オカルト研究部部室にて、リアス・グレモリーと茶渡泰虎は向かい合って座っていた。
間に挟む机の上にはそこそこの量の書類が置かれている。
今回の一件に関する諸々の書類である。
「こんな所かしらね。堕天使側がこれだけ譲歩してくれるとは思ってなかったし予想以上に早く済んでよかったわ」
「規模が小さかったことが幸いした。アザゼル個人で内々に済ませることができたので」
「それとあなたの事はお兄様から話を聞きました。お兄様の許可がある以上、私からはどうこう言うつもりはないわ」
「そうですか」
「イッセーやアーシアについてもかなり堕天使側に掛け合ってくれたみたいだし、感謝もしているの。ありがとう」
「いや、友人の為です。礼を言われることでは」
「……無理に敬語を使わなくていいのよ?」
「……すまない、そうさせてもらう。どうにも肌に合わない」
その言葉を聞いてリアスから少し笑いがこぼれる。
それに居心地の悪さを感じたのか、チャドは手早く書類を片付け席を立った。
「また何かあった時は俺に言ってくれればアザゼルに取り次ぐ」
「待ってちょうだい」
チャドが扉に手をかけたところでリアスが呼び止める。
「あなたの立ち位置は、はっきり言って異質よ。堕天使総督の庇護を受けていながら悪魔の管理地に住んでいる。だからこそ、私はあなたを警戒しないわけにはいかない」
先程までとは違った、土地の管理者としての顔を覗かせるリアスに向き直る。
「聞いておきたいの。あなたのスタンスを。あなたは、これからどうやって生きていくのか」
「……もう一年も過ごしてきたんだがな」
「うっ」
気が付かなかったことを暗に責められていると思ったのか、苦い顔を浮かべるリアス。
そんな意図は全くないし、特に気にしていないチャドは口を開いた。
「自分が正しいと思った道を進むだけだ。そこに種族も何も関係ない。俺は助けたいと思った者の為に拳を振るう」
「……あなたは、自由な人なのね」
「よく言われる。こちらからも一ついいか」
「何かしら?」
「イッセーをよろしく頼む。あいつは、まあそこそこどうしようもない奴だが、やるときはやる男だし、大切なものの為に無茶もする」
その言葉を聞いて、リアスは少しだけ、呆けた顔をして、そしてなんとなく、茶渡泰虎という人間を理解した様な気がしたのだった。
「言われるまでもないわ。可愛い眷属ですもの」
「そうか、それはなにより」
そういって、チャドは部室を出ていった。
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「チャドー!」
背後から聞こえる声に振り返る。
そこには満面の笑みで駆けよってくるイッセーに、その後ろから金髪の少女が付いてきている。
立ち止まっているとイッセーは駆け寄った勢いのまま拳を振りかぶってこちらに殴りかかってきた。
「オラァ!」
しかしあまりに大振りだったので腕を取って投げてしまった。
「ぐへぁっ!?」
「なんだいきなり……」
「いや、お前を一発でいいから殴らなきゃならないと心に決めた事案があったんだ…… お前に一発とか無理だとはわかってたけど……」
「修行が足りんな」
「ぐぅ、痛感するぜ……」
手を差し伸べて倒れているイッセーを引き起こす。
「で、どうした。殴りかかる為だけに呼び止めた訳じゃないだろう? 後ろの子が困っているぞ」
いきなり殴りかかったのにも驚愕していたし、投げ飛ばされたのを見てもはや軽く泣きが入るレベルでオロオロと慌てている。
「ああ、アーシア。大丈夫だから。こいつがさっき言ってた友達のチャドだ!」
「紹介くらい本名で呼べ。茶渡泰虎だ。よろしく頼む」
「あ、アーシア・アルジェントです! よろしくお願いします! チャドさん、とお呼びすればいいんですか?」
「好きに呼ぶと言い」
緊張しているのか、がちがちになりながら自己紹介をする少女に少しだけ笑いが漏れてしまう。
「そう固くならなくていい。聞くところによると同じ年だ。困ったことがあれば気軽に言ってくれればいい」
「同い年だったんですか! すごく大きいのでてっきり先輩なのかと……」
「老け顔だしなぁ。チャド」
「よく言われる」
「あ、いえ! そういう意味で言ったのではなくてですね!?」
「大丈夫だぞアーシア。こいつそこら辺の子供におじちゃんとか言われてるからな」
「えぇ!? そ、それは流石に言い過ぎでは……」
教会で見た、今にも崩れ落ちそうな憂いのある顔ではなく。場を明るくさせる様な笑顔を浮かべ、アルジェントと笑い合っている姿を見るとホッとする。
「……元気そうで何よりだ」
「……? ああ! アーシアの事か! スゲーよな、悪魔って。まあ、色々大変なことはあるかもしれないけど俺が先輩としてアーシアを助けるつもりだ!」
「フッ、そうか」
「イッセーさん……」
俺の言葉に、転生したばかりのアルジェントの事を指したと思ったらしく、胸を張ってそう言い切るイッセー。
それを感動して顔を赤らめるアルジェント。ああ、なる程。そういう……
確かにアルジェントにしてみればイッセーはさながら白馬に乗った王子様なのだろう。
今回の話をつけるために、アザゼルから彼女の生い立ちについて聞いていた。
悪魔によって身分を追われた身であるから、悪魔に対しての悪感情を持っていたりするのかもしれないと少し思っていたが、なんとなくわかる。彼女は種族などより内面を見て判断できる人間なのだろう。
悪魔になったことに対しても、一目見る限りでは悲観しているようには見えなかった。
「っと、そうだ。アーシアに学校案内してる途中だったんだ。チャドも来るか?」
「魅力的な誘いだが、野暮な真似はよしておこう。二人で行ってこい」
イッセーは前半の言葉の意味が解らなかったのか、少し首を傾げて、そっか、じゃあまたあとでな! と言いながら歩きだす。
アルジェントは意味を解していたようで、少し顔を赤らめこちらに一つお辞儀をするとイッセーについていった。
その背中を見て、あの問いを、今一度問いかけたくなった。
「……イッセー!」
「ん、なんだ?」
「現状に満足しているか?」
「……おう!」
それだけ言うと前を向いて歩きだした。
「……即答か」
その答えを噛みしめながら、俺も上機嫌に歩き出すのだった。