魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第30話 鏡映すは屍山に血河②

 ヒビだらけの鏡面で埋め尽くされた異界を佐倉杏子は歩いていた。右肩に長大な真紅の十字槍を担ぎ、ひたすらに前に向かって進んでいく。

 自由な左手には棒状菓子の箱が握られ、時折それを器用に揺らしては口元に向けて菓子を射出していた。

 牙の様な歯がそれを捕獲し、足音に混じってカリカリという音を鳴らしていた。そしてこの時、足音は彼女の他にもう一つあった。

 

「『食うかい?』とは言って呉ないのかい?」

 

 投げ掛けられた言葉に、杏子は露骨に不快さを表した。元々不機嫌そうな表情だったところに、怒りの要素がプラスされていた。

 

「テメェにやる菓子なんざねぇよ」

 

 後ろも振り返りもせず、杏子はキリカに返した。言葉を交わしたくなどないのだが、そうしないと延々と喧しい為の断腸の思いでの返答だった。

 

「まぁいいよ、別に。ちょっと味が気になっただけだからね」

 

 そういうキリカの声には、ガサゴソという微細な音がこびりついていた。ビニール袋が擦れる音だった。

 槍の柄の光沢を鏡に見立てて確認すると、両手に大きな袋を手首に掛けたキリカの姿が見えた。中身には色も様々な菓子の袋が詰め込まれている。

 

「欲しいかい?」

「…いらねぇよ」

 

 返事までの間は飢えと理性の葛藤の時間であった。それきり会話は絶え、両者は更に進んだ。

 五分ほど進んだところで、異界に異常が生じた。無臭であった空間に突如、むせ返る様な悪臭が満ちた。

 

「うわぁ、こりゃ酷いね。病気になりそうだよ」

 

 キリカの朗らかな、だが嫌悪感の混じった言葉は何も間違った事ではなかった。返事こそしなかったが、杏子も似たような思いだった。

 海辺の様な塩辛く、それでいて汚泥の様な生臭さと嘔吐のような酸の香りが混じり合った匂いの源泉は、鏡面の床に横たわる破壊された人体から発せられていた。

 

「派手にやったみたいだねぇ」

 

 床と言ったが、そこは平面では無かった。

 縦横に走るヒビではなく、地割れの様な隆起と鏡で出来た構築物の倒壊により、彼女らの進む先は大災害に見舞われたかのような荒涼たる光景となっていた。

 悪臭の源泉はそこの至る所に散乱していた。地割れのような隙間には割れた鏡が癒着した頭部が幾つも挟まり、隆起した地面にはまるで生贄であるかのうように、腹部が破裂した人間の胴体が置かれていた。

 

 縦や横に真っ二つにされたものはまだ綺麗なもので、多くは頭部が鏡の破片が混じる挽肉になっていたり、元の部分が判別不可能なほどに破壊されたもので占められていた。

 分断された人体の部品というよりも肉の量を見る限りでもニ、三十人分はあった。

 折り重なっていたり、瓦礫の下に隠れているものも考えれば数は更に増えるだろう。

 

「なぁ佐倉杏子、ちょっとしたゲームをしないかい。なぁにルールは簡単明白さ。友人の死体を見つけた方が勝ちだよ」

「気持ち悪いことほざくんじゃねぇよ。つうか」

 

 物理的にも最悪な雰囲気の中で言葉を交わす両者の上に、一つの影が降り注いだ。ほぼ同時に、宙に無数の斬線が描かれた。

 その結果は無数の肉の賽子と血飛沫となって表れた。一切の原形を留めない襲撃者の遺骸は、真紅と黒の魔法少女の傍らに落下した。

 

「つうか、何だい?」

「うるせぇ。忘れな」

 

 切り裂いた肉の感触が残る槍を握りながら、杏子は再び歩き始めた。その後ろにキリカも続いた。

 歩きながら杏子は言葉の続きを思い返していた。嫌いな存在に関する事なので思たくは無かったが、背後からは大嫌いな同類が意味不明な狂気の言葉を紡ぎ始めていた。

 なので妥協する形の気分の紛らわしで思考を紡いだ。

 

「(そこまで弱くねぇよ、か。…くそったれ)」

 

 破壊された地面を跳躍し、少女達の遺骸を飛び越えながら彼女はそう思った。しばらく進むと、また似たような場所に出た。

 荒涼さは更に増し、そして亡骸の数も更に増えていた。異界の地面の至る所は溶解し、鋭利な断面を見せて切断され、そして巨大な孔が幾つも空いていた。

 孔の淵にはまたも鏡面の貌の魔法少女達の死骸が転がっていた。奇しくもその顔の遥か先から、爆音が鳴り響き閃光が迸る光景が見えた。

 その光の余波を受け、戦場の手前の光景が垣間見えた。

 火山地帯もかくやというほどの地形の破壊と、点々と並ぶ肉の断片が見えた。

 

「相変わらず元気だなぁ、友人は」

 

 呆れ切った口調でキリカは言った。吐きかけた溜息を呑み込みながら杏子はそこに向けて歩き始めた。

 

「急いだ方が良いだろう。友人の事だ、私達の複製を強姦ないし死姦しても不思議じゃない」

 

 正義の執行者の様な荘厳な口調でキリカは言った。

 

「その前に奴を仕留めよう。複製とは言え孕まされては敵わない」

 

 杏子の歩みは背後への跳躍へと変わっていた。先ずはこの最悪の更に上を行く最悪な発言を延々と繰り返す狂人を誅すべきだと、本能が叫んでいた。

 その獰悪な本能のままに、彼女は咆哮と共にキリカへ襲い掛かっていた。

 

 

 

 

 










久々の杏キリ組です
今回は短いですが、その分次回は長くいきたいと思います

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