魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「グォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
人間が、それも年少者が発するとは思えないおぞましい音の咆哮が木霊する。
女神の翼を持つ異形の天使を操る魔法少女が吠え猛り、血みどろの少年が怒りの咆哮を放つ。
巨体同士が互いを喰らい合い、愛を囁く少女達の中央で血風が舞う。
先端に十字を頂いた真紅の槍の裂帛の一突きが放たれる。その切っ先が虚ろと霞んだ。
黒と緑の禍風のように少年は槍の上を跳躍していた。
その姿を見つめる複製の杏子の顔は恍惚とした表情を浮かべていた。
奇跡の果てに、彼とめぐり逢えたかのような。
その顔を覆うようにナガレの両手が、猛獣の咢の如く頭部を掴んだ。
疾走と跳躍の勢いを乗せ、そしてこの体型にはあるまじき重量と悪夢のような腕力が合わさった破壊が、複製の半身を襲った。
頭部は簡単に爆ぜ割れ、胸と腹が一気に圧搾される。
潰れた腹からは臓物のとぐろが飛び出し、血臭と悪臭が大気を濡らす。
弛緩した右手から槍を奪って振り回す。
既に迫っていた三体の複製の槍を弾き、粉砕した複製杏子の身体を足場に更に跳躍。
空中でナガレと杏子達が切り結ぶ。
眼に耳に鼻を切り裂かれながらも、彼女らは淫らな視線と愛の言葉を囁き続けた。
「ウォォオオオオッ!!」
眼を裂かれた個体の動きが鈍り、ナガレが接近。
魔獣の咆哮と共に槍を一閃させる。頭頂から股間までに朱線が入った。
刀身は背まで抜けており、複製の身は裂けつつあった。
血染めの身を抱きしめ、その個体は身が裂ける事を押し留めた。
その両脇から二体が迫り、即座に彼は迎撃態勢へと移った。
その時だった。二つに裂けかけている杏子が両腕を伸ばし、二体の同胞の腰に己の手を巻いたのは。
それはナガレに施したような、性愛と慈しみに満ちたものではなく、相手を喰らわんとする荒々しい獣のそれだった。
押さえられていた傷口が開き、肉の亀裂が一気に開く。
割られた心臓、胃と腸が覗き、そして下腹部からは切り裂かれた白桃色の袋が見えた。
死相そのものの顔には、それでも必死の意志が顕れていた。その杏子が浮かべた顔はまるで、子を守る母のそれだった。
自らの命を吐き出しながら。自分を破壊した者を守っていた。
無残に破壊された命を育む器官を露出させながら、その個体は同胞を拘束していた。
腰に手を巻かれた者達は、それが無いかのように前へ進むべく地を蹴った。
一歩として進めず、地団太が踏まれる。
傷付いた複製から零れた血と臓物を踏みしめられ、無残な飛沫が上がる。
切断により胸元ごとずれていた宝石に向けて、瀕死の複製杏子が唇を小さく尖らせる。
その時の表情は、悪戯を思い浮かんだ無邪気な子供のようだった。
そして、杏子の唇が胸の宝石へと触れた。
「! やめろ!!」
察知したナガレが叫んだ。その声からは怒りが引き、代わりに理性の響きがあった。
自らの脅威を察した怯えのものではなく、静止を命ずる声だった。やめろ、そんな事はするなと。
その瞬間、真紅の光が迸った。
光の中、身を割られた杏子の複製は女神の様に微笑んでいた。
光が炸裂し、赤い爆炎が三体の複製を包み込む。生じた衝撃波が、ナガレの身を弾き飛ばした。
破壊の光は直ぐに消え、そこには三体の杏子の面影すら残っていなかった。
衝撃から立ち直りかけた時、真紅の風が纏わりついた。
複製の一体が全身で彼を愛するように脚と腕を、彼の身体に正面から身を絡ませる。
服の一部が剥がれ素肌を晒した彼の右腿には、熱い感触が泥濘となって貼り付いていた。
桃色の短いスカートの中身は布地に覆われておらず、生の肉を外気に晒した肉の芽と花弁が、熱く淫靡な樹液を伴って彼の肌に直接押し付けられていた。
複製の口から熱く短い喘ぎが生じ、その身が軽く痙攣した。
腰を震えさせながらもさらなる刺激を求め、複製は温みきった熱い肉を彼の身体に擦り付けた。
そしてそれとは別に、複製杏子の身体を隔てて複数の衝撃が彼の身を襲った。
彼を抱いた複製の背と、腹と左腿を真紅の槍が貫いていた。
槍の穂先は杏子の身体を抜け、ナガレの身にも僅かだが届いていた。
ナガレが吠えた。言葉には不可能な、砕かれた様な音だった。
盾となった杏子を己の身からずるりと抜き、その身から手早く三本の槍を抜き、左手の一振りで以て纏めて投擲を行った。
飛燕の速度で飛翔し、紅の魔法少女達の胴体を深々と貫いた。
くの字に折れ曲がって、倒れ伏すそれらにトドメを刺すべく立ち上がった彼を、血染めの両手が引き留めた。
地面に仰向けに倒れた、彼の盾となった杏子が伸ばした手であった。
振り払う力がこの時は失せていた。複製達との戦闘で更に多くの血を流しており、疲弊しきっていた。
上半身を起こしながら杏子は彼の手を引き、自らの胸元へと導いた。
血染めの掌の下で、真紅の光が輝いていた。
「いってあげて。あたしは、あなたをまってる」
彼の手に複製が優しく力を込めた。
それは促しであった。ここを砕いて、先に進めと。
先程まで戦闘を繰り広げていた相手なの百も承知で、矛盾に満ちた行為この上ない。
複製のこの行為は、人間の理解を拒む狂気で満ちていた。
ただ、彼は手を動かさなかった。それが答えであったのかは遂に分からなかった。その上空に、巨大な影が降りていた。
彼は地を蹴って跳んだ。左手で残った槍を握り、そして右手には血染めの複製体が抱かれていた。
彼がいた場所には白く巨大な腕が突き立ち、鏡の地面が深々と抉られていた。
そして蛙の様に身を下げた鰻顔の異形が、彼と複製体に鼻先を向けていた。
人型の胴体が伸びるように動き、細長い顔が開いて口が形成される。
複製元とは違い、原型同様に無機質だが人間に似た歯の列が並んでいた。
それの上方、上顎の先が真紅の一閃により斬り飛ばされた。
更に数回、ナガレが空中で槍を振った。
縦長の顔が縦横に刻まれ、巨体が傾斜する。
そこを足場に着地し周囲を見渡す。
鏡の結界の特性か麻衣の気配は感じられず、更に姿は見えなかった。
しかし、別のものが見えた。
複数の白い異形が、一か所に群れている光景が。
「こっち見ろ!!てめぇら!!!!!!!」
ナガレが叫び、異形達は一斉にそちらを向いた。
顔は白ではなく、赤く染まっていた。
生じた隙間からは、女神の様な翼が見えた。
異形達が一斉に鳩に似た翼を広げて飛翔する。
数は三体であった。一体として無傷なものは無く、杏子の奮戦が伺えた。
喉を嚙み潰されたもの、両腕を引き抜かれたもの、胴体に大穴を開けられたものが見えた。
距離と負傷の度合いから優先順位を判断し決断、会敵に向けて槍を構える。
視界がぼやけ、鰻達の病的な白色さえも霞むが、前からは眼を離さない。
架空世界の主人公の少年に『戦えよ』と感想を述べた事を、彼は忘れていなかった。
それでなくとも、彼は戦ったに違いない。
その上に再び影が舞い降りた。異形達よりも高く、そして細い影だった。
異形達も見上げていた。三本の巨大な槍が聳えていた。先端に十字を頂いた、巨大な蛇の群れに見えた。
槍穂の根元には、衣を血に染めた杏子達が立っていた。
先の投擲により、その胴体は千切れかけていた。
腹部や胸からは止め処ない大量出血が生じ、穴からは内臓が垂れ下がっていた。
そして彼女らは一斉に槍へと命じた。その切っ先は、巨大な異形たちに向けられていた。
獰悪な毒蛇の如く異形達へと敢然と襲い掛かり、その身を串刺しにして切り裂いていく。
異形達も反撃に転じ、杏子の一体を手で捉え、血染めの口を大きく開いた。
真紅の魔法少女が噛み潰される寸前、その首が胴体と切り離された。斬線の先には、槍を振ったナガレがいた。
「逃げろ!」
手の中の複製に向けナガレが叫ぶ。
複製は血染めの顔で艶然と微笑み、輝く胸に手を置いた。
「愛してるよ。さようなら」
どこか舌足らずに聞こえる喋り方も、オリジナルと似ていた。
真紅の毒蛇と異形達が交差する中心で眩い閃光が生じ、槍もまた一塊の炎と化して破裂し、異形を打ち砕いた。
それは更に続いた。その杏子の顔半分は異形の口内にあった。
秀麗な顔が異形の口内で咀嚼されて挽肉と化し、白い喉へと嚥下される。
残った顔で彼女はナガレに、「またね」と告げて光となった。
更にもう一人は上下半身を巨大な両手で摘ままれ、虫か人形のように引き千切られていた。
瀕死の異形の慰み者とされ腹を裂かれたその瞬間、その杏子の胸も真紅を放った。
口が小さく動いた。「チャオ」と言っていた。
爆発の度に異形の肉が抉れ、手足が吹き飛んでいく。
宙にいたナガレが一体の胸の上に降り立ち、その首元に槍を深々と突き刺し、掻き毟るように引き切った。
巨体が苦しみに満ちた痙攣をし、そして動かなくなった。
その異形は両腕が肘から消し飛んでいた。杏子を玩んだ個体だった。
荒く息をするナガレは、周囲を見渡した。生き残りの複製を探したのだった。
白けた霧が広がるような視界の中で、彼は見つけた。
今の彼の視界には、それが地に咲いた真紅の花に見えた。
彼の盾となって彼を守った杏子の複製は、胸から下が巨大な腕の下敷きとなっていた。
その異形は上下半身が真っ二つにされていた。
負傷故に、切り裂いて落下してきた巨体を避けられなかったものと見える。
口からは血泡が湧き、呼吸の度にごぼごぼと泡が弾ける。
苦痛の極みにある表情は、傍らに来たものの姿を認めると死相の浮いた笑顔に変わった。
間髪入れずに巨腕に手を掛けたナガレに、複製は小さく首を振った。
「あたしを、まもってあげて」
そう言って、複製の眼は閉じた。閉じてなお、微笑が浮かんでいた。
二秒ほどそこに目を注ぎ、彼は踵を返した。
動くものが絶えた静けさの中、彼は何も伝えず沈黙を守った。
ただ彼は、行動で示すべく動いた。
口からは黒血が吐き出され、全身からの出血も止まらない。
朱の線を鏡面に引きながら、彼は進んだ。
砕けた鏡の面が血を吸って、花の根の様に紅を地面に刻んでいった。