魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第30話 鏡映すは屍山に血河⑥

 その光景を遠望してみる者がいたのなら、それは蛇行する巨大な蛇に見えたかもしれない。

 黒く禍々しい得物を交えつつ一瞬の間断も無く、一対の災禍は破壊の連鎖を続けていった。

 

 破壊の連鎖は平野を疾駆し、異形の建造物が林立する地区に至った。その真横を、ちょうど人間の首がある程度の高さにて赤黒い一閃が迸った。

 それは家に例えれば十数軒程度の範囲を駆け抜けていた。一瞬の後、水平の線は厚みを増し、鏡面で彩られた建造物たちは傾斜を始めた。

 それを更に縦に横に斜めにと禍々しい赤黒の光が巡り、やがて無数の斬線となって埋め尽くした。

 

 すべての方角に向けて倒壊する建物の中心では、二体の悪鬼が剣戟を交えていた。

 無数の瓦礫は悉く切り刻まれ、粉塵は剣風によって吹き散らされていく。

 大災害に匹敵する環境の中にありながら、両者はそれらに一切の関心を向けていなかった。

 

「友人、いい加減にくたばって呉。直訳すれば死ね、っていうかいい加減に死ねッ死んで呉ッ!!」

「死ぬかボケェェエエエエエ!!!!!!」

 

 怒号と共に刃が振られ、交わり弾かれ再び交差を繰り返す。剣戟を交えながら、疾走に等しい速度で異界の全てを破壊するかのように両者は何処ともなく進んでいく。

 破壊の余波で斬り崩れていく建造物へと黒い魔法少女は飛翔し、黒髪の少年もまた獲物を追って跳躍する。

 

 宙に浮いた二つの影の周囲に、不意に複数の花を散らしたように複数の色が咲いた。多種多様な衣服と得物を携えた、鏡面の少女達であった。

 魔の光を湛えた武具は二体の黒髪の者どもへと向けられ、かけたところでその表面には無数の斬線が引かれていた。

 それは彼女らの体表も同様であり、行動に移る前に少女達は数十の肉の賽子と化して赤黒い色を宙にばら撒いた。その赤黒を、更に色濃い黒を纏った巨大質量が引き裂いた。

 残酷且つ美しい液と固体は、己を刳り刻んだ物の一つである巨大な斧槍へと吸い込まれていった。

 

 少女達の血肉の糸を引きつつ振り切られた斧は、その巨大な刃を黒い魔法少女の細い胴体へと水平に叩き込んでいた。

 凄まじい金属音が鳴った。斧の刃の表面で、黒い少女の体表で。

 魔女の鎧や頑丈な皮膚、そしてそれらを破壊可能な魔法少女の武具さえ粉砕する必殺の一撃はキリカの肌を薄く切り裂くに留まった。

 そして彼女の体表を舐めるように這い、そのボディラインに沿って流れていった。

 

「なんか官能的」

 

 謎の感想を告げつつ、身から離れつつある斧をキリカは振り払った。

 

「だから友人言っただろう?ダメージカット状態発動中だ」

「また訳の分からねぇ事ほざきやがって」

「友人は物分かりが悪いな。カードゲームアニメの主人公みたいな外見の癖に」

 

 言葉の意味は分からなかったが、罵倒に違いないと見做したナガレの貌には不快感が流れた。一瞬覗いた凶相は気の弱い男なら気死させかねない迫力があった。

 

「ひゅー♪」

 

 対するキリカは口笛じみた吐息を漏らした。その可憐に尖らせた唇に複数の鋭角が飛来した。白銀の輝きを放つのは、魔法少女達の剣の切っ先や短剣であった。

 宙にばら撒かれた少女達の遺品を回収していたナガレが放ったものだった。

 軽く触れるだけで柔らかく指に圧されそうな鮮血色の唇は、魔の武具の切っ先を衣が拭われるかのように受け流した。

 その一瞬の間にナガレはキリカへと肉薄していた。双方からの巨大な凶器達が激突し、異界の一角を衝撃が聾した。

 

 軋みを挙げて組み合う得物ごしに、二体の怪物達が対峙する。嘲弄の色を湛えた狂人の貌と、闘争に猛る魔獣の貌が向き合っていた。

 ふと、魔獣の方に変化が生じた。キリカの姿に違和感を覚えたようだった。

 

「お前、身長縮んだか」

 

 疑問ではなく確信のそれの口調であった。その指摘にキリカの表情に影が掠めた。この世の災いを憂う賢者の様な顔だった。

 

「実はカミングアウトするが、私の身長は少し盛っていたんだ。魔力の応用でね」

「正しい使い方じゃねぇか」

 

 彼は賛同していたが、実際よく分かっていないに違いない。

 

「今まで佐倉杏子や君に対抗して155くらいにしていたが、実際は驚くなかれな148センチだ。本来の私は一部の小学生くらいのドチビ豆粒でロリコンが喜びそうな感じの身長なのさ」

「気の毒だな」

 

 この一言に悪意は無かった。が、キリカは壮絶な目つきで彼を睨んだ。涙目なのは、コンプレックスのせいだろう。

 

「泣くなよ」

 

 と言ったが、何の解決にもならなかった。その一方で彼は魔法を解除した理由は彼女の言ったダメージカット云々だろうと思っていた。

 普通ならそれに魔力を回したと考えるのが妥当だろうが、今の彼は「ダメージって何だっけ」と言葉の意味を思い出す事に脳味噌を働かせていた。

 英語に関しては簡単な数字とビームとかくらいしか身近になかった男である。

 考えても思い出せなかったので、彼は現実に向き合う事にした。

 

「おい魔法少女、そろそろ決着といこうぜ」

「うん」

 

 キリカは涙声で言った。それが合図だった。

零れた涙を宙に置き去りにして、キリカは背後に跳んだ。弾丸の速度を与えられた、黒い魔鳥の羽ばたきに見えた。

 美しき魔鳥の両腕が掲げられ、莫大な魔力がキリカの掌に集約される。次の瞬間には、赤黒の禍々しい斧の連なりが放たれていた。

 ナガレの視界を埋め尽くす斧の波濤は、キリカの必殺技の「バンパイアファング」であった。

 超身体能力と再生能力を有する魔法少女ですら絶望に沈ませる破壊の光景を前に、ナガレの表情には驚きの色があった。

 

「そっから出てたのか」

 

 破壊の波濤の奥に霞むキリカの両手首に、彼の視線が吸い込まれていた。

 

「このマジカルブレスレットが発生源さ。今まで手の甲だと思ってたようだね、勘違い乙だよ」

 

 その説明臭い嘲弄に、激しい金属音と少年の咆哮が重なった。

 

 暗黒の波濤を前に、ナガレはそれと真っ向から切り結んでいく。斧と斧の連結部分を巨斧が砕き、強引に切り裂いていく。

 多少の負傷は気にも留めずに切って斬って斬りまくる。ナガレの周囲を赤黒い斧の破片が包んだ。禍々しい繭に覆われた蛹のようだった。

 破壊と斧の再構築のバランスは前者によって均衡を破壊され、彼はついに最後の波濤を切り裂いた。

 開いた隙間から、十本の斬撃が飛来したのもその瞬間であった。

 

 血みどろの手が握る巨斧が十本の斧と再び組み合う。

 幾度となく繰り返され、ナガレ側の無茶により強引に互角まで引き上げられていた均衡はキリカの方に傾いていた。

 

「さらば」

 

 キリカの言葉は短かった。黒い魔法少女の黄水晶の瞳は巨斧の主を見た。それだけで十分だった。

 普段ならそれにすら反応し強引に振り払われる速度低下が作用し、少年は決定的なタイムロスを生じさせた。

 時間にしてコンマ一秒のそれは、キリカの魔爪が処刑台の斧と化すには十分に過ぎる時間であった。

 キリカより十センチほど高い身長の身体の各所に無数の斬線が入った。線は一気に太くなり、内側から黒血を溢れさせた。異形の、腐り切った血を。

 

「あっ」

 

 消しゴムを忘れた。日常生活なら、そんな言葉が続きそうな表情だった。

 切り刻まれる少年の形をした肉体の奥から、キリカの魔法のそれよりもさらに黒い闇とでもいうものが溢れた。

 それは一瞬、斧と杯の紋章の形を顕した後、闇の内から白銀の光を産み出した。光は黒い魔法少女に重なるようにして駆け抜けた。

 風の様な疾走の終点には、闇を切り取ったような黒い髪と無限の憎悪を秘めたような渦巻く瞳を持つ少年が立っていた。

 彼の両手には、巨斧とは異なる二振りの手斧が握られていた。刃は薄氷のように研ぎ澄まされていた。その表面では、黒い魔力の欠片がこびりついていた。

 それが燻るように掠めたとき、キリカの身体に朱線が浮いた。腕に、太腿に、肩に胸に、そして腹に。ずるりと輪郭がずれるや、キリカは複数の肉塊となって地面に落ちた。

 

「君は化け物か、友人」

 

 自らの吐き出した血の海に肉体の破片諸共に沈みながら、僅かな肩の肉と頭部だけが付いた状態でキリカは言った。

 

「鏡見ろよ、魔法少女」

 

 疲弊に満ちた声でナガレは告げた。この空間においてそれは、この上ない皮肉であった。

 応えるように、彼が晦ましとして用いた偽の肉体の手から巨斧が滑り落ちた。

 魔女自身も疲弊しているのか、地面に横たわったまま動かない。

 硬質の物体を斬り続けた事で、刃の表面には無数の欠けとへこみが生じていた。

 無惨になった自身の様子に、魔女も疲れ切っているようだった。中央に浮いた眼部分も力なく浮かんでいる。

 だが不意に、その眼がびくりと震えた。黒い孔のようなそれは、遥か彼方の光景を見つめていた。

 地獄のように紅く燃え盛る炎の色が、闇の瞳に映っていた。

 

 









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