魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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遅くなりました。
新約2巻にて通行人に助けを求める、沙々にゃんが可愛すぎる。
ところで、あのブザーは自作なんでしょうか?







第2話 転がる道化③

「あ~~、そうですか、そうか、そういうことですか」

 

優木は、杏子を見ていなかった。

彼女の宣戦布告というか処刑宣言も、聴かなかった事にした。

そうしなければ、確実に自我が崩壊するような気がしていた。

 

後ろ向きな思考を放棄し、優木は未来に挑むことにした。

先の発言により生じた、己を侵食する恐怖心からの退避の為に、

彼女は新たな標的を見据えていた。

対象となった少年は、奇妙な服装をした女に対し、怪訝な表情を浮かべていた。

 

「奴さん何か言い始めたぞ。呪文か?」

「さぁね。でも黙って聴いてた方が、テメェの為にもなるんじゃねぇの?

 テメェがここにいるのも、あいつが元凶かもしれねぇしさぁ」

 

まぁ確かに、と少年は返した。

因みにこれは彼を案じたためではなく、

自分だけ不快な気分を味わっているのは勿体ない、とした配慮からだった。

元凶云々も適当な返しである。

それにあの愚か者を好きにさせておけば、

先に己があの下衆に伝えた事柄が更に苛烈なものになるであろうと思っていた。

即ち、『地獄』が。

 

「そのお顔、髪型、私達と大して変わらない細身の身体。それに割と珍しい黒髪」

 

優木を額に乗せた不細工魔女が、更に上昇しつつ後退。

安全圏としたためか、優木の演説が開始された。

 

「ええ。そうですよ、そこの貴方についてです」

 

遥か彼方、最早親指程度の大きさにしか見えなくなった対象に対し、

優木は右手の人差し指をびしりと指した。

魔力を用いているのか、ただでさえ甲高く喧しい声が更に増幅され、

異界を震わすような大音声になっていた。

耳元で怒鳴られているかのような不快感に、新たな標的となったナガレは、

早速ながら気分を多大に害していた。

 

優木はと言えば何時の間にかに出現させた、

玩具じみた形状の望遠鏡でその様子を眺めていた。

因みに、丸っこい望遠鏡の尻から伸びた支え棒は、

彼女の足場である魔女の眉間に突き刺さっている。

それが不快なのか快楽なのかは定かではないが、当の魔女はしきりに奇声を挙げていた。

己が他者に与える苦痛を功績として実感しつつ、

優木は満足げに微笑みながら言葉を続けた。

 

「いやね。さっきの登場には驚きましたよ。タイミングとか、

 よく勉強してると思います。

 腐れ脳味噌女の思考を再現するのは不愉快ですが、多分こうでしょう。

 そこの赤毛の雌猿が吹き込んだか植え付けたんだかの貴方の設定は、

 異世界からやって来た何の変哲もない男子学生」

 

優木の発言、というかその考察は、ナガレの顔から怒りを拭い去った。

黒髪の少年は首を傾げ、怒りの代わりに不信感で満ちた視線を優木に送った。

対する優木は、それが図星を突かれたが故の困惑だと受け取った。

そして、相手に気取られぬよう少年の傍らの、自分の同類を流し見た。

対象の顔に浮かぶ憤怒の片鱗を見た瞬間に、優木の脳は認識を拒絶した。

 

更なる汚濁の言葉を紡ぐため、彼女の肺は大量の空気を吸い込んだ。

恐ろしいものを見た事実さえ忘却させ、優木は更に続けた。

内なる恐怖に、圧し潰されてしまわぬようにと。

 

「そこの家族殺しにナニをされたか知りませんけど、

 私の足元にも及ばないとはいえ洗脳にはそういうやり方もあるんですねぇ。

 正直な処、侮ってました。

 糞底辺のいじましいというか貧乏くさいというかな、涙ぐましいやり方には。

 何でか分らねぇですけど、アニメや小説でも

 最近流行ってますからねぇ、そういうの。

 幾ら親無し金無し能無しの社会不適合者でも古本屋行けば安く買えますしぃ、

 万引きするって手もありますか。

 あぁあと、一応は雌ですからね。如何わしい宿の前で『内容』と

 『料金』を書いた紙でも持って立ってれば大金出してでも

 テメェをアレしたいっていう野郎どもにも逢えるでしょうし、教材は簡単に揃いますねぇ。

 でもまぁそれはともかくとして。残念でしたね。

 そこの可愛い顔したお間抜け男子。

 これは異世界でも妄想でもなんでもない、

 クソみたいにくっだらねぇ現実世界のお話です。

 てめぇはそこのド底辺野良魔法少女からちょっと強い力を貰って、

 偽の記憶を仕込まれて、そこの雌猿にとって都合のいい感じの

 主人公をやらされてるだけの、ただの愚か者の人間なんですよ」

 

長台詞に疲れたのか、優木は一息ほどついた。

望遠鏡を既に消失させたこともあり、罵詈雑言のターゲット達がどんな様子なのか、

この時点では気付かなかった。

 

 

「さっきの遠投にはちょっと驚きましたけど、

 あんなの魔力を与えられりゃ出来ないもんじゃないですよ。

 ついでに話が変わりますけどあんた、女の趣味が悪いですね。

 発情期だかなんだか知りませんが、はっきり言って最悪です。

 そのガキ臭い感じが無かったら、

 二、三日くらいなら私の奴隷にしてやってもいいくらいのツラだってのに。

 まったく喰われるにしても、もっといいのがいたでしょう。

 それが寄りによってこんな色気の無ぇ、

 胸も平らなメスガキなんかの手駒にされて。これだからガキは嫌いなんですよ。

 ヒトっていうか、モノを見る目が無さ過ぎます。

 人生の先輩として、情けねぇったらありゃしねーです。

 ま、あんたがそういうのが好きなロリコンさんだってんなら話は別ですがね。

 とりあえずまぁアレですよ。

 ナニされてナニ吹き込まれたか知りたくもありませんけどぉ、お情けとして

 お隣の赤毛女もろとも骨も内臓も脳味噌もぜぇええんぶ仲良く、

 グッチャグチャにしてさしあげます。

 意識はしばらく残るようにしてあげますから、

 血肉や体液はもちろんのこと、魂が蕩けるくらいの熱~~い抱擁を愉しんでください。

 言うまでもなく快楽よりも地獄の苦痛が勝るでしょうが、

 それはそこの雌猿が、か弱い私に対して散っ々に働いた

 極悪非道行為の連帯責任だと思って諦めてくださいね。

 ああ、都合のいい夢だか妄想だか、過去の辛い経験だかの回想も糞ウゼェので、

 それもあっちに逝ってから好きなだけしやがりなさい」

 

 

長く長い、長すぎる言葉を紡ぐごとに、優木の顔には恍惚の色が広がっていった。

だが本人の意思とは無関係に、長台詞の中頃から、優木の魔法少女の本能は

眼下で生じる莫大な魔力の生成を捉えていた。

その影響か、優木の眼に映る佐倉杏子は人の形をしていなかった。

滔々と湧き上がる恐怖心が、警告として脳に対してそう認識させているのか、

脳内に広がる佐倉杏子の姿は、煉獄で生まれた悪魔のような、

人型の火柱のようになっていた。

 

揺らめく火柱の上部にて。

人で言えば眼が穿たれている部分からは、全体の赤を極限まで凝縮したような深紅の光が、

獣の牙や名刀もかくやといった鋭さの枠の中で、邪悪としか言いようのない輝きを放っていた。

 

その様子に、優木は一瞬の思考を巡らせた。

佐倉杏子が自分に見せるであろう地獄は、確かに発狂せんばかりに怖い。

表現の仕方に統一性が無く、語尾の重複が増加している辺りに混乱の片鱗が見えていた。

発言の内容も、恐怖を拭い去る為の逃避の思惑もあってか暴走気味だった。

 

それでも自分の手によって他人が傷付く事が、優木は狂おしい程に愉しかった。

自分に根付いている、ある意味性欲にも近い原始的欲求がそれとでもいうように、

彼女の精神は至上の酩酊感にあった。

 

それが彼女を、更なる狂気に奔らせた。

引き続き、火柱の傍らに立つ『女顔』に視線を向ける。

 

「つまり『役立たず』な『糞雑魚』のてめぇは、細切れにして魔女の餌にしてやるって事ですよ!

 だからさっさと泣き喚くなり、命乞いするなりしやがれってんだ!

 ここまで優しく丁寧に言ったんだから、

 いかにもクソガキって感じのツラした低能のてめぇにも分かるでしょうが!」

 

言い放った直後、異変に気付いた。

それでも、優木の頭脳に沸いた悪罵は止まらなかった。

感情が濁流のように口腔から溢れ、可憐な声が、それを言葉として解き放った。

 

「分かったらさっさと土下座して、その可愛い声とツラで泣き喚け!

 この『女顔』で『メス声』の、見るからに『童貞臭い』『ゴキブリ色の黒髪』の!

 『ロリコン』で『無力』な『猿以下』の『大馬鹿』野郎!!!!」

 

肺の中の空気を奇麗に使い切った優木の顔は、恍惚とした輝きがあった。

元々、美少女には違いない容姿の上でのそれは、妖艶な女の魅力さえ孕んでいた。

絶望に心折れ、滂沱の涙を流して跪く少年の無様な姿の幻視は、

彼女の嗜虐心を満たすに足りた。

期待と共に視線を降ろす。

気分は、天上から下界を見下ろす女神のそれとなっていた。

睥睨された下界に、変化が生じていた。

 

火柱が増えていた。

 

優木の脳内にて、少年が居た場所からは、

禍々しい輝きを放ちながら揺らめく、闇色の火柱が生えていた。

 

「おい、ピエロ女。ちょっと待ってな」

 

抑揚のない、ぽつりとした声が優木の耳に響いた。

足場の魔女が気を利かせ、音を拾って優木に届けたようだった。

 

煉獄となった杏子の眼が一瞬、隣へと向いた。

向いた途端、少女の眉が跳ねた。

直後に杏子は数歩ほど、傍らの少年から距離を取った。

まるで、忌むべきものを避けるかのように。

 

きっ、きっ、と、魔女はしきりに奇声を発していた。

まるで、奴を早く仕留めろと言わんばかりに。

優木はそれをただの不快なノイズとしか思わず、額に左脚の踵を踏み下ろした。

悲鳴と共に、奇声は止んだ。

優木はその反動を利用し、哀れな下僕の額の上で軽やかに跳ねた。

如何にも『魔法少女然』とした可憐な舞踏と共に、手にした杖を振りかざす。

 

純白の光が迸った、直後に優木の周囲に異変が生じた。

先の光とは対照的な、暗黒の靄が現出した。

水に垂らした墨汁のように拡散しつつ、濃度は刻々と増していく。

たちまち優木が乗る魔女ほどの大きさとなり、凝縮した黒が形を成していく。

 

優木から見てやや下方。

異界に生じた更なる異界より、新たに二体の魔女が召喚されていた。

彼女から見て右には、壊れたマネキンの胴体に、

節々が刻まれた黒い鍔広の三角帽子を被った個体が。

 

左には、白鳥か天使のような翼を備えた、卵型の形状をした個体が滞空していた。

共に優木の足場を兼ねた魔女に匹敵する体格を持ち、無貌の顔で獲物たちを睥睨している。

 

切り札を出した優木の精神に、安堵の波紋が広がった。

先程までの幻視が、それこそ幻のように消失。

眼下の者達は、脅威から獲物へと戻っていた。

 

尚この時、距離をとりつつも少年の傍らにいたはずの、佐倉杏子の姿が消えていた。

恐らく怯えて逃げたのだろうと、優木は思い描いた。

それは、祈りにも等しい願いでもあった。

 

「く、くぅっふふ。何ですかその可愛い声、ひょっとして」

 

先程の少年の言葉に対し、「それで恫喝のつもりなんですかぁあ?」

と、続く筈だった。

 

 

 

閃光。

 

 

破砕音。

 

 

爆裂。

 

 

暴風。

 

 

突如として。

ほぼ同時に発生したそれらが、優木の言葉と思考を破壊した。

閃光に眼は眩み、破壊の音は鼓膜を貫いていた。

爆風が少女の小柄な体格を蹂躙し、転落の危機に陥らせていた。

 

「………してやる」

 

自分に伸ばされた魔女の手を掴み落下に耐える中、優木はそんな声を聴いたような気がした。

悍ましい響きを孕んでいたが、発声には特徴的な舌足らずさがあった。

佐倉杏子の声だった。

破れた鼓膜の治癒が済んでおらず殆ど聴き取れなかったが、

 

「優木さん。全部あんたの言う通りさ。あたしが悪かった。

 罪を償いたいから、貴方の下で働かせてくれ。何でも言うことを聞くから許してやる」

 

で、無いことだけは確かだった。

 

そして這い上がった優木は、召喚したての魔女達の苦痛の呻き声を聴いた。

 

「ぴゃっ!?」

 

恐る恐るに眼をやった途端、優木の唇から、可憐で間抜けな悲鳴が迸った。

黒い鍔広帽子を被った魔女は、華奢な胴体に。

有翼の卵型魔女は、獰悪な断面を見せる口腔のすぐ上に。

直径で見て、バスケットボール大の大穴が空いていた。

上と同程度の奥行の穴の淵は黒々と焼け焦げ、立ち昇る一筋の煙と共に、

そこからはゴムが焼けるような悪臭が放たれていた。

 

原因不明の攻撃だが、被弾した場所が生物であれば生体の急所に当る場所の為に、

二体の魔女は戦闘不能状態に陥っていた。

 

「この…役立たずの愚か者!」

 

何が起こったのか分からなかったが、反射的に優木は叫んだ。

魔女が負った傷は深く、再生が開始されたものの、

破壊孔からは異臭と膿のような液体が溢れ出した。

優木は目測で、数分はこの状態が続くと見た。

心中で徹底的な罵詈雑言を浴びせ、脳内で自身が魔法の杖を振るい、

この役立たずの二体を華麗に惨殺するビジョンを思い描く。

 

しかし残念ながら優木の妄想とは裏腹に、現実は止まっていてはくれなかった。

黒髪の女顔その他諸々の言葉の刃をぶつけた相手が、優木の元へと疾走を開始していた。

 

人類の基準で言えば、風のように速く。

それでも、魔法少女のそれだとしたなら甘く見ても中の下程度。

嘲りの感情が優木の心中に湧いた。

嗜虐の欲望を満たすべく、優木は佐倉杏子の探索を一旦放置。

彼女はまず、迫り来る存在を排除することにした。

 

「やれ!下僕ども!」

 

優木の号令と共に、異界に変化が生じた。

黒色の床面に、無数の瘤状のものが湧き上がる。

泡のように弾けると同時に、瘤と同数の異形が噴出した。

 

「そいつがお前達の今日の餌です!ずったずたにしてやれ!」

 

異形の群れは、疾走する少年の前に一斉に飛び掛かり、巨壁と化して影を落とした。

形状は様々だったが、全てに共通する点があった。

ずらりと並んだ多種多様の鋭角を持つ牙を剥き出しにしながら、

雑音としか思えない咆哮を挙げ、浅ましいまでの食欲を露呈させている。

魔女の眷属、使い魔の群れだった。

 

大樹から、腐った果実のように落下していく三十体近くの異形の群れは、

一瞬にして少年の姿を覆い隠した。

優木は、直後に生じるであろう悲鳴を待った。

 

そして、それは叶った。

耳を澄ませた優木の耳に、盛大な悲鳴が届いた。

人ではなく、異形が発するそれが。

 

その直前、無数の鋭い打撃音が、使い魔と少年の間で生じていた。

 

異形の悲鳴を聴いた優木は、異様なものを見た。

 

使い魔が少年を覆いつくし、肉を貪っているであろうはずの場所から、

手首近くまでを黒いアンダーシャツに覆われた、細く長い人間の腕が生えていた。

その肘の半ばごろには、異形の肉塊がぶら下がっていた。

煩悶と震えているのは、卵型の胴体に小さな羽を生やした使い魔だった。

 

親に比べたらまだ大人しめの尖り方をした口腔に少年の手が這入りこみ、

人間でいえば後頭部か背中とでもするような場所からは、その切っ先が突き出ていた。

切っ先は、極限まで握り絞められた岩塊のような拳であった。

それが軽く振られると、使い魔の死骸が腕から抜けた。

 

同時に彼の体表を伝い、先遣隊として最初に彼に襲い掛かった

複数の使い魔達が彼の周囲に転がり落ちた。

何れも、口腔が無残に破壊されていた。

獰悪な形状の歯の群れは、根こそぎへし折られている。

残忍な破壊の痕跡であるクレーター状の陥没痕の形状は、少年の拳の形によく似ていた。

 

「流石は化け物だな。悪趣味な縫い包みみたいな外見のクセに、コンクリみてぇな肌してやがる」

 

拳を開閉させながら、少年は周囲の異形を見渡した。

可愛げのある顔には、口角を耳に向かって吊り上げさせた、半月の笑みが張り付いていた。

 

「おっと」

 

軽く言いざま、彼の左手が後方へと放たれた。

所謂裏拳の形で振られたそれは、彼の背後に迫っていた使い魔の顔面に着弾。

全ての牙が内側に向かってへし折られ、体液を撒き散らしながら彼の足元へと落下した。

歪な卵型の胴体は、前面に加わった衝撃により中間部分が蛇腹状になっていた。

 

痙攣するそれを、少年の長い脚が踏み潰す。

内側に詰まった肉と体液を口腔からひり出しながら、使い魔の命が消えていく。

だが、消えゆく前に少年の長い脚が円弧を描き、無造作に蹴り飛ばした。

血肉を撒き散らす、残忍な彗星と化して瀕死の使い魔は後続の同胞達と激突。

互いの外皮を砕きながら、今度こそ死に至った。

 

巻き込んだ個体は四体。

内の二体が破裂し、残りは手足や羽をもがれて戦闘不能。

彼が評した硬度の例とは裏腹に、まるで砂糖菓子か煎餅が咀嚼されるかのように、

使い魔達は破壊されていた。

 

瀕死の昆虫のように裏返り、蠢く使い魔達を踏み越えながら、後続の同類達が殺到。

同胞の悲鳴や苦痛さえ、湧き上がる食欲を刺激する要素でしかないようだった。

 

「中々いい根性してるじゃねぇか」

 

少年の呟きには、感嘆の色があった。

自分に対して、臆せず向かってくる存在に対しての賛美にも、

面白い玩具を見つけた子供が抱く、純粋な喜びのようにも見えた。

 

己に向かう異形の群れに対し、少年が疾走を再開。

異形の群れとの激突の寸前、大量の血肉が宙に躍った。

足元に生じた震えを察知し、少年はそれの一瞬前に背後へと退避していた。

 

彼の足の爪先に、異形の肉片が降り注ぐ。

無数の苦痛の叫びの中で、一体の使い魔が挙げた悲鳴には、

他のものらを圧する悲痛さが込められていた。

それは、巨大な牙の間から生じていた。

 

「おい。随分と似てるけどよ、そいつはてめぇのガキじゃねぇのか?」

 

嫌悪感と共に吐き捨てられた言葉を、耳障りな叫びが迎え撃つ。

咆哮の直前に、残忍な咢が組み合わされた。

悲鳴を上げる間もなく、咥えられていた使い魔が断裂。

大量の体液と共に地面に転がったのは、雛人形の顔が付いた巨大な帯だった。

 

同類と自身の子を殺戮し彼の前に出現したそれは、

苦悶と共に消滅していく使い魔を、更に数十倍に巨大化させたような姿をしていた。

純白の体表を、まるで誇るかのように見せながら空中を漂う。

先に杏子との戦闘で負った、無残な傷も癒えていた。

 

彼を馬鹿にしているのか、彼の眼前に悠然と帯の腹を見せ、帯状の魔女は飛翔する。

即座に拳が打ち放たれたが、それは虚しく宙を切った。

その巨体と見た目からは想像も出来ないような速度で旋回。

嘲るように彼の周囲で身をくねらせる。

 

彼が更に追撃、に移ろうとした際、その身体が崩れた。

彼の足首に、白い帯が巻き付いていた。

細い帯は、先に延びるに従って太くなり、魔女の胴体へと続いた。

転倒からの落下に至るより早く、その華奢そうにも見える身体に幾重もの白が絡みついた。

下半身は勿論の事、腹部に首にと、大蛇のように巻き付いていく。

 

「絶対に離すな!口からハラワタ出すまで締め上げろ!」

 

主の言葉に従うべく、異形の全身に力が籠る。

圧搾される少年の顔の前に、帯の先にある巨大な人形の頭部が迫る。

魔女としてはこのまま噛み砕きたいのだろうが、主による拘束が強いためか、

醜い歯を名残惜しそうにかち鳴らしていた。

 

「そのままゲロ吐いて死ね!この紛い物!!」

 

最後の言葉は、優木の口から咄嗟に迸ったものだった。

紛い物とは、自分たちと比較してのものだろう。

本性の邪悪さはともかくとして、

自分が魔法少女であるという事は彼女の誇りであるようだった。

 

優木の叫びの直後、破壊音が鳴り響いた。

肉が引き裂け、骨が砕けるような音が鳴った。

 

叫びの直後なだけに、見事に自分の願いが叶ったような気がしていた。

ごり、ごき、ぶぢゅりと、凄惨無残な音の一つ一つが、優木の心を多幸感で満たしていった。

この音なら、死に顔はとても愉快なものだろうと、黄色い道化は期待を覚えた。

まだ息があれば、更に面白い事になるだろうとも。

いかにも魔法少女といった可憐な動作で杖を振り、

「その生ゴミを持ってきなさい。大至急ですよ、でも落としたらお仕置きですからね!」

と、帯の魔女に思念を送る。

 

命令を受けた魔女は即座に上昇。

傲慢な主の元へと獲物を輸送、しなかった。

 

「は?」

 

優木が不機嫌な声を出した。

中身はともかくとして、紛れもない美少女の眉間に、くっきりとした青筋が浮かんでいた。

帯の魔女は、優木ご執心の不細工なずんぐりむっくりとした

巨大魔女の滞空地点を通過して更に上昇。

更には果てしなく広がる結界の空を、縦横無尽に駆け巡り始めた。

 

「何やってやがんですか。ひょっとしてあんたも発情期だったんで?」

 

ここへの出張前にたまたま観ていた自然番組で流れていた、

蛇の交尾の様子を思い出しながら優木は言った。

何を思ったのか、優木の青い目に淫らな色が覗いた。

舌で唇を舐めながら、魔法少女の視力で『現場』を仰ぎ見る。

 

見上げるのとほぼ同時に、彼女の頬に何かが触れた。

怪訝な表情で拭い、それに触れた左手を目の前に翳す。

黄色い手袋で覆われた指先に、粘ついた液体がこびり付いていた。

極彩色の体液、即ち魔女の血液だと気付いた途端、優木の背中を氷柱が刺した。

背骨自体が、氷に変容したかのような悪寒であった。

 

再び、視線を上空に戻す。

先程よりも、魔女は低所に降りてきていた。

それも手伝い、優木にはその光景がはっきりと見えた。

 

体液と同色の口腔の手前にずらりと並ぶ乱杭歯に交じり、何かが魔女の口に生えていた。

金属の輝きを放つ、鉄棒のように見えた。

握るのは、帯の隙間から突き出た右手。

それが、右側へと一閃。

軸線上の歯茎に醜い傷が刻まれた後に、歯茎と共に乱杭歯が異界の地面に向けて落下していく。

人の言語に変換不能な、悲痛な叫びが放たれる。

 

閉じられていた魔女の瞼が開き、人間に酷似した眼球が露わとなった。

巨大な球に描かれているのは、苦痛と恐怖。

 

その視線が、自らの歯に食い込む物体の根本に向いた。

巨大な瞳孔には、瞳の中に渦を宿した黒眼が映っていた。

 

途端に、魔女の巨体が痙攣。

拘束が緩んだ隙を突き、黒で覆われた細長い左腕が、戒めの白より現出する。

腕の先。

細いが、使い魔さえ殴り殺す力を備えた五指が、刃を備えた鉄棒を力強く握りしめていた。

のたうつ魔女の苦痛や振動など知ったことでは無いというように、

凶悪な武器が魔女の顔面に振り下ろされた。

乱杭歯の幾つかを叩き斬り、唇と歯茎に深々と身を埋めたのは、漂泊の刃。

黒曜石に似た光沢を宿した柄が、緩い湾曲を描いたそれを支えている。

 

世界の邪悪、生きた絶望とでも云うべき魔女に苦痛を与えているのは、二本の武骨な斧だった。

それらを握る二本の手が、残忍な凶器を一気に下方へと引ききった。

人であれば喉にあたる場所にまで、二筋の傷の渓谷が刻まれた。

 

新たに空いた隙間からも悲鳴を上げながら、帯の魔女は必死に蠢く。

上昇する力が無いのか、下方へと落下していく。

混乱する魔女の思考に、先程の主の声が反響した。

 

『急いで』『ここに』『来い』という命令が、洗脳を受けている魔女の思考を支配した。

 

 

「えええええええええええええええ!?」

 

 

自分に向けて急速落下してくる存在に、優木は恥も外聞もない悲鳴を上げた。

しかしながら、当然と言えば当然である。

 

「(何だよあれ!?何!?斧!?それ何て蛮族だよ!?

 あの女顔にどんな設定盛ったんだよあのクソ女!!!)」

 

混乱の中でも、佐倉杏子への呪詛は忘れない。

最早、勤勉さや誠実さに似たものさえ感じられる。

 

軌道から見て激突は確実と判断した優木は、

盾にするべく足場の背中へと、地を這う爬虫のように退避していく。

 

危なっかしい動きの主を、魔女の左の巨腕が背中に押し付けるようにして支える。

 

「むぎゅぁあ!?」

 

優木の悲鳴に、空気を焼け焦がすような摩擦音が続いた。

残る右手が巨大な砲弾となり、巨大な爆雷と化した同胞を迎え撃った。

優木の護衛の腕力が勝り、帯の魔女が無残に破裂。

自らが殺戮した使い魔以上に、惨たらしい状態となって落下していく。

因果応報とは、まさにこれと云ったところだろうか。

 

傍らを通り過ぎながら落下していく巨大な帯を、優木は恐怖の視線で見送った。

 

「ふぇええ…」

 

と、安堵による可愛らしい吐息を吐きつつ、優木が魔女の背を昇る。

不意に足が滑り、道化姿が宙に浮いた。

小さい悲鳴を上げつつも手を伸ばした。

間一髪で、優木の手は希望を掴んだ。

 

 

差し出された、人間の手を。

 

 

恐怖が全身に広がるより早く、身体が一気に引き上げられた。

足がもつれたが、杖を突いて転倒を防いだ。

だからどうした、という自虐が心の奥底で生じた。

 

「けったくそ悪い眺めだな」

 

すぐ近くというか背後で、自分達と似た年頃の女に、とてもよく似た声がした。

その音源と自分を隔てる距離は、一メートルもない。

 

即座に退避すべきだったが、安堵からの急激な硬直により、筋肉が強張り動かない。

そもそも、肉体が命令を拒否しているような気分だった。

第一に、逃げる場所は何処にもない。

 

「会ってまだ数分だけどよぉ、お前さんにはお似合いだ」

 

足場と護衛を兼ねる魔女の、叱咤のような奇声が、

地面に横たわった帯魔女の悲痛の声が、今の優木には果てしなく遠い遠い存在に。

それこそ、別の世界の事柄のように感じられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか、随分と長くなった気がします。
書くにあたって、新説2巻を読み返すことが増えたのですが、
美緒さんの服装、というか下半身はちょっと過激すぎやしませんかね(誉め言葉)。

あと、美緒さんを煽る沙々にゃんの顔は素敵すぎます。

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