して己の力に変えていた。

脳を切り刻み、そうして生じた無数の隙間に直接記憶を流し込まれるような感覚が、彼の精神に灼熱となって爪を立てる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

怒りが凝縮された咆哮だった。

少なくともそれは、魔法少女の絶望に屈した自棄の叫びでは無かった。

最後の最後まで足掻き生きようとする、飢えた獣の叫びだった。

咆哮に含まれた怒りとは、理不尽に対するやり場のないものと、そして異形の力に頼った彼自身に向けられていた。

 

それさえも力に変えて、彼は走った。

自らへ殺到する槍の大群を足場に跳び、行く手を遮るものは全て切断し、身に触れるものは更に出力を上げた障壁で弾きながら。

槍の大群の破壊と死に物狂いの走破はマガイモノの予測を超えていたのか、巨体の動きは鈍かった。

勝機と見た彼は一気に跳躍。

群れを成す槍と同色の光が灯る胸元へ、跳躍の威力を乗せた蹴りを叩き込み巨体を大きく揺るがした。

肉襞に甲殻が弾け、生物で云う骨格を形成する金属が大きく歪む。

 

そしてナガレは両手で魔斧を握り、紅の光の下へと全力で叩き付けた。

肉が波打って引き裂け、光の上に縦一文字の傷口が開いた。

傷口からは真紅の光が溢れ、血みどろとなった彼を更に赤く染め上げた。

 

「待ってろ。今」

 

力の反動により虚脱感を覚えながら、彼は再び斧を振らんと構えた。

その瞬間、彼は背後へと振り返った。

 

空を切って飛翔する物体を、彼の感覚が捉えたのだった。

それは虚空を切って飛来する真紅の十字槍であった。

斧で弾くか回避するかと思った刹那、彼の左手は掲げられていた。

 

「!?」

 

意図せぬ行動に驚きつつ、彼は掌にダメカを発動。

紅の障壁が展開され、槍の切っ先が激突する。

嫌な予感が胸を刺したその瞬間、障壁は微塵と砕けていた。

砕けた瞬間、彼の胸を目指していた槍は衝撃で上を向いた。

そして。

 

「ぐっ…」

 

僅かな苦鳴と共に、血と肉が弾けた。

首を捻って躱したものの、槍の十字部分の端が彼の左目を抉り取っていた。

 

「おい…これ、まさか」

 

自分で行っていながら自分の意思と外れたような不可解な行動と不運、そして見覚えのある場面。

不吉な予感が脳裏を過ったその時、彼は背後によく知った気配を感じた。

振り返るより早く、彼の血染めの胸を少女の細くしなやかな手が嘲弄するように撫でた。

繊手に宿るのは、炎の様に熱い体温だった。

 

「お前っ!!」

 

後ろに顔を向けかけて叫んだ瞬間、手が触れていた胸に衝撃。

勢いのままに圧され、マガイモノの胸へと彼の背が激突した。

肉々しく不愉快な質感が彼の背に不快感を刻むが、彼にはそれを味わう余裕は無かった。

 

「がはっ…」

 

彼の口からは黒血が吐き出され、胸も血に染まり切っていた。

十字の真紅槍が、彼の胸に深々と突き刺さっていた。

 

「なんの…これしき…」

 

心臓を外れてはいたが、彼は瀕死の重傷に追い込まれていた。

苦痛のままに見上げた先に、無数の槍が飛来する様が見えた。

 

血染めの咆哮を上げ、彼は斧を傍らに放ると両手を突き出した。

伸ばした手先には先の拳銃が握られ、これもまた機関銃へと姿を変えた。

飛来する死の流星へむけ、彼は重火器を放った。

無数の弾丸が無数の槍を撃墜してゆき、空中に紅の破片が千々と散りばめられていく。

 

彼の周囲、即ちマガイモノの胸や胴体、それどころか全身には既に百本を超える槍が突き刺さっていた。

槍はビルや地面に展開された菱形の結界から放たれていた。

巨体に比べて槍は小さいとはいえ、自らごと刺し貫く戦法には彼への憎悪と狂気が感じられた。

 

胸からの大量出血により視界が霞んだその時、彼の右肩を槍が射抜いた。

関節を砕かれ機能を喪失し、機関銃が手から滑り落ちる。

気にせず残った左腕で連射を続けるが、一本、また二本と槍が弾幕を抜けて飛来した。

 

「あぐっ…ぐぁ…」

 

槍は腹と左脚を貫き、彼の身が完全にマガイモノへと固定された。

身を動かそうとするが、十字部分が肉に喰い込んでいてびくともしない。

銃器を離して左手で脚の槍を抉り抜くべく手を添えた時、彼は槍の飛来が無い事に気が付いた。

見上げた先には飛来する槍は無かった。

代わりに、視界の端から迫り来る巨大質量があった。

 

「杏…子…お前…マジかよ…」

 

血を吐き出しながら言葉を紡ぐナガレの胸の前へと、ゆっくりと流れていったそれは超が付くほど巨大な槍だった。

嘗てキリカを焼き尽くした際に杏子が放ったものと同型且つ、更に巨大化させた十字槍だった。

巨大化を果たした理由は簡単だった。

マガイモノにそれを握らせる為である。

 

「正気か…お前…」

 

喘鳴の様な声に、彼の背後にいるものは気配で返した。

 

あったり前だろ。血腥く、容赦なくって言ったじゃねえか

 

返ってきたものを言葉にすればそうなるだろうと、彼は受け取った。

血を吐きながら彼はそう思った。

 

マガイモノは手慣れた様子で槍を旋回させ、穂の近くを両手で握った。

そしてその切っ先を自身の胸に、そこに突き刺さった少年へと向けた。

 

「やるじゃ…ねえか…佐倉…杏子」

 

虚ろとなりゆく視界で、彼は真っすぐに槍を、己の破滅を導くものを見据えていた。

最後の力を振り絞り、ナガレは傍らの斧槍を手に取った。

 

逃げ出す格好の機会だと云うのに、牛の魔女は素直に従った。

これが死した彼を喰う為なのか、或いは情が湧いたのかは分からなかった。

ただその様子に、彼は血で汚れ切った歯を見せて小さく笑った。

 

「来いよ…杏子。勝負と行こうじゃ…ねえか」

 

確実な破滅を前に、彼は最後とは言わなかった。

そしてその願いをマガイモノは、佐倉杏子は応えた。

 

腕が可動域一杯に伸ばされて槍が引かれ、そして思い切り手前へと引かれた。

それは明らかに、自分への被害さえも度外視した力が籠められていた。

 

迫り来る圧倒的な存在を前に、それでもナガレは斧槍を振った。

口から鮮血を吐き出しながら放った咆哮は、生物の奏でられる音とは思えなかった。

まるで架空の生物の様な、例えるならば、瀕死の竜が最期に口から放った紅蓮の炎を思わせるような。

それは、そんな叫びだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那の後、咆哮が迸った。

マガイモノが放つ、異形の雄叫びだった。

だがそれは、勝利の歓喜に満ちたものではなかった。

 

彼がいた場所には、不自然な程に丸い円を描いた陥没が生じていた。

陥没と言うよりも空間が消滅したとでもいうように、異形の装甲は滑らかな面を見せて消えていた。

 

ぽっかりと空いた穴の奥では、紅の光が輝いていた。

人型の輪郭と、頭部にある二つの光点は溶鉄の如くぎらついた光となっていた。

 

槍を握るマガイモノの手が震え、異形の口が牙を全開にしながら叫びを放ち続ける。

その叫びには、少女の絶叫が重なっていた。

異形の咆哮さえも塗り潰すような莫大な音量と、音としてのおぞましさ。

憎悪で満ちた咆哮だった。

 

魔法少女の、佐倉杏子の声で奏でられた音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、世話の焼ける殿方だな」

 

その凛とした声は、血の大半を失ったナガレの頭にもはっきりと届いていた。

 

「痛むぞ」

 

いい様、指先が露出した黒手袋を嵌めた手が、仰向けにされた彼の胸と腹に刺さった槍に触れた。

そして間髪入れずに一気にそれを引き抜いた。

体内に残っていた最後の血液が一気に溢れ出した瞬間、治癒魔法が二重に最大展開される。

一つは傍らに横たわっていた牛の魔女の本体から、もう一つは薄紫髪の魔法少女が放つ不慣れなものが。

 

「悲鳴一つ挙げないか。矢張り…君は…イイな…」

 

精悍な声は、後半から陶酔の響きを宿し、その様子を見る血色の眼にも感嘆と…押し隠せずに僅かに覗いた欲の色が顕れていた。

 

「お前…もな。やっぱ生きてたか」

 

腹と胸、命に係わる傷が塞がるとナガレは立ち上がった。

脚を立てる時によろめきこそしたが誰の補助も無く、力強く地に足を付けた。

やや咳き込んでいたが、発声にも異常は無かった。

 

「ああ、君との勝負は終わってないからな。あれしきの連中に負けて堪るか」

 

それに負けじと、紫の胸当てで押さえつけても豊かに膨らんだ胸を張り麻衣は応えた。

治ったばかりの彼の背をバンと叩きながら、親友然とした様子で語った。

人間関係が大問題ばかりの彼ではあるが、別の問題を孕みつつも麻衣との関係はその中では良好なようだ。

麻衣もまた負傷は治癒されていたが、顔は血染めのままだった。

 

そして自信ありげな様子だった麻衣だが、不意にハァと溜息を吐いた。

 

「と、言えれば恰好が付くのだがな。残念ながら独力では連中に勝てなかった」

 

そう言いながら麻衣は顎をしゃくった。

言われるまでも無く、彼も気配で気付いていた。

頭に超が付くほどの不吉と混乱、そして破壊と怠惰の混沌のような存在に。

 

 

 

 

「ちぃーっす」

 

聞き慣れない挨拶を、黒い魔法少女は放った。

異界の構造物に座りながら、奇術師風の衣装の袖を両手でパタパタと振りながら。

 

「久しぶりだね友人。一時間ぶりくらいかなぁ」

 

「多分な。お前も元気そうだな」

 

「お蔭さまでね。とりあえずやる事はやるけど、後で年長者らしく説教をさせて貰うよ」

 

麻衣とナガレは顔を見合わせた。

年長?という視線が交わされる。

その様子を全く無視し、片目を眼帯で覆った白と黒の色を纏った少女はこう告げた。

 

「ハイハイ、まぁそう云う訳で。私はご覧の通り正義の魔法少女きりか☆マギカですが、この事態に関する情報と的確な対処は如何っスかぁ?」

 

何時ものように朗らかと、そして何かの真似なのかキャラが崩壊した口調を、普段通りの美しい声で呉キリカは述べた。

血染めの顔で苦い顔をする麻衣とナガレであったが、キリカはその二人の様子に頸を傾げていた。

彼女としては、こういうのも面白いかなと思っての発言だった。

 

元ネタは第八話の台詞だけど友人は気付くかなという期待感が、身体の発育具合に反比例した幼い顔に浮かんでいた。

自由過ぎる彼女に、現在のシチュエーションについての意識は見た限りでは皆無だった。

ちなみに彼は映画の周回しかしておらず、本編は未見なので応えられる筈も無かった。

麻衣は履修済みだが、細かすぎてそこまで気が付かなかった。

ほんの一瞬コミュニケーションをしただけで、麻衣とナガレは薄っすらと疲労を感じていた。

 

 

まだ彼方ではあるが、真紅の憎悪が滴る破滅の叫びはここにも届いていており、それは近付いているように感じられた。

よって時間はあまりなく、ナガレと麻衣はこの厄介極まりない魔法少女の力が欠かせない事を思い知らされていた。

 

 

 

 


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