魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「やるじゃねえか、魔法少女!」
「さっさとくたばれ!クソガキ!」
鉄と鉄が打ち鳴らさる音が間断なく響き、それに被るように怒号が交わされていた。
交わされる言葉に特に意味も無く、今日も今日とて互いを破壊する不毛の作業に両者は没頭していた。
無数に交差する斬撃は陽動と牽制が幾つかあれど、それも含めて全てが必殺の威力が籠められていた。
現に今、その犠牲者が生じた。
「おっと」
口では軽く言いつつも、その実コンマ二秒の差で首を狙った杏子の一閃をナガレが回避した時、その軌道上の物体は易々と切断されていた。
鏡面の地面に落下するよりも早く、それは腹に詰まった臓物を宙にぶちまけ自らの吐き出した体液と肉の海へと落ちていった。
二本の手斧を両手に携えた、異国童話にでも出てきそうなファッションはしかし、貌は鏡面を伴った異形の魔法少女であった。
「ちっ」
舌打つが早いか、杏子の右足が霞んだ。
生々しい音と共に蹴り上げられたのは、鏡貌の魔法少女の上半身だった。
内臓の断面から得体の知れない液体を振り撒きつつ宙に躍ったそれは、更に四つに裂けた。
続いて飛来した下半身も似たような末路を迎えたが、こちらは更に悲惨だった。
猛然と交わされる剣戟の嵐に巻き込まれ、二秒と持たずに血霧と化した。
朧げに霞む赤の向かい側には、悪鬼でも眼を背けかねない狂相と化した年少者達の姿があった。
柄から先端までが三メートルもある、冗談みたいなサイズの大斧槍は完全に制御され一切自重によって流れておらず、
真紅の十字を頂いた長槍は多節の鞭と化して空間を駆け巡った。
血の霧は両者が振るう得物の交接点だけでなく、その周囲でも生じていた。
四方八方から迫る異形の魔法少女達は、悪鬼共の振う凶器の贄となり床面を彩る残酷な絵の具と化していった。
言うまでもなくこれは互いを助けている訳では無く、自衛と相手側の不運が重なった事象であった。
刃の交接は両者の足捌きに連れて動いていった。その過程にある鏡面世界の置物が次々と切断され、惨殺死体の数も増えていく。
「ラチが明かねぇな」
額から垂れ、上唇に触れた一筋の血をナガレは舐めた。
返事はせずに、右耳たぶから唇の端にまで走った傷の裏側に杏子は舌を這わせた。
舌は内頬を抜け、舌の先端が外気に触れた。その瞬間、彼女はキレた。
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
雄叫びと共に、一際力が込められた一閃が振るわれた。背筋に走った危機感から自身の得物との接触の寸前に彼は手を離した。
一対の巨大な凶器達は持ち主たちとは真逆の様に仲良く宙を舞った。どこまでも飛翔していく得物を尻目に鈍い音が鳴った。
肉と骨がぶつかる音だった。
「がっ」
似たような喘鳴が両者の口から漏れた。杏子とナガレは、五メートルほど離れた場所に仰向けに倒れていた。
跳ね上がるように起き上がったのはほぼ同時だった。両者ともに、左頬が腫れ上がっていた。
腕力では杏子が勝るが、殴打の傷跡は杏子の方が無残であった。
ナガレは腫れと頬骨の骨折で済んではいたが杏子は肉が骨から外れかけ、頬骨は粉砕されていた。
盆の窪にも、得体の知れない感覚が渦巻いているのを彼女は感じた。その場所の骨が砕けているに違いなかった。
痛みの熱さは怒りに代わり、佐倉杏子は人型の魔獣と化した。先程とは比べ物にならないおぞましい咆哮が、魔法少女の肺腑の奥底から絞り出された。
裂けた右と割れた左頬の傷が一気に広がり、傷は唇の端から耳まで裂けた。
ほぼ全ての歯が剥き出しになり、比喩でもなく魔獣そのものの容貌と化していた。
怒りが前進を沸き立たせ、ただでさえ高い身体能力が魔力によって更に増強されていく。
真紅の魔法少女の体表からは、炎の様な朧が滲んでいた。
炎の魔獣とでも云うべき姿で、彼女はナガレへと襲い掛かった。
人間らしい思考が途切れる寸前、彼女は標的の顔を見た。
束の間、そいつは不思議そうな顔つきをしていたが、それも直ぐに変化した。
彼女同様、地獄の魔獣と化したのだった。
「またかよ君ら。あれから三日しか経ってないぞ、ていうかこれで何度目だよこの展開」
呆れ切った口調で呉キリカは告げた。普段のやや制服じみた私服姿で見降ろす先には、座席に腰かけた杏子とナガレがいた。
座席は傾斜に沿って多数並び、薄暗い照明に照らされていた。魔法少女二名と人間か疑わしくなってきた少年は映画館にいるのであった。
急な場面転換にも程がある。
「それにしても頑丈だな。映画館にいるとは思えない異様な姿だが、頑強って言葉は君たちの為にあると思われる」
顔面は眼以外、それも杏子は右、ナガレは左だけを残して完全に包帯で覆われていた。
両腕と両脚に至っては肘と膝を石膏らしきもので固めている。よく見れば上着の内側の肌に接した部分も上に同じであった。
松葉杖が無いのは申し訳程度で無意味な痩せ我慢と言えた。
「忌憚のない意見を言わせてもらうと、ほんと君らは度し難い。友達でなかったらあのまま放置出来たのに」
友達という表現に、両者の深紅と黒の瞳に疑問が湧いていた。
反論が無いのは一応の恩義があるためと、反論したら面倒になるからである。
こんな局面で反論ないし口ごたえし、大泣きされた経験があるのだ。
「気に入らない眼付だね。文句があるんなら後で何時でも何処でも喧嘩上等だよ。まぁ今は」
いい様踵を返し歩いていく。
途中で首を後ろに傾けて、
「精々楽しみな。たまには安らぎを享受すべきだよ、狂犬ども」
と告げて出ていった。
笑顔だが、黄水晶の眼は嘲りと蔑みの視線を放っていた。
直ぐに視界から消え失せると、静かな音が鳴った。扉を閉めたのだろう。
広い劇場の中は、席を二つ隔てて座る怪物二匹だけとなった。
平日の朝二時なので仕方ない。
「今日の理由はなんだっけ?」
包帯の口元をモゴモゴさせながら杏子が尋ねた。ホラーな光景である。
そして殺し合いは日常なので、喧嘩のとは付けない点が両者の破滅した人間関係を伺わせた。
「どこ飯食いに行くかとか、漫画本の発売日何時だっけとかじゃね」
少し考えてからナガレは応えた。脳の使い方の方向性が明らかに間違っている。
面白くない応答だったので、杏子も考える事をやめた。数分後、近日公開の映画予告が始まった。
「何であたしを誘った」
更に数分経って、杏子は口を開いた。予告に期待が持てなかったのが原因である。
「語れる相手が欲しかったんだよ」
やはりというか、杏子は応えない。
反応に困っていた。
しかし予告はまだ終わりそうになく、退屈そうな映像が垂れ流されている。
「キリカのバカがオススメだとか言ってたロボットものだっけ?テメェの知り合いかよ」
返事は無かった。自分が無視されるのは癪なので様子を見ると考え込んでいる様子だった。
「もういいよ、見てて不安になるからやめな」
更に数分経って、漸く予告が終わり劇場に闇が満ち始めた。
そしてこの辺りは年相応なのか、物語の開始の際には両者の眼には期待の色が映えていた。
巨大な画面に映ったタイトルの一部は『まごころを』と読めた。
間が空きましたが再開です