「ぎ、ぎざまぁ! 本当に人間がぼっ!?」
見上げるほどの体躯を持つ醜悪な生き物が言葉の途中で、対峙する人影が顎を跳ね上げるようにアッパーを繰り出し、質量など知らんと言わんばかりに吹き飛ばす。
「頭からつま先まで純正の人間だ」
アロハシャツを着こんだ、浅黒い肌を持つ男。つまりチャドは、こともなげに言い放つ。
体の動きを確かめながら飛んでいったはぐれ悪魔に近づく。
「普通の人間が、お、俺を吹き飛ばせるわけが!!!」
「まだそれだけ大声を上げる余裕があるのか。思いのほか頑丈だな。神器を使うとばれる可能性があるから使っていないが、本調子じゃないとはいえそこそこ時間が掛かるな……」
「に、人間如きが嘗めるなぁあああああああああああああ!!!」
人間界にはそうそう存在しないような巨躯から繰り出される拳を左腕でいなし、右ストレートを繰り出す。
ドゴンッ!!!!!
おおよそ人間から出ていい音ではない轟音が響き渡り、再び吹き飛ばされるはぐれ悪魔。
そんな超常現象レベルの事を成しておきながら本人は今一納得いっていない様な顔でつぶやく。
「美猴や黒歌、神器を使わない状態のヴァーリであっても、数撃で戦闘を終わらせるだろう。鈍っているのもあるが、やはり神器に頼り過ぎか? 黒歌に教わった仙術というものも、障りだけではあるが使ってみてはいるが、才能が無いのだろうな。黒歌の様に多様な使い方ができない…… というよりなぜか身体能力の強化しかできん」
そういいながら拳をガキンガキンと打ち合わせ、人体から出る音じゃない音をだすチャド。
余談ではあるがこの仙術、黒歌は冗談半分で教えたのだがなぜかあっさりそれっぽい技術を使い始めたチャドに戦慄した。
しかし、できることが筋力の増加と身体の硬化のみという結果に「これって本当に仙術なのかにゃあ……」と首を捻っていたという。
「ぐ、ぎぎぁ……」
「長引かせるのもなんだ。そろそろ終わりに、ム?」
そこまで言うと、何かに気が付いたように振り返り……
「時間切れか」
その瞬間、姿が掻き消えた。
はぐれ悪魔は本格的に悪い夢だったのではないかと思ったが、それが去ったことにほっと一息ついた。
自分を滅する存在が新たに来ているとも知らずに……
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はぐれ悪魔のバイサーを流れ作業で滅し、イッセーが自分の駒が『
「妙ね……」
その言葉を聞き逃さず、朱乃はリアスに聞き返した。
「妙って、何がですか?」
「私たちが来る前からこのはぐれ悪魔が負傷してたことよ」
すでに消滅の魔力によって灰すらも残っていない場所を見ながら首を傾げる。
「ここに逃げ込んだというからには、追われている途中で負傷したのでは?」
「そういった報告は受けてないのだけど……」
「誰かが私たちの前に戦闘をしていた、と?」
その言葉に少し目を閉じ思考をめぐらし、小さく頭を振ることでその考えを中断した。
「……勘ぐりすぎかしらね。報告するまでもないと向こうが判断したのかもしれないし」
「大公に確認をしますか?」
「いいえ、些細なことだもの。達成の報告だけすればいいわ。さ、帰りましょう」
そういって身を翻し、出口へと向かう。他の面々もそれに続いた。
落ち込んでいたイッセーもそれに気が付き慌てて立ち上がる。
しかし、一人だけその場から動かない人物がいた。
「小猫? どうかしたの?」
「……いえ、なんでもないです。すみません」
俯き気味に駆け寄ってくる。
その表情は、誰も見ることはなかったが、酷く険しい顔をしていた。
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ここに来た時から気が付いていた。
人より秀でた嗅覚を持った自分だからこそ、そこに漂う血の臭いとともに、覚えのある匂いが混じっていたことを。
茶渡泰虎先輩
前に会った時から、ずっと、ずっと、気になっている人。
姉さまの匂いが、する人……
あの、懐かしい、小さな頃にいつも傍にあった。
思い出の匂い……
部長に茶渡先輩がいたかもしれないことを言ったら、機会を逸するかもしれない。
聞きださなきゃいけないんだ。私が、私自身で……
なんで、死んでしまったはずの姉さまの匂いがするのかを……
一体なぜなんだ……←