魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第35話 虚構 対 現実-魔法少女-⑤

「ナガレぇぇぇえええええっ!!!!」

 

操縦席に響き渡る絶叫は、朱音麻衣のものだった。

ナガレの眼前に切っ先を向けていた杏子の槍が一瞬停滞、その隙に斬線が乱舞し槍を複数の断片へと変えた。

そして杏子の腹部に衝撃が発生、その身が背中から壁面へとブチ当たる。

 

「ぐはっ…」

 

苦痛で開いた口からは、直後に大量の血が滝のように降り注いだ。

麻衣が放った裏拳は杏子のハラワタを引き裂き、心臓を潰し肺を肋骨で串刺しにしていた。

身構える間も無く放たれた一撃とは言え、威力は尋常では無かった。

 

「杏子っ!」

 

自身を抹殺しかけていた者の名を叫び、ナガレが座席下に隠していた斧を抜き麻衣へと襲い掛かる。

金属同士が激突し、悲鳴と火花を散らす。

 

「ここは狭い。場所を移すぞ」

 

手斧を刃で受け止めながら、麻衣は言った。

血色の瞳には燃え盛る様な感情の色が波打っていた。ギラギラとした、脂ぎった欲望の色だった。

 

「上等ォ!」

 

いい様、前へ突撃。

麻衣を後方へと押し上げる。彼女の背には、身長よりも深い円が開いていた。

そこからは吹き荒ぶ風が入り込み、そして円の内には操縦室の壁面ではなく異界の光景が広がっていた。

 

「来い!ナガレ!」

 

麻衣がナガレの手首を掴んで背後に跳躍する。

円の奥へと引き摺り込み、ナガレが抜けた瞬間に円は閉じた。

乱風が止み、座席内の動きが絶えた。

動くものは、壁面に背を埋め喘ぐ佐倉杏子一人だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い手品覚えやがったな」

「君のお陰だナガレ。いや、リョウマだったか」

 

病的に白い足場の上で、ナガレと麻衣は対峙していた。

飛翔中の機体の背に広がった、女神の様な翼の上である。

操作を離れた為か、速度は比較的と言った程度であったが低下していた。

 

「どっちでもいい、好きに呼べ」

「分かったよ。いい名前だな、リョウマ」

 

言葉はリラックスしたものだが、吹き荒ぶ風でさえ両者の間に蟠った殺意を消すことは出来ていなかった。

 

「ありがとよ。それとこっちも今思い出した。よく覚えてやがったな」

「君の言葉は忘れないさ。以前に君に言われた、空間を削り飛ばす練習をしてみた際に偶然覚えたんだ。まさか出来るとは思っていなかったがね。

 空間を斬って別の空間と繋ぐ…虚空斬破(コクウザンパ)と名付けてみたのだが、どうだろうか」

 

問い掛ける麻衣は、実に照れ臭そうに笑った。

それでも殺意は変容しない。異常な光景だった。

 

「いいね、悪くねえよ。それと服の上でも分かるけど、大分鍛えたな。努力の勝利か」

「細かく言うつもりは無いが、苦労はしたな」

「それにしてもよく俺の居場所に気付いたな。この高さだってのによ」

「君の気配は独特だからな。あるのではなく、何も感じない。何もないといった具合だ」

「一応聞くけどよ、前からそうだったのか?」

「いや、なんかそうというか…気付いたというかな。君の名前を思い出したようにだ」

「不思議な事もあるもんだな」

「ああ、だからこそこの世は素晴らしい。そして友だから言う。これから言う私の卑しい欲望を聞いてくれるか。お願いだ」

「許しも何もねえよ。好きに言いな」

「礼を言うぞ。君と会ってから二か月が過ぎた。その間、私は自分の肉欲を慰めていない」

「男に二言は無ぇから聞いてやる。続けな」

 

ナガレは続きを促した。

少し困惑していたが、相対した時から薄っすらと予想が付いていた。

麻衣から発せられる臭気には、爛熟した女の香りが伴っていた。

 

「最初のうちに幾度か達してみたが、まるで満たされやしない。それでまた、再び君と相見える時を待っていた。ひょっとしたら私はこのために生まれたのかもしれない」

「買い被りすぎたこと言うんじゃねえ。自分の命は大事にしな」

「その命を、拳と刃のその先へ。無明の虚無へと私を誘ってくれっ!!」

 

淫らな雌の表情が垣間見えたが、麻衣はそれを強引に皮の内へと戻し、精悍な戦士の表情を作った。

彼もまたそれに応えた。そして出来る事は一つしかない。

こいつがガキじゃなかったら、抱いてやったのにと思わずにはいられなかった。

少女趣味は無いが、杏子に勝るとも劣らない戦闘本能の塊のような魔法少女には、確かな好感を持っていた。

 

「胸と、この腹に蟠った熱が、浅ましい肉欲と懊悩がこの心を焼きそうだ。いや、いっそ何もかも焼き尽くしてくれっ!」

「ああ。お望み通りそいつらを全部消し去ってやる!!代わりにこの俺の恐ろしさを刻み付けてやっから、精々存分に味わえ!!」

「応!殺したくない程に!今すぐ君を殺したい!この黒く醜く、淫らな疼きを止めてくれ!!」

 

ナガレの方は真っ向からの闘争心だが、麻衣のそれは自身も多分に自覚した上での、歪みを持った真摯な愛であった。

超硬質の翼が撓むほどの勢いで一歩が踏み出され、互いの刃が振るわれた。

それらは互いの防御を突破し、肉を貫き皮を引き裂き、そして骨を断ち内臓を刻んだ。

烈風が吹き荒ぶ中で繰り広げられる血水泥の応酬の中、少年と魔法少女は嗤っていた。

全てを救う女神ですら眼を背けそうな、輝くように楽しそうな顔だった。

 

 

 

 

「うるせぇ…奴らだな」

 

背中を壁から引き剥がし、杏子は呟いた。

剥がす際、布と皮と幾らかの肉が持っていかれたのを感じた。

倒れるように座席に戻る。背中の硬い感触は、露出した背骨だろうなと杏子は思った。

そこを基点に、翼の上での振動が伝わってきた。振動は刻一刻と烈しさを増しており、翼上での激戦が伺えた。

不思議と痛みは少なかった。苦痛過ぎて麻痺していたのである。

 

かなりの重傷だが、治癒が可能な範疇だった。

治癒魔法を行使しながらぼんやりとモニターを見ると、行く手の先の地面に巨大な穴が見えた。

画面に表示された数値によると、すり鉢状に広がった穴の直径は約五キロに及んでおり、その中央には闇が溜まっていた。

引き寄せられるように、彼女はレバーを倒した。女神の羽を広げた異形の天使は、そちらに進路を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは」

 

何十回と繰り返してきた動きを、ナガレは止めた。

その右手は肘まで深紅に染まっていた。

 

「リョウマ…ここで止めるな…痛いよ…」

 

麻衣の声がしたのは、彼の拳の下だった。

白骨然とした翼の一角は血の海と化していた。

大の字になった麻衣に、マウントポジションを取ったナガレが殴打を加えている最中だった。

 

麻衣の血色の眼は、左目が破裂し血溜りになり、前歯は全て折れて左頬が喪失していた。

無惨な傷跡からは、神経が数本付いた状態の千切れた舌が垂れていた。

手足も圧し折れ、逆方向を向いている。

対するナガレは元々傷付いていた右目から更に出血し、顔半分を完全に赤に染めていた。

殴打を繰り出す左手は指があらぬ方向に向き、関節がイカれかけている。

 

右手に至っては肘から先が無かった。

綺麗に断たれ、分厚い筋肉が層を成した断面を見せながら、掌を麻衣の剣に貫かれ白の翼に縫い止められていた。

満身創痍となりながら、この二者は戦闘を止めていなかった。今までは。

 

戦闘が中断する最中、白い巨体が穴の内部へと侵入。翼を広げて加速し、その奥へと落ちていく。

 

「なんだ…ここは…君らの、思い出の場所か」

「まぁ、そんなとこだ。なんかよく分からねえ結果に終わったけどよ」

 

麻衣の上から退き、ナガレは血塗れの手を差し伸べてその身を引き上げながら、両者は言葉を紡いだ。

受けた破壊以上に麻衣の顔が険しいのは、問い掛けに無いする答えへの嫉妬からであった。

一か月ほど前、杏子とナガレが奇怪な戦闘を繰り広げた場所だった。

 

炎と化した杏子と、闇色の青年の姿を取ったナガレが激突、発生した破壊のエネルギーにより一度はこの結界を完全に粉砕するに至っていた。

翌日には何もなく、その二日後に『サイカイシマシタ』との手紙が届いていた。

新しいラーメン屋にでも向かう気分で、ナガレが下見をした際に発見したのがこの穴だった。

異界の他の部分には見覚えがあったが、ここだけは別であった。

それから足を運ぶ度に視線を送っていたが、建造物や床面が次回の際は修復されるのに対しこちらは全く変化が無かった。

近くには獲物もいないため、彼としても放置していた場所だった。

 

その中を異形の天使が降りていく。

やがて底に溜まった闇の奥から光が見えた。輝く闇かもしれなかった。

 

輝く何かを抜けた時、視界が一気に開いていた。

眩い輝きが、少年と魔法少女の傷付いた身を照らした。

一面に広がるのは、布の質感を持った玩具じみた輪郭のある鏡であった。

幾度となく見た光景だが、普段の場所とは違って見えた。

旧世代の芸術を思わせる造形に満ち溢れ、それらの合間合間には階段が据え付けられていた。

肌を刺す嫌悪感はより強く、ひしひしと伝わる悪意が空気に満ちていた。

 

そして、声が聞こえた。彼らのすぐ後ろで。

 

 

 

ここは 神浜 神浜市

 

 

 

抑揚のない声が続く。生気と覇気に欠けた、聞き慣れた声が。

 

 

 

 

親愛なる 田舎者の お客様方 神浜の 果てなしのミラーズへようこそ

 

 

振り返り見ると、そこには紫髪の武者風の衣装を纏った少女達の群れがいた。

肌の質感に血色の眼まで、完全に麻衣と同じ姿を取った者達が。

 

 

 

誤爆 誘爆 乱戦 混戦 ご注意を 

 

 

そしてそこに、巨大な影が注がれた。

上空には、九体の異形が飛翔していた。

傷付き立ち尽くす少年と魔法少女を嘲笑うかのように、女神の翼持つ異形の天使の複製達が舞い降りる。

朱音麻衣達も一斉に抜刀し、その切っ先を彼らに向けた。

 

 

 


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