魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第35話 虚構 対 現実-魔法少女-④

鈍い痛みが額にじわりと滲む。

それを契機に、杏子は目を覚ました。

前に倒れた重力は、今は尻を置いた座席から下に向いていた。平常に戻ったらしい。

 

「目ぇ覚めたか」

「みりゃ分かんだろ」

 

カタカタとキーボードをタイプしながらのナガレに、当然ながら不機嫌そのものの様子で杏子は応えた。

額に手をやり優しく擦ると、痛みは緩やかに引いていった。

離した手にはぺったりと血が付いていた。軽傷なので修復はのんびりでいいと自己判断を下す。

そこで杏子は違和感に気付いた。

 

肌を覆う質感とが、気絶前に感じていたそれと大きく違う。

嫌な予感を覚え、彼女は現状確認を行った。

今自分が纏っていたのは、野暮ったい赤色の長ズボンと長袖のジャージだった。

着心地は悪くなく、フィット感は胸の部分を除いて申し分は無かった。

ダボダボな胸元の左の部分には『呉』、そして『見滝原中』の白文字が入っていた。

 

「ふーん…」と一瞬呆けた様子を見せ、直後に硬直。そして青ざめた表情となった。

この世の終わりを垣間見たような、破滅的な表情だった。

気付いてしまったのだ。自分が魔法少女服になる前の格好と、これを着ている事の因果に。

 

「運が良かったな。さっきキリカがそこら辺で脱ぎ散らかしていきやがった」

 

言い終わった瞬間、杏子の手が再びナガレの首を絞めていた。

彼への責め苦に首絞めが多い事に、多少なりともE.O.Eの影響が伺えた。

 

「…あたしはどのぐらい気ぃ失ってた?」

「一分てとこだな。俺はそれより十秒前くれえかな」

 

魔法少女の剛力で締められつつ、ナガレはやや自慢げに応えた。

杏子に対しては、とりあえず何かしらでマウントを取らないと気が済まないらしい。

幼子なら狂死、成人でも発狂せんばかりの恐ろしい表情で杏子はナガレの首をぎりぎりと絞める。

頸の骨が軋む中、ナガレの口が開いた。

 

「後で…顔面に二発…までなら…受けてやる」

 

後なんかねえよと、杏子は力を籠めるかどうかで少し悩んだ。選択肢というやつである。

結果、彼女は両手を離した。彼が無抵抗だったことに、こいつも少しは反省してるんだなと察したためだった。

実際は彼が無抵抗を通した理由は、上半身はノーブラの上に黒シャツ、下はパンツ一枚だけの少女にジャージを着せたという行為に変態的なものを感じて自己嫌悪を覚え、弱っていたのが原因だった。

少女相手に、ナガレは相変わらずの性的関心の一切を向けていなかった。

蝶を美しいとは思っても、そこに至るまでの蛹に興味は無いのであった。

 

「ちゃんと聞いたぞ。逃げんじゃねえぞ」

 

言いながら、逃げる事は無い事は分かっていた。そもそも眼の前の存在が、何かに逃げたのを見たことが無かった。

 

「分ぁってるよ。お前も最後まで付き合えよ」

 

そう言った処でナガレは手を止めた。

ZEROと名付けられた人口知能が入力完了を告げる。首絞めの最中であっても、彼は入力を続けていたのだった。

狭い室内、緑色のジャージを纏う黒髪少年が赤ジャージの赤髪少女に頸を絞められつつタイピングを続ける。

中々にシュールな光景だった。

 

「よし、今度は大丈夫だ。キリカもあの様子じゃしばらく動けねぇ」

 

ナガレの正面に据えられたモニターが、その様子を映していた。

違いねえと杏子も言った。その詳細は筆舌に尽くしがたいため、記述は控える。

 

「さて、ならしと行くか」

「ちゃんと歩くのかねえ、このボロットさんは」

 

杏子は思い出す。

この室内に行くのに用いたのは、右足裏の一部をペラっとめくって開いた足の中の空洞の、そこに備えられた梯子だったと。

 

「まぁいいや。で、なんでこいつの頭は腐れクソゲスキモ鰻なんだい?」

「こいつがそれがいいって、ていうかそれじゃねえと嫌だって抜かしやがったからだ」

 

天井をコンコンと叩きながらナガレは告げた。

登った高さで考えると、大体胸のあたりだった。

天井と幾らかのスペースの先には、忌むべき造詣の白鰻フェイスが置かれている。

叩いた音が狭い室内に響く中、叩かれた側からも壁を鳴らす音が響いた。

 

「怒るなよ、別にてめぇの趣味を嫌ってる訳じゃねえ」

「嫌だってんだよ、あたしはよぉ」

 

憮然と言う杏子は、叩いた音を言葉として理解しているナガレの事はこの際もう良しとした。

突っ込んでいてはキリが無い。

 

「まぁ強いていや、俺はこいつの元ネタの九号機より七号機の方が好きなんだけどよ」

 

杏子は溜息、魔女からは壁ドンが彼に与えられた。

もういい早く終わってほしいと、彼女は信じてもいない神に祈った。

そして、あの白ウナギ達のどこに外見の差異があったのかと怒鳴りたかった。

 

大丈夫ですか、御主人様B

 

早くも憔悴したその様子に、ZEROの名を与えられた人工知能が話し掛けていた。

得体の知れない存在がひしめく中で、電子合成された声は闇の中の光に思えた。

 

「ああ、ありがとうよ。それとあたしの名前は佐倉杏子で、こいつはナガレリョウマだ」

 

自分の呼び方から察するに、どうせ登録してねえんだろうなと思い、ついでに隣の奴の分も言っておいた。

つい最近まで記憶から欠落していた名前を言う事に、最早何の躊躇も無かった。

通じるか分からなかったが、「了解しました。キョウコ様」の声は彼女を安心させた。

 

キョウコ様、失礼ながら大分お疲れのご様子で

「ほんとだよ。疲れて死にそうだ」

それはいけません。微力ながらお力添えしたく思います

「ちなみに何が出来るんだい?」

 

杏子も中々の対応力を持っていた。

そうでもなければ魔法少女などというこの世の理の外の存在として、数年も生きていられないのだろう。

人工知能と会話する杏子の様子を、ナガレは感心した様子で見ていた。

意外と頭良いんだなと思っていたが、仮に口に出していたら乱闘が勃発していた。

話が進まなくなるので、彼の何気ない配慮は英断であった。

 

音楽など如何でしょうか。私の判断ですが、気の休まるものをご提供させていただきます

「そりゃあいい。頼むよ」

 

期待の表情を浮かべ、杏子は耳をすませた。

壁面に溶接されたスマホが、人工知能が選んだ曲を流し始めた。

 

柔らかな出だし、リズムよく流れる旋律。

 

音としては素晴らしかった。

 

それが主人公の少年がヒロインの首を締め上げ、更には人々が液化していく際に流れる曲である事を除けば。

 

 

「ありがとう。助かったよ」

 

顔を引き攣らせながら杏子は言った。

このフラストレーションは隣の奴に返してやると、彼女は固く誓ったのだった。

その隣の奴はと言えば、こいつにもこんな顔が出来たのかとお前るほどに安らかな表情を浮かべ、こくこくと頷いていた。

殺したいと、漆黒の殺意が杏子に湧いた。

 

思えば最初から間違いだった。

魔女を葬った時、何故かそこにいたこいつを使い魔の糧の為に放置せず、首でも刎ねてればよかった。

最初に戦った時に頭突きをもっと強くやってれば…手首を噛んだ時、完全に食い千切ってやっていれば。

 

そこから続く悪戦苦闘の歴史が、後悔となって押し寄せる。

それでも、なんとか必死に殺意を留めた。映像と音を切り離し、純粋な癒しとして受け取る事にしたのである。

そしてこの殺意を愉しむのは後にしようと、理性を総動員して漆黒の感情を覆い尽くした。

 

「ああ杏子、お前はこういうの初めてだったよな」

「そうだよ、悪い?」

 

初めてに決まっているし、軽い物言いに過ぎる。

ナガレはこれを運転免許の取得程度、或いは自転車の運転程度に思っているのだろうか。

悪いも何もないのだが、棘のある言葉を吐かずにはいられなかった。

一時の気の迷いはあっても、両者の関係は友情でもましてや愛でもなく敵対であった。

 

「じゃあ気構えを教えてやる」

「断る」

「あン?」

「嫌だ。テメェの話は聞きたくねえ」

 

胸の前で腕を組み、断固たる拒絶の意志と視線で以て杏子は告げた。

クロスされた胸元のぶかぶかさが、杏子の脳裏に虚しさを伝えていた。

 

「じゃあせめてこん中に宝石入れとけ。お前らの弱点だろ」

 

そう言ってナガレは、掌に載せた頑丈そうな鉄の箱を見せた。

横のボタンを押すと内部が開き、敷き詰められた綿の中央に卵型のスペースがあった。

相手の意思を尊重、ではなくどうせ説得は不可能だからと諦めているのである。

両者の意見がまともにかち合った試しなど、戦闘中以外では稀だった。

 

その方が良いかと思われます、キョウコ様

「…お前さんがそう言うなら」

 

渋々ながら杏子は承諾。指輪を外して卵型の宝石に変え、綿の中に優しく置いた。

ナガレと出逢ってから数か月経過しているが、見て数分の人工知能の方が比較不能なほどに親しかった。

これでいいのだろうか。

 

「まあ聞けよ。姿勢はぴーんとして、腹に力入れとけ」

 

ナガレ本人はどうでもいいようだった。

恐らく、これからもそうだろう。

 

「そんだけか?」

「ああ」

「アホくさ。さっさと動かせよ」

「よっしゃ!待ってました」

 

テンションを上げた少年の様子に、杏子は寒々とした視線を送った。

それを尻目に、ナガレは操縦桿を握った。それはまんま、車のそれであった。

 

「バッテリー・コードを外せ」

 

何故か中点を踏んで韻を付けて彼は言った。

多分、漫画の演出か何かだろう。そう言った言葉遣いが多用されるものを読んだに違いない。

機体の背後で、複数の何かが外れる音がした。

そして彼は座席のペダルを踏み込んだ。

 

「うぐぁっ!?」

 

その瞬間、座席に踏ん反り返っていた杏子の薄い胸が、腹が、その皮と肉が波打った。

肉の内側の内臓が圧され、骨が軋んだ。

 

「だから言ったじゃねえか」

 

凄まじい圧力が掛かる中、ナガレは平然と手を伸ばして杏子の襟首を掴み引き上げ、座席に置くように座らせた。

やや楽になったが、背中が座席に癒着せんばかりに押し付けられる。

 

「あぐぅっ!?」

 

前から後ろに抜ける圧力、そして今度は尻から頭部に突き抜ける衝撃が走った。

 

「悪い。これ敷くの忘れてた」

 

二度目の衝撃が来て浮いた尻と座席の隙間に、ナガレは素早く座布団を敷いた。

少し楽になった。死に通じる痛みが、死にたくなる痛みの数歩手前くらいに。

堪らず変身、したかったが宝石は手元を離れている。耐えるしかなかった。

高所落下による衝撃緩和機構が発動しないところを見るに、彼女の魔法少女としての身体はこれを攻撃と捉えているようだった。

 

痛みの最中に前を見ると、壁面に多数の画面が表示されているのが見えた。

白ウナギから見て正面、更にはこいつが走っている様子までが映っていた。

蛇腹の様な手足が悪夢の様に振り回され、異界を疾駆している様子が上空からの視点で映されていた。

画面の端には数字が浮かんでいた。

170km/hの表記に、杏子は自身の眼を疑った。

 

「よっしゃ、そろそろ加速するか」

「リョウマさんっ!?」

 

身に降り掛かる災禍をいなす為に新しく魔力の使い方を模索する中、ナガレは振動や衝撃など無いかのように普段通りの口調で言った。

対する杏子は上記の通り、完全に自己を失った様子で叫んでいた。

 

ギュンという音を立てて、機体が一気に加速した。

その寸前に杏子が対振動衝撃に対する魔力を自身に行使したのは、正に奇跡的なタイミングだった。

それでも、身を刻むような圧力が全身に加わった。

 

音速に到達。高速移動形態にシフトします

 

人工知能がさり気なく告げたその瞬間、寸胴な胴体が一気に縦に伸びた。

ウエストが一気に萎み、より人に近い体型となる。身長も十メートルから二十メートルに伸びていた。

手足の蛇腹な形状とややマッシブな事を除けば、ほぼProduction Modelに等しい姿と化している。

 

無駄に良いフォームで、白い人型ウナギが前傾姿勢で疾駆する。

その様子に杏子は絶叫を挙げた。

視界と肉体に注がれる嫌悪感と苦痛は十代の少女、というかこの世界の生物に堪えられるものではなかった。

救いを求めるように杏子は両手を伸ばした。そして五指が何かを掴んだ。

救いの手を引き寄せるが如く、彼女は手前に引いた。

 

「あ、お前それ」

 

一際強い衝撃が発生。

ナガレの少し焦った声が聞こえ、そして浮遊感が魔法少女の身を包んだ。

 

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」

 

叫ぶ杏子の眼には、地面が遥か遠くに見えていた。

異界の天の果てがあるのかは不明だが、機体の周囲は闇が多かった。

 

「よし、こいつも試すか」

 

言いながら、ナガレがハンドル近場のボタンを押した。

杏子は嫌な予感がした。そしてそもそも、いい事に転ぶ事などある訳がない。

 

「バトルウイングッ!!」

 

叫びと共に機体の背面の装甲の一部が剥離、魔女の魔力が離れた装甲を変容させる。

一瞬の後、装甲は開いた。閉じられた花が開くが如く。

それは大きく広げられた、人の手のような形をした翼であった。

災厄から人々を守り、そして全てを赦すかのような、女神が差し伸べた救いの手の様な翼だった。

神々しい羽根を広げた姿は異形の天使に見えた。

激しい既視感があった。トラウマという意味で。

 

そして何故か分からないが、ひどく冒涜的な姿に見えた。

例えるなら、神にも等しい聖なるものを貶めているかのような。

 

きっと地獄では、こんな異形が群れを成して罪人の肉を啄むのだろう。杏子はそう思った。

ならばその地獄に、せめて隣の奴を送り込んでやろうと杏子は宝石を入れた鉄箱を掴んだ。

固い質感の鉄は驚くほど簡単に開いた。

魔力を伴った握力で、強引に粉砕したのだった。

 

零れ落ちた宝石を握って想いを込める。

真紅の魔法少女と化して槍を召喚、厄介者の頭へ突き立てるべく振りかざした。

これまでの一連の流れは、一瞬の出来事だった。

さしものナガレも反応に遅れ、槍が眼前に迫っていた。

次の瞬間には、十字槍が彼の左目を貫き頭部を串刺しにした筈だった。

 

 

 

「ナガレぇぇぇえええええっ!!!!」

 

 

 

その瞬間を縫うように、機体の内で咆哮が聞こえた。その声は歓声に似ていた。

 

朱音麻衣の声だった。

 













混沌としてきたな…

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