魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第35話 虚構 対 現実-魔法少女-

ここ数日、帰りが遅いどころか行方不明になる頻度が多いのは知っていた。

気持ち悪い映画を周回し、時々生じた魔女を駆除しネットカフェに滞在しているなどの情報は頼んでもいないのにキリカが運んで来た。

時々見かけ、その度に廃教会内に用いた鏡の結界に鉄くずや捨てられた自販機、挙句の果てには廃車を担いで運んでいたのも見ていた。

精々筋トレでもしているのだろうと、現実逃避に似た感情で思う事にしていた。

廃車を運ぶ様子が、磔刑に処された聖人が十字架を運ぶ様に似ていたせいかもしれない。尤もこちらは聖人どころか悪鬼羅刹の類だが。

 

そんな生活が二週間続き、次第に見る機会も減ってきており心の平穏が得られた反面グリーフシードの枯渇が近付いていた。

獲物の数は普段通りだが戦利品を落とすものが少なく、ジリ貧に陥っていた。

そろそろ、久しぶりに使い魔を放置し成長を促すかと思い始めていた。

同居人の殺戮兵器は眼に映るもの全てが敵に見えるらしく、いずれ魔女になる使い魔すら一匹残らず駆逐するのが常だった。

そのくせ、一般人の救出には労力を惜しまないとの二面性があった。

杏子としてはそういった事は面倒なので放置していたが、ある時気まぐれで何でそんな事するのかと問うた時に彼が言った、

 

「くだらねぇ事言ってねえで手伝え、魔法少女」

 

顔半分を自分の血で染めながら平然と返したその様子が、杏子の癪に障った。

怒ってもいなければ軽蔑した様子も無いが、魔女の振るった腕が掠めて皮が吹き飛ばされ、剥き出しになった黒い瞳を宿す眼がこちらの心を見透かしているように見えた。

あの無神経と非現実さで出来ている存在にそんな知恵や気配りはないと思ってはいるものの、どうにも思い出すと気分が悪くなる。

それは自分自身が他人を見殺しにしてきた事への後ろめたさだと、認めれば楽になるのは分かっているがそれも厭だった。

自分のこれまでの行為に後悔なんてしたくはないし、したところで何も変わらないし変わる訳がない。

過去を悔いるのは、ただ一つの事だけで十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「最悪。あんな事言うんじゃなかった」

「同情するよ、佐倉杏子。これからは軽はずみな発言は控えるんだね」

「うるせぇ。踏まれてくたばれ」

 

座席に座り項垂れる杏子に、キリカが念話を飛ばしている。

車の操縦スペースよりもやや広い空間に杏子はいた。その右隣では、

 

「えーっと、メアド登録とログインパスワードに?ユーザー名を入れろってか。意味分かんねえな」

 

現代の情報化社会で生き残れそうにない言葉をつぶやきながら、ナガレが何やら操作していた。

重機操作用のレバーやボタン、ついでにカーナビみたいな画面にキーボードまで付けられている。

分からないと言いつつ、恐らくは適当なのだろうが順調に入力し準備を進めている。

なんでこうなったのか、杏子は考え直すことにした。

何かしらを考えていないと、胸の濁りが治まりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

この厄介者が廃教会に戻ったのは深夜の三時。

戦闘を行ってきたのか、顔の半分が血染めの包帯に覆われていた。

朱の発生点が右目の真上なところを見ると、それなりの激闘だったらしい。

 

帰れと言われ「ああ、ちょうど今からその準備しに行くもんでよ」と返された。

呆気に取られていると自分の寝床まで歩き、押収した銃器や鏡面内で手に入れた得体の知れない遺物を入れた風呂敷を背負い、寝床に置いておいた魔女に命じて異界へ消えた。

帰って早々出ていくという矛盾した行為の前に、異界の門から手が伸びた。その先には中身を膨らませたコンビニの袋が握られていた。

 

「土産置いとくぜ。使い終わったのはいつも通りくれよ」

 

丁寧に置かれた際、複数の硬い音が鳴った。薄っすらと見える卵型のシルエットからしても正体は分かっている。

 

「新しい下着かな。丁度いいじゃん。見た限り履いて三日目で丁度汚れてるからきっと高く」

 

赤い風が廃教会内を這うように駆けた。突き出された左拳と、振られた右脚の先端は音速を越えていた。

それぞれがキリカの顎を正確に打ち抜き、その脳を揺らした。弛緩した肉体を同居人の寝床に横たえて自身は跳躍、折り曲げた両膝をキリカの細首目掛けて叩き込む。

肉と骨の潰れる音が鳴り、潰れた首は倍くらいに伸びていた。

普段の斬撃での負傷よりも生々しく過剰な暴力だったが、罪悪感は僅かだった。

治るまでの間を時間稼ぎとし、杏子は異界へ飛び込む事にした。

 

「帰れ」という言葉を鵜吞みにして、自殺でもしやしないかと心配になっていた。

キリカとあの存在について語っていると、どうにも非現実感を感じてそういった妄執に取り付かれているのではと思えてならなかった。

魔女を駆逐できる腕力等は、どこぞの魔法少女に変な魔法でも掛けられたに違いない。

性欲に溺れた不愉快な道化の例もあるし、きっとそうだろう。多分。

餌食を持って来てくれたという負い目もあった。何だかんだで善人な杏子としては行かざるを得なかった。

結界に入ってすぐに思い返した。

あいつはそもそも自殺するような繊細な神経をしていないし、洗脳される程高等な精神をしているとは思えない。

 

「アホらし。帰ろ」

 

そう思って振り向いたところで、異界の門の入り口、杏子から見ての出口は消えた。

出口に降り注いでいた月明かり由来の光源が断たれ、異界の通路の暗さが増した。やる事は一つしか無くなった。

再び振り返り、歩きながら変身。濁っていたソウルジェムを浄化すると、グリーフシードは一発で再度の使用不能なまでに濁り切った。

厳めしい顔で、ドロリとした輝きを放つに至ったグリーフシードを杏子は眺める。

認めたくはないのだが、間一髪の更に一歩手前だった。

鼻を一息鳴らしつつも、杏子は律儀にグリーフシードをポケットに仕舞った。約束は守るようだ。

 

数歩歩くと地面が消えた。闇に包まれたのも束の間、数秒後に広大な空間へと出た。

何処からか注ぐ光源に照らされた薄い光が、無限に等しい空間を闇と光のまだら模様に照らしている。

 

おもちゃ箱をひっくり返したような乱雑な物品が、狂った縮尺と植物の群生めいた様子で並んでいる。

それら全ては鏡の輝きを放ち、地面に果ても知れぬ天井もまた鏡であった。

魔女の根城たる結界の中でも異様な空間だが、既に何度も訪れ、最近では第二の拠点と化しているので杏子は特に感慨を覚えなかった。

 

落下していく中、杏子の真紅の眼が着地点を捉えた。

高所からの落下に対し、それが攻撃でも無ければ魔法少女は自動で衝撃を緩和する。

よって恐怖など微塵も無く、特に感慨も無く落下していく。その感情に波紋が生じたのは着地点の更に奥に黒髪の少年の姿を認めた為だった。

 

やっぱいやがると、杏子は思った。当然ながら首を括る準備もしていないし、喉を掻き切る様子も無い。

代わりに何やら指を指したり片手で図面を広げたりとの謎の行為をしていた。

その前には複数体の黒い物体が浮遊している。何やってんだあいつと思っていると、地面は直ぐ傍に迫っていた。

音も無く、特に問題も無く着地する。

着地の瞬間、

 

「んだよ、お前何しに来たんだ?」

 

とナガレが訊いてきたことを除いては。

尤も彼としては特に招いた訳でも無いので間違ってはいないが、もう少しかける言葉を学んだ方が良いだろう。

 

「そいつはこっちが聞きたいよ」

 

憮然とした態度で杏子は状況を確認した。

ナガレの服装は、ここ最近気に入ったのか緑色のジャージ姿で正直ダサい。

その姿で何やら図面のようなものを持ち、その傍らには三体の黒い一つ目ウナギが浮いている。

それらは彼が武器として酷使する牛の魔女の使い魔だが、何故か頭には工事現場で用いられるような黄色いヘルメットを被っている。

 

色は違うが、ウナギという事で杏子は気分が悪くなった。

そういえばあの映画を観てから、生理不順と不快感に悩まされている。

最近睡眠時間が削られているのも、悪夢を見る頻度が増えたからだった。

特に生きたまま内臓を引きずり出されるイメージは、実際に鏡の空間内で紛い物の魔法少女らにされた行為である為よりリアルであった。

ソウルジェムが濁る原因にも、一役買ってるに違い無さそうだった。

 

「今作業中だ。アレ造ってる」

 

待機中の使い魔に向けて顎をしゃくると、使い魔達が一斉に飛んだ。

床面に乱雑に置かれた工具類-これでは安全を重視しているのか分からない-を飛び越え、奇怪な機械類に身を寄せた。

まるでメキシコサラマンダーの鰓みたいに伸びた手で操作盤を操っている。

 

かなり小さな手だが、明らかに人間に酷似した形状をしているのが実に気持ち悪かった。よく見れば人に似た爪まで生えていた。

使い魔の操作により何処からかに設けられた電燈が灯り、光が闇を照らしていく。

電源盤らしきものから伸びたコードはナガレの背後へと伸び、光が次々と灯る。

 

光は地面から上に伸び、杏子の視線もそちらを追った。

予想していなかった展開に困惑を伴っていたが、表に出さぬように装った。

闇を駆逐し照らし出された存在を視認し、真紅の魔法少女は小さな喘鳴を吐いた。

濃い胃液は喉元まで組み上がっていた。

視認した直後に感じたのは、嫌悪感と烈しい吐き気であった。

 

 

 













可愛い杏子さんが描きたい…

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