魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第30話 鏡映すは屍山に血河⑤

 白い肌が、しなやかな皮が破け、その内側から鮮血と肉が弾け飛ぶ。脈打つ血管が這う内臓が外気に晒され、発狂せんばかりの苦痛が脳髄を焼く。

 叫ぼうとした口に、血と内臓を溢れさせる傷口に、無数の手と指が伸ばされた。挙がり掛けた絶叫と血肉の飛沫を、暴虐の手が飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 旋回する漆黒の斧槍が、血風を撒きつつ少女達の肉体を雑多な破片に変えて宙にばら撒いていく。

 殺戮の最中、同胞の肉体を貫いてまで放たれた魔光を、彼は首の傾きだけで回避した。なんとなくと、そうむず痒い危機感がふと浮かんだためだった。

 次いで彼の周囲に光が灯った。一か所だけではなく、彼を中心とした円を描いての前周からの攻撃だった。

 彼の身を染めた光とは、周囲で刃を振っていた少女達が蒸発した際に灯った光でもあった。一秒を数十分割し、破壊の力が身に届く前に、彼は縦に跳んでいた。

 飛翔した彼の周囲に追い縋るように、複数体の魔法少女が宙で刃に槍を振った。

 

 最も速度が速かった、短剣を持つ白銀の衣装と髪をもった少女の手首を彼は掴み、他の者の斬撃に割り込むようにしその身を振った。人体を一つの刃と見立てたように。

 共通の敵よりも、新たな獲物の肉を切り刻むことに夢中になったその瞬間に、残忍な刃の旋回は終わっていた。

 振り切られた幅広の刃を携えた長大な斧槍の柄は、長い手の先の人差し指と中指の二指に挟まれていた。明らかに、現人類を越えた身体能力であった。

 

 残りの左手には何時の間に取り出したのか、数十分前に破壊を欲しいままにした手製の銃器が握られていた。その引き金が絞られたことによる破壊もまた先程の再現となった。

 着地した時には動くものは殆どなく、無数の銃痕が並ぶ傍らに焼け焦げた肉片がばら撒かれていた。辛うじて原形を留めているものは、彼の左足の下で踏まれた一体のみだった。

 半分ほど吹き飛ばされた顔の上に、彼の安全靴が乗せられていた。踏もうと思ったのではなく、混乱の中運悪く直下に残ってしまったようだった。

 寿命が来たのか砲身が吹き飛んだ銃器を投げ捨て、彼は足の下の者を見た。

 

「…うげ」

 

 心底嫌そうな一言は、少女の肉体の無残な損壊をまじまじと見た為と、その肉体が有した特徴がどこぞの道化に似た為というかそのままであったためだった。

 嫌悪感のままに足に掛かる負担を重力に引かれるに任せて多少の力を加えると、半分が吹き飛んでいたとはいえ人間の肉体が果実のように潰れた。

 魔法少女の、個体ごとの性能差はあれど互角から概ね数歩手前程度の身体能力を有する代償か、外見は筋肉質である事を除けば同年代の少年少女と大差がないながらその体重は三倍近くの開きがあった。

 背負った装備品も含めれば、大型単車に匹敵する自重となっていた。

 

 普段無意識に行っている靴擦れの音さえ立てない歩行や中古のソファで寝転ぶ時の自重の拡散などで日常生活に一切の不都合は無いが、一度それを開放すれば自重自体が質量兵器と化すのであった。

 この特異体質というか存在である原因は、骨格や筋肉が金属に置換されているような怪物的な変異が作用しているように思われた。

 逆に言えばそうでもしなければ、魔法少女や魔女に対抗する事など出来ないのだろう。

 

 因みに彼がこの特徴に気が付いたのは、よく行く銭湯でなんとなくという気持ちで体重計に乗った時だった。廃教会で暮らし始めてから一月が経過したあたりの時だった。

 その時ぽつりと彼は「変な野郎だな」と言っていた。老朽化も著しい体重計を破壊したことに関しては、新しいものが三台は買える代金を支払って補っていた。

 払うものを払わないと面倒になるという当たり前の事を、彼は漸く学んだようだった。例を挙げれば電気やガスとか、ラーメン代などだろう。

 尚学習の元には闇金融からの借り入れは含まれていなかった。あれはどちらかといえば、頂点捕食者が小鳥や魚を取る為に撒き餌をばら撒くようなものである。

 

 ふとした一瞬の回想と共に、彼の瞳は周囲を見渡していた。動くものは既にいなかった。彼は死屍累々と並ぶ死山血河の中に立つ、血みどろの孤影となっていた。

 そこへ向け、血肉を踏む水音を立てつつ近付く黒い影があった。不吉な影の正体を認めた彼の眉が、絶妙な不快感を湛えて少しの歪みを見せた。

 

「かくして友人は今日も主人公らしく大勝利したのでした。それではまた来週、次回『友人死す。死因は私』決闘スタンバイ」

「ワケの分からねぇ事ほざくんじゃねぇ」

「また始まったよ、主人公様特有のマウント取りが。理解不能なものをただそれだけで切り捨てる」

「黙れ呉キリカ」

 

 流れるように名を告げると同時に、彼の右手が閃いていた。指先には何時の間にか魔法少女達から奪った短剣や刃の破片が挟まれていた。

 三本の銀光は声の根源へと着弾し、その身を背後へと仰け反らせた。

 

「おお怖い。友人ときたら相変わらず魔法少女への民族浄化主義者のようだ」

 

 感慨の欠片も無い声は、仰け反った人体の背後から聞こえていた。その理由が分かった時、彼の心中に不愉快さの渦が巻いた。

 

「てめぇもよくそんな事が出来るもんだな。感心すら覚えらぁ」

「偉いぞ友人。他者を認め讃えるとは。主人公とは時にはそうあるべきだ」

 

 成り立たない会話を交わすキリカの姿は二つあった。一つは顔面に刃を突き立てられたものと、その背後で口を動かしているものの二つが。

 但し前者は胴体を除くほぼ全ての個所が欠損した、断面から砕けた骨と伸びた神経を見せる達磨状になっていた。

 その胴体の、恐らくは背骨辺りを強引に掴み、残忍な腹話術人形としていたのだった。ここで自らの複製の役割は終わったとしたのか、キリカはその身を適当としか思えない様子で放り投げた。

 地面に打ち付けられてバウンスした肉体の中、顔の部分がずるりと動いた。動いた下には、鏡面の貌が覗いていた。

 

「態々手前の顔の皮剥がす意味あったのか?」

 

 ぞっとするような一言を、彼は面倒くさそうな口調で告げた。呆れているのである。

 

「言っておくがこれはキャラ付の一環だ。私には断じてアブノーマルな性癖は無い」

 

 義憤さえ湛えた様子でキリカは返した。会話の矛先を変えるべきだなと彼は思った。

 

「そういや遠く歩いてるとこ見えたけどよ、杏子の奴はどうした?」

「何だかんだで君は仲間想いだな。その気持ちに応えてあげよう」

 

 キリカは左手を振った。一瞬の後、彼はキリカの前にいた。そして長大な斧槍が振り切られていた。

 劈く金属音に少し遅れ、ぼとりという生々しい音が鳴った。

 

「やはりな友人、面倒なやり取りは抜きでいこう」

「ああ」

 

 普段通りの口調であったが、声色は怒気を含んでいた。各々の魔斧を交えた傍には、白い太腿を覗かせた人間の脚が転がっていた。

 強引に捩じ切られた断面からは、今も新鮮な血液が滴っていた。その肉塊の足先を覆う靴は、杏子のものだった。

 

「一応説明するとだね」

 

 その言葉の続きは喘鳴となって放たれた。両手で斧を握ったままに放たれたナガレの右の直蹴りがキリカの腹部を貫いていた。

 内臓破壊の吐血を吹き仰け反るキリカの胸倉を、蛇のように伸びたナガレの腕が掴んだ。

 そしてそのまま力任せに手前に引くと、キリカを背負い投げを放った。地面に激突する寸前で彼は手を離した。

 投げの直前で宙に投げていた斧を掴むと、その幅広の腹を前に掲げた。盾の要領で掲げた斧へと、無数の刃が去来した。

 黒い刃の連弾は、キリカの両手の甲から放たれていた。

 

「人の話を聞かない奴には疾く急く死を与えよう」

 

 口の端から鮮血の筋を垂らしつつ、キリカは朗らかに微笑んだ。まるで花を愛でる姫君の様な表情だった。

 その朗らかな笑顔に、一閃の光が迸った。額から顎までを一の字で結んだ光だった。

 負傷しつつも魔弾を薙ぎ払い必殺の一閃を放ったナガレの顔には違和感が浮かんでいた。斧を握る両腕には痺れがあった。

 そして、斧の刃には滑らかに続く円弧の中に小さな歪みが生じていた。

 

「何時も何時でも巧く往くなんて、そんな保証は何処にもないのさ」

 

 謡うように告げながら、キリカは優しく微笑んでいた。真横からの薙ぎ払いが飛来し、少女の胴体を薙いだ。

 激しい金属音に小さな破砕音が重なっていた。今度は眼に見える形で斧の一部が砕けていた。

 

「てめぇ、面白い事やるじゃねぇか」

「まぁね、折角の魔法なのだから使わなければ損だからさ」

 

 告げたキリカの胴体と、そして顔を縦に薙いだ痕の皮膚の奥に、無機質な白色が見えていた。骨か、牙の様な色だった。

 切り裂いた皮膚の間からは僅かな出血が滲んではいるが、皮膚の下にある白磁は傷の一つも無かった。

 

「実は私はアタックタイプに見えて、カッチカチのディフェンスタイプだったらしい。という訳で友人よ。世界の平和の為にこの鏡の世界で潔く死んでおくがいい」

 

 言い終わるのと、裂けた皮膚と衣服の再生は同時であった。天使の様な笑顔のままに、彼女の両手からは悪夢のような大斧が現出。

 長い脚が地を蹴ると、その身は魔鳥のように宙を舞った。ナガレは傷付いた斧を携え、美しき魔鳥を迎え撃った。













今年はペースを速めていきたいところです

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