魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第39話 流狼竜

もう嫌だ。

 

殺せ。

 

殺してくれ。

 

もう生きていたくない。

 

何者でもいたくない。

 

消え去ってしまいたい。

 

無になりたい。

 

誰か。

 

誰かあたしを消してくれ。

 

終焉に連れて行ってくれ。

 

お願いだよ。

 

誰か。

 

誰か。

 

誰か。

 

 

 

光も闇も無く、何処でもない場所で。

 

魔法少女姿の佐倉杏子は声なき声で叫び続ける。

 

魔法少女としての精悍さや蛮勇、好戦的な態度の欠片も無く。

 

生命の尊厳を打ち砕かれた者として、死を望む哀願を叫ぶ。

 

黒髪の忌むべき少年と戦う最中に感じる、真紅の閃光の如く輝く灼熱の怒り。

 

高揚感と緊張感。

 

容赦なく与え、そして与えられる凄惨な暴力による死への渇望(デストルドー)。

 

胸の宝石に斬撃が触れかけた時に極偶に感じる、血を吐き出す事しか用途が無いはずの子宮の疼き。

 

それらの、狂おしいまでの殺戮・破壊衝動と憎悪。

生と死の欲望の円環が断たれた時に心に降り掛かったのは、過去の闇だった。

 

袋小路に陥った思考はねじくれ、そして歪み切った自棄の結論を出した。

 

日頃の闘争は全て、ぽっかりと空いた心の穴へと自己と他者の吐き出した血を集めて埋めていくような、破滅的な自慰行為であり。

 

それによりほんの一時、そして極僅かとはいえ過去の惨劇を忘れられていたと。

 

そしてそれによって自らの精神の均衡が保たれていたと感じた時、真に彼女を傷つけたのは彼女に残った最後のプライドであった。

 

家族を犠牲にして得た力で及ばず、あまつさえその存在に依存していたと悟った事が。

 

トドメとして、それを赦すことが出来ない彼女の心が。

 

まるで自らの心に無数の鉤爪を引っ掻けて、全方向から全力で引くが如く苛んだ。

 

ドス黒く染まった感情は魔法少女の心と皮膚を突き破って噴き出し、周囲を黒々と染めていく。

 

一瞬にして、世界は闇に満ち満ちた。

 

されど感情の量は減らず、抜けた分を補うように滔々と、心の底から負の感情が込み上げてくる。

 

闇の感情を吐き出した杏子が浮かべた表情は解放の安堵ではなく、永劫に代わらぬ苦痛と絶望だった。

 

幻想の中で自身の槍に貫かれた、彼女の家族と同じような。

 

何も感じない。

 

何も感じたくない。

 

 

空虚。

 

虚空。

 

虚無。

 

虚無。

 

虚無。

 

虚無。

 

虚無。

 

虚無。

 

虚無。

 

虚無。

 

虚無。

 

虚無。

 

虚無。

 

虚無。

 

 

消え去ろうとする思考はそれ自体が形を成していた。

 

無に、零に還ろうとするほど彼女の意識は個としての己を主張した。

 

矛盾に満ちた状態に、杏子は嗤った。

 

暗く昏い笑いだった。

 

人間が、知性あるものが、ましてや幼い少女が浮かべていいものではなかった。

 

止まらない絶望感を伴侶として共に笑いながら、杏子は思い出した。

 

ああ、あれだ。

 

自分の人生が絶対的な破滅を迎えた日から暫く経って。

 

久しぶりに登校した際に見た、小学校の教室で。

 

黒板一面に描かれていた悪意の文字と書きなぐった猥雑な落書きを見た時に。

 

呆然と立ち尽くす自分の前で。

 

級友たちは自分を意にも介さず、昨日のテレビだとかゲームだとかのお喋りで笑い合っていて。

 

遂には怒る事も泣くことも出来ず、教室を飛び出した時と。

 

確かその時も笑っていたような気がする。

 

はははは。

 

傑作だ。

 

喜劇でも悲劇でもありゃしねえ。

 

ありゃもうただの現象だ。

 

けらけらと杏子は嗤った。

 

風に吹かれた骸骨が、かたかたと顎を鳴らすように。

 

 

 

その笑いが止んだ。

 

 

 

彼女の魔法少女の感覚は、この時も鋭敏な知覚能力を保っていた。

 

無意識の内に手は槍を握っていた。

 

顔を上げた時、傍らを何かが通り過ぎた。

 

己が吐き出した絶望の渦が乱され、その場所からはぽっかりと消えた。

 

そう思った。

 

真紅の眼がそれを負った。

 

杏子は見た。

 

世界に満ちる絶望が切り開かれるのを。

 

その中を何かが進みゆくのを。

 

 

人の形をした虚無を。

 

 

闇と絶望で満ちた世界の中、それは確たる輪郭を持っていた。

 

杏子が知覚したその背丈は、百八十センチを優に超えていた。

 

逞しく広い背中。

 

筋肉の盛り上がった肩に腕。胴体、そして下半身もまた精悍さと力強さに溢れていた。

 

肉体の頂点である頭部には、靡く炎か獅子のたてがみの様な髪型が見えた。

 

虚無のシルエットは、まるで獣の様な美しさと精悍さを持った青年の姿をしていた。

 

魔法少女の超感覚と生来の勘で、杏子は虚無の姿を捉えていた。

 

それは絶望で満ちたこの世界において、別の空間のようだった。

 

虚無の青年が、杏子が全身から絶え間なく吐き出し続ける憎悪の中を歩いていく。

 

全くの無造作な足取りで、気まぐれに進む流れ者の様に。

 

まるで魔法少女を蝕む絶望は空気か、それこそ無であるように意にも介さず。

 

そしてそもそも、杏子の存在に気付いているのかどうか。

 

通り過ぎてから、どのくらいの時が経ったか。

 

青年の姿が点に等しくなった頃、杏子は立ち上がった。

 

そして歩き出し、その背を追った。

 

無を求める魔法少女は虚無に惹かれた。

 

己を破滅に導く誘蛾灯に誘われる、美しい紅の毒蛾のように。


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