木場と小猫ちゃんとの模擬戦、部長のスパルタ筋トレを終わらせると、ついに夕食! ……だとよかったんだけどなぁ。
「そう顔をしかめるな。夕飯までの1時間くらい我慢しろ。運動をする訳でもない」
目の前にいるチャドは、俺以上に木場や小猫ちゃんとの模擬戦を重ねたり、色々と指導していたのに俺より元気そうだ。
くそぅ、化け物めぇ……
「霊力は人間にとっての魔力と同じと言った通り、その容量を増やすには使い込めば増えていく」
そういいながら手の平にソフトボール大の、さっき朱乃さんが見せてくれたのとはまた違うエネルギーの球を出しながらチャドが言う。
「だが、ある程度までならもっと簡単に増やす方法がある」
「え、マジで!?」
「それは、自分より霊力の強い相手の霊圧を受け続けることだ」
「……霊圧?」
「体から漏れ出る霊力の圧。文字通りだ。これによって相手を威圧したり、力の差があるなら気絶させたり、相手をその場に拘束したりすることも出来る」
「おおっ! そんなこと……が……」
あれ? それってチャドの霊圧っていうのを俺が受け続けなきゃいけないってことか?
「もちろん加減はするが、時間がない。明日には霊圧を受けながらの戦闘もしてもらうつもりだ。だから今日はとにかく慣れろ。今から夕飯まで一時間」
チャドから発せられる強烈な威圧感。
いや、威圧感なんて単純なものじゃない。確かに何らかの力が俺を押しつぶすように、押し寄せてきた。
「少々キツいだろうが、とにかく耐えろ。自分の中の霊力を意識して踏ん張れ」
「お、おうッ!」
気合を入れて無理やり大声を出すが、これは、正直キッツい……
「この修業は自分より力の強い相手の威圧感に慣れるのにいい修行になる。仮にどうしようもない相手が目の前にいたとしても、立ち止まらない精神を付けることができる」
チャドはそういうが、相槌すら返せない。
「本来こういった修行はもっと長い目を見てだんだんと慣らすよう使うのが望ましいが、先ほども言った通り時間がそれを許さない。お前の魔力は残念ながら少なく、それを数日中に劇的に伸ばすことはできない。ブーステッド・ギアの力で倍化するとしても、あれは負担が大きいだろう。いざという時に立てなくては困る。神器のみに寄りかからない力が早急に必要だ」
もうその言葉も耳に入ってくるだけで頭で理解できない。ついには立てなくなって膝を付く。
「霊力でできることは身体能力の強化、霊力を打ち出すといったこと。魔力と同じと言ったが、恐らく魔力ほど融通のきく物ではない。だが、今のお前にはそれこそ必要なものだと俺は思う」
その言葉を最後に、チャドは言葉を発さなくなった。俺に聞く余裕がないって気が付いたのか。
意識を飛ばさないことだけを意識していると、ふっとのしかかっていた重圧が消える。
俺は四つん這いになって荒く息を吐き出していた。
体にはいつの間にかびっしょりと汗をかいている。
「1時間だ。よく意識を飛ばさずに堪えた」
バサリと頭からデカイタオルがかけられる。
「体は拭いておけ。食事の後に風呂だそうだが、それまでに汗で体が冷えるといかん」
「さんきゅー…… キッツイなこれ……」
「意識を飛ばさないだけいい方だ。霊力方面には才能があるのかもしれん。霊力は他の異能とは相性が悪いと言ったが、こと神器に関してはそうでもない。赤龍帝の力がうまく働いているのかもしれん」
「そうなのか?」
「昼に少し言ったが、霊力を使えるのは人間、そしてそれは総じて神器持ちだった。時たまみられる同系統の神器よりも出力の高い神器を使う者たち。そういった奴らが霊力を無意識的に使っていたらしい。今はその面子を中心として霊力の研究が進められている」
なんかチャドの話を聞いてると、堕天使って研究組織みたいな感じだな。
そんな感想を抱きながら、少しだけ気になったことを聞いてみた。
「……あー、堕天使の事は、いや、堕天使に限らず色んなこと知らないけどさ。堕天使は神器を使う奴を見張ってるんだったよな?」
「そうだな。神器は人間の要素を持つ者にしか宿らない一方で、人間には少々手に余る力を有している。それが暴走、あるいは敵対組織に渡るのを防ぐために、神器の研究、神器保有者の保護、もしくは殺害することによってリスクを避けるよう動いている」
殺害、その言葉に眉を顰める。
俺とアーシアはソレのせいで、一度は死んだのだから……
「もっとも、アザゼルの意向で最近は殺害という手段はできるだけ取らないよう動いてはいる」
「……へ?」
アザゼルって、堕天使のトップだろ? むしろ積極的にしてるのかと思ってた……
「最近は神器の研究も一定水準に達したことで、暴走などを抑えることも出来る様になってきている。発見前の神器使いの暴走などは現場にいる堕天使の独断で殺害されることもあるが、それでも神器保有者の生存前提の確保を優先している」
俺もまあそうだったしな、と付け加えるチャドの顔は、どことなく懐かしさと、なんか微妙に疲れた顔が混ざった何とも言えない表情をしていた。
「まあお前やアルジェントが被害にあったのは揺るがしようもない事実だ。悪魔という立場で敵対していることだし、仮に襲われたとしたら遠慮せずに迎撃するといい。アザゼルを殴るというのなら協力するぞ」
真剣な目をして言われるとどう答えていいかわからない。
チャドにとって堕天使ってどういう扱いなんだ……
「それにしても、神器使いを集めてるか…… チャドも色んな神器を見てきたってことか?」
「そうだな。霊力関連の研究で呼び出されるから霊力持ちの神器使いにはよく顔を合わせる」
「へー、どんな神器なんだ?」
「アルジェントと同じ様な回復神器、メリケンサックの様な神器持ちもいるな。あとは弓の神器持ちと剣の神器持ちが三人。槍もいたな」
「色々いるんだなぁ…… 神滅具持ちってのはあったことあるのか?」
「お前以外に4人ほど会ったことはある」
「へー…… はぁ!? ろ、
三分の一じゃん! その内コンプリートする勢いじゃねーか!
「堕天使組織に2人所属しているからな。一人は他の組織だが仕事の関係で会った。もう一人は…… そう、丁度イッセーが悪魔になった辺りか」
「結構最近だな…… 休んでた辺りってことだろ?」
「ああ、敵として出会って怪我をしたから休んでいた」
「……もう驚きが追いついていかないんだけど」
「少し腹を吹き飛ばされてな」
「腹を吹き飛ばされるのに少しも何もないからな!?」
ダメだ。チャドが負ける様子とか、怪我してる様子とか想像できないけど、想像できないんだけど、なんか真っ先に死にそうな気もする。
「お前もうちょっとなんていうか、自分を大切にしろよ?」
「ム?」
「前からちょっと思ってたけど、お前って割と自分の怪我とかそういうのに無頓着だよな? なんていうか、そういうのやめた方がいいぞ」
「……そうか」
そういう風に、見えるのか……、そう呟き、口を開いた。
「ありがとう。気を付けるようにする」
そう言ったチャドの顔は、少しだけど、悲しそうに見えた。