”普通”の少年、青空 針が夜の散歩中にあかずきんと出会い……。

※この小説は加筆修正予定です。
※「断裁分離のクライムエッジ」や「シノアリス」の設定やキャラを流用、参考にしています、独自解釈や改変をご容赦ください。
※デッドラインズヒーローの公式キャラクターも登場してます。

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あかずきん!

 顔を洗い、朝食を食べて、身支度を整え、制服に袖を通す。

 学校へ行く支度を整えていた少年、青空 針(あおぞら はり)は唐突になったチャイムに首をかしげて、玄関へと向かった。

 古い家であるため、いまどきのカメラ付きインターホンなどなく、引き戸であるためか覗き穴すらない。首筋にちりちりと嫌な予感はしているが、かといって放っておくのも気が引けた。

「どちら様でしょうか?」

「遊びに来たよ。開けて開けて」

 扉越しに見えるシルエットからどうやら小柄な少女のようだ。

 背丈は低く、ウェーブのかかった髪は腰よりも下まで伸びており、スカートをはいているようだ。幼さを残すあどけない声もあいまってまず少女で間違いないだろう。

 しかし、このような少女の知り合いなど針にはおらず、また遊ぶ約束もした覚えがない。

 不思議そうに首を捻っているが、とりあえず扉を開けた。

 まず見えたのは巨大な影だ。

 それは振り上げられた巨大な凶器。

 逆光で見づらいが三日月形の刃が子供の胴体ほどもあろうかという、棍棒についている。それを振り上げた少女は満面の笑みを浮かべると、一瞬の躊躇も無く針へと振り下ろした。

 ひょいと擬音がつきそうなほどの気軽さで、針はこん棒を避ける。正面から振り下ろされるソレを回り込むように右斜めへと踏み込む。破裂音を響かせながら、玄関の踏み板とタイルが砕かれる。破片が針の脚に当たり、ちょっと痛い。

 そこでやっと針は少女の顔を直視できた。

 ふんわりとした金髪は緩やかに波打つ、くりっと開いた大きな目の、可憐な少女だ。

 赤い頭巾をかぶり、スカートを翻しながら、溌剌とした表情で棍棒を振り下ろしている。

 唐突に襲われたので、少し止まっていた思考が動き出す。

 この可憐な容姿に似合わない凶悪な武装。

 そう、それは昨日の―――

 

 

 この世界は|死線<デッドエンド>の上だ。

 いつの間にか現れた超人種、彼らは見た目だけでなく、常軌を逸した力を持っていた。彼らの持っている力の種類は生まれつきだったり、改造されたり、魔法の力だったり、異世界からやってきたりと様々だ。

 重要なことは各々が、各々の正義やら悪やらに分かれて争っている点だ。

 常軌を逸した力の持ち主たちが、それぞれの欲望のままに振る舞えばどうなるか。それが高潔な聖人ならいい、しかし、そこらへんのチンピラや一般人と変わらないとしたら?

 さらにいうなら、そんな普通のメンタルならまだマシだ、より一層悪いのは個人の信念に基づいて行動したなら?

 常識にも法律にも縛られず、己が理想を力で押し通すのだ、そこに待ってるのは目を覆うしかない惨状だろう。

 実際、世間で|悪人<ヴィラン>と呼ばれる者たちはそういう類だ。

 己の欲望のために他者を食い物にするチンピラ染みたやつから、己の考え正しいと疑わない狂人たち、そんなイカレ野郎たちである。

 少し前はまだよかった。そんなイカレ野郎たちに個人的に対抗するイカレ野郎たち、すなわちヒーローがいたからだ。

 しかし、そんなヒーローたちもどこぞの|悪人<ヴィラン>組織が呼び出した巨大怪獣により多くが死んでしまい、激減してしまった。

 だから、この世界は|死線<デッドエンド>の上だ。

 残った少ないヒーローたちとその協力者や政府がギリギリで|悪人<ヴィラン>に対抗することで表面上の平穏を得ているに過ぎない。

 だから、オレみたいな奴が活動できるんだよなぁと、薄暗い夜道を歩きながら少年、青空 針はひとりごちた。

 彼は出来る限り正体がばれないようにマスクをかぶっている。

 家にあった奇妙なマスクで、目、口、鼻などが一切なく、被るとのっぺらぼうのようになるのだが、不思議と視界や呼吸に困ったことはない。

 むしろ、つけるのが癖になりそうなほど滑らかな感触が心地よいぐらいだ。

 しかし、マスクを着けているという事は相応の不便なこともあるもので、例えば今みたいに喉が渇いたときなど、マスクを半分ぐらい脱がねば飲み物を飲むことは出来ない。

 ただ、それは出来る限りやりたくはなかった。マスクを脱いでる姿を見られて正体がばれるのはなんとしても避けたいからだ。あくまで“狩り”は必要に応じて――趣味も多分に入っているが――やっていることなのだ、それで人から後ろ指を指される人生はごめんだった。

 彼の世間の立ち位置としてはややヴィランよりのヒーロー、すなわち|自警団<ヴィジランテ>というものだった。|悪人<ヴィラン>と戦う故にヒーロー側と見做されているが、その手段が過激であったり一般的には受け入れられないモノであるものがほとんどだ。

「さーてと、そろそろ一人、二人殺しておかないとオレもきついしな」

 と、手に持った針をくるくると回す。

 これが彼の力の源泉であり、同族――すなわち悪人を感知できる機能は、悪人しか殺さない殺人鬼である青空 針の生命線だ。

 指先に乗せた針がくるりくるりと回り、北を指して止まる。

「あっちか……まぁ、いいパーツはないだろうな」

 家で見つけたこの呪われたグッズは力を与えるとともに、その元となった殺人者の衝動も引き継ぐ呪われた代物だ。

 青空が引き継いだ衝動は、人体の美しい部品を奪って集める、というもののだった。

 ああ、あの部屋を見つけた時の衝撃は忘れない。

 滑らかな手触りの肌、目を奪われるばかりの美しい線を描く部品たち、何かに導かれるように見つけた隠し部屋は先祖の誰かが集めた自慢の部品たちのようだった。

 手足のような一般的な?ものばかりだけではなく、赤く瑞々しい心臓やつややかな腸など内臓、白く艶めく神経群など多岐にわたっていた。

 思わず唾を飲み込み、顔を上げた先に顔が見えない男がたっていた。

 それが名も知らぬ先祖であると直感でわかったものの不思議と恐怖はなく、むしろ高揚感をもって男を見上げる。男がくるりと針に背を向け歩き出し、その背後を追った。

 そして、その先、壁に掛けられた待針を指さした。青空はそれを震える手で受け取り、そして理解した。

 ああ、これは殺すものだ、と。

 そして、これらの壁にかけらた人の部品たちは生きていると。生きたまま、部品の時間だけ止められて保存されているのだ。だから、このように生気に溢れた美しさを保っているのだ。

 それが、この待針の能力であると。

 だが、その待針“貫通装具のボトルピン”は超常の力をもたらすとともに厄介な物も引き継がせた。

 人を殺したい。殺して部品を奪いたい。より美しい部品がほしい。

 開祖がもたらしたその執念、衝動も同じく引き継がせたのだ、あるいはその超常の力と衝動は同じ呪いなのかもしれない。

 しかし、青空 針は普通の人間を殺したくはなかった。大した理由があるわけではないが、人殺しがいいものだとは思わなかったのだ。

 だから、妥協した。悪人なら殺してもいいや、と妥協した。

 故に今日も狩りをする。

 悪人を殺して衝動を満たすために。

 日常を壊さないために。

 さぁ、狩りの時間だ。

 

 

 噎せ返るような鉄の臭い。こみ上げる吐気に思わず口元を抑える。

 深呼吸でもして気分を整えようと考えたが、悪化しそうなのでやめる。

 にちゃりと、肉片を踏んで進んでいく。もはや元がなにだったかわからないほどの肉片になったそれらが現場には散乱していた。

 たぶん、腸の一部とおもわれる白い袋が木にひっかかっている。

 夜の森は視界が悪く、普段は見えづらい蜘蛛の巣群だが、いまは血が降りかかっているため月光に反射して煌めいていた。

 蜘蛛の数が十数個並んでいる光景に生理的嫌悪を感じて顔を顰める。

 街はずれの森は地獄めいた光景となっていた。

 元々湿った土が巻かれた血を吸って泥となっている。そのため足を踏みしめるために僅かに沈み、歩きずらい。気を付けないと滑りそうだ。

 草の合間合間に肉片がばら撒かれている。針の検分では、これは意図的にばらまいたのではなく、雑に殴っていたらたまたまそこらへんに散っただけの様だ。

 戦闘痕らしい抉られた木々と残った血の跡に規則性がなく、ただ殴ってはじけたから放置した、というのがパーツコレクターの彼にはありありと読み取れた。

 もし、どこかのパーツがほしいのならこのような雑な殺し方はしない。なぜなら、目当てのパーツに傷が入るかもしれないからだ。

 まぁ、周囲を見渡す限り、殺されたのは一人ではなく相当数のようだから、余裕がなかっただけかもしれないが。

 奇妙なのは落ちている部品に道化師の鼻のような赤い丸いモノや湾曲したナイフ、サーカスで使うようなわっかが落ちていることだった。

 それをいぶかしんでいると、がさりという音がしたので、そちらに目線を向けると遠くの木々が揺れている。マスク超しに目を凝らしてみると、狼の被り物をしたらしき人物が脇腹を抑えて木々を掻き分けて走り去っていた。黒い点のようにしか見えないが、おおよその方向から見て街の方へ走って行ってる様だ。

 そして、針のもっているグッズは、この先に元凶がいることを告げていた。

 胡乱気に目を細めながら進む。

 あくまで衝動を抑えるための狩りなのだ、楽に越したことはない。

 草を掻き分け、

 血泥を踏みしめ、

 内臓の臭気に顔を顰めながら進み、

 それを見つけた。

 

 目についた色は赤。

 それは華奢な少女であった。

 丸みを帯びた肢体、短くぷにっとした指はまだまだ幼げで、欄々と楽し気な瞳と満面の笑みで暢気に歌を歌いながら、まだ生きている男を容赦なく殴っていた。

 それはこん棒のようで、刃の様で、鋸のようで、釘の塊の様で。

 子供の胴ほどの太さのこん棒の周囲に三日月状の刃や鋸、釘の塊、ピックなどが等間隔で取り付けられていた。

 そのようなものを力ませて似振るっていたら、あのような雑な肉片ができるよな、と青空 針は場違いな納得を得る。

 男は悲鳴を上げて、少女から逃げようとするが、まず脚を切り飛ばされ、絶叫を上げた。

 次に地面を引っ掻いて離れようとして、それをこん棒の先端で磨り潰される、悲鳴が大きくなる。

 そして、ごろんとひっくり返り、少女から逃げられないことを悟ったのか、悲鳴はだんだんと笑い声に変わっていった。

 引きつったような、甲高い笑い声。

 少女も同じく笑いながら、こん棒を振り上げて、容赦なく降りあげる。

 そして少女がこん棒を振り回すたびに、男のパーツがそがれていった。

 一度目は残った肩を打ち砕かれ、

 二度目で鼻がそがれて、近くの木にびちゃっと張り付いた。

 三度目は鋸の部分で腹部を引き裂かれ、腹の中でこん棒をぐるぐると回され、中身を巻き付けられ、歓声と共に片足を上げながら引っ張り上げられる。

 引っかかった内臓が一本釣りされるように引き出され、地面へとたたきつけられる。

 びちゃりと内臓物が周囲に振り負けられ、自らの内容物で男は顔を汚した。

 もしかしたら口に入ったのかもしれない。

 それがどう楽しいのか、あるいは正気を失ったのか、少女と同じように男は笑い続けながら血の泡を吹いていた。

 少女はつまらなくなったのか、首をかしげると、とりあえず適当に男を撃ちすえ続け、針が数えるうち41回目で事切れた。

 少女はどことなく不満そうで、むーと言いながら針の方へ向いた。

「ねぇ、あなたはわたしと遊んでくれる?」

「いや、オレ、人で遊ぶ趣味ないんで……」

 少女が凶器付き棍棒を腰だめに構えながら、針へ向かって走ってくる。

 針はドン引きしながらも、待針を地面へと落としていった。

 一本、二本、三本……無数の待針が月の光を浴びてきらきらと煌めく。

「まぁいいさ。獲物には変わりない。

 我は狩人。悪い子のお腹を裂いて――」

 同じく月を背にした少女は、頬を、服を赤く汚しており。

「――大事なものを奪い取る」

 かぶっている頭巾すらも鮮血色に染めているその姿は、まさに赤ずきんであった。

 チン、と小さく針がぶつかる音がした。

 

 

 

 2つのコップが置かれている。

 テーブルを挟んで、あかずきんと青空 針が座っている。

 こめかみを引くつかせつつ、針は事情を聴くことにした。

 今は玄関の惨状については考えないことにする。遺産で食いつないでる身としては、余計な出費は頭の痛い問題である。

 あかずきんは、出されたコーヒーをくぴくぴと飲みつつ、苦さに顔を顰めている。ミルクは多めに入れた筈だが、舌を出して「にがぁい……」と言っていた。

 絶対に気にしてないな、と青空 針は溜息をついた。

 玄関を破壊した凶器はあかずきんの後ろにある戸棚に立てかけられている。刃や棘が雪に突き刺さり、立てかけた重みで硝子が割れているが、青空 針はつてめて気にしないことにした。ただ頭痛が酷くなっただけだ。

「まず、あなた、誰?なんで朝からオレを襲撃したの?」

「んーと、あなた昨日戦った人でしょ、だから、遊びに来たの。

 わたしと遊んで壊れない人って珍しいから、遊んで遊んで」

「いやいや、遊んでとかいいながら殺しにかかるとかわけわかんないからね。つーか、オレ、昨日のこととしかしらないからね、何の話だ」

「あのね、わたしね、あなたの匂いを頼りにここまで追いかけてきたの。だから、ごまかしてもむだだよ、ノーフェイスさん」

「いやいや、オレはそんな大層な名前じゃないよ」

 といいつつ、青空 針が爪先を強く踏み込むと、スリッパの先に仕込んでいた絡繰が作動し、爪先から待針を高速で射出する。

 それをあかずきんはいともたやすく踏みつけて止めた。

「かくていだねー」

「…………、ああ、オレだよ」

 苦虫をつぶしたような針。

「うんうん、じゃ、遊んでね」

「そこがよくわからないのだけど、なんで遊びで殺されかけたの、オレ?」

「?」

「いや、可愛らしく首を傾げられても困る」

 あかずきんは真底よくわからないようで、不思議そうな顔をしている。

「わたし、殺したり痛めつけたり大好きなの、だから、あなたで中々壊れないあなたで遊びたい。だめ?」

 小首をかしげて可愛らしく尋ねる赤ずきん。

「むしろ、それを良いっていう奴がいるのか」

「えー、昨日あんなに乗り気だったじゃない。ほら、“オレは狩人、悪い子のお腹を裂いて、大事な物を奪い取る”だっけ、わたし悪い子だよー」

「うわぁぁぁ、やめて! ついテンションあがってノリで言っただけだから!

改めて言われると恥ずかしい!」

「わたしはー、かりうどー、わるいこのー♪」

「あ、こいつドSだ! くそったれ!」

「むー。……んー、じゃあ、いいよ。わたし、他の人で遊ぶから」

「……、ちょっと待った。それは他の人を殺そうとするってことか?」

「そうだよ」

 きょとん、とした表情をしているあかずきん。何かおかしなこといった、と言わんばかりである。

 針はこめかみを抑えた。もしこの場を見逃せば、このあかずきんは言葉通りに容赦も区別も無く人を殺していくのが目に見えていた。

 青空 針はそれを悪いと言える立場ではない。なぜなら彼も人を殺したことがあるからだ。しかし、それでも無意味な殺人を見逃す気にはなれなかった。

 彼は自らの平穏を愛していたし、出来る限りトラブルに関わり合いにはなりたくないが、それでも誰かが危機に陥っているなら手を差し伸べるぐらいの常識は持ち合わせていたからだ。

 それになにより、普通なら、このような危険人物を見逃さないはずだからである。 

「…………わかった、遊んでやる」

「やった! どこでします? さっそく行きましょう!」

「まぁ、待て、オレは学校に行かないといけない。だから帰ってきたら相手してやる」

「学校の人間を皆殺しにすればいいですか?」

「違う、そうじゃない。学校の皆を殺したりはしないでくれ。とりあえず、ここで良い子で待ってたら相手をするさ」

「じゃあ、適当に探して遊んでるね」

「それもダメだ。オレが言う良い子っているのは誰も傷つけず、誰も殺さないで、何も壊さずに待っている子のことだ。」

「むむむ……」

 不満げなあかずきん。口を一文字に結ぶ。

「ほんとーに約束守ってくれる?」

「守る守る。わたし、うそつかない」

 机に身をのりだして、上目遣いになる形で問いかけるあかずきん。

 くりっとした目が針を写し、ふわんりとした甘い香りが漂ってくる。

 針はどぎまぎと目をそらしながら答える。

「うーん、じゃあ、今日の夜までここで待ってるね」

「そうしてくれ」

 いまひとつ信用できないが、約束してくれたので信じてみてみることにした。

 決して、唐突に女の子であることを意識したことで動揺して頭が鈍っていたためではない。ない。

「あ、けど、オオカミさんには気を付けたほうがいいよー」

「オオカミ?」

 鞄を持って出ていこうとする針の背後から声がかかる。

 思い当たるのは先日、ちらっと見かけた狼頭の男だけだが、それがどういう意味なのかはわからなかった。

 

 

「あ、昨日の番組見たー?」

「見た見たー、アレ絶対にやらせだよな。車が崖から突っ込んでやらせなわけねーし」

「本当だよね。まったくバカみたい」

 朝からのハプニングのおかげで、こってりとしぼられることになったが、なんとか寝坊と取り繕うことができた。

 昼休み。

 朝御飯を買う暇がなかったので、急いで購買で購入して、いつもの屋上で皆と集って談笑していた。

 針を含めて男女数人であるが腐れ縁のような付き合いである。

 話題は昨日のびっくり映像特集に対する話題で盛り上がているところである。

 瓶に入ってい液体を酒と思い飲んだところどうやら燃料だったようで、吐き出した後に口直しに煙草をつけたところなど大笑いできた、楽しい時間であった。

 女子がサンドイッチを一つつまむ。

 ほっそりと白い指、顔ににきびなどは一つも無く、スカート丈は短め、馬鹿話に精を出しながらも話題が途切れない様を見て、話題や美貌を保つために努力してるんだろうなーと思った。

 お菓子や添加物の影響か肌にくすみがあったり、にきびがあったりすることは多いのだが、それがないということは食べ物に気を付けているという事で、ちょうどよい肉付きの脚は見事な線脚美を描いており、針の目には毒であった。

 ちょっと欲しくなったが、必死に抑える。

 クラスメイトの話になって、かわいい子は好きだよーなどと嘯きながら、特にその裾の短い脚とかな、と心の中で付け加え、針は自己嫌悪で溜息をつきたくなった。

 普通はそのようなことを考えないし、手元の待針で解体してコレクションに加えたくなったりはしないからだ。そのことを考え、余計に気が重くなる。

 昨日、ガス抜きをしたとはいえ、やはりこの衝動と戦い続けるのは面倒な物であった。

 しかし、それでもやはりそれと対峙し続けるだけの価値はあると針は考える。

 もし捕まってしまえば、美味しいごはんや面白いテレビは見れないし、もし欲しいからという理由で目の前の友人を殺してしまえばもう楽しい話はできない。

 むかつくことも少なからずあるが、それは人間同士しょうがないことで、殺してしまえば取り返しがつかないのだ。だから、ガス抜きのための悪人以外は殺さないように努力する。それは普通のことだからだ。自らが普通から外れている自覚があるだけに、普通であろうと努力するのは当然のことだった。

 そして、何より、自身の正体がばれたらコレクションを楽しむこともできなくなるだろう。針としてはそれは避けたいところだった。

 

 

 学校からの帰り道、針は気が重かった。

 朝、唐突に表れたあかずきんによる玄関の破壊。扉は一応無事であったものの、入ってすぐの位置は木が折れ、タイルが砕かれ、補修工事のために人を呼ばないといけないのは明白だった。 あり得ないが、コレクションがばれる危険性があるため出来るなら避けたいのだが、あの惨状をそのままにしておくわけにはいかない。

 加えて、約束したとはいえ、あの気の狂ったあかずきんが律儀に守っているとは限らないのが気の重さ増していた。

 初対面で殺しにかかってきた非常識さである、言葉を斜め上に解釈してなにをやっているかわかったものではない。

 コレクションのある部屋は隠されているため容易に見つからないとは思うが、それでも気が重いのは確かだった。

 溜息をつきながら針が歩いていく。

 

 

 まず家に帰ってみると意外と静かであった。

 電気はついてないし、どの部屋も無事なままだ。

 冷蔵庫を覗いてみると、パンや保存していたおかずが減っていることからどうやらここで食事をとったようだ。炊事場に皿が数枚浮いている。

 戸棚の破壊痕はそのままで、床に複数の傷が入ったままであり頭を抑える。

 自室にでも入ってるのかと思いきや誰もいなくて、かばんを置く。

 約束を破って外で人殺しでもしてるのかと思い、顔を顰めたが、突如心当たりに思い当たり血管に氷を流されたかような焦りを覚え、地下室へと走っていった。

 物置代わりに使っている地下室へ入ると隠し扉を塞ぐのに使っている古びた戸棚がどかされているのを確認し、急いで階段を降りていく。

 見え的には座敷牢だった。

 畳が敷かれて、木材でできた格子が敷かれているだけの簡素な牢獄である。

 明治時代あたりに建てられたらしい家らしいから、もしかすると精神疾患や外に出せない事情の家族をここに閉じ込めたりしたのかもしれない。

 が、それは囮であった。

 ここは地下室の更に奥にある秘密の部屋ということで納得させるための場所であり、格子の背後にある隠し扉は今は開いている。

 赤い頭巾の下から見えるふんわりとした髪。

 針の胸ほどしかない身長。短いスカートは腰ほどまでしかなく、見目麗しい脚線を描く脚がよく見える。

 あの多数が凶器が側面についた棍棒は座敷牢の壁に立てかけられていた。

 あれを見られたと察した針は、袖口から待針を4本取り出し、右手の指の間に握り込む。

 投げては駄目だ、下手をするとコレクションに当たる。

 これは一人で集めたのではなく、先祖の誰かから何代かにわたって集め続けられたのだ、傷をつけたりしたらもう取り返しがつかない。

 だから、自らの損害を度外視に、身体ごとぶつかり殺害するしかない。

 一本でも刺されば殺せるのだ。仕損じるつもりはなかった。

 ここまででこの場に来てるのはばれているのだから、殺気だけ消して後ろか歩いていく。

 まだ、あかずきんは振り返らない。ならば、あとは自らの射程に入るまで近づくだけだ。

「ねぇ」

 あかずきんが振り返る。針が一気に近づこうと切り替えたところで

「素敵ね。ここ」

 あかずきんが朗らかに笑った。

「………は?」

「綺麗よ。綺麗なところだけ抜き取って飾っているのね。わたし好きだよ、こういうところ。壊れてないのが残念だけど」

 人がそこに置かれている。

 白くほっそりとした腕が見える。ゴムのように弾力がありそうなたくましそうな腕が見えた。

 もっちりとやわらかそうな女性の脚が椅子にかけられている。

 子供のものらしき小さく澄んだ瞳、菫色、黒色、鳶色と様々な色の瞳が針の刺されて飾られている。同じく目玉で作られた振り子が左右に弾き合っていた。

 褐色のしなやかな指をした手がつるされていた。

 全身の皮を前部から切り取り半分に分けた皮が床に敷かれていた。

 どくんどくんと未だ波打っている赤い心臓が蠢いている。

 暗褐色の肝臓が額に居られていた。

 針が付けている鼻、口、目の部分がないマスクが数種類たたまれていた。

 誰かから抜き取られていた白い神経が天井からぶらさがっている。

 クッションの代わりに置かれているのはぶよぶよとした血液で触っても凹むだけで手にはついたりせず、生暖かい不思議な代物だ。

 ああ、そこには人がいた。

 1つの集めれば人が出来るパーツがいくつもおかれている部屋だ。

 それが何代かで集められた雨空の祖先が造ったコレクションだった。

 パーツそのものが飾られているのもあれば、パーツを加工して装飾具や玩具に仕立て上げられている物もある。特筆すべきは飾られているパーツはどれも瑞々しく生気に溢れている点だ。

 それもそのはず、針の持っている呪われた待針――“貫通装具のボトルピン”の力であった。

 この呪われたグッズは突き刺して、欲しい部位だけを抜きと、その時を止めて維持するという特性を持っている。

 それを利用し、被害者から欲しい部位だけを抜き取って飾っているのがこの部屋であった。

 こんなものを見られたら平穏な日常など夢のまた夢である。

 故にあかずきんを排除しようと決めたのだが、

「いやいやいや、お前。オレがいるのもなんだが、こんなの普通はおかしいだろ。普通はこんなもの気持ち悪いし、普通は嫌悪を示すものだぞ」

「そうなの? けど、わたしは綺麗だと思うよ。ぷにぷにして気持ちいいし」

 それに、と小首をかしげる。

「普通はそうかもしれなけど、あなたはどうなの?」

「……っっ、それは、まぁ、あれだ」

「これ、全部壊してないからそういうことでしょ」

 そういわれて言葉に詰まる針。

 実は縫い留めているボトルピンをとれば自然と時間が流れるようになり普通に腐っていくのである。それをしないということは、針もこの部屋が気に入っているに他ならない。

 初めてこの部屋を見られて、あかずきんを排除しようかと考えていた針であったが、無邪気にこの部屋を気に入っているあかずきんを見て、どうしようか迷っていた。

 正直に言うと嬉しいのだ。

 誰に知られても拒絶され罵倒されると思っていたこの部屋を肯定してくれた、そのことが針にとってはうれしかった。

 自分のことながらちょろいなと思いつつも、なんともいえず迷っていると赤ずきんが針の横を通って、あの凶悪な棒を手に取った。

「じゃ、行こう行こう。約束、守ってよね? さっきみたいに不意打ちしようとするのはなしだよ」

「ばれてるし……」

「そんなにわたしの身体欲しかったの?」

「あー、それはだな――」

 値踏みするようにあかずきんを見やる。

 ふんわりとウェーブがかかった髪、くりっとした丸っこい目、小さく可愛らしく整った顔立ち、肌は白くきめが細かい、身長は針の胸ぐらいの高さ。

 その中でも特に目を引くのは腰ほどの丈のスカートの下から伸びる、かもしかのような脚だ。

 ちょうどよい太さと丸みを帯びつつも、しなやかな脚線美が目にまぶしい。

「――欲しいな。特に脚がいい、是非コレクションに加えたいな」

 コレクションルームの椅子の肘置き代わりになっている、誰かの脚をさすりながら針はそういった。ここの脚と交換するか、あるいはあかずきんを使って椅子を組み立て直すのもアリかもしれない。

「じゃあ、頑張ってね」

「おう、準備あるからもうちょっとだけ待ってな」

 針は装備を替えるべくコレクション部屋の奥へと向かった。

 

 

「ところでさぁ、オオカミさんってなんだったんだ?」

「んーとね。わたしが前にいたところにいた頭が狼頭の人」

 前日、大量死体が見つかったためかちょっとした騒ぎとなっているため、人がいない場所を探すのは大変だと思っていたが、あかずきんが良い場所を知ってるといってたのでついていくと、巨大なテントの中に入っていった。

 端から見るとサーカスのようであるが、彼女の足取りに迷いはない。よほど慣れ親しんでいるのだろうか。

 そこは数日前にこの街にやってきたサーカスのテントであった。

「ここは入っても大丈夫なのか? それに前にいたところってどこだ?」

 サーカスについて詳しくないので、もしかしたら夜のサーカスならあまり人がいないのかもしれない。できれば、サーカスの団員を全員殺せば誰にもばれない、という意味でないことを祈る。

「ここだよ?」

「は?」

「わたしが前にいたところは“ザ・カーニバル”だよ、で、その拠点の一つがここなの」

「はぁぁ!?」

 “ザ・カーニバル”、それは|悪人<ヴィラン>組織の一つであり、|怪物<フリークス>たちが最後に辿り着くところと聞いている。

 生まれつき、もしくは後天的に人外の姿になったものたちが集まり、世間に対する恨み節をぶつけてるのか、それぞれが奇妙なルールに従って犯罪行為を行っている、らしい。

 らしい、というのはそういう噂話を針が利いたことある程度だからだ。他にもサーカス団を隠れ蓑に子供を誘拐しては改造しているともうわさで聞いたことがあるが、まさか本当にそのようなサーカス団があるとはと、針は驚いた。

 そう考えると、いま歩いている場所は、誘拐などの薄暗いことにつかわれていたのかと思い、なんともいいしれない嫌悪感と胸の痛みを感じる。

 正義感を気取るつもりはないが、やはりそのような胸糞の悪い話を聞くとどうしても気分が悪く、この場にいない犯人を思い切り殴りつけたくなる衝動に駆られる。

 そして、それが普通の証だと安堵する自分に対しても嫌悪感を感じる。

「え、いや、待って、それじゃあ、ここにいたら|怪人<ヴィラン>来るんじゃね? 大丈夫なのか、ここ」

「だいじょうぶだよー。ここにいた人たちは全員ころしたから。だから、オオカミさんが怒って追ってきてるの」

「自業自得どころか残当じゃねーか」

 あかずきんはほがらかに笑う。

 薄暗いサーカスの中は薄暗い。柵を頼りに真ん中の舞台があるらしきところへ歩いていってる様だ。

 目が慣れてくるとテントの中はかなりの惨状になっている。片付けたのか、死体などはないが、鉄の柱は折れており、木製の観客席は猛獣でも暴れたのようにぐちゃぐちゃに壊されていた。

 内側の幕は引き裂かれており、均したはずの地面はでこぼこに穴が空いている。

 照明も何個が壊れており、硝子が壊れた観客席のうえに散乱していた。

「というか、そのオオカミってやつだけは殺せなかったんだろう。そっちで遊べばいいんじゃないか?」

「うーん、あなたほど頑丈じゃないからオオカミさんと戦ってもあんまり楽しくないの」

「いや、オレも装備なしだとそんなに頑丈じゃないから」

「けど、装備込みだと相当頑丈でしょ? だから、いっぱい遊べるね」

 狩りの時の針は服の下にお手製のプロテクターを仕込んでいる。

 通常のプロテクターの上、自らの待針――ボトルピンを仕込み、それを装甲としているものだ。

 この呪われたグッズは、いくつかの特性を持っており、前述のもの以外にも決して折れず曲がらず破壊されない。

 針が試しにバーナーであぶろうと劇薬で溶かそうとプレス機にかけてみようとも決して壊すことが出来なかった。

 それらの待針、ボトルピンをプロテクターの中に仕込み、装甲の代わりにしてクッションを間に挟むことで身を保護していた。事実、昨日のあかずきんとの邂逅でその棍棒を二の腕で防御し、吹き飛ばされはしたものの傷は一つも負っていない。

「というか、|怪物<ヴィラン>出てきたらどうすんだよ」

「また殺せばいいんじゃないの? いっぱい殺せるよ」

「いや、オレ、別に殺人鬼じゃないんで……」

 二人が舞台に上がる。

 白い鉄製の床は拉げている。

 何処からともなく照明がつき、舞台の上を照らす。

 針とあかずきんは数メートルの距離を開けて対峙した。

 背負っていた巨大な棍棒を引き抜き、あかずきんが針へと振り向いた。

 子供の胴体ほどの太さを持つ、その棍棒は三日月状の刃やスパイク、棘等々が等間隔で並んで付けられており一見して凶器の塊とわかる代物だ。

 それを腰だめに構え、姿勢を低くして、針への突進する姿勢を隠しはしない。

 針は右指の隙間に4本のボトルピンを出現させ、握り込むと、だらんと両手を垂らす。

 二人の間にしばしの沈黙が流れる。ここに来て言葉は不要だ。

 朝の約束通り、ぶつかるのみ。

 そして、二人の身体が少し沈み、踏み込もうとしたところで、天井から一人の狼男が降り立ち、面食らう針に蹴り上げる。

 咄嗟に腕を交差して防御したものの、狼男の怪力に体が宙を舞い、2、3回、地面を転がり、柱にぶつかり止まった。

 

 

「見つけたぞぉぉ――、あかずきん………っっ!!」

 狼男は吼えるように叫ぶ。

 閉じられたテントの中で叫ばれたためか、針の身体にびりびりした痺れが走る。

 その声には隠しようのない怨嗟が込められていた。もし、声だけで人を殺せるのなら、それはこれだ、と針は思う。

 ぐつぐつと煮え立つ溶岩のような怒りであった。

「あ、オオカミさん! 昨日ぶり! ちょっとお友達と遊ぶから後にしてね」

「ふざけんな!」

 灰色に近い白の毛並みを持った狼頭の男。

 彼は橙色の瞳に怒りを写しながらあかずきんを睨みつけた。

 裂けた口の端から涎が溢れ、尖った牙がぎしりと鳴る。

 上半身は服を着ておらず、ジーパンの後ろから出ている尻尾はピンっと逆立っていた。

 針が咳ごみながら、立ち上がると、いつのまにか周囲を奇妙な集団が囲んでいる。

 それは黒子であった。全身を真っ黒なタイツの上から同色のジャケットに身を包んでいる。白いシャツに赤いネクタイ、そして、黒いズボンで統一された集団は正面に大きなバッテンの入った目隠し帽子で覆っていた。

 彼らは思い思いの凶器を持っている。

 ぎらりと光るナイフ、鈍い輝きをもつ短銃、読めない外国語が描かれた液体の入った瓶……etcとそれぞれの嗜好にあった武装の様だ。もしかすると、あかずきんの持っているあの凶悪な武装もここで作ってもらったのかもしれない。

「お前に殺された仲間の恨み、絶対に晴らさせてもらうぞっ」

「いっぱい殺せるの? やったー!」

 ぎりっと狼男が歯ぎしりする。

 言葉が通じていても、会話がかみ合わないのだ。いらつきもするだろう、と針は思った。

 話をする意味がないと感じたのか、狼男は手を高く掲げ振り下ろす。

 それを合図にザ・サーカスの怪人たちが針に群がってきた。

 狼男はあかずきんに任せて、針は団員達の対処に集中した。

「……あれ、オレも入ってる?」

「当たり前だ、不法侵入者」

「うわ、お前らに言われたくないけど、正論だから反論できねぇ……!」

 突き出されたサーベルを擬音がつきそうなほどひょいと交わし横へと回り込みながら手に持っている待針を腹部へと突き刺した。そのままその団員を蹴倒して、怪人たちの方向へ吹き飛ばして動きを阻害する。右の団員たちは倒れ掛かった男にしなだれかかられ、数瞬動きを止めた。

 同時に逆の方向にいた団員のほうこうへ左手を向ける。と、服の下にある籠手から数本の待針、ボトルピンが高速で射出された。

「さぁ、ショータイムだ――!」

 マスクの下でにやりと針が笑い、ボトルピンの能力を発動させる。

 “貫通装具のボトルピン”――グッズに基本的に備わっている能力以外に3つの能力を持つ、

 それは鋼鉄を豆腐の様に貫く鋭さの強化であり、

 対象の一部を抜き取ったうえで永久的に保存する力であり、

 そして、もう1つ――

「っ、ぐ―――」

「ぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

「だれか、とっ……て――!!」

 悲鳴が上がる。

 それは針がボトルピンを刺した団員達からあがったモノだった。

 彼らは内側から銀色のまっすぐとした細い針がそそり立っていた。

 それらはボトルピンを刺された場所を中心に花が咲くように、あるいは草が芽吹いていくように広がり、あるものは腹部から内臓を全て針で刺され、あるものは腕から肩へ、そして致命的な大動脈や心臓へと針刺し貫き上っていき、あるものは針で肺を満たされ血を吐いて、倒れていた。

 咄嗟に抜こうとしたものもいるが、待針であるボトルピンの丸い持ち手部分が返しとなっているため、内側から生えた針を抜くことは叶わなかった。

 そう、貫通装具のボトルピン、最後の能力はボトルピン自体を複製することが出来る能力だ。それをボトルピンを刺した体内からボトルピンを複製していったのである。

「…………」

「なにそれ……素敵。痛い、ねぇ、痛かった? もっともっと、聞かせて!」

 頬を上気させて、楽し気に笑うあかずきんとは対照的に団員達は言葉を失い、針から距離を取る。バッテン目隠し帽に隠れていて表情は判らないが、息のをむ様子から針に対して怯えを感じているようだ。

 針がボトルピンを構えるだけで、団員があとずさった。

 覚悟をしているとはいわない。しかし、予測はしている。

 団員としても殺そうとしている以上、あっちが抵抗するのは予測している。だから、刺されることもあるだろう、撃たれることもあるだろう。

 あるいは相手が超人種だったら謎のビームで吹き飛ばされたり、超能力でやられることもあるだろう。

 しかし。

 内側から針で串刺しにされて死ぬ、などという死に方は想像の埒外だ。

「ひ、人の死に方じゃない……」

「じゃあ――」

 後ずさる団員達の後ろから、場違いに明るい声が上がる。

「わたしとあそんで、あそんで!」

 団員たちが振り向こうとすると同時に叩き込まれた凶悪な棍棒が何人かの団員を吹き飛ばす。

 はじけた腹部からの返り血にあかずきんの頭巾がさらに赤く染まる。

 その様をみて、あかずきんは歓声を上げた。

「テメェ、あかずきん……!!」

 憤怒の表情で狼男があかずきんの後ろに迫る。どうやら、出し抜かれたようだ。

 狼男は鋭い爪を叩きつけるようにあかずきんへと突き出した。

 あかずきんちゃんが目の前にいた団員の手をつかみ、力任せに狼男へとたたきつけた。

 そのままでは爪が刺さると判断した狼男は、攻撃を止めて、腕を広げて団員を受け止めた。

「大丈夫かっ」

「あ、どう――」

 もふっとした体毛に抱かれた団員が礼を返そうとするが、けふっとした音を漏らして狼男の顔に血を吐き出す。遅れて、腹いっぱいの針が喉を経由して口の中へと溢れかえった。バッテン印のマスクの口の部分が膨らみ銀色の針が突き出している。

 狼男の目が見開き、射殺さんばかり怒気を込めて針を見た。

 団員がマスク越しに慈悲を狼男に願い、それを読み取った狼男は断腸の思いで団員の胸を鍵爪で貫く。

「ちっ」

「貴様ぁぁ……っっ!!」

 あかずきんが開いた射線を狙い、針がボトルピンを投げつけていた。

 何本投げつけようが複製すれば弾切れの心配はないのである。

 そして、あかずきんの一撃で空いた人の割れ間をぬって、二人は位置を交代する。

 あかずきんが団員と、針が狼男と対峙し、互いに相手を入れ替える形だ。

「お前、殺したな。俺達の仲間を殺したな……!」

「何か悪いのか? 殺されそうになったから、火の粉を掃うのは普通だろう」

「仲間を殺された気持ちを普通なんて言葉で片づけられてたまるか!」

 狼男が吼える。

 相手を焼き尽くさんばかりの怒気がこもった言葉だが、針はどこ吹く風であった。

 狼男の右手が振るわれる、軽い動作で身を引いた針の目の前を鋭い鍵爪が通り過ぎる。その後を追うように、左の手刀が突き出される。身を躱すのが間に合わないと判断した針が右手で受けるが、その右手を狼男に捕まれた。

「っ!」

 狼男が息を飲む、掴んだ瞬間、籠手の中から突き出た針に刺し貫かれたからだ。

 咄嗟に腕を離す狼男。一瞬、狼男が面食らった隙を見逃さずに針は手のひらに出現させた4本のボトルピンで腹部を刺す。入った、と針は経験から判断したが、狼男は上半身を斜めに傾けて避けながら、カウンターで膝蹴りを叩き込んだ。

 無防備なところに膝蹴りを喰らい後方へと吹き飛んだ。

 が、ボトルピンを仕込んだプロテクターのおかげでダメージはないようで、即座に立ち上がる。その立ち上がった針の目の前へと瞬時に狼男が距離を詰めた。

 その外見と違わず狼の如き瞬発力、そこから繰り出される連撃は針に反撃を許さない。

 斜めに振り下ろされる手刀、逆の手が追随されるように繰り出され、その様はまるで嵐のようだ。

 それを針が器用に避けていく。

 振り下ろされた手刀を横に引き。その手刀を引かずに横に薙いだ一撃をしゃがんで躱し、繰り出される蹴りを斜前に進みつつ手で払って避けていく。

 狼男は言い知れぬ違和感を感じる。明らかに反応速度や瞬発力は狼男の方がはるかに上であり、同じ速度で戦えるあかずきんとは比べ物にならない。その証拠に必死に避けることはできても、針は反撃にまで移れることはできていない。

 だが、しかし、避けることに徹し始めてからは一度も攻撃が当たることを許していない。

 訝しみつつ、左の薙ぎ払いをわざと大振りで繰り出し、撃ち終わりに肩を突き出す姿勢となり、わざと隙を作り出す。

 その隙を見逃さずに針はボトルピンで刺し貫こうとする。しかし、狼男はそれを見てから身を沈め、腕で地を掴むと脚で円を描くように足払いを繰り出した。

 ちょうど攻撃を透かしつつ、カウンターになる形で足払いが針の脚にひっかかる。

 こけた針に対して、身体を捻りつつ手刀を喉に向って狼男が放つ。

 がきっ、と音がして狼男の手刀は針の籠手に阻まれた。

 と同時に、狼男は悟る。

 こいつ、動きに躊躇ない……否、動きに恐怖がない、と。

 例えば刃物を向けられたら、普通の人間はどうなるであろうか、頭では避けるや捌くというのはわかっていても、どうしても体が竦んでしまい、動かなくなるのではないだろうか。

 それは正常な恐怖であるが、グッズはその恐怖を消し去る。

 ナイフで刺されたら死ぬという恐怖、ナイフが掠ったら痛いという恐怖、これらを消し去り、殺人に最適な状態へと精神を変質させる。

 それは攻勢にも適用される。人は人を傷つけることに本能的な忌避感があるのだが、グッズはそれらも同じく消し去るのだ。故に、彼は人を殺すことも傷つけることも躊躇なく行うことができる。

 それが彼の持っている“貫通装具のボトルピン”、すなわちグッズの共通の力だった。

 苛立たし気に狼男が唸った。

「どけよっ、助けに行けないだろうが」

「襲ってきたやつのいう事を聞く理由なんてないね、それが普通だろ?」

 

 

 狼男と針が対峙する後ろであかずきんが歓声を上げながら団員を殺していた。

 棍棒が振るわれるたびに、数人が武器の上から砕かれる。何処から取り出したのか剣を横に寝かせて受け止めようとした団員は拉げた剣が顔に突き刺さり、あかずきんが反転させて振り上げた棍棒が股間に突き刺さり、腹部まで削り上げられた。

「あはっ、あははは」

 倒れた団員へとあかずきんがゆっくりと近づいていく。

 残った団員の数は少なく、彼らは顔を見合わせ、これから起こるであろう惨劇への怯えを共有した。そして、何かをあきらめるように誰かが首を横に振ると、踵を返し、その場から逃げ出した。

「あー、逃げちゃダメ、わたしともっと遊ぼうよー。……んー、ま、いっか、まだあるし」

 あかずきんは頬を膨らませて、逃げた方を見た。

 しかし、彼らがテントの奥へと消えていくと、興味を失くしたのか、残った団員へと視線を移す。

 あかずきんは鼻歌を歌いながら、棍棒を振り上げた。

 

「なるほどな」

 惨劇を尻目に見ながら針は納得する。 

 武器として見るならば、あかずきんの持っている棍棒は不合理にすぎる。

 棒状の持ち手に子供の胴ほどはある太さの棍棒がついている。

 その棍棒の周囲に等間隔で、三日月状の刃や棘、鋸、鉋、鑢etcといった様々な凶器がついている代物だ。

 武器として使うなら鋭い突起で覆われた棍棒あたりで十分な殺傷力があるはずなので針は訝しんでいたのだが、いまのあかずきんの使い方を見て納得した。

 あれは武器ではない、玩具だ。

 あかずきんが好きなように相手を傷つけるためのオモチャなのだ。

 そう考えるとあの凶器の数々が付いた造形をも納得いくというものだった。

「さて、どうする? お前が守りたい団員はもういないみたいだが」

 狼男の顔が憤怒に染まる。

「アレが終われば、オレとあかずきんの二人がかりだ。オレ一人だと勝てないみたいだが、二人なら話は違うぜ」

 硬いものが擦れる不快な音がした、狼男が歯軋りをしている。

 どうやって針を突破しようか考えているのだろうか。

 しかし、そうやって考える間にも背後からあがる悲鳴がだんだん小さくなり、そして止んだ。

「もっとがんばって欲しかったです」

 頬について血を手ではらいながらあかずきんが歩いてくる。

 意外と早く終わったことが不満なようだ。

 棍棒を片手で素早く降ると、こびりついた肉片が飛び散り、びしゃりとサーカスのテントやステージを汚した。

「……お前らは絶対に殺す。いいか、絶対に、だ」

 狼男が後ろに引き、闇へと消えていく。

 針が安どのため息を吐いた。あかずきんと二人がかりなら負けはしないと思うが、針が一人で戦うにはきつい相手であった。

「にしても、すっごい散らかしたなぁ……」

 サーカスのテント内は鉄骨が折れ、ステージが拉げ、辺り一面にペンキをぶちまけたように血や人体の一部が散乱している。

 対してあかずきんは服には銃弾で焼け焦げた穴や象徴的なあかい頭巾は斬られていたものの、本人に傷はなかった。破れた服の下から白い肌が煽情的なため、針はそっと目をそらす。

「邪魔が入っちゃった……」

「じゃあ、別の日にするか?」

「いいの?」

「まぁ、普通は約束を守るものだしな」

「やったー」

 ぴょんぴょんと跳ねるあかずきん。

 周囲の死体には目もくれず、歩いていく。

 あの華奢な体のどこにそんな力があるかわからないが、自身の身長よりも長い棍棒を片手で持ちながら、とくにふらつきもせずにテントの外へ向かっていった。

「お、おい、返り血をどうにかしないと目立つぞ」

「大丈夫」

 くるりとあかずきんが振り返り、

「わたしの頭巾、赤いから返り血が目立たないの」

 そして、にっこりと笑った。

 遊び過ぎたため、ふんわりとした金髪が濡れており、白い脚についた赤い血がとても目立つ。しかし、べっとりと血がついてるからこそほっそりとした脚の白さが目立ち、針はごくりと喉を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 街の埠頭、貸倉庫の1つ。

 普段は荷物を預けておく場所は、現在奇妙な光景となっていた。

 ピエロのメイクをした男が短剣でジャグリングの練習をしており、他にも大玉の上に載ってバランスを取る団員や檻の中に入った人間などが点在していた。

 彼らはザ・カーニバルの団員達、あかずきんが大暴れをした結果、一時的な避難所として貸倉庫に避難していたのだ。

「くそったれが……っ!」

 その中でも特に奇妙な男が悪態をついている。他の団員は狼頭の男に包帯を巻いていた。

「なんなんだあいつは、気色悪いマスクしやがって」

 のっぺりとした口も鼻も目もないマスク。狼男にはそれ人皮でできたマスクであることが匂いでわかった。

 ヒーローなのか、ここらへんで活動している|悪人<ヴィラン>なのかは判別できなかったが、彼にとってはあかずきんを倒すのに酷く邪魔なのは確かだった。

「あー、それはもしかして無貌のマスクか? こう、目とか鼻とかないマスク」

「それだ、そいつが邪魔をしやがった」

 狼男が忌々しげに言う。

 それを聞いたかぼちゃ頭の男は得心が言ったように、首を縦に振った。

「そりゃぁ、ここらへんで活動しているヒーローの一人らしいぜ。巷じゃ、|悪人<ヴィラン>に制裁を下すダークヒーロー扱いされてるらしいってオイラは聞いたぜ」

 かぼちゃ頭のかぼちゃ口が弧を裂くように広がり、笑う。

 信じられない話であるが、このかぼちゃ頭は被り物ではなく、この男の生の顔なのである。

「なんで、そんな奴があかずきんと一緒にいるんだよ……」

「そりゃ、オイラに聞かれてもわかんね。けど、とりあえず、引き離せばいいんだよな?」

「できるのか?」

「簡単だぜ。明日起こす大興行で名指ししてやる。自分でヒーロー気取ってるなら来るに決まってるぜ」

 にやぁ、とかぼちゃ頭が笑う。

「……本当に来るのか? オレが見た印象だとあいつヒーローって感じはしなかったぞ」

 狼男が見た印象としてはあの無貌の男はヒーローというよりはむしろ|ヴィラン<悪人>側に近い印象を受ける。正義のため、誰かのために戦うというよりはごく個人的な、自らの欲望に忠実に動いているように見えた。

「そこはぁ、信じてほしいぜ。大丈夫だって、他のヒーローも巻き込んでやるからよぉ」

「ま、お前が言うなら信じるぜ。それよりも問題は、だ」

 狼男が苦虫をかみつぶしたように言葉を切る。

 やはりあのあかずきんは強い。

 どういう原理かはわからないが、鋼鉄を綿あめのように容易く捻じ曲げる怪力を有し、銃撃や斬撃、打撃を物ともせずに突進する姿はさながら戦車のようだ。

 また、感覚も鋭く、暴走した時に隠れていた団員を悉く引きずり出され皆、凄惨な最後を遂げた。

「あれに勝つにはどうすればいいか、だな。皆でいけばいいかもしれないが、明日の大興行で人員が出払うから、それはできないし」

「よろしい、それについての手立てがあるといったらどうするかしら?」

 低く渋い声が聞こえる。

 それはミニハットをつけた初老の男であった。男は操り人形を繰りながら、狼男に話しかける。

「どういうことだ……?」

「なに簡単なことですわ。わたしがつい最近回収した資料を応用した実験を行えば、確実に死ぬ代わりにあのあかずきんにも勝てる力を得ることができるということです」

 操り人形を情緒豊かに動かす。自らを抱くように腕を動かし、首をやれやれと振る人形。

 そのまま身振り手振りを示す中で初老の男の口は全く動いていなかった。

 そして、人形は狼男を試すように指さし、

「君は死ぬ覚悟があるのかしら? このザ・カーニバルのために命を捧げる覚悟は?」

「ある」

 狼男は瞬きの間も逡巡せずに頷いた。

 初老の男はにやりと笑い、狼男の肩を叩き、そのまま肩を抱くと二人は倉庫の奥へと消えていく。

 彼はザ・カーニバルで人体改造のプロであり、狼男はこの先、何が起こるかは予想できたが、後悔はなかった。

 

 

 ぱちりと目が覚め、視界に移った棍棒を見た瞬間、慌てて身を捻ってベッドから転がり落ちた。同時にベッドの上に棍棒が落ちてきて、暖かな寝床は一瞬で木屑へと変換される。

「おはよー、朝だよー」

「……………、オレのベッド」

 涙目になってベッドを見つめる針に向って、あかずきんがにこにこと笑顔で手を振った。

「朝だから起こしに来たついでに殺そうと思って」

「お前、なにもしなくていいからな」

「えー……それに遊んでもらってないから不満がたまってるの、どうにかしてー」

「……とりあえず、今日も学校あるから帰ってからにしてくれ」

「むぅ……」

 文句の一つでも垂れてやろうかと思ったが、むくれるあかずきんを見ているうちに何か脱力し、代わりに溜息が一つでるだけだった。

「あー、とりあえず、昼ご飯は好きなもの作って置いておいてやるからいい子にしていてくれ」

「本当? じゃあ、ハンバーグ!」

 レトルトのハンバーグがあったかなと思い出しながら、針は階下のリビングへ向かっていった。

 

 

 朝から疲れたなと思いながら、針は窓から外を見ている。

 校庭では体育の授業がおこわ慣れるようで体操着に身を包んだ生徒たちが規則正しく並び、数に合わせて体操していた。ピンッと真面目に体操している生徒もいれば面倒そうにだらだらとしているものもいる。

 空にはふよふよと飛行船が浮いており、サーカスについての宣伝が書かれた広告が載っており、昨日のザ・カーニバルについて思い出した針は目を細めて微妙な顔つきとなった。

 

 

「あー疲れた……もう、隠居したい」

「まだ若いでしょ、おじいちゃん」

「誰かじいちゃんだ」

 昼休みの屋上、針はいつもの面子と昼ご飯を囲んでいた。

 1日しかたっていないはずなのだが、昨日から今までひどく長かった気がする。

 修羅場を経てよくわかるのだが、やはり何もない日常はいいものだと針は深く思う。

「それにしてもここ数日、サーカスのチラシをよく見るけど、サーカス自体は開かれてないよな、針」

「なんでだろね」

 針は目をそらした。

 たぶん、あかずきんが暴れたせいだと思うが……、昨日、関わり合いをもってしまっただけに、負い目を感じる針であった。

 そういえば、今日見た飛行船も同じくサーカスの宣伝をしていたような、と思い立ったところで、繁華街のほうから身を揺るがすような破裂音が響いた。

 

 

「ハッピーハロウィン! さぁ、サーカス団の開始だぜぇ。演目はヒーローショー! 演者はお前らだぁ!」

 飛行船のモニターにかぼちゃ頭の男が現れる。

 被り物と思われたかぼちゃ顔は男の表情に合わせてころころ変わり、かぼちゃ顔の超人種であることがわかる。

 唐突に起こった爆破に混乱した人々やそれらを沈めようと声を張り上げていた警官たちは一斉に空を見上げ、モニターへと目を向けた。

「さぁぁて、この街のヒーローたち。特に人の皮をつけた気持ち悪い無貌の男、オイラたちはお前を待ってるぜぇ。お前が東側のテントにくれば爆発はいったん止めてやる」

「だが、お前が来ないようなら来るまで爆発は続くぜぇ」

 このようにな、とかぼちゃ頭の男が言うと、かぼちゃ頭の男の後ろにあるモニターにデパートが写り、その一階が爆破され、傾いていく。

 さらに性質が悪いことに、爆破で舞い上がった緑色のガスが周囲へとばら撒かれ、逃げ行く人々がそれを吸った瞬間、彼らはひきつったように笑いだし、その場で腹を抱えて止まってしまった。

 あるものはデパートから落ちてきた硝子に全身を貫かれながらも口角を吊り上げて、爆笑し続けている。

「みーんな、こうなりたくないだろう? だから、さっさと来るんだなぁ、ヒーローたち」

 かぼちゃ頭の男が腹を抱えて笑い、そして、最後に真顔に戻る。

「――最後に伝言だ。あかずきん、お前は昨夜のテントで待ち人が待っているぜ」

 といってモニターは消えた。

 

 

『――繰り返します、これは避難訓練ではありません。皆さん、あわてず体育館へ集合してください』

 先ほどから校内放送が繰り返される。

 生徒たちは口々に先ほどの爆発を話題に挙げたり、愚痴をいったり、授業が休みになったことを喜んでいたりした。

「まぁ、針、不安なのもわかるが考えてもしょうがないぜ?」

 針のかたを青年が叩く、気の良い友人であった。

 ああ、と生返事を返す。ありがたくはあるが、針の心中渦巻いてる考えの参考になることはなかった。

 ザ・カーニバルの連中が約束を守るとは限らないが、しかし、ここで行かないということはこの街の住人を見捨てたことになるのではないか。

 もし相手に約束を守る気があるのなら、針が行けば爆発を止めるかもしれない。

 自分がヒーローをしていた気はしないが、それでも普通ならここは皆を助けるために東側のサーカステントへ行くべきであった。

 それに、爆発によりもし万が一、針の家が見つかればあのコレクションが露見してしまうだろう。そうすれば、ここでの生活は不可能、どころか友人からは白い目で見られ、警察には追われる側になるに違いない。針としてはそれは何とも避けたいものであった。

 いつの間にか居ついているが、あのあかずきんと出会ったのは昨日であり、もし放っておけばこれからも犠牲が出続けるであろう。ならば、この際、放っておくのも手である。

 普通、あのようなイカレた人物に手を差し出すべきではないのだ。いまはたまたま針に対して興味を抱いているから静止しているだけであり、興味が他に向けば簡単に殺しにかかるだろう。朝も戯れに殺されかけた。

 それよりも普通は友人や街の人間を優先するべきだ、と針は思う。

 けれど、しかし。

 そう決心しきれないのは何故だろうか、と針は悩んだ。

 昨日から散々な目にあわされ、命の危機にもあったが、嫌ではないのだ。

 なにせ、針の趣向を見て引かずに綺麗と言ってくれたから。

 ずっと不安を抱えて生きてきた、コレクションについては大好きであり、人間の部品を集めることは楽しくあるが、それでもそれを見られて拒絶される事を恐れていた。

 だから、か。あのあかずきんは針にとって救いであった。

 そしてなにより――

 今朝別れたあかずきんの姿を針は思い出す。

「すまん、ちょっと腹痛い……」

「お、おう、大丈夫か? 早く戻って来いよ」

「すまん」

 針が友人と別れトイレの方へと駆け出す。

 数人が針の姿を見て首を傾げたが、気にしない。

 途中で先生に呼び止められたが、密かに挿したボトルピンで自ら腹痛を起こして見せたら信じてトイレにいかせてもらえた。

 針はそのままトイレの窓から密かに脱出し、学校を出る。

 ――偽らずに告白すると、あのあかずきんはすばらしい。是非ともコレクションに加えたい。

 血で汚れようともまぶしく映る白い肌。

 ぷにっとして柔らかい腕。

 ふんわりといい匂いの香る金髪。

 そしてなによりも目を引く脚線美。

 すらりとしていて、それで肉月の良い脚。

 そのどれもがすばらしくコレクションに加えたい。

 ――あのあかずきんはオレの獲物だ。誰にも渡さない――。

 ボトルピンを引き抜き、決意を新たに針は家へと駆けて行った。

 

 ザ・カーニバル。

 異形の集団。

 それぞれが独自のルールで、世間一般的に美しいといわれるものを汚すことに意義を見出している。それは友情であり愛であり勇気といった尊いものである。

 彼らはこの世界から疎外されたと感じているのだ。

 異形の身で生まれ、あるいは後天的に異形となったため蔑まれ、この世から疎まれた者たち。そんな彼らの最後の居場所としてあるのがこのザ・カーニバルである。

 故にこれは復讐なのだ、|世界<おまえたち>が怪物であることを望むのなら、オレたちはよろこんで怪物になってやろう、と

 少なくとも狼頭の男はそう考えていた。

 世界はザ・カーニバルの仲間とそれ以外に分けられる。

 この頭が原因で幼少の頃に捨てられ、露頭で迷っていた自分を拾ってくれたのはザ・カーニバルである。そこには自分と似たような仲間がいた。

 それぞれ異形の身体を持っていたり、人とは違う能力を持っているがゆえに世間から捨てられ、此処に寄り集まったものたちだった。

 その中でも強い自分は彼らを守ろうと思った。狼男はそう思っていた。

 あの日までは。

 今でも忘れない。つまらないという言葉と共に、仲間を殺していったあかずきんのことを。彼女もザ・カーニバルの一員であり、自らの仲間と思っていただけに、それは許されない裏切りであった。だから、絶対に許さない。

 たとえこの身を犠牲にしたとしても、あのあかずきんは討たねばならない。

 そうでなければ、殺された仲間たちが報われないではないか。

「来たか」

 昨日の惨劇のままだったテントの中央で座っていた狼男は錠剤をいくつか取り出すとそれを飲み干し立ち上がった。

 視線の先にはあかい頭巾をかぶった少女が歩いてきている。

「うん。いい子にしててって言われたけど、あなたたちを殺すのは悪い子じゃないでしょ?

 だから暇つぶしに来たよ」

「どこまで……、どこまでオレたちを愚弄してるんだ……!」

 狼男の瞳に憤怒の火が宿る。

 薬剤の影響だろうか、本当に瞳の色が赤く染まる。

「そういえば、いつもと姿が違うね。どうしたの?」

「お前を殺すために改造したんだよっ」

 灰色だった体毛は光沢を放つ青色へと変わり、爪が30センチほどの伸び、剣の様に太くなっている。

 立ち上がって踏み出すと金属をすり合わせたような音がテント内に響く。

「ふーん」

 無造作にあかずきんが棍棒で薙ぎ払う。

 それは狼男の無防備な腹部に当たるが、狼男は微動だにしなかった。あかずきんは棍棒をもっている腕にびりびりとした痺れを感じる。初めての感覚だ。

「わぁ、すごい! すごいよ、オオカミさん!」

「クソッタレが……」

 無邪気に喜ぶあかずきんを見て、狼男は言葉を吐き捨てる。

 次の瞬間、あかずきんは腹部の痛みを感じてびっくりした。

「まだ、身体が慣れてないな……」

 見ると狼男の爪が腹部を掠り、その白い肌に傷をつけていた。

「なるほどー、これが痛みか」

「……お前、もしかして、傷がついたのは初めてなのか?」

「うん。これが初めてだよ。そっかー、これが痛みかー……」

 あかずきんは興味深そうに自らの腹部をさする。

 そうしているうちに傷はどんどん回復し、2、3回摩った後には傷痕すらなくなっていた。

「うん、これ好きかも。わたし、こういうの与えてたのね、やった!」

 そして、朗らかに笑うと棍棒を振り上げて、狼男へと振り下ろす。

 狼男はそれを容易くよける。

 全身の神経を金属繊維に置換し、筋肉を増強する薬品をしようしている狼男にとっていまのあかずきんは遅いのだ。

 いまならきつつきの羽ばたきすらスローモーションのように見え、撃たれた銃弾の背後に回ってつまむことすらできるだろう。

 あかずきんが一度、棍棒を振り下ろすうちに距離を詰めると、その爪でずたずたに引き裂いた。

 あかずきんがあはっ、と笑って、狼男を掴もうとするがそれは空を掴むに終わった。

 その伸ばされたあかずきんの手を横から掴み、伸ばすと肘の関節に向って拳を叩き込み、ぼきりと折った。

 その瞬間、脚に焼けつくような痛みが走る。

 見ると、棍棒の先から液体が射出され、その液体が狼男の脚を焼いていた。

 肉が焼ける嫌な臭いが漂う。これは強酸だ。

 あかずきんを楽しませたくない一心で悲鳴を堪え、狼男は一度距離を取りなおす。

 とんとんと動くのに支障がないことを確認した狼男は次の瞬間にはあかずきんの背後へと回った。

 これで終わらせる、と狼男の手刀があかずきんへと迫り、返す刀で下から振り上げられた棍棒で跳ね上げられた。

 怪我はないものの余りの威力に狼男は跳ね上げらた。

 それからの攻防は一進一退だった。あかずきんは金属に置換された肌と体毛が弾き、有効打を与えられないが、狼男の動きに対してあかずきんは天才的な戦闘センスで追随し、決定打を許さない。

 しかし、徐々にあかずきんが押されだす。

 追随はできてはいても強化された狼男の方があかずきんの能力を上回っているのだ。

 ここで地力の差が現れた。

 狼男にとって苦戦した経験は1度や2度ではない。ザ・サーカスとして非合法な誘拐や強盗を行っているときにヒーローと何度も戦い、苦い経験を舐めたことも多数あったのである。その経験を利用してあかずきんを攪乱しながら徐々に有効打を与えていく。

 回復能力が高いのなら、傷の上から傷を与えてその回復能力と体力を削っていく。

 自慢の防御能力は、今の狼男にとって問題にはならない。

 危険な棍棒による攻撃もさきほどの酸でしかダメージをもらっていなかった。

 対するあかずきんは苦戦をしたことがない。

 なぜなら無造作に攻撃するだけで相手は吹き飛び、ただ一方的に狩ってきたのだ苦戦なぞするはずもない。

 そのため今のように翻弄されるのははじめてであった。

 あかずきんは攻撃が空を切るたびに不思議そうな顔をして、首をかしげる。

 何が起こったのかよくわからないと、表情からありありと読み取れた。

 そのまま、死ねと、狼男の一撃があかずきんの首を狙って放たれる。

 さすがのあかずきんも首を切り落とされていきてはいない、はずだ。

 狼男の爪があかずきんの首へと迫り――

 上から降ってきた待針の雨を知覚して、瞬時にその場から離脱した。降り注いだ針のうち何本かが避け損ねたあかずきんに刺さる。

「なにしてるんだよ、お前……」

「テメェ、邪魔するんじゃねぇ!」

「お前こそ消えろ! それはオレの獲物だ! オレが殺して部品を貰うんだ、お前はどけ!」

「ふざんけんな!」

 無貌のマスク、針がそこには立っていた。

 彼は待針のグッズ、ボトルピンを両手の指の間に挟み、狼男とあかずきんの間に割って入る。

「何も知らないくせに、オレの、オレ達の復讐を邪魔するんじゃない!」

「知るか、どうせオレらは世間のはみだしもんだ。なら、自分の欲望を優先して何が悪い? それが普通ってやつだろ」

「普通なんて言葉で片づけられるほど、仲間の命は軽くねぇんだよ!」

「あはっ、遊び相手が増えた!」

 あかずきんは楽しそうに笑い。

 針はボトルピンを構え。

 狼男が鍵爪を振り上げ。

 三者三葉、再び激突した。

 

 

 針が増えたとはいえ、戦況は狼男が圧倒的に有利だった。

 あかずきんの棍棒が当たっても狼男は吹き飛ばされるだけで、有効打にはならない。

 吹き飛ばされた狼男を狙ってボトルピンを針が射出したが、その体毛に阻まれ狼男に刺さらない。

「なんだと……!」

 それは針にも初めての経験であった。

 ボトルピンを得てから色々と実験してみたのだが、鋭さが強化されているこのグッズは鋼鉄にすら豆腐の様に容易く突き刺さるのだ。

 特に人体に対しては多大な効果を発揮するらしく、いままで鋼鉄の肌でできた|悪役<ヴィラン>であってもボトルピンの貫通力は衰えはしなかったのだ。

 さきほどのあかずきんに対してもよけきれない針が何本か刺さっている。

 しかし、命を賭けた改造を施した狼男はそれを凌駕した。

 針は唯一のアドバンテージをつぶされたことを知り、息を飲んで、狼男と対峙する。

 それでも針は引けなかった。

 あのあかずきんはオレのものだ、ここで引いたら彼は一生後悔するだろう。

 命を賭けてでも狼男を打倒するだけの価値はあると、針は思う。

 そして、ボトルピンを構えた瞬間に、針は吹き飛ばされた。

 針が目を見開いた瞬間、背中に衝撃が走る。

 姿を捕えようにも視界の端にわずかに影が映るだけで、狼男の巨躯が目に移らない。

 ただ、踏み込んだ時の音が針には聞こえるだけで、みるみるうちに鍵爪でずらぼろに切り裂かれていく。

 それでも、ボトルピンを仕込んだプロテクターのおかげでぎりぎり有効打は防いでいたが、正面に現れた、狼男が鍵爪を腹部に突き立て、針を持ち上げるように無理やり隙間を作り――

「しまっ――」

 その隙間に対して、狼男の掌底が突き刺さり、針は宙を飛び、ごろごろと地面を転がり、壁に激突して止まった。

 壁に激突した針は血が混じった吐瀉物をまき散らし、その場に蹲り、えづいている。

 身体ががくがくと痙攣し、蹲ることすらできずに腹部を抑えて、悶えていた。

 浅い呼吸をとぎれとぎれに行っているのがやっとだった。

 そして、遅れてあかずきんの攻撃が狼男に届くが、それをあっさりと狼男は避ける。

 現状、針を排除した狼男にとっても今は、楽観視できるものではなかった。

 反応速度を上げるため神経を置換し、皮膚と体毛に特殊な液体金属を入れ変化させ、全体の神経伝達を早める劇薬を使用しているのである。

 どれほど持つかは自らを改造した老人であってもわからないと言われている。

 いつ限界が来て倒れてもおかしくない状況であった。

 ならば、多少強引にでも勝負を決めに行く。

 そう腹をくくって狼男が踏みだす。

 狙いはあかずきん、彼女の喉元を食い千切り、絶命させる。

 それから針を始末すれば問題ない。

 狼男の口が開かれ、あかずきんの喉元に迫り、あかずきんが咄嗟に防御した腕に阻まれる。

 狼男は構わず腕に噛みついた。

 鋭い犬歯があかずきんの腕に刺さり、食まれる。

 そのまま力をこめて食い千切ろうとしたその時、針のボトルピンが撃ち込まれた。

 もし、それが狼男に向けて、彼の目に向けての一撃であったなら、それを空中でつかみ取っていただろう。

 だからこそ、あかずきんに向って撃ち込まれたそれは、意識の埒外であり、虚を突かれた形となった。

「我は狩人――」

 針がボトルピンの能力を発動する。

「――悪い子のお腹を裂いて――」

 あかずきんの肩に打ち込まれた針が瞬時に増殖し、その指先まで内側から刺し貫く。

「――大事なものを奪い取るっっ!!」

 そして、待針で膨らみ上がった腕ははじけ、狼男の口の中に待針が溢れかえった。

 待針、ボトルピンの増殖は尚も止まらず、狼男の腔内で突き刺さると、その体内で増殖し、彼を内側から串刺しにしていく。

 こうなると悲惨なもので、強化した身体機能が仇となり、なかなか死ぬことができない。

 狼男の表皮を貫くことは出来ないから、皮膚の下から不自然な突起が何本を付きあがり、そのために声にならない苦悶の声を押し殺しながら狼男は地面をのたうつことになる。

 血を吐き散らしながら、それでも彼はあかずきんを楽しませたくなかったのか、最後まで悲鳴を上げずに、絶命した。

「ばいばい、オオカミさん。あなたと遊ぶのは楽しかったよ」

 地に倒れた狼男を一瞥し、針が倒れている傍まであかずきんが歩いてくる。

 針のボトルピンを打ち込まれた腕は再生が始まっていたが、ボトルピンが邪魔しているようだ。あかずきんは自分で右手を千切り、その場に落とした。

 ふらつく脚に無理やり力を入れ、壁に体をあずけるようにして無理やり針が立つ。

「そんじゃ、約束を果たそうか」

「うん。……うん、あのね」

 頬を染めて、あかずきんが戸惑うように。

「わたし、あなただけはわたしの手で殺したいの、なんでかな?」

「そりゃ……それは、その、あれだろ」

 針は指摘しようかと考え、嬉しさと、そしてなにより気恥ずかしさから迷い、結局言葉を濁すことにした。

「まぁ、殺せばわかるんじゃないか? まぁ、お前はオレの獲物だから誰にも渡すつもりはないけど」

「うん。うん! そうだね、じゃあ、ずっとずっと遊んでね!」

 残った腕であかずきんが棍棒を自らの頭上に振り上げる。

 針がボトルピンを滑らせ、両手の指に挟んだ。

 しばし、無言で二人は向き合う。

 外では轟音が何度か響いたが、針に後悔はない。

 ただ、はじめからこうなるのがわかっていたような、不思議な納得がそこに会った。

 そして、また幾度かの爆発音がテントを揺るがし――――

 

 

 先日のザ・カーニバルによる爆破テロの影響か、教室にいる生徒はまばらだ。

 精神的なショックが原因で休んでいる生徒がそれなりにいるようで、このクラスも数人がいまだに休んでいた。

「……針は今日も休みか」

「どうしたんだろうな、あいつ。あの日、いつの間にか消えてたみたいだけど」

「知らないわ。元気だといいんだけど」

 いつも屋上で昼食をとっていたメンバーが集まり、心配そうに針の席を見ていた。

 あのザ・カーニバルの爆破テロの日にいつの間にか消えていた友人から連絡はなく、今日も欠席だった。先生から零してた話しによる、あの日から足取りがつかめていないらしく、家も爆破テロに巻き込まれて徹底的に破壊されていたらしい。

 他の爆破された建物に比べてもその破壊は徹底されており、地下室から全てが破壊され、なにがあったかすら判別がつかない状況らしい。

 それでも家から遺体は発見されておらず、そこには|なにもなく<・・・・・>、針は行方不明のままだ。

 3人は心配そうに顔を見合わせたが、答えは出ず、チャイムと共に担任がやってきたのを見て、各々の席へと戻っていった。

 



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