魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第38話 そまりゆく、くれないのこころ

「グォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

人間が、それも年少者が発するとは思えないおぞましい音の咆哮が木霊する。

女神の翼を持つ異形の天使を、真紅の魔法少女が操り吠え猛る。

その様子を、他ならぬ佐倉杏子が眺めていた。

 

「…ひっでぇツラ。暴れてる時のあたしって、こんな顔してんのかよ」

 

緑色のパーカーと、際く切り込んだホットパンツという何時もの出で立ちであった。

操縦席で暴れる杏子の正面から後ろへ下がると、壁を透過し外へ出た。

その状態でも内側が透けて見えていた。足は地面に着いてはおらず、ブーツは虚空を踏んでいる。

 

タイムラグがゼロである為に当然だが、相変わらず魔法少女の杏子は怪獣の如く暴れていた。

そして怪獣は外にもいた。全身が白で覆われた、奇怪な映画のトラウマメイカーに酷似した姿の連中が。

 

しかしそれは杏子が駆るものもまたほぼ同じであり、これらは血みどろの闘争を繰り返していた。

噛みつきに殴打に引き裂きにとレパートリー豊富な大乱闘が繰り広げられる。

それらの如何なる物理的干渉も無視して、杏子は世界を眺めていた。

 

「なんだろね、これ」

 

杏子はふわふわと宙に浮きながら呟いた。

身体を動かすように思考すれば、上下左右にと自由に動いた。

ううんと考え、答えを一つ。

 

「幽霊か。今のあたしは」

 

そう言いながらも、杏子はそれをてんから信じていなかった。

幽霊なんてものがいるなら、毎晩家族に会えている。

 

となると考えられるのは、肉体と機体をコードでつないだことによる意識の交差と思えたが、これもまた外れていた。

背中のコードは既に全てが外れていた。

操縦桿を殴る蹴るをする杏子の苛烈な運動に耐えられず、全て脊柱から外れるか切断されていた。

 

「うわぁ…」

 

短いスカートであることなど顧みもせず、レバーとハンドルを蹴って蹴って蹴りまくる。

魔法少女の剛力で行使されるそれに、壊れないのが不思議であった。

それが功を奏しているのかは分からないが、杏子の異形は他の者達を寄せ付けなかった。

杏子の暴力にシンクロし、同様の動きで攻撃を繰り出していた。

 

「キモい光景だな」

 

白ウナギの蹴りで白ウナギが蹴飛ばされ、拳で顔面がぐにゃりと凹む。

言葉通りの様相だった。

 

「…アホらし」

 

溜息一つを吐いて、杏子はポケットをまさぐった。

何時もストックしているロッキーを取り出し、一本食んだ。

口に運び、歯で噛み砕いたとき、彼女は眼を見開いた。

開いた先で、座席に座る杏子が見えた。

反乱狂の様子は欠片も無く、座席の杏子の真紅の眼は真っすぐに浮かぶ杏子を見ていた。

 

「今更?気付くの遅いよ」

 

浮かぶ杏子の口の端からは、赤黒い液体が垂れていた。

口内に広がる芳醇な血液の香りと塩気を感じながら、彼女は思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぐ…ぅぅう…」

 

杏子の喘鳴が室内に木霊する。そしてそれを塗り潰すように、破壊音と水音が響く。

一瞬の不意を突かれた結果だった。

押し倒された瞬間、複数の手が腹の装甲を引き剥がし、剥き出しになった肉に異形達が一斉に歯を立てた。

悲鳴を挙げる間もなく肉が抉られ、内側に詰まった内臓が引き摺り出された。

咀嚼に移る前に必死に蹴り上げ、手で負傷を庇って応戦する。

その最中に、異形達の隙間から覗く光景を杏子は見た。

 

自らに酷似、どころか同一の外見を持つ者達の群れと、それと相対する少年の姿を。

自身の複製達が彼に身を寄せ、淫らな表情を浮かべ痴態を繰り広げたところを。

彼に抱き着いた一体が、身の内に雄の肉を受け入れた淫婦のように表情を蕩けさせ、恍惚と微笑むところを。

そして彼の盾となり、その身を真紅の槍で貫かれたところを。

 

更に悪夢は続いた。

自分と同じ存在達が、他者の為に命を捨てて血みどろになって。

そして戦い果て行く姿を。

光となって散り行く彼女らは、自分の顔は使命感と笑顔に満たされていた。

物語の中の、現実では決してあり得ない、空想上の魔法少女の姿の様に。

 

 

機体と直接接続していることによる痛みが消え去るほどの、絶対的な嫌悪感が彼女の精神を貫いた。

開かれた口からは絶叫が溢れ、苦痛に身を捩った瞬間に杏子は大量の胃液を吐き出した。

 

本来の黄色に大量の赤が足されたそれは、嘔吐というより吐血であった。

多大なストレスにより、胃が溶け崩れて口から吐き出されていた。

赤と黄と、肉片の混じった吐しゃ物は止め処なく溢れた。

 

やがてそれは液体ではなく、黒々とした闇へと変わっていった。

彼女の膝に注いだそれらは床に落ち、床を覆うと壁を伝って昇っていった。

数千数万数億数兆の黒い虫が這いずり回る様な光景だった。

 

そして遂に、狭い室内は闇に覆われた。

杏子の身体の上にも、黒々とした闇が這っていった。

室内を満たした闇の中、ある一点が漆黒に輝いていた。

闇さえも食むような、貪欲な赤黒い光であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口汚い罵声、悪罵。

頬と背と腹には鋭い痛み。

周囲から注がれる好機の視線が、幼い身体の全身を犯すように刺す。

潰されかけて傷付いた林檎が土の上を転がる。

林檎と大して変わらぬ小さな手が、それを求めて手を伸ばす。

 

悪臭を放つ汚水が、手と林檎に降り注ぐ。

悪罵は嘲笑へと変わっていた。

 

それを背に受けながら、幼い少女は走った。

まだ足りぬとばかりに嘲笑は続いた。

止め処なく涙を流し、必死に走った。

彼女には世界の全てが、自分たちを嘲弄しているように思えた。

 

 

 

 

走った先に、聳え立つ建物が見えた。

安堵が心を満たす。

 

扉を開けて中に入ると、視線の先には宙に吊られた神父服の男の姿。

 

地面には赤黒に塗れた女と童女が横たわっていた。

 

ドス黒い感情が溢れ出し、感情のままに少女は走った。

 

自らもそこへ行きたかった。

連れて行ってくれと伸ばした手が月の光に照らされる。

踏み出した一歩は虚空を切った。足場が突如として崩れ、その身が前へと倒れ伏す。

 

身を打ち付けた瞬間、悪臭と泥濘が彼女の身を捉えた。

吊られていた男の腹は裂け、腐り果てた臓物が糞便の臭気を伴って液体の様に垂れ下がっている。

滴る汚液と液化した肉が、二人の女の死体を濡らしていた。その二つの身体が蠢いた。

 

汚液で汚れた女の下腹部が膨らみ、腐敗した体液の染み付いた衣服の布地を押し上げる。

見る間に破裂し、男の腹から生じたものと同じ異臭が鼻を刺す。

少女の顔にも降り掛かり、汚濁が彼女の顔と身体を黒々と穢した。

 

血と肉を押し開く小さな手。

そして小さな鼻面が見えた。何かを齧る為の二本の牙が見えた。その形は捩子くれていた。

血の様に紅い眼の周囲には、無数の腫瘍。全身を覆うはずの黒い毛皮は、所々が赤黒かった。

赤い部分は、血管が浮き出て、至る所に赤い壁蝨(ダニ)を纏わりつかせた肌だった。

女の腹から生まれたのは、赤と黒のいびつな斑模様をした奇形の鼠であった。

 

赤髪少女が叫ぶ間もなく、妹の首で蠢き。

腐乱した両親のそれとは違い、幼い妹はまだ柔らかい肌の質感が残っていた。

その細首が、がたがたと人形のように動いた。

そこから、一斉に白と黒が覗いた。

親指大の大きさの白は、妹の肉を喰らって成長した蛆虫だった。

 

うねうねと身を伸縮させながら蠢き、小さな口で妹の肉を食んで消化し糞をひり出す。

蛆虫の奥から黒い蠢きが見えた。蛆を跳ね除けながら、丸々と太って黒々と輝く無数の蠅が一斉に羽音を鳴らして飛翔する。

父が娘の首に与えた長く深い傷の他にも、妹の眼と耳と鼻と口からも蠅と蛆虫が溢れ出す。

 

死臭と悪臭と、それを啄む蛆虫と蠅と奇形の鼠。

 

腐り果てた父と母。その二人から生まれた、両者の血と肉を受け継いだ赤い髪の少女。

 

蛆虫の慰み者とされる妹。その姉だった赤い髪の少女。

 

かつて少女たちを育んだ女の腹の中で異音が鳴っていた。

汚濁の溜まった腐肉袋と化した生命の揺り篭を、奇形の鼠がげっ歯類の醜い歯でかりかりと齧り、ぴちゃぴちゃと啜る音だった。

そこに、赤黒の奇形の鼠に無数の蠅が纏わりついた。

 

 

交わる蠅はやがてある輪郭を形作った。

 

そしてそれは、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

蠢く蠅で出来たブーツが、女の腐敗した子宮と萎びた卵巣を踏み潰している。

 

黒々とした蠅の粒で出来た衣は、神父服と着物の間の子だった。

 

長い髪が動くたびに、汚らしい蠅の羽音が振り撒かれた。

 

右肩に掛けられたのは、筆舌に尽くしがたい悪臭の染みついた長大な十字槍。

 

 

足を腐肉から乱暴に抜き取り、それは周囲を歩き始めた。

腐肉をぶちぶちと潰しながら歩いて身を屈め、左手で落ちていた林檎を拾う

無数の蠅で出来た、少女の姿をしたものが口を開いた。

 

口の中は壁蝨がびっしりと纏わりついた、腐肉同然の様相を呈していた。

林檎を齧る歯も蠅で出来ていた。割れた林檎からは、眩いばかりの深紅の液体が滴り落ちた。

 

蠅の少女が二口目を齧りながら右手を動かした。

肩に掛けられていた槍が一閃される。

槍の一払いで三つの死骸が汚液をブチ撒けながら乱暴に吹き飛ばされる。

 

そして、その者達から溢れたもので身を染め床に腰を置いた赤髪の少女に向けて、蠅の少女は槍を突き出した。

その先端には、死者たちの顔が串刺しにされていた。

腐敗しきっていながらも、それぞれの顔には彼ら彼女らの最期の表情が、永遠に消えない絶望と苦悶が貼り付いていた。

 

 

「これであんたは自由で、あたしも自由だ。やったじゃねえか、おめでとさん」

 

 

蠅の少女が言った。

佐倉杏子の声で。

 

底なしの絶望が赤髪の少女の、佐倉杏子の口から砕け散ったガラスの様な音となって迸る。

 

闇に染まった感情は行き場所を失くして少女の内を再び巡り、その濃さを更に黒く赤くと増していく。

 


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