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[雄英体育祭-開催直前-]
轟焦子という少女の内に潜むのは、荒れ狂うような憎悪の炎とそれを包みこむ氷である。
憎悪の対象は当然父であるあの男と、そして母の心を傷つけたこの身に宿る炎。
クラスの控室の椅子に座りながら、半燃である自らの左手を見下ろす。
自然と脳裏に浮かぶのは父の姿・・・ではなくあの妙な口調のクラスメイト。
この雄英に入る前から、彼のことは知っていた。
最初に見たのは、あの『ヘドロヴィラン事件』、あの事件をニュースで見て、目を奪われたのだ。
その異常な口調、容姿などどうでもよかった。
あの黒い炎。あれが、自分の心を支配してしまった。
憎悪、怨嗟を固めたような炎は自らの体に秘められた炎よりも熱く、それでいて美しく永遠に見ていられる気がした。
食い入るようにテレビを見ていた自分を押しのけ、画面にほとんど顔を付けるように彼の姿を見始めたクソ親父のせいであの時はそれほど長く見ることは叶わなかったが。
そんな父が『あの炎を焦子の婿として血筋に巻き込めば・・・』などと口にしていたため不意打ちで凍り付かせたが、微塵も悪いとは思わなかった。
「おいデク、テメェだけなんで体育着じゃねぇんだよ?」
「なに、この装備を外すと痛みが伴う事を何者かが校長神父へ伝えたようだな。肉体変質系の個性と同列に扱うようだが・・・下らん。復讐王にそのような配慮など必要ない」
フルセットともいえる、全ての装備を付けた姿であの爆破少女と会話をしているその姿をじっと見つめる。
言いたいことはある。あの炎に感じるのはただの美しさだけではないのだから。
どうも、あの炎はこちらの憎しみを燃え上がらせるようなのだ。
この前も、近付いただけで思考がやや過激な方へと飛んでしまい彼の腕を少しだけ凍らせてしまった。
だが、前回の経験で適切な距離は掴めている。椅子から立ち上がれば、距離をとりながらその横顔へ声をかけ―――――
「――――ぁぁ・・・・緑谷。お前だけは俺が潰す。あの黒い炎を二度と出せない様に凍り付かせて、・・・そうすれば俺たちは永遠に共にいられるのかもしれない」
・・・距離を間違えた。
視線は完全に彼の手の平にロックオンされ、頬が熱を持っていくのが自分でもわかる。
(熱い、熱い、熱い。あの手が憎い。でもあの炎はまた見たい。近くで、溶けあうような距離で。ワタシの氷を解かす瞬間もまた見たい。いま、このままここを吹き飛ばすくらいの出力を出せば見れるのか。ぁぁ・・・でも、凍り付いた緑谷の二度と炎を出せない手も見てみた―――――)
グッ、と。襟首を掴まれ持ち上げられる感触に思考がようやく戻る。
見下ろせば、そこにいたのは彼とともにいつもいるあの女、爆豪勝紀。
身長差では確実に勝っているこちらを片手で持ち上げるその馬鹿力は、ヒーローに相応しいが
「人が話してんだ、急に入ってくんじゃねぇぞ根暗女‼」
その形相はヴィランとしか言いようがない。
とはいえ、こちらも騒ぎ過ぎた。止めてもらってありがたかった面もある。だから、―――――緑谷に常にへばり付く邪魔さも含めて軽く凍らせてやるだけにしようとその手を掴み
「おいお前ら、そろそろ並べ。入場時間だ」
ガチャリとドアを開け入ってきた相澤先生の姿に、踏み止まる。
代わりに、掴むその手を振り払えば後ろへ後退しながら視線を緑谷へと向ける。
いまのやり取りでも表情を崩さないストイックさはやはり好ましい。むしろ大好きだ。
そんな彼が、ようやく口を開き
「クハハッ。我を巡り争うか‼良い、良いぞこれが興という奴だろうな。そう、存分にすまない‼我が原因で争わせてしまいほんとうにすまない‼」
(今日も良い炎をくすぶらせてるなぁ)
大きな声を出すたびに火力を変える彼の内にある炎に、彼女は今日も心を奪われていた。
[雄英体育祭-選手宣誓-]
観客、そしてヒーロー達は雄英に今年も粒ぞろいの生徒が多く集まっていることをすでに情報としては集めていた。
特に先日のUSJ襲撃事件を乗り越えた彼ら、1-Aの注目度は高くその情報を手に入れるために高度な情報戦が繰り広げられていた。
そのため、そんな彼らが入場してからは観客の興奮は冷めやらず。
(いいじゃない。この視線が今から私へ向くのね!)
これから声を出し、その視線を一身に集めるミッドナイトは全身に走るゾクゾクとした感覚に体を震わせていた。
「選手宣誓!」
ぴしゃり、と地面に鞭を打ち付ければ集まる視線にさらに気分は高まる。
何やら騒がしい一部の生徒を、再度鞭で黙らせれば
「選手代表!1-A緑谷出久‼」
読み上げたのは、なにかと職員室でも話題に上る彼だ。
やや影のある大人びた雰囲気はあるが、どうも全ての言葉が演技がかっていて個人的には燃えるタイプではない。
今も、普段通りの黒いマントをはためかせながら壇上へ登る姿は凄みはあるが、やはりどこか嘘くさい。
申し訳ないが、すぐに興味が薄れてしまい他の生徒へ視線を移して
「――――――ローマであるッ‼」
ビリビリと響き渡るような、普段の彼からは想像もつかないような威厳にあふれた声が辺りに響いた。
「・・・未熟な俺たちの道のりは確かに茨の道だ。恩讐の果てが無いように俺たちの道に終わりは無いのかもしれない。・・・だが、あえて言おう‼苦難の末に得る対価がいかに粗末な物だろうが、その道のりの果ては確かにローマである‼」
ゾクリと。額から足の先まで何かが走ったような感覚。
会場中が静まり返り、衣擦れの音さえ聞こえてこない。
ローマとはなんだと、そんな言葉が聞こえてもおかしくは無いと、そう感じてしまう自分よりも先にローマを理解してしまう自分が居た。
帽子を押さえ、くるりと背中を向けた彼からマイクは離れすでに声は先ほどよりも小さくなったはずだが
「日本のローマ市民よ‼常にローマとなり、ローマであり続けるがいい‼」
その声は声の響く範囲にいたすべての心に、ローマを刻み込んだ。
[雄英体育祭-障害物競走-]
(さっきの宣誓カッコよかったと話しかけるべきだろうか。いや・・・それだと障害物競走が終わった後に話しかける理由も減ってしまう。なら、これから頑張ろうとか・・・潰すとか言った口でそんなこと言えない‼)
首を振りながらなんだか顔を赤くしている絶壁根暗女がいるが、今は無視だ。
もうすぐ始まりの合図が鳴る。あの狭いスタートゲートから考えれば、誰かは必ず周囲の奴らを吹き飛ばすような個性を使うだろう。
なら、その先を行けばいい。
ちらりと視界に入れるのはアイツの背中。今日もどこか様子がおかしかったが、気にする必要はない。
宣誓の時とか緊張で指先までピンと伸ばしちまってるところとか、アイツらしくて悪くなかった。
壊れたアイツを追う奴はここにきて何故か増えて来て、あんな狂ったやつのどこがいいのか聞いてやりてえといつも思う。
だから、この体育祭でハッキリさせる。
アイツを超すのは俺で、前後左右に立つのも俺で、釣り合うのも俺だ、と。
一つ目のライトが点灯する。
(そもそも、アイツのどこが良いんだよ。顔は少なくともモブだ)
二つ目のライトが点灯する。
(頭のおかしい恰好してる上に、話す言葉も全部いかれてやがる)
ギリギリと歯ぎしりしながら見ていたからか、奴が一瞬振り返り。
変わらない笑顔で、一瞬笑いかけてきやがった気がして―――――
『――――――スタート‼』
・・・なぜか!一瞬スタートに遅れちまった。
バカな自分に舌打ちしながら、両手の爆発で加速をつけ
――――――次の瞬間、地鳴りのような音と共に数多の生徒を巻き込みながらスタートゲートが凍り付いたのが見え
「フハハハハハハハハハハハッ‼原初の理を知るがいい‼我が行くは栄光のローマ‼」
氷の塊へ光りながら突撃していく
思わずバカ面で口を開けてる間に聞こえてくるのは、掘削機のようなガガガガガガッという音。
アイツが、凍り付いた生徒たちを助けてやがる音だと今さら気付き、知るかと一気に駆け出す。
アイツが空けた穴からどんどん生徒たちが抜けだしている以上、勝つには一刻も早くここを抜ける必要がある。
穴を抜ける瞬間、一瞬だが動くアイツの姿が見えて――――
「ああああああああああぁぁぁ‼クソがッ!」
ガシリ、とその首根っこを何とか片手で掴む。
「ッ、メルセデス何をしている‼」
「先公が救助に入ってくるところだ‼テメェがこれ以上やっても邪魔なんだッ、気付け、そして死ねクソデクッ‼」
こんなところで負けられてはこの気持ちをどうすればいい。
前方に見えてくるのは・・・たしか入試のときの仮想敵。
0Pの障害物も居やがるが、知るかとばかりに手を振りかぶり――――全力でクソデクを前方へ、爆破も使いながら全力で投げ飛ばし
その黒い姿が、空中で一瞬青い粒子に包まれた。
宙を舞いながら、緑谷出久は思い出す。
ここ二週間、この個性について考察し行ってきた特訓を。
自分の中の彼から渡された情報はいくつかあるが興味深いのは『座』という場所。
そこには彼のような力を持つ存在が星の数ほど居るのだという。
先日まで、自分の個性は『彼(エドモン・ダンテス)の力を借りる』ものだと考えていたが先日の混線事件からもう一つの仮定が生まれていた。
『座に接続する』個性。
それが自分の個性ではないのかと。ならば、複数の人物の口調が流れ込んでいる現在の状況も先日の彼との接続に不具合が起きた際にできた隙間に他の誰かの因子がまぎれ込んだのだと推察できる。
つまり、接続する量にはキャパシティがある。
くるり、と先日の様に宙で体を回転させるが全身に彼の装備を纏っている状態では上手く回れずこのままではコマの様に回りそうだ。
だが、
(なら、接続を絞ればいい。恐らく絞りすぎると力に負けてこの前みたいに押し広げられて反動が来る。だけど、上手く受け流すように絞れば―――――)
マント、手袋を消し去る。ネクタイも流す力を制御することで、普段の明滅する状態から血のような深紅へと姿を変える。
青い粒子が体を覆い、背後へと流れていくのを感じながら
ダンッ‼!と巨大な機械敵の顔面へと着地する。その頭部へと手を当て、黒炎を放てばいつかの時の様に亀裂で指向性を与えずとも、その炎はその装甲を蛇の様に走り抜ける。
僅かな隙間から入り込んだ炎は生きているかのようにその内部のコードや基盤を焼き切り
静かに、機械敵はその動きを止めた。
一度背後を振り返り、幼馴染の姿を確認すれば
「クハハッ‼悪くない走り出しだ!・・・いま、『僕』はやっとスタートラインに立った―――――‼」
跳ねるように、機械敵の体を踏み台にしながら走る。
踏み台にしたものを壊さず、あくまでしなやかに、猫の様に動く様は確かに今までの速さは無いが機動性は格段に上がっている。
これが、二週間の特訓で得たモノ
『緑谷エドモン20%スタイル‼』
第二関門を抜け、最後の直線である地雷原に入り轟焦子は体を震わせていた。
(熱がくる。緑谷が、迫ってきている。スタートで他の邪魔な奴らは全て排除したし、第二関門のロープは全て凍らせてきた。追ってこれるのは、『彼』ぐらいだろう。ついに、一位のワタシにあの炎を向ける時が来た!なら、ワタシは―――――)
「オラッ‼死ね絶壁根暗オンナァ‼」
BOOOM!と背後から爆音が響く。その声に、高まっていた熱が急速に冷めていくのを感じながら身を屈め、頭部を狙っていた手のひらを避ける。
なぜ、この爆破女がここに居るのか。彼の熱を自分が間違えるなどありえない。
ならば
「よそ見してる暇はねぇぞオラッ‼」
地雷を無視し、宙を飛ぶようにこちらへ襲い掛かるその体を弾き飛ばすために氷を足元から生やすがまるで読んでいたかのように再度爆発を起こし上へ跳び避けられる。
振るわれた手の平が右肩を捉え、放たれた爆発に体が弾き飛ばされ・・・地雷を避けるため何とか僅かな隙間に足を差し込むようにして立つ。
今の一瞬で、距離を稼がれた。
焦りながら、再度足に力を込め最終手段として周囲の地面をゴールまで凍らせてしまおうと力を込めて
・・・体の横を、凄まじい熱量が駆け抜けていくのを感じた。
思わず、全身から力が抜ける。
今までに無い、視認できるほどの漆黒の霧と紫電を纏った彼の姿が、残像を作りながら駆けていく。
「・・・他人に与えられた終着点に興味は無い。だが、この先にあるのはオレ達が目指した夢の通過点。あいにくと、譲ろうとは思わない」
静かに、誰かに語り掛けるわけでもないその声は確かに響き渡り。
数分後、熱く火照る全身に響き渡るように、何者かの悔しがる叫びと共に彼の一位突破を告げる声が耳に届いた。
エドモン「紛れ込んだのが言語リソースだけで良かった。奴らの霊基自体が流れ込んでいたらどうなっていたか」
????「・・・ぁぁ、こんなに居心地のいい体。私、たかぶってしまいますっ・・・」
エドモン「‼」
エドモンの撤去作業は続く
「なに、この装備を外すと痛みが伴う事を何者かが校長へ伝えたようだな。肉体変質系の個性と同列に扱うようだが・・・下らん。復讐王にそのような配慮など必要ない」
(いやあ、この装備をはずすと痛いって誰かが校長先生に伝えてくれたみたいなんだ。肉体変質系の人たちと同じ扱いにしてくれたみたいなんだけど・・・なんだか気を遣ってもらって申し訳ないよ)
「クハハッ。我を巡り争うか‼良い、良いぞこれが興という奴だろうな。そう、存分にすまない‼我が原因で争わせてしまいほんとうにすまない‼」
(僕の話題で喧嘩‼?ごめんっ、なにか二人に気に障るような事をしたのかもしれないけど、とりあえず喧嘩はやめようよ‼)
「――――――ローマであるッ‼」
(――――――ローマであるッ‼)
「・・・未熟な俺たちの道のりは確かに茨の道だ。恩讐の果てが無いように俺たちの道に終わりは無いのかもしれない。・・・だが、あえて言おう‼苦難の末に得る対価がいかに粗末な物だろうが、その道のりの果ては確かにローマである‼」
(あれ?いま、意識が一瞬・・・っ、えっと、僕たち生徒は未だ未熟な卵かもしれません。未来がどうなるかは誰にも分かりませんが、まずはこの体育祭。自分の達の出せる精いっぱいで――――――ローマであるッ‼)
「日本のローマ市民よ‼常にローマとなり、ローマであり続けるがいい‼」
(日本のローマ市民よ‼常にローマとなり、ローマであり続けるがいい‼・・・あれ?)
「フハハハハハハハハハハハッ‼原初の理を知るがいい‼我が行くは栄光のローマ‼」
(行ける‼まずは今の出力であの壁を破るだけ‼)
「ッ、メルセデス何をしている‼」
(かっ、かっちゃん‼?)
「クハハッ‼悪くない走り出しだ!・・・いま、『僕』はやっとスタートラインに立った―――――‼」
(できたっ。練習通り、本番でも‼・・・いま、『僕』はやっとスタートラインに立った―――――‼)
「・・・他人に与えられた終着点に興味は無い。だが、この先にあるのはオレ達が目指した夢の通過点。あいにくと、譲ろうとは思わない」
(・・・他人に与えられた終着点になんて興味は無い。でも、この先にあるのは僕達が目指した夢の通過点。あいにくと、譲ろうとは思わないんだ)