「……やっぱり魔力の動きが悪いですわね」
困り顔の朱乃さん。
隣のアーシアは魔力の扱いに才能があるようで、どんどん上達している様だ。
変わって俺は、魔力を外に放出することができないでいた。
「この力がどういったものか解れば、それを制御する方法もあるかもしれないのですが……」
そう、転移陣の一件以降言われている俺の魔力を覆っている謎の力。
それが邪魔をして俺は魔力を全く持って認識できない。
だから魔力は育たないし、朱乃さんが言うにはむしろその謎の力が強まってきていて余計に魔力を動かせなくなっているという。
朱乃さんと二人でどうしようか戸惑っているところにチャドが紙を片手にやってきた。
「イッセー、一応のトレーニングメニューを決めた。目を通しておいてくれ…… どうかしたのか?」
「ああ、チャド。いや、魔力の修行がうまくいってなくてな」
「ふむ、具体的には?」
俺は朱乃さんの言っていたことをそのまま伝える。
すると、チャドは少し考える素振りを見せて、目を閉じる。そして険しい顔をし始める。
「……これは」
え、ひょっとしてなんかマズイもんなのか?
ちょっと不安になっているとチャドが俺に向かって手を伸ばしてくる。
それを朱乃さんがつかみ、止めた。
「イッセー君に何をするつもりですか?」
険しい顔をしながら朱乃さんは言った。
「その力の正体を知っている。何故イッセーに宿っているかはわからんが少し干渉して魔力を滞りなく使えるようにするだけだ」
「……危険はないんですの?」
若干険悪な空気が流れている。
チャドは普段通りっぽいけど、朱乃さんがどうも必要以上に警戒している感じだ。
横ではアーシアがちょっと怯えている。
やっぱり朱乃さんのチャドへの警戒心は強いように感じる。
「絶対安全とは言えない。だが恐らくそれを現状どうにかできるのは俺位だ。リスクを取りたくないと言うのであれば、まあ後回しでもいい、確かに大事な試合の前だ。そう言ったものを遠ざけることも一つの選択肢だろう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
そう言って手を引こうとするチャドに慌てて待ったをかける。
そして朱乃さんに向き直る。
「朱乃さん、俺の事心配してくれてありがとうございます。けど、今はちょっとでも前に進まないといけないと思ってるんです」
そう言いながら俺は頭を下げた。
「チャドは率先して危ないことをするような奴じゃないです。えっと、だから、信じてください!」
「……いえ、私も過剰に反応してしまいました。ごめんなさい」
そう言って身を引いてくれる。
……やっぱり朱乃さん、なんかいつもと違うよな。どうしたんだろう。
そんな考えを頭に浮かべながら、俺はチャドに視線を向けた。
「いいのか?」
「おう、やってくれ」
了承するように頷くと、チャドは拳を俺の心臓のあたりに軽く当てる。
すると体から何かがチャドの拳に吸いつく様な感覚を感じる。
な、なんだこれ!?
「今俺がお前の中にある力を引いている。それを強く意識しろ」
「お、おう」
「この力は、簡単に言うのなら魂の出す力。霊力、と俺は呼んでいる」
「霊力?」
「まあ簡単に言えば霊感とか、そういった類のものだ」
「れ、霊感? じゃ、じゃあ幽霊とか見えちゃったり……」
「安心しろ、この町にはあまりいない」
「あまりってなんだ!?」
「動くな、集中しろ」
お前が怖いこと言い出すからだろうに、と思わないでもなかったが心の中にしまって、神経を集中させる。
「そうだ。この力はさっきも言った通り、魂から生じる力。自分を強く意識しろ。体ではなく、もっと奥に存在する力の中心を感じるんだ」
意識を深く沈めるように、集中する。
海の中に潜り込んでいくような感覚が意識を包む。深く、深く、沈めていく
すると、そこには小さく灯る様な小さなナニカがある。
それに手を伸ばそうとすると、その後ろに、赤い巨大な存在がいることに気が付く。
『ふん、他人の助けがあるとは言え、ここまで深く潜れるか。評価を改める必要があるかもしれんな』
全容は見えない。巨大な何かが喋っていることしかわからない。
でも、この声、そうだ。この間の夢で……
『ここに来るまでで限界か。対話やら力を引き出すことはできそうもないな。もっと貪欲に力を求めろ。白いのの気配はもう感じている。焦らないと、すぐ死ぬことになるぞ』
何のことだと問いただそうとしても声が出ない。
そして急激に意識が浮上する感覚が俺を襲った。
「イッセー」
「……チャド?」
「大分深く潜り込んだみたいだな。赤龍帝の魂にでも触れたか?」
「赤龍帝の魂?」
「神器は所有者の魂に繋がっている。霊力はさっきも言った通り魂から生じる力。それを正しく認識するというのは自分の魂に触れることだ。それは神器に封じられた赤龍帝の魂に触れることと同義でもある」
俺はそこまで深く潜れたことはないがな、と言いながらチャドはそういった。
あれが、俺の神器に封じられてる龍の声なのか。
「強くなっていけばいずれ対話する機会にも恵まれるだろう。今はそのための下地作りが先だがな。どうだ? 霊力は感じられるか?」
そういえばなんとなく体に纏うような力を感じる。
これが霊力か!
「人間にとっての魔力の様なものだ。まだ未解明の部分は多いが、それでも分かっていることはいくつかある。例えばこの力は人間にしか発現しないということだ」
「人間だけ? でも俺は……」
「強い霊力を持つ存在の近くにいると発現しやすいらしい。恐らく俺の影響で人間だった時点からある程度発露していた。それが悪魔への転生という形で魂に影響を受け成長したんだろう」
「な、なるほど? じゃあ俺が魔力を使えなかったのはなんでだ?」
「この力は他の異能とは相性が悪い。人間にしか発現しないというのもそのせいだ。他の異能があるとこの力は成長しない。発露しても他の異能が食いつぶす。お前の場合、まず霊力があり、それが悪魔になったことによって成長、その後に魔力を得た。それも魔力が霊力よりだいぶ弱かったから霊力が消えずに残った。そして魔力より強い霊力に抑えられて魔力が動かせなかったのだろう」
推測だがな、と付け加えるチャド。わかったようなわからない様な……
「なんか曖昧だなぁ」
「俺は完全に感覚で使っているからな。論理的な説明はできない。ただ、使いこなせるのならお前にとって有益な力の一つになるはずだ」
「……有益な、力」
その言葉を噛みしめる様に呟く。
「先ほども言ったが魔力などとは相性が悪い。使うのなら魔力は魔力、霊力は霊力で使い分ける必要がある」
「使い分ける?」
「例えるなら、そうだな…… お前は銃だ。銃弾は魔力や霊力。魔力を撃ち尽くしたら、次は霊力を装填すればいい」
「え、そんなことできんのか!?」
「最初はうまくは行かないだろう。だが魔力と霊力は発生源が全く違う。単純に引き出しが二つになったと考えても支障はない」
体全体が熱くなる感覚が沸き起こる。
俺に、俺にそんな力があるのか! なんとなく、チャドや、木場、小猫ちゃんたちを見ていて自信を無くしていたけど、そこにもたらされたその言葉に、俺は隠しきれない喜びを感じた。
「それにしても、そうか。イッセーに霊力か……」
そんな上機嫌になっている俺を、なんとなく気の毒そうな感じで見てくるチャド。
「な、なんだよ。なんか悪いことでもあるのか? その霊力って奴を使うのに」
「……霊力を持つ人間は酷く希少だ。アザゼルが俺の力を知った後に色々と調査をしていたが、現状その力を表に出して使えるような人間は数人しか見つかっていない」
「レアな力ってことなんだろ? 持ってて損はないんじゃないのか?」
「……アザゼルという奴はとにかく研究者気質な奴だ。興味本位で研究を始め、それなりの成果を出すまでは止まらない節がある。それが神器研究などに向いている訳だが、お前はその中でも珍しい『
「お、おう……」
「そして今あの神器馬鹿が珍しく神器以外に熱を上げているのが、この霊力という力だ」
あれ、なんか風向きが嫌な方向に……
「お前は、『
ちょっと上向きになってた気持ちが急激に萎んでいくのを感じた。
「俺から報告するつもりはない。しかし、イッセーも気を付けろ。どこから嗅ぎつけてくるかわからん」
「わ、わかった」
「まあこれで魔力も動かせるようになるだろう」
さて、と言いながらチャドは席を立ち部屋を出ていこうとする。
「あれ、修行のメニューっていうのは?」
「霊力に関する修行を付け足すために一から練り直す。せっかくの力だ。正しく使えるようにするべきだろう。しばらくは魔力の修行に時間を費やしておけ」
そう言ってそそくさと部屋から出て行った。
修行メニューを作り直すって言ったのは嘘じゃないんだろうけど、なんとなく朱乃さんのこともある気がした。
今も少し険しい顔をして、チャドの出て行った扉を見ていた。
「朱乃さん?」
呼びかけるとハッとしたような顔をしていつものように柔らかい笑顔を浮かべながら修行を再開した。