魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第35話 虚構 対 現実-魔法少女-③

音声ガイダンスに従い、必要事項を入力してください

「また設定か。面倒くせえな」

 

電子合成された女の声が、狭い室内に響く。

片目を血染めの包帯で覆ったナガレは、愚痴を言いつつも慣れた手つきでキーボードを連打した。

流れるようなブラインドタッチは勉学によるものではなく、ネカフェに入り浸っているうちに身に着いたのであった。

その様子を、灼熱の如く輝く真紅の瞳を持つ佐倉杏子が、氷点下の視線で眺めていた。

 

「聞きたくもねえけど、何やってんだ。で、その喋ってるのは何さ」

「初期設定ってやつだろ。で、こいつは隣町で拾った人工知能だってよ」

「また腐れキリカからの贈り物か。っていうか人工知能って、落っこってるもんなのかい。よく知らねえけどさ」

「ああ、頼んでもいねえのに携帯ごと寄越しやがった」

 

見てみるとノートパソコンの配線は、壁に適当としか思えない具合に溶接されたスマホに伸びていた。

明らかに接続端子が無い場所に、物理的にコードが突き刺さりパソコンからの情報を送っている。

魔法少女の視力を持ってさえ指先が霞んで見える連打に、杏子は才能のムダ使いを感じていた。

 

『最後に、宜しければ私の名前を教えてください』

「なんか言ってるぞ。パパになってやれよ、リョウマ」

 

杏子がさり気なく、本人に告げる言葉で二度目となる名を、軽い嫌味と共に告げた。

先程完全にスルーされていたので、ちゃんと通じているのか少々不安になっていた。

嫌いな相手だが、外していたら失礼であるし何より恥ずかしい。

だが当のナガレはと言うと、この少年にしては珍しく頭を抱えて真剣に悩んでいた。

まるでそれこそ、伴侶の出産を待つ父親のようだった。

杏子は溜息を吐いた。自分の抱えた小さな悩みが馬鹿馬鹿しいと吹っ切れたのだ。

 

「悩むところかよ、アホらしい」

「アホはてめぇだ。名前は大事だろうが」

 

正論を言われ、杏子は思わずぐぅと唸った。

奇跡でも起きているのか、今日の二人は比較的仲が良かった。

たまにこういう事が起きる。そしてその後には、大概ロクでも無い事が両者を待っている。

 

「キリカが言うにはだな、『名無し』ってのが名前らしいや」

「じゃあそれで。こいつは名無しの人工知能だ。それでいーじゃん」

 

更に悩み、ナガレは口を開いた。

少し遅れていたら、杏子はパソコンを引っ手繰って適当に入力するつもりだった。

 

「決めた。お前の名前は『ZERO』だ」

『了解しました。御主人様』

 

音の抑揚は無かったが、嬉しそうな様子で電子の女は応えた。

この時、彼はキーボードを叩いていなかった。初期設定には音声入力のプログラムも含まれていたようだ。

または人工知能自体が、自分でやり方を漕ぎ付けたのか。

入力を行ったナガレは特に疑問も抱いておらず、自分の命名を機械が認識したことが嬉しかったのか楽しそうに笑っていた。

見た目は多分に可愛げのある外見のため、杏子はこの肉の中にある非常識な人格につくづくと疑問を感じていた。

 

 

「ゼロぉ?また何かの漫画かい?」

「昔使ってた、まぁすっげぇ便利なカーナビみたいなもんだ。口煩くて自分勝手で、ちょっとムカつく奴だったけどよ」

「ならそいつは良い奴だね。あたしと気が合いそうだ」

「かもな。しっかし、あいつも今どこにいるのかねぇ」

 

今の今まで忘れていたような口ぶりだった。恐らく名前を付ける事に際して思い出したのだろう。

ZERO某が何かは杏子には全く分からなかったが、この少年の姿をした何かをぶん殴るのに役立てられればそれでいいと思っていた。

そいつに殴られて横転でもしたら今までの恨みとフラストレーションを込め、笑いながら蹴りまくってやろうと杏子は思った。

対するナガレは、妙に大人しい杏子の様子に一抹の不気味さを感じていた。

 

普段なら蹴りに拳に、主に槍が飛んでくる。

顔を殴ったり蹴りすぎたのかなと、彼は少々の罪悪感を覚えていた。

 

魔法少女を不死身の怪物と、彼の言うところの便利なカーナビから聞いた『戦闘獣』とある程度の同一視をしていても、やっぱり人間の子供なんだなと彼は改めて思っていた。

互いの思いに常識からの乖離と邪悪さが込められてはいても、異形の操縦席内の雰囲気は悪くは無かった。

普段が地獄じみているせいで、何も起きない現状は不気味ですらあった。

 

おーい友人ーっ佐倉杏子ーっ!密室内でせっせと励むのもいいけど避妊はしっかりしなよーっ!私はまだこの歳でお祖母ちゃんキャラになるのは御免だぞーっ!

 

その平穏をぶち壊し、黒い魔法少女の咆哮のような雑言が異界を貫いた。

室内にいる筈なのに、耳で覆わんばかりに莫大な音量を持って放たれる声の暴力であった。

 

さささささを裏切るのか不貞者、相手は生理二日目だから加減してやれ。

胸が小さいからと悲観する日が漸く終わるぞ佐倉杏子、生えてなくても友人なら気にしないだろうから頑張れ。

 

これらがほんの一部であった。室内の雰囲気は、正確には空気は最悪になっていた。比喩ではなく物理的な意味で。

杏子の肌の表面から魔力が滲み、空気自体を毒に変容させていた。

常人なら数十秒程度で確実に死に至る、口と喉が焼けるようなガス室同然の中でナガレが口を開いた。

 

「ZERO、最初の命令だ」

 

冷ややかな口調でナガレは告げた。その間にもキリカの声は聞こえた。

内容は最悪であったが、声は真摯であった。彼女なりの気遣いと応援だったのだろう。

それを打ち砕くべく、二つの声が生じた。

 

「「あいつを潰せ。生かして帰すな」」

了解しました。御主人様方

 

完全なる同一タイミングでの発声。普段は冷戦さながらにいがみ合っている仲だが、こと破壊行為に関しては息がぴたりと合う二人だった。

ZEROと名付けられた元名無しの人口知能は、その命令を完璧に履行した。

重力が前に傾き、そして完全に前へとベクトルを向けた。率直に言えば、前に倒れたのだった。

杏子とナガレはと言えば、顔面を前方の壁とディスプレイに激突させていた。

 

不意打ちに近い完全な直撃で、その衝撃の度合いは、頑強極まりないこの二つの生命体達が意識を喪失したことからも伺えた。

意識が落ちる寸前、両者は前面の奥と地面の間で肉と骨が潰れる音と、

 

「若いからといって激しすぎだよ。節操無しども」

 

との呆れ果てた様子の声を聞いた。

意識が落ちていく中、杏子の脳裏に記憶の渦が巻いた。

どうしてこうなったのかと、後悔を伴侶とし彼女の心は記憶の迷路を歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ…こいつは」

 

胃酸の匂いを口内に充満させつつ、杏子は呻きながら言った。

真っ先に認識したのはその物体の頂点だったが、杏子の視線は下に落ちていた。

眼を背けるような行為は、万物に敵愾心を放つ真紅の魔法少女にとって極めて珍しい事だった。

 

落ちた視線の先に、光に照らされた二本の柱が見えた。人の脚の形の面影を見せた柱であった。

フレキシブル構造の白色の蛇を思わせる二本の脚を、白い運動靴を思わせる足が支えていた。

二本の脚が結ばれた腰と胴体は、寸胴という言葉通りの太さであり、力士とプロレスラーの間を連想させる逞しさを持っていた。

それら全てが、白骨の如く漂泊された白の色を呈していた。

 

分厚い胸板の左右には、球体の肩があった。病的なまでに白い全身の中で、何故か正面から見て右肩が赤く染まっていた。

血で染めたような暗い色は、実際に血液の色だった。

丸い肩の淵に何体かの魔法少女の紛い物が引っ掛かり、淵からはみ出した手や足から、体内の液体を滴らせていた。

 

「おい友人。言われた通り肩を赤く染めたぞ。駄賃を寄越せ」

「俺が何時、んなもん頼んだ?」

「塗りたそうな顔してたじゃないか。相手の気を察して手伝ってやったのに、君は相変わらず身勝手だ」

「毎度だけどよ、ワケ分かんねぇ事言ってんじゃねえ。駄賃はやるからそこら辺の掃除でもしててくれ」

「やったー!これだから友人は好きだよ。嘘だけど」

 

何時の間にか先回りしているキリカと、噛み合わない会話を繰り広げる相棒兼対魔女・魔法少女用の汎用ヒト型殺戮兵器が見えた。

 

「あはははは、何度見ても笑える。この適当な外見、ロボットというかボロットだな」

「そこまで笑うんじゃねえよ、傷付くだろうが。てか、何で知ってんだお前」

 

嗤い転げるキリカ、その様子に対し明らかに悔しそうな顔で、そして不思議そうに見るナガレ。

嫌悪感と吐き気と憎悪と、怒りと虚しさが杏子の胸を突き抜ける。

視点が動き、再度形状を確認する。

白い蛇腹状の脚の隣に、それに似た二つの柱が上から垂れ下がっていた。

 

赤く塗られた右肩とその反対の左肩から垂れた腕は長く、胴体を越えて足の爪先近くまで伸びていた。

伸びきった先の手は、自然な形に伸びた五本の指を備えていた。

作業用の手袋を思わせる質感の手は、気味が悪い程に人間の手にそっくりだった。

しかも細く、輪郭で見れば美しいとさえ思えるその手は年少の少女の手に似ていた。

丁度、杏子やキリカ達のような。

 

背筋から尻までを貫く嫌悪感は、再び上がった視線が捉えたそのヒトガタの頭部を見た時に頂点に達した。

 

蛇腹の手足を従えた寸胴な胴体の頂点にあるのは、凹凸の廃された、のっぺりとした楕円形の頭部だった。

正面から見た爬虫類に魚類、特に鰻に似ていた。

但し目に相当するものは一切として見受けられない、異形の姿であった。

色はこれもまた、そして特に色素が廃された白色をしていた。

 

機械的な光沢を胴体や腕に脚が放つ中、手と頭部には有機体の様な生々しい質感が付与されていた。

魔法少女の喉から叫びが込み上げ、口から放たれる寸前、楕円形の頭部の一部に亀裂が入った。

 

そこは人間で言えば、口に当る部分だった。

小さな亀裂は左右に広がり、皮の様な弛みさえ生じさせ上に開いた。

 

開いた中身は、暗い闇。闇の奥に球体が鎮座し、口として開いた隙間からは黒い靄が漏れた。

靄は口の直ぐ隣にある赤い肩へずるりと向かい、そこに盛られた紛い物の魔法少女達を包むと、それを靄で包んだままに口内の闇へ戻った。

開いた口はすうと閉じ、僅かな隙間も見せずに消えた。

 

その瞬間、佐倉杏子は叫んでいた。

 

 

うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!

 

 

異界を劈く絶叫に、ナガレとキリカがぎょっとした様子で杏子を見た。

その様子が恐怖を怒りに変え、真紅の魔法少女に行動を促した。紅の風となって、杏子の身体が宙に舞った。

浮かべた表情は、殺意で凝り固まっていた。槍で左目を抉られた時の、赤い戦衣の少女に似ていた。

 

距離が近かった方、キリカの顔面に両脚を用いた飛び蹴りが叩き込まれ、その身を遥か彼方に弾き飛ばした。

機材や廃車を風のように吹き飛ばし、積み上げられた異界の構築物が衝撃で崩れ落ち、黒い魔法少女の上へ降り注いだ。

一瞬で、キリカの姿は異界の何処かに消えた。悲鳴すら許さぬ、無慈悲な処刑であった。

 

「この大馬鹿野郎がぁぁああああああああっ!!!!!!」

 

残った方、諸悪の根源に違いない少年の首を杏子は容赦なく両手で締め上げた。

口の端からは白煙が零れ、肌の温度は焼け付くように熱かった。

魔力が暴走し、身を焼くほどの莫大なエネルギーが生成されているらしい。

 

「何だあいつ!?テメェ遂に頭おかしくなりやがったか!?つうか、今動いたじゃねえか!!」

 

ギリギリと首を絞めながら、熱い唾を飛ばしつつ杏子が問う。

キリカを蹴飛ばしてやや落ち着いたのか、思いの外冷静さが戻っていた。

 

「そりゃあ…生きてる…からな」

 

苦しそうに、だが負けじと杏子の両手首を自身の両手で握り、喉から魔法少女の手を引き剥がす。

ナガレの奥歯が噛み締められ、顎が割れんばかりに力が注がれる。

真紅の魔法少女の熱い体温により、彼の手と杏子の手首の間からは肉が焼け焦げる甘い臭気が立ち昇った。

その生理的な嫌悪感もあり、杏子は弾くように手を離した。

 

「…どうやったか知らねえけど、このクソゲスなキモウナギの中身はあの斧魔女か」

 

断片的に見た情報から、杏子は正体を察した。

思うままに暴力を奮いある一定の戦果を挙げた事で、彼女は本来の魔獣じみた冷静さを取り戻しかけていた。

 

「よく分かったな。強くしてくれって頼まれたからよ」

「それにしたって、幾らでもやり方があるじゃねえか。やっと分かった。テメェの考えはこの世のものじゃねぇ」

「ああ。だからその似合いの地獄に、いつかこいつで帰るのさ」

「あン?」

 

憮然と言い放ったナガレの言葉に、当然ながら杏子は困惑した。

帰れとは言ったが、ウナゲリオンとボロットなる存在、そして魔女の魔改造融合体を造れなどとは言ってもいないし想像だにしていない。

困惑のまま、杏子は考えを巡らせた。

暴走の余波が残る熱と手首を握られた物理的な嫌悪感と、気持ち悪いにすぎる造形、定期的に訪れる生理的な出血からの不快感。

今後の人生設計と厄介者の排除法、未来永劫関わりを断てる事の可能性を見出すべく魔力が動員され、高次的な予測が超高速で組み立てられる。

そして結論は出た。時間にして0.1秒の間に行われた高速演算であった。

 

「なあ、あたしが手伝える事はねぇか?何でも協力してやるよ」

 

努めて笑顔で、相手に疑問を抱かせないような、滲み出る敵意を隠しての言葉を杏子は告げた。

それはまるで、聖女の様な表情と声色だった。

今度はナガレが困惑する番だった。少し間を置き、彼はこう告げた。

 

「お前、やっぱ良い奴だな」

 

単純とも言えるが、率直な物言いだけにそれは彼の本心だった。

故にその想いは彼を嫌う杏子にも届いていた。罪悪感が棘が魔法少女の胸を小さく刺した。

邪気無く笑いながら言う彼の様子に、杏子はこの存在を少し見直すべきではないかと考えた。

 

確かに理不尽であるしいるだけで迷惑だが、こちらも今まで迷惑は掛けたし、結果的とはいえ命を救われた事さえ幾度もある。

別れの兆しが僅かに見えた今こそ、それまでの関係を今一度考慮すべき時ではないのかと。

未来への希望を失って久しいが、ここに少しだけ、それを取り戻す欠片の様な光が見えたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃあこいつの試運転やっからよ、今から一緒に乗ってくれ

 

 

 

 

 

そして希望の光が、絶望と久遠の闇へと変わるのは世の常であった。

 

 

 

 

 

 















久々に仲がいい(気がする)
また戦闘獣は真マジンガーZERO版のものとなります

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