魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第41話 夢の終焉、目覚めの原初

柔らかな照明が降りる室内に、ぷんと香ばしい香りが漂う。

察した赤髪少女達が一斉に匂いの根源へと顔を向ける。

そこには、身の丈に近い高さの配膳ワゴンを手押しする魔法少女姿の杏子が立っていた。

 

「ほらよ、アンパン焼き上がったぞ」

 

各層にびっしりと敷き詰められたものを早速一つ食べながらそう言った。

 

「食う!」「焼きたてを逃してたまるかってんだ」「アタシ、おおきくなったらこうむいんになるっ」「あたし茶ぁ沸かしてくるわ」

 

口々に言いながらキョウコ達が餌食に群がり、また飲み物の用意に奔走していく。

その数は十人を越えていた。

配膳と恐らく調理も担当していたキョウコの紅い眼が室内をちらと見て、一点で止まった。

 

「おい新入りの狂犬。アンタも食うかい?」

 

投げ掛けられた言葉の先には、これもまた魔法少女服姿の杏子がいた。

しかしその風体はやや異常であった。

首から下、それこそ爪先までを鎖で雁字搦めにされているのである。

 

鎖の端は壁に立てかけられた複数の槍の柄に繋がっていた。

それは杏子の槍と同じギミックではあるが、彼女のそれが真紅一色の十字槍であるのに対し、壁の槍の柄は柔らかな金色であった。

槍穂も赤のラインが内側に入った巨大な二等辺三角形の刃であり、どこか矢印を思わせたりと形状がまるで異なっていた。

偽物かなと、縛られている杏子は思った。

あるいは自分がそうなのかもね、とも。

 

「一個くれ。ついでにこれ取っ払ってくれ」

 

「もうバカな真似しねぇんならな」

 

「やっても無駄って分かったのさ」

 

自死をすべく喉へと向かう刃が柔肌に触れるよりも早く、全方位から飛来した鎖が彼女を拘束。

無傷のまま捕獲していたのだった。

 

「手間かけさせんなよ」「精一杯生きろ」「あたしのツラでんな顔すんな」

 

と口々に励ましとも愚弄ともつかない言葉を受け、杏子はうぐぐと喉を鳴らした。

自分ではないが自分としか思えない連中の言葉は、頬ではなく心に容赦ないビンタを放っていた。

 

配膳係が周囲に目配せをすると、アニメを視聴中の連中が軽い頷き、挙手などで許容を示した。

最後に年上のキョウコに尋ね、「離してやりな」の一言を合図に杏子の鎖を解き放った。

身動きは出来なかったが、身に降り掛かる締め付けは強くはなく、解放後は特に苦痛が無かった。

暴力行為ではあったが、危害を加える気はなかったらしい。

 

ほらよと渡されたアンパンを、あんがとさんと杏子は受け取りがぶりとやった。

焼きたてのパン生地の宿した芳醇な香ばしさと生地の柔らかさを喰い破ると、中に満たされた餡子の甘くほろ苦い味が口の中に広がった。

ここ最近、血の鉄錆臭さと塩辛さ、と吐しゃ物の腐敗感と酸味しか捉えていなかった舌には些か強過ぎる刺激でもあった。

 

「久々に食ったな、アンパン」

 

「美味いかい?」

 

「ああ、ていうかマジで美味いよ。それこそパン屋が開けそうだ」

 

「まぁ実際、あたしの本業はパティシエだけどね。賄いと趣味も兼ねてで店長に覚えさせられたんだ」

 

「ふうん」

 

二口目をやるとアンパン一つが杏子の体内へと消えた。

遠慮もせずにもう一つを手に取り齧る。

短い遣り取りだったが、杏子も大分慣れてきていた。

或いは単に自棄っぱちになっているだけかもしれないが。

 

「テメェは食わねえのか」

 

早くも三個目を食べながら、杏子はリーダー格であるらしい年上キョウコに尋ねた。

その問いに困った顔をしながら、年上キョウコは「これも飲みな」とペットボトルに入った茶を差し出した。

ラベルには『カフェインZERO』と書かれていた。

見覚えがあるような無いようななパッケージだったが、杏子は気にせず封を切って一気に煽った。

ZEROの表記が、妙に太字だったことも特に気にならなかった。

渇いた身体に、琥珀色の冷えた茶が一気に染み渡る。

 

「アンパンていうか、アタシはあんこ苦手なんだよね。苦い思い出があってさ」

 

「ふーん」

 

「まぁそのお陰で今の自分がいるから、なんともって感じなんだけど」

 

「へぇーえ」

 

体に沁みる水分の感覚を愉しむ杏子の返事は適当そのものだった。

対する年上のキョウコの視線は彼方を泳いでいるようだった。

込み入った事情があるらしい。

壮大なストーリーを連想させたが、杏子は無視した。

自分の事で手いっぱいだと云うのに、他人の事など気に掛ける余裕も無いし、何より何かが不吉であった。

 

それと自分の記憶の中では特にアンパン、ないしアンコに嫌な思い出はない。

強いて言えば子供の頃、綽名にされて揶揄われたくらいか。

そしてついでに、嫌な奴の事も思い出した。

初遭遇してやり合った翌日、一瞬だけそう呼ばれて幼稚な舌戦を繰り広げた事を思い出していた。

 

「はぁ」

 

杏子は溜息を吐いた。

何かにつけて、あの少年のようなナニカについて考える事に嫌気が刺していた。

 

「悩んでるね。よかったら話を聞こうか?」

 

「カウンセリングでもしようっての?」

 

「そうだね。悩み事や鬱憤は吐き出すに限る。ああそうそう、アタシは心理カウンセラーの資格もちゃんと持ってるから安心しな」

 

杏子にしては大きな胸を張りながら、年上キョウコは自信ありげに言った。

都合のいい夢だと杏子は思う事にし、それに付き合う事にした。

そしてこの時彼女の無意識は、憎悪の吐き出し先を求めていたようだ。

 

座りな、とキョウコは椅子を薦めた。

簡素な四脚鉄パイプの丸椅子に、真紅のヒラヒラ衣装の魔法少女が腰掛けた姿は中々にシュールだった。

キョウコも似たような椅子に座り、二つの真紅が向き合う。

 

「まず心配を取り除こう。その感情はあいつへの愛でも、ましてや恋じゃないと思うよ」

 

「なんで最初にそれなんだよ。バカにしてんの?」

 

「で、実際どうなのさ」

 

「無い。それは全くこれっぽっちも」

 

杏子は言い切った。

己の自我に自信を持った口調であった。

キョウコはその様子に歯を見せて笑った。

 

「素直だね。何にせよ、欲望には忠実な方が良い。人生それが大事だよ」

 

そう語るキョウコは悪戯っ子の様な表情だった。

成長したような感じとは言え自分と同じ顔の女が浮かべた表情に、こんな顔何年もしてねぇなと、杏子は思った。

 

「で、どうよ。他の奴に話した気分は」

 

「すっとした」

 

「そうそう。人に感情を吐き出すのと独りで愚痴るのとじゃ違うだろ」

 

「欲を言えば、思うとかじゃなくて全否定してほしかったけどよ」

 

「そりゃ無理だ。アタシはあたしじゃない。あんたにアタシの気持ちが分かるかい?何考えてるのかとかさ」

 

「無理だね」

 

「因みにあいつへのヘイトだけど、呉キリカと比べたらどうよ?」

 

思いがけない名前を聞き、杏子は露骨に嫌な顔を浮かべた。

 

「いきなりその名前を出すんじゃねえよ。まぁあの陰キャ雌ゴキブリと比べたら世の中の大半は善人で、あのクソガキも少しはマシになるだろさ」

 

「酷い言い様だな。アタシはあの子の事嫌いじゃねえんだけど」

 

「テメェ、本当にカウンセラー?その一言であたしはあんたに不信感を持ったぞ」

 

「人の好き嫌いは様々なのさ。あの子はあれがいいね、白に黒の色彩とか手から生やす斧とか。それと意外とカッチカチで装甲が分厚いところに親しみを感じる」

 

「好きになる要素がすっげぇ気持ち悪いな。あいつと喧嘩してみろよ、その特徴全部が嫌いになるぜ」

 

「その受け取り方は様々なのさ。だから無限に可能性があるし、あんたも何にだってなれるんだ」

 

「…いい話っぽく締めるなよ。意味分からねぇんだけど」

 

呆れながら杏子はアンパンを齧った。

これは既に十個目である。

 

「とりあえずアンタの為に言うけど、あの厄介者はほっぽり出した方が良いと思う。引き取り手には心当たりがあるんだろうしさ」

 

肉食獣が餌食を食い千切る様にアンパンを食み、杏子は一瞬動きを止めた。

不愉快な存在二つを思い出したのである。

一つは万年発情期の糞道化、もう一つは戦闘狂の紫髪女である。

どちらも彼女にとっては嫌な存在だが、今回は後者へのヘイトが高かった。

思い返すと、この現状に至った片棒を担いでいるような気もするし、と。

 

「あれが敵に回るのは厄介だな」

 

食べながらそう口にする。

寂しいとかではなく、利己的な視点からの結論が出た。

咀嚼したアンパンを飲み込む際、僅かな苦みを覚えた。

それは味蕾が受け取ったものではなく、

 

「逃げるみたいで嫌だ、ってかい?」

 

的確な言葉にコメディの様に吐き出しそうにはならなかったが、彼女は茶をごくごくと飲んだ。

飲み終わった時、強引に痙攣を抑えた気道には痛みが残った。

 

「ああ。そんな気がしちまう」

 

あの存在への対抗心は、嫌々ながらも確かに今の自分を作る要素の一つであった。

それが例え、過去の惨状や行き場のない負の感情を発散するための、血で血を洗う抗争の相手だとしても。

 

「こう見えてもアタシはさ」

 

言葉の途中だが、何がこう見えてもなのかが杏子は分からなかった。

多分加齢のせいなんだろなと思う事にした。

意外と見た目より歳を喰っているのかもしれなかった。

 

「人間観察が趣味で、今まで色々な奴と、そして世界を見てきた」

 

語るキョウコの真紅の眼は、ここではない何処かを映しているかのようだった。

茫洋とした輝きは、広がる赤い海か焼けた大地を思わせた。

 

「だからあんたより、少しは世界の事を知ってる積り。だけどあいつの事はよく分からない」

 

「だろうね」

 

杏子も即答する。

本当によく分からない奴だからである。

 

「奴は一種の怪物だね、空想の怪物で例えるなら竜とかかな。竜ってさ、格好良く思えるけど実際パーツ毎に見ると結構悍ましいよ」

 

「あー…背中とか蝙蝠だしね。身体はトカゲかヘビで鱗塗れって思うと気持ち悪いな」

 

「そんな得体の知れない怪物の心を、奴は持ってる」

 

キョウコの言葉は短かった。

それだけに嘘を言っていないと察せた。

胡散臭いとは思いつつも、そう思えてならなかった。

それを語るキョウコの様子が、何処となく愉しそうなのが不気味だった。

 

「だからあんな奴の事で悩む事なんか無い。さっさと忘れて友達でも作って、それこそ恋でもしてみなよ。風見野から出てみるとかさ」

 

「…そっか。それも悪くねぇな」

 

椅子を無理矢理前後に揺らしながら、杏子は想いを馳せた。

違う光景、親しい仲間、そして年相応の他者との関わり。

室内の光景を眺めると、姿の異なるキョウコ達の姿が見えた。

互いに戯れ、喧嘩し、思い思いに過ごしている。

 

何気なくテレビに視線をやると、黒く禍々しい姿をした怪物、魔神の様なロボットが暴れ回っていた。

黒い剛腕から炎を撒いて飛翔させて弾丸として見舞い、敵と思しき異形達を粉砕する。

まるで化け物の化石の様な悍ましい形をした巨大剣を振い、異形達をズタズタに引き裂く。

二丁の真紅の銃器を振り回し無数の敵を撃ち貫いたと思いきや、その刃状のグリップを斧の様に振り回し逃げ惑う敵を血祭りに上げていく。

その様子を幼いキョウコが食い入るように見つめていた。

杏子は思わず、将来が不安になった。

 

それに、杏子はおかしなものを感じた。

そしてそれは笑いとなって、彼女の口から溢れ始めた。

未来なんてとうの昔に捨てた自分が、得体の知れない存在とは言え幼い姿の自分の将来に思いを巡らせるなど、思いもしていなかった。

周囲から見れば唐突に始まった奇行のそれに、キョウコ達も一斉にそちらを向いた。

幼子だけは、画面内で髑髏の魔神が織りなすの殺戮を眺めていた。

 

「決めたよ、目標」

 

何言ってんだこいつと、キョウコ達は互いに顔を巡り合わせた。

しかし年上キョウコの満足げな様子を見て、それに合わせるよう似た表情を作った。

即席の協調性を発揮したキョウコ達に見守られながら、杏子は口を開いた。

 

「とりあえず、生きるとこまで生きていこうと思う。もう死にてぇなんか、思ったりはしても言ったりなんかするもんか」

 

「あのクソバカはどうすんのさ?」

 

「捨てた先で何かされて、あたしにヘイト溜まると困るからね。監視下に置いとく」

 

「気が変わるの早いじゃねえか、結構チョロいんだね。それともツンデレに目覚めたのかい?」

 

「アンパン食って、テメェらのグータラで無様な姿見てたら色々とどうでも良くなった」

 

「そうかい。じゃ、快気祝いに一発殴らせな」

 

「別に、槍でもいいけど?なんなら纏めて掛ってきなよ」

 

「…あ?」

 

「あぁん?」

 

杏子に喰って掛ったのは、それまで無害を通し怠惰を貪っていたジャージ姿の杏子だった。

意外と血の気が多い個体であったらしい。

 

両者は既に互いの得物を携えて歩み寄り、額を付け合って互いの真紅の眼にメンチを切っていた。

可憐な口からは獣の様な唸り声が聞こえた。

向かい合うのは、美少女の姿をした二頭の狂犬だった。

 

互いにアンパンをしこたま食ったせいか、両者の口から漏れる臭気には甘さが伴われていた。

ただそれが場の空気を和ませる、とは一切なかった。

一秒後には、両者はこの場で切り結び室内は阿鼻叫喚に陥っていた筈だった。

 

「はい、こういう時のテンプレ的対処」

 

音も無く忍び寄っていた年上キョウコは、そう言って二人の佐倉杏子の後頭部を掴み軽く引き、そして両者の額をブチ当てた。

肉というよりも金属同士が激突するような音が鳴った。

引き剥がした時、二人の杏子の眼の中には混乱の渦が巻いていた。

石頭同士の激突は両者に相応のダメージを与えていた。

ぐらぐらと首を揺らす杏子を吊り上げたキョウコは、ふと彼女の胸の宝石に目をやった。

怪訝な表情となるや、ジャージキョウコを椅子へと放り投げると、彼女は自由になった右手を宝石の上に伸ばした。

 

「ちょっと失礼」

 

親指と人差し指を、何かを摘まむような形にし宝石へと近付ける。

爪先が触れた時、真紅の石の表面に波紋が浮いた。

表面張力の広がった液体の様にとぷんと広がり、指は第一関節までその内に入った。

内側で指先を擦り合わせ、そして何かを摘まんだ。

 

「インキュベーターめ」

 

吐き捨てると、指を一気に引いた。

女の指先には黒い靄が湧いていた。

忌々し気に手を振り、指先の物が投げられる。

壁に突き立ったのは、五本の黒く長い釘だった。

釘の表面には、澱の様な黒が滴っていた。

 

「傍に置いとくつもりなら、今度から寝る時には見張りを頼みな。そんでもって、あんなメルトダウン級に危ない奴は精々コキ使って早々に使い潰してしまえ」

 

襟首を掴んでプラプラとやるも、杏子は無反応だった。

聞こえてないな、とキョウコは言った。

まぁいいやとキョウコは言い、

 

「まはーるたーまらふーらんぱ」

 

と、舌足らずな喋り方で何かの言葉を唱えつつ、真紅の表面を優しく撫でた。

真紅の宝石の表面を均すような手付きだった。

 

「おい、そろそろ目覚めな。時間が無い」

 

「…ん」

 

ゆっくりと手を下げ、女は魔法少女を床に置いた。

真紅のブーツが踏みしめた床はカーペットではなく、黒く硬い質感の何かに変わっていた。

 

「分かってると思うけど、今あんたは結構ヤバい状況だよ。気を付けな」

 

「だからその分、ためらったりもしねえさ。全力で行くよ。どうせ迷惑被るのはあいつだけだ」

 

和やかな雰囲気だった部屋の中が、黒々と染まっていく。

時間とは、このことであるらしい。

 

黒の発生源は、佐倉杏子の真紅の髪や衣の内側であった。

彼女を侵す絶望は今もなお、滾々と湧き出ていたのである。

無惨な様子に年上のキョウコも少し言葉を詰まらせたようだった。

 

「やっぱり奴とやり合う積りか。止めたってのに」

 

「ああ」

 

「それが、さっき言ってたあんたの目標?」

 

「ああ。今度こそあいつに勝ってやる」

 

「最初の頃、奴に頭突きをかましたよな」

 

「やっぱそれもこの気分の原因か。喉でも喰い千切ってやりゃよかったよ」

 

「腹壊すからやめときな。何となく分かってるだろうけど、奴は人の形をした地獄だよ」

 

「ならその地獄ごと、あたしはあの野郎をブッ潰す」

 

「何処かで聞いたセリフだな。嫌な予測と因果を感じる」

 

「なら喰い潰すでもいいさ。あくまで例えだけどさ」

 

「奴を倒すでも殺すでも。滅ぼすでもなく、潰して喰うか。そんな事を思う奴が、果たして宇宙にどれだけいた事か」

 

「言い方がオーバーなんだよ。恥ずかしくなるからそのリアクションはやめてくれ」

 

「謙遜するな。あんたは凄いよ、佐倉杏子」

 

そう言ってキョウコは杏子の頭を、右手でぽんぽんと軽く撫でた。

若干鬱陶しかったが、杏子は黙って撫でられるがままとした。

一応、カウンセリングの例とでも言うように。

確かに気分は最悪だが、幾分かはマシになっていた。

 

「頑張れよ」「二度と来るなよ狂犬」「野菜も食えよ」「今度は一緒に新ゲ見ようぜ」「アタシ、クライベイビーがいい!」

 

そして口々に、好き勝手に様々な姿のキョウコ達が言う。

言い終えると、彼女らは自身の顔に何かを張り付けた。

 

それは丸い穴の目に半月の笑みを浮かべた、白い仮面であった。

白い仮面をつけたキョウコ達が、杏子の姿をじっと見つめる。

 

闇が部屋を満たす中、杏子と白仮面のキョウコ達だけがその輪郭をはっきりと浮かび上がらせていた。

 

「ああ、アタシはちょっと訳アリでね」

 

一方年上のキョウコの顔は、曖昧模糊とした輝きに覆われていた。

まるで、モザイクを掛けたような顔となっている。

急速に認識と記憶が薄れていく。

今の顔も、そしてどんな顔をしていたのかも、杏子には分からなくなっていた。

 

「じゃあ、これでさよならだ。思いっきりやりな」

 

「言われるまでもねぇ。徹底的にブチのめしてやる」

 

薄く嗤いながら、杏子は言った。

その顔には、それまで貼り付いていた狂気や苦痛が消えていた。

ただ今まで通りの、風見野の狂犬魔法少女の表情に戻っていた。

 

そして眼を閉じた。

ほどなくして、周囲には何もなくなったと感じた。

 

 

 

ただ、自分から噴き上がる感情と華奢な心臓が軋む音だけが聞こえた。

 

その鼓動を乱すように、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

それは叫びだった。

 

女の様な声であったが、雰囲気で男と分かる。

 

そんな声だった。

 






叛逆よろしく、妙な存在に好かれる杏子さんであった

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