魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第36話 咆哮

朱音麻衣の複製体達が一斉に抜刀し、一糸乱れぬ足並みで以て翼の上に立つ者達へと迫り寄る。

更にその上には異形の天使の複製達が翼を畳み、群れを成して落下する様子が見えた。

それでも満身創痍の魔法少女と少年は己の得物を拾い、戦いに備え敢然と構えた。

 

「チィチィポッポと…」

 

操縦席の中で、呻きのような声が漏れた。

その瞬間に足場が大きく揺れた。水平から垂直へと一気に傾く。

 

「揃いも揃って心底うるせぇぇえええええええっ!!!!!!!!!!」

 

迸った絶叫は佐倉杏子のものだった。

女神然とした翼が開き、九体の同型達のど真ん中へと突っ込んでいく。

手近な一体の首を両手で締め上げ急上昇、他の連中も再度翼を展開し追跡を開始する。

 

「あいつ、やりあう気だぞ。操縦なんて出来るのか?」

「ああ。便利なカーナビが付いてる」

 

問いに答えたナガレは苦渋の表情を浮かべていた。

その顔を見た麻衣が、見たことを後悔するような表情だった。

そして彼女の心にも、後悔の感情が滲む。この結果を招いた原因は、自分だとしか思えないが為に。

彼の浮かべたその表情は、それに対する怒りが顕れているとしか思えなかった。

 

しかしながら現状に至った原因は、何はともあれ全て自分にあると彼は考えていた。

故に、憎悪にも似た怒りの矛先は彼自身であった。

 

交差する思惑など露とも知らず、異界の重力は両者を地へと誘った。

五十メートルほどの高さから落下する衝撃を、麻衣は魔法少女の防御機構で、ナガレは受け身を取っていなしていた。

先の戦闘で麻衣に切断され、先程拾った自分の右手を傷口に重ねると、その間に紫色の光が湧いた。

麻衣が発動させた治癒魔法により、骨が繋がり神経と血管が再生される。

 

しかし失った血液までを戻す余裕はなく、ナガレの顔は血の気が薄かった。

対する麻衣は手足と舌は戻したが、眼球や歯は後回しにされていた。

頬が吹き飛び前歯を喪失し無惨に傷付いた顔は、死人のそれと大差なかった。

 

そこに複数の影が舞い降りる。

音も無く着地したそれらに麻衣は呻き、残った奥歯を軋ませた。

身体にも衣服にも、傷や皺の一つすらない麻衣の複製達がそこにいた。

数は八体。虚無を宿した表情で、オリジナルの麻衣を血色の瞳で見つめている。

 

「生きた心地がしないな」

「ビビってんなら、そいつが生きてる証拠だ。気張れよ、麻衣」

 

後ろは任せろ、存分にやりなと彼は告げた。

頼むと応えて麻衣は刃を抜いて走った。待ち受ける複製達の表情が一斉に変化した。鏡にヒビが入ったように。

目を潤ませ、世を憂う深窓の姫君の様に啜り泣く。

そして完全に同一のタイミングで口を開き、

 

「お願い。殺して」

 

と、心底からとしか思えない声と表情で懇願を麻衣へと告げた。

悲鳴のような絶叫を挙げ、朱音麻衣は刃を振った。

 

 

 

血の気が失せて肌の赤みを減らした彼に対して、嘲笑うかのように複数の赤が彼の前へと降り立った。

燃え立つような真紅の色の長髪と、神父服と着物を合わせたような衣装が良く似合っていた。

先端に十字架を頂いた長槍も。

両目の瞳も。

胸の宝石も、全てが炎の様に赤かった。

 

その数は九体に上る、佐倉杏子の複製達だった。

本人がいた場所を鑑みれば、どこから落ちてきたのか凡その検討も付いていた。

対処する相手が減ったなら、杏子も多少は楽になれたかと彼は思った。

 

待ちを選んだ麻衣の複製に対し、真紅の魔法少女達は逆に一斉に彼へ向けて走り出した。

突き出された槍が多節を生じさせて一気に伸び、九匹の真紅の毒蛇となって彼の視界を覆い尽くした。

 

「似合わねえぞ」

 

真紅の隙間から見える複製達の表情に対し、彼はそう言った。

口は小さく開き、眼は一点を力なく見つめていた。

全ての意志を放棄した、虚無の表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

佐倉杏子は叫んでいた。

巨体が動く度に衝撃が生じ、それは操縦席に座る杏子の肉体にも響いた。

人間に酷似した、それも少女のそれを思わせる繊手が拳を作り、同型の胴体に殴打を叩き込む。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!」

 

理性を失くした獣同然の声で叫ぶ杏子。

拳が装甲を突き破り、内側へと減り込み背中を一気に貫通する。

抜け出た右腕はどす黒い赤に濡れ、生じた破壊孔からも間欠泉の様に液体が飛沫を飛ばした。

左手が首元を握り締め、白い手の甲に網目の様に管が浮いた。

 

左向きに力が一気に籠められ、その身を胸元から二つに裂いた。

開いた傷口からは、明らかに心臓や肺に相当する器官が覗き、零れ落ちた。

ロボットというより、ほぼ生物であるようだ。

 

複製であるとしたら自身のそれも同じでは、という疑問は今の杏子には無かった。

この時の杏子は、殺戮・破壊衝動に突き動かされる原初の獣と化していた。

 

叫び、吠え、狂ったようにハンドルやレバーを動かした。

異形の天使は杏子の思った通りに動き、同型達の腕を捥ぎ胸を貫き、そして。

 

「グゥアアアアアアアアアアアア!!!」

 

杏子は口を引き裂けんばかりに開いた。実際に口の端が切れて出血していた。

機体も同様に口を開き、その中に相手の頭部を誘った。

開いた口の中には、深海魚を思わせる長く鋭い、釘のような歯が連なっていた。

 

「ガウウウゥッ!!!!」

 

咆哮と共に、舌ごと噛み砕く勢いで口を閉じると、機体も同様に従った。

断面からの血飛沫が、白い顔を紅に染め上げる。

口の中では靄が渦巻き、抉り取った肉片が蕩けて黒い点へと吸い込まれる。

黒点は満足そうに蠢き、次の贄を待った。

女神の翼がはためき、次の獲物を異形の天使が、佐倉杏子が探し求める。

 

眼の無い顔であったが、外部の情報は取り込まれるらしく、杏子には自身の周囲の光景が手に取るように見えていた。

座席の後ろからは複数のコードが伸びていた。

それは杏子の背へと消え、あろうことか露出した脊柱に背びれの如く突き立っていた。

無機質なコードには陽炎の様に赤い光が寄り添っていた。杏子の魔力だった。

 

「キョウコ様、具合はいかがでしょうか」

「最悪。でも悪くねえ」

 

それは声ではなく思考であった。

荒れ狂う破壊衝動とは別に、意識はZEROの名を与えられた人工知能と意思を疎通させていた。

実態としての杏子は喉が焼けきれんばかりに魔獣じみた咆哮を放ち、白い異形を本能のままに蹂躙している。

 

「操縦系統を直接お繋ぎなさるとは。正直に申しまして正気を疑いましたが、魔法少女とは凄まじいもので」

「お褒め頂き光栄だね。ありがとさん」

 

そう思いを伝えた時、彼女は迫りくる気配を感じた。

 

「来ます。対ショック用意」

 

上空からの衝撃は、異形の体当たりであった。即座に反撃し、太い喉を握り潰す。

そこに再び激突、更に更にと数が重なる。

杏子が操るものと異なり、翼の形状は元ネタに近く、まるで巨大な鳩のそれであった。

群がる異形達の翼で視界が覆われるままに、杏子が操る異形の天使は地面へと向かって落ちていった。

その最中でも暴虐を振う杏子の胸の宝石は、既に紅ではなく黒の方が近かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒髪の少年の周囲で、真紅の魔法少女達が跳ねていた。

黒い衣の狩人の周囲に咲く、美しい花のようだった。

だが花は花でも、彼女らは美しい毒花だった。

 

ただでさえ強い杏子の複製を前に、ナガレは攻めあぐねいていた。

普段ならまだしも、既に立っているだけでも奇跡に近い。

先制攻撃は最小限の傷で躱したが、それでも全身に大小さまざまな裂傷を負わされた。

動くだけで小さな傷が裂け、ただでさえ枯渇気味の血が流される。

 

 

互いの呼吸が分かるほどの近接を選び、ナガレは杏子の複製達と斬り結んでいた。

遠距離では多節の槍に圧倒されるためである。

技量は杏子のそれより低いが、風見野の鏡の結界の個体よりもかなり手強い。

未だに一体も仕留められていないのがその証拠であった。

早々に一体を仕留め、槍を捥ぎ離して奪うかと思った時、佐倉杏子の複製達に変化が生じた。

虚無を纏った表情が蕩け、柔らかな微笑を浮かべた。

そして口々にこう言った。

 

 

「抱いて」

 

「愛してる」

 

「愛してる」

 

「触って」

 

「好き」

 

「好き」

 

「抱いて」

 

「抱いて」

 

「あたしを愛して。ナガレリョウマ」

 

 

言い終えるが早いか、杏子の複製達は防御を捨てて一斉に突撃した。

先行した二体がナガレが振るった手斧に首を掻き切られ、黒血をブチ撒けて倒れ伏す。

その上を乗り越え、一体がナガレの胴体に飛び込んだ。

細くしなやかな腕が腰に回され、薄いが隆起した胸が彼の胸元に押し付けられる。

ジャージの上からでも分かるほど、複製の胸の突起は屹立していた。

 

細いが頑強な首筋にも、熱いものが触れた。

杏子の複製が口から伸ばした舌であった。

それは槍が掠めて生じた傷を、淫猥な蛭の様に舐め上げた。

灼けるように熱くざらついた舌がもたらす、凄まじい快楽を伴う一舐めは並みの人間なら性差を問わず発狂し、絶頂に導きかねないものだった。

 

それを、正気のナガレの左手が頭ごと握り締めた。一瞬で爪先が頭皮を貫通し、頭蓋骨に切っ先を埋める。

慈しみ抱くような形となったのは完全な皮肉としか言いようがない。

圧壊まであと数秒と言う時に、今度は右肩から、そして左肩。

右脚に左脚にと真紅の魔法少女の複製達が絡みついた。

 

細腕の滑る様な動きは蛇を思わせ、その先の繊手は美しい白魚を思わせた。

それらがぎゅっと彼の肉を締め付け、指先は全身に刻まれた傷口をこじ開け、そこを赤い舌が淫らに這った。

愛するように傷口に舌が挿し込まれ、淫猥な動きで肉を舐め上げ血を啜る。

ざらざらとした舌は肉を深く刻み、場所によっては骨まで達していた。

それだけではなく、身を寄せた複製達は自らの衣と肉を彼の身体に擦りつけていた。

突起が屹立した胸と粘液で濡れそぼった股を擦り寄せ、自らの臭気を与えるかのように血みどろの少年に自らの熱を送っていく。

そして淫猥な舌遣いの最中には、複製達の口からは熱い吐息と喘ぎ声が漏れていた。

 

かつて道化が施したものと似ていたが、その動き方は人というよりも互いを巻き付け合って交わる蛇の交合のそれだった。

複製達の口からは幼い声で出来た妖艶な喘ぎ声が生じていた。

そしてその場からは血臭に混じり、濃厚な雌の香りが浮かんでいた。

 

「てめぇら…」

 

わなわなと唇を震わせ、ナガレが呟いた。

彼の声は女のそれに近いが、それだけに恐ろしい響きの声だった。

 

複製達が感じたのは、熱い血の滾りであった。

傷口を啜っていた舌が思わず怯んだほどに。

 

「てめぇらぁ…」

 

極限の怒りがナガレの身を焼いていた。

道化の時でさえ浮かべなかった狂相となり、眼の内の黒い瞳には底無しに続く渦が巻いていた。

 

正面にいた個体が、黙らせるように彼の唇目掛けて自分のそこを突き出した。

血の色を思わせる紅の唇は、雄の理性を狂わせる妖艶さで出来ていた。

 

それが、一瞬にして消え失せた。

唇は彼の肉と触れ合っていた。但し、そこは頬の内側だった。

悍ましい音を立てて、複製杏子の顔の下半分が齧り取られていた。

ナガレは即座に肉片を吐き捨てた。吐き出されたものは醜い肉塊であったが、唇だけは美しいままだった。

茫然とする複製の顔もまた、肉と骨の混合物となって弾けた。

後頭部に添えられていた手が再び圧搾を開始し、一気に握り潰したのだった。

 

てめぇらああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!

 

彼の怒りが爆発した。

それは自らが受けた被虐からのものではなく、仲の悪い相棒へのこの上ない侮辱に対するものだった。

あの生きた炎の様な苛烈さと攻撃性持つ真紅の魔法少女の、面影の欠片も無い姿を晒す者達に彼は底無しの憎悪を抱いていた。

 

淫らな表情を破壊すべく、脚にしがみ付いていた個体の顔面に鉄拳が叩き込まれる。

美しい顔が二目と見れぬほどに潰れ、二つの紅い眼球も潰れた状態で眼窩から弾け飛んだ。

 

あいつを愚弄するんじゃねえええええええええええええええええええええええええええ!!!

 

怒りの咆哮が異界を貫く。複製達が怯えたように身を震わせた。

酷く甲高く、それでいて地獄から響くような叫びが何処までも鳴り響く。

渦巻く瞳は怒りの黒炎を宿していた。

彼の心は佐倉杏子の複製達を根絶やしにすべく、満身創痍の身に限界を超えた力を与えていた。

 

他者の事を自らの怒りとして、心底から全力で架せられる者はざらにいない。

その怒りは身を突き破り、鏡の世界を焼き尽くさんばかりに滾っていた。

 

 

 


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