魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第34話 呪詛の名

鏡面の世界はその日も鮮血に濡れていた。

白と黒のフードを被った無個性な魔法少女の残骸が、まるで工事現場の破砕されたコンクリか積まれた土砂の様に至る所にばら撒かれていた。

 

死骸の群れの中、孤影が立っていた。

純白の布は鮮血に塗れ、優し気な色合いのピンクが施されたフードの淵は潰された脳味噌により毒々しい黄色を呈していた。

痙攣する肉体の、薄い盛り上がりを見せた胸元を容赦なく踏み潰し、その奥の心臓を完全破壊する。

 

それは踏み潰しでもあり、跳躍のための一撃でもあった。軽々と五メートルは飛翔した身体と地面の間を大量の銀光が埋めた。

優美な形状をした、青と銀の斧槍であった。発射地点を探ると、遥か彼方で光が生じた。

 

それは直後に眼前に迫り、鋭利な切っ先が視界を埋めた。先端が触れるかどうかの間にそれは静止し、その切っ先を彼方に向けた。

長大な斧槍の半ばを血染めの皮手袋を嵌めた手が握っていた。着地と同時に、手に渾身の力が籠められそして槍が放たれた。

 

ほぼ同時に彼方からも複数の槍が飛来する。槍を横薙ぎの銀光が迎え撃ち、切っ先をあらぬ方向へと変える。

飛翔する斧槍がその持ち主の胴体を貫くのと、先端を落とされた複数の槍が落下するのは同時だった。

 

槍に胴体を串刺しにされ、青地に朱を滲ませながらもがく長身長髪の青を基調とした魔法少女の細首が、血染めの皮手袋に握られる。

さして力が加わったとも思えないのに、細首はいとも簡単に折れた。

異様な方向に垂れた首には目もくれず、軽い痙攣の後に永久に動きを止めた肉体から生えた槍に手が伸び、肉と骨を割る嫌な音と共にそれが引き抜かれた。

血と脂に塗れながらも、その槍は冷え冷えとした美しい光を放っていた。

 

光がその強さを増し、視界の輪郭が解けていく。

戯画を現実と化した異界の風景が続く。光が炸裂し、熱と痛みが迸る。

殺意と憎悪が膨れ上がり、それに立ち向かって来た者全てを暴虐の嵐が迎え撃つ。

斧で切り裂き、槍で肉を貫き通し、拳が頭蓋をブチ抜きその内容物を宙にブチ撒ける。

美しい姿を煌びやかな衣装で覆った魔法少女の紛い物は、凡そ想像しうる限りの無残な死骸へと変わり自らが吐き出した血の海へと崩れていった。

 

滔々と流れる血の海へ、還る様に世界が融けていく。

 

 

 

それは牙であり、爪であり、そして研ぎ澄まされた刃であった。

悪鬼を蹴散らし、邪悪を滅ぼし、遂には神を標榜する者どもさえも滅ぼした。

仲間に一言別れを告げて、振り返りもせず地獄の真っただ中へと突き進む。

 

殺意に憎悪に狂気に絶え間なく、伴侶のように寄り添いながら、殺戮の世界を狂気の光と機械の悪魔と共に進んでいく。

一時も心休まる時など無く、それでも疲れる事は無く、それでいて惰眠と怠惰を貪っている。

激流と暴風が交差する地獄のような感情の渦に揺蕩うように、記憶と感情の主が横たわる。

そこに、不意に光が射した。

前触れもなく、前々からそこに存在していたかのように白光が全てを照らしていく。

それは万物を覆うような、掌にも似た形をした光であった。広げられた翼のようにも見えた。

激情さえも呑み込むように光が全てを包み込む。

唯一つの例外を除いて。

 

光の中で、闇が渦巻いた。地獄の坩堝があるのなら、恐らくこの眼の形になるだろう。

聖なる光の中ですら、その色は変化していなかった。

渦巻く瞳は光翼を掲げた者の姿を映していた。

光の翼を宿した聖なる者へと放たれたのは、安堵の吐息でも安息でもなく、敵対者への憎悪を籠めた魔獣の咆哮だった。

酷く甲高く、地獄の底から響くような声だった。咆哮と共に跳ね上がり、両腕が前へと伸ばされる。

 

光の中央に立つ者へ。

悪魔の翼のように開いた両手が、光を纏う細い首へと絡みつく。

掌と細首が触れる瞬間、その世界は弾けて消えた。

 

 

 

 

 

「何してんだ、お前」

 

くぐもった声でナガレが告げた。それは問い掛けではなく、拒絶の言葉だった。

夢の世界から戻って最初に見たのは、にやにやとしながらこちらを見降ろす呉キリカの顔だった、

 

「あかいうみでの、きもちわるいごっこ」

 

更にくぐもった声で魔法少女姿のキリカが返した。

椅子の上に仰向けになったナガレの首を、腹の上に両足を置いたキリカの両手が締め付け、被害者もまた加害者の首を両手で締め上げていた。

 

「目を覚まさなけりゃ、今頃圧し折れてるってのにね。ざーんねん」

 

圧搾される喉の奥で、凶暴な唸りが鳴った。ごぎんという音も同時に鳴った。

黒髪の魔法少女の首はあらぬ方向に曲がっていた。

緩んだ拘束を好機とし、首からキリカの指をもぎ離す。

猛獣の咬筋力に匹敵する圧搾により、首には青筋が浮いていた。二度三度揉みほぐし、痛みを分散させる。

首を圧し折られたキリカの胸と腹に二発鉄拳を叩き込み、彼はその身体を自身と入れ替わるようにして寝床に置いた。

心臓と内臓が爆裂している筈だが、この程度の傷ならキリカの場合は二分も経てば目を覚ます。

 

廃教会内をすたすたと歩き目的地を目指す。散らかされた菓子袋が海の様に広がる中に、少し新しめのソファが横たわっていた。

その上に寝転ぶ者へ、ナガレは声を掛けた。

 

「まだ調子戻らねえのか」

「誰の所為だと思ってやがる。クソ気持ち悪い映画を何度も見せやがって」

 

気だるさの極みと言った口調で杏子が返した。尤もな言い分だった。

 

「ああ、冒頭から最低な野郎だったな」

「そこじゃねえよクソバカ野郎」

 

義憤にも似た口調で言った彼の言葉を杏子が切って捨てる。

だが弱音に近い言葉を口にするあたり、相当に弱っているらしい。

 

「先に鏡の中行ってくら。ちょっといい事思い付いたからよ」

 

数日前までは無言で睨んで来るだけだったが、内容は険悪とはいえ言葉を交わせることを回復と受け取ったか、

ナガレは杏子の返答も待たずに背後に異界の門を開いた。

意味の分からない発言に困惑している間に、彼は背後へ跳んでこの世界から消え失せた。

門は消えずにそのまま残り、杏子の前で異界の入り口が悪夢の様に揺れていた。

 

「何が、先にだ」

 

勝手な言い分を残して消えた、相棒と宿敵が0.1対99.9で配分された弾避けと武器としては優秀な存在に対し杏子は苛立ちを募らせていた。

怒りが憎悪の毒々しい感情と、奇怪な映画によって与えられた精神的苦痛を一時的に漂泊して焼き尽くす。

やることが決まった瞬間だった。真紅の光が杏子の身体を覆い、魔法少女の衣が彼女の身体を包む。

 

「よっぽど、ぶちのめされてぇみてぇだな」

 

凶暴で陰惨な笑みを浮かべながら、美しい真紅の魔獣は殺意の言葉を口にした。

長大な柄の十字槍を握り、異界の門の前に立つ。

異界から発せられる独特の不快さが、肌の上に針で刺されるような刺激を与える。何時もの事だった。

一歩踏み出すと、異界の中に身が放られる。現世と異界の狭間でふと、一つの言葉が浮かんだ。

言葉としては聞いていたが、どうにも頭に入らない言葉だった。それが何故か、頭の中に浮かんでいた。

思い出したかのような、不思議な感覚だった。そして、不愉快な気分にさせる言葉だった。

 

「殺してやる。ナガレ」

 

拭い去るように、杏子はそれを口にした。先程よりも殺意と再び湧き上がってきた憎悪を籠めて。

 

リョウマ

 

それまで忘却の彼方にあった呪われた名を口にすると同時に、彼女の身体は鏡の異界へと消えていた。

 

 

 







マギレコで例えると、彼はブラスト三枚くらい持ってそうだと思います(無属性

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