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精進します!
[ヴィラン襲撃6.5]
-さらに10数分前-
「・・・ラグドールが居るとすれば、この辺りのはず。生徒たちの救助に向かったのなら、もう離れてる可能性もあったけど・・・ッ」
腕の中のマンダレイさんの声が、少し震えて聞こえる。
木々を乗り移って、ようやく開けた場所・・・肝試しの中間地点に降り立って、彼女を地面に下ろしながら僕も辺りを見渡して、唖然とする。
木々が生い茂っていた筈の場所は、へし折られ、切り倒され、粉砕された木の残骸がいくつも倒れている。
一度接続を切り、飛び散る青い光に照らされた足元の血液に指を当てる。
べったりと付いた血は、少し指を動かせば未だ全く固まっていない事が分かって。
「・・・まだほとんど固まっていません。傷を負った人は近くに居るかもしれません」
そのいたる所に、赤黒い液体が飛び散っている。
焦る思考を、おじさんの知識が鎮めてくれる。
大量の血液だけど、折っても切っても、そして潰しても即死するにはまだまだ足りない量だと。
なら、血液の主が逃げ延びたか、あるいは攫われた可能性を考えるべきだ。
マンダレイさんも同じことを考えていたんだと思う。
すぐに頷いて、目を閉じる。
『ラグドール!!何でも良いから、合図をしてっ・・・!』
恐らく、ラグドールさんと状況理解を早める意味でも僕にもテレパスで声をとばしたみたいだ。
周囲に意識を巡らせて、耳をすます。
力を使うと、そちらに集中力を割かれてしまう。
生身でも、金太郎さんの力で変化したこの体なら―――――。
カサッ、と。
微かに、何かを掻いたような音が聞こえた。
「―――――
駆け出しながら、彼の言葉に倣った言葉を口にしながら脳裏に浮かぶのは一つのイメージ。
暗闇の中で小さな炉に火種を入れる。
静かに燃え始めた小さな白い炎が―――――天に渦巻く無数の星を照らし出す。
その中で輝く一つ、力強く金色に輝く光へと手を伸ばした。
「ッ、マンダレイ!そこに誰かが居るッ、手伝ってくれ!」
右腕から黄金色に輝く雷が溢れ出す。
邪魔な倒木を飛び越し、目指すのはさらに先に見える倒木の一つ。
もどかしい時間が過ぎて、辿り着いたその場を金の輝きが満たせば見えたのは蹲る様に倒れた女性と、その体に覆いかぶさった木の残骸。
「おいッ、起きろ!見つけたんだッ、目閉じんのはまだ早ぇだろうがよ!」
右腕で、巨大な破片を投げ捨てていく。
マンダレイの声に応えてきっとこの破片を掻いたんだ。
まだ、意識はあったはずなのに光に照らされたラグドールさんの顔は血の気が失せている。
助けたい。
こんな状態で、助けを求めたこの人が助からないなんてあっちゃいけない。
彼女の体を押さえつけていた最後の大きな残骸を掴み、投げ捨て―――――
耳が、音を拾う。
マンダレイさんの足音じゃない、もっと重い足音。
それが近付いてくる。
「出久君、前に!!」
「―――――ネホヒャンッ」
顔を上げた先に、浅黒い肌の大きな人型の影が居た。
太い二本の腕を振り回し、辺りの木々をなぎ倒しながら迫るその巨体がこの周囲の状況を作った事はすぐに分かった。
まるでダンプカーのように、辺りを破壊しながらもう目の前に迫ったその体―――そして、剥き出しの脳。
(こんなところに、こんな時に脳無がッ・・・)
あのUSJ襲撃の日、僕は奴に勝てなかった。
力に振り回されて、あの人に助けてもらった完全な敗北だった筈。
なのに、胸の中に何故か怖さは沸いてこない。
あるのは、いま自分が逃げたら足元の彼女は誰が助けるのかという考えだけ。
そして、その答えはもう僕の中にあった。
ここには――――
「・・・僕が居るッ」
振り下ろされた右拳に対し、こちらも右拳を返す。
およそ数倍以上巨大な脳無の拳は簡単に僕の腕を押し返す。
そう考えていただろう脳無の拳は直撃の寸前、拳を開き手刀へと変わった手で左へと叩かれて横へ受け流されていく。
それでも、怯むことなく残ったもう一本の左腕が振り下ろされる。
近くまで迫り、その手に砕けた万力のような何かが握られているのが見えた。
工具のはずなのに、人を殴るための姿に変わったソレが、脳無と同じに見えてしまった――――。
全力で駆けるマンダレイの手は、しかし未だ二人に届く距離には無い。
「ッ、だめ・・・!」
逃げろと、そう口にできない自分が憎くてたまらない。
仲間を見捨てられず、まだ子供ともいえる彼に心の中で頼るしかない自分が居る。
だが、遠くにあった影の正体が分かってしまえば、その胸中に浮かぶのは焦り。
少年よりも何倍も大きなその巨体、異様な風貌。
そして何より、纏った血の匂いとその雰囲気。
恐らく、先ほど広場で交戦した2人よりも―――――
大男の拳が、少年の頭へと振り下ろされる。
だが、
「・・・あの子ッ」
自分の頭より大きな右拳が、まるで見えない自分から向きを変えたかのように受け流されていく。
学生とは思えない・・・いや、今の個性社会で力任せになりやすいそこらのヒーローにも決して出来はしない技術による技。
いったい、どうやってあそこまでの技術を身に着けたのか。
だが、残ったもう片腕が再び振るのを見ればそんな考えも吹き飛ぶ。
一度出来た事が、二度出来るとは限らないのだから。
「―――――ネホヒャンッ!!!」
奇声をあげながら、振るわれた拳に対して――――少年は、自らの拳を真っ直ぐに打ち返していた。
辺りに響くのは空気が破裂した様な音と、液体が地面に落ちた湿った音。
「ッ・・・ぁぁっ」
間に合わない。
小さく声を漏らす彼の右手が、赤く染まっていく。
大男が握っていた砕けた万力が、彼の手を潰したのだ。
血によって染まった彼の手が、動く。
彼の体ではなく、大男の方へ――――
彼の腕に、白い線のような何かが浮き上がる。
赤く・・・紅く染まってその二の腕が、大男の腕を押し返していく。
「――――テメェの想いも捨てさせられた拳なんざ、軽いに決まってるよなぁ」
異音が弾ける。
金の雷が飛び散る音と、骨が折れていく生々しい音――――。
「倒れたダチのために握った虎の姐さんの拳の方が、何倍もゴールデンだったぜッ!!」
重さに耐え切れなかった大男の拳が跳ね――――その胸元へ、勢いを止めず男から見れば小さな拳が突き刺さる。
弾ける雷。
金の光が膨れ上がり視界が一瞬真っ白に染まった。
それでも、ようやくたどり着いた。
彼が作ってくれた時間が、こうしてラグドールの体に触れる時間になった。
ゆっくりと静まっていく光に、目をなんとか開ける。
そこに立っていたのは、さっきまでの大人びた顔よりは少し幼さが残る・・・しかし、頼りになる男の横顔を見せる少年の姿。
「・・・良い子だね。イレイザー・・・あんたの生徒は」
強さだけじゃない、大切な事を学び続けるヒーローの卵の姿がそこにあった。
「ラグドールは、すぐに命に関わる訳じゃ無さそう。今の内に・・・って訳には、いかなそうね」
「・・・奴は恐らくまだ動けるだろうよ」
紅く姿を変えた右手を開閉しながら、吹き飛ばした先を見据える。
幾つもの木をなぎ倒しながら吹き飛んでいった筈だけど、今も動き続けるような、もがく様な音が鋭敏な耳に届く。
そして、もう一つ。
「ごめんなさい。少し、我がままを許してくれねぇか」
聞こえるんだ。
大切な、彼女の声と何かが砕けるような音が。
背後でラグドールさんの状態を確かめるマンダレイを振り返り、その瞳を見つめる。
ラグドールさんにだって無理をさせてしまうかもしれない。
でも、僕は。
「今さらよ。助けてもらってばかりだもの、私にも手伝わせてくれるなら構わないわ」
少し、悔しそうな顔のマンダレイさんが頷いてくれた。
申し訳ない。
だけどそれを押してでも―――
マンダレイさんに作戦を伝えるのと、脳無が姿を現すのはほぼ同時だった。
「―――――
種火へと、星が降る。
身に纏っていた体操着は黒いスーツへと姿を変え、その背中に縫い付けられたかのように赤い外套が羽織られる。
紅く変わったままの右手に、青い光が集まればどこか色あせたポークパイハットが姿を現す。
それを頭へと乗せ、大きく息をつく。
以前聞いた、キャパシティの許容量。
ならば、すべて20%であれば体に宿せるのではないか、そう考えていたけれど上手くいって良かった。
(『――――よくなくてよ!』)
脳内に、焦ったような小さな女の子の声が届く。
今まで聞いたことが無い声だけど、マンダレイの念話じゃないだろうし座の人だろうか。
(『あなたっ、なんて無茶するの!英霊の霊基の融合ですって!?破裂するわっ、あなたの制御を少しでも外れた瞬間に木っ端みじんに体が無くなっちゃう、そんなのダメなんだから!早く止めなさ――――』)(『――――退け。新たな戦術を生み出す為に犠牲が無いなど、その方が有り得んだろうに。良いか小僧、もって5分だ。我が直々に接続の調律をしてやろう』)
起き上がった脳無が、迫ってくる。
脳内で、尊大な口調で話す誰かの声が本当なら残り時間はあまりに少ない。
信じるか、信じないか。
(――――お願いしますッ)
そんなこと、考えるまでも無かった。
(『待ちなさい!わたしも手伝うからっ、待って!そんな急に手を付ける前に解析をちゃんとしなさいっ』『要らぬ。所詮は魔術師ごときの真似ごと、その過程・・・手段程度が我に見通せぬわけがなかろう』)
「
左手に生み出した巨大な洋弓。右手には、自分の腕よりも大きな鋼鉄の矢を作り出す。
本来なら持つことも難しいそれを、紅い右腕は簡単に持ち上げてしまう。
先端を潰されたそれを弓につがえ、弦を引き絞る。
眼前に、奴が迫る。
すでに数メートル。
でも、まだ引きつける。
その息が聞こえるまで、ギリギリまで引きつけて。
「マンダレイッ!」
声を張ると同時に、右手を放す。
腕を振るえば届くほどの距離に迫った脳無の動きが、止まる。
指示通り、マンダレイによって大音量の声がテレパスによって脳内に流れているのだろう。
その隙を、矢が打ち抜く。
「ネホヒャンッ!?」
上空へ打ち上げるように、斜めに打ち出された矢は脳無の胴体へ直撃し――――上空へと運んでいく。
横にされていたラグドールさんの体を抱えて・・・背中に、マンダレイさんが抱き着いた重さを感じる。
時間が無い、その中でできる事を。
体を、銀の光が包む。
地を蹴れば、足から放たれる力が体を宙へと浮き上がらせる。
あっという間に木々を飛び越し、視界に入るのは薄明りの中で動く大きな影と――――その足元に居る大切なあの人達の姿。
(――――ッ!落ち、着け・・・!あれは)
強化された目が、影の中に埋もれたクラスメイト――――常闇君の姿を拾う。
なら、あれは黒影なのだろうか。
なら、やることは。
イメージする。
体に宿る霊基から、光を・・・雷を打ち出すために最も適した形を。
(『贋作者。そして、過去の幻影から力を借りる模倣者である貴様に価値は無い。だが、人類史に於いて初めて生み出したその戦術には、我も幾ばくかの興味を惹かれはした』)
「――――偽・
右手から空気中に溢れ出した雷が、金色に輝く矢を形作る。
斧のような先端に、カートリッジのようなものが2つ付いているそれを弓に番え―――――それを、空から落ちてくる脳無へと向ける。
「――――ネホ・・・ッ、ネホヒャンッ!!」
ふざけたような声を出しながら、その背中から何かが生え始める。
現れたのは、4本の新しい腕とそれぞれに埋め込まれた巨大なチェーンソーやドリルといった工具の姿。
それを、盾にする様に構え――――
手の中で、金の輝きが弾ける。
迷いなく、放たれた矢は一条の金の光の筋を残しながら夜の闇を駆けていく。
1秒と待たず、脳無と接触した矢は
「・・・本当に、どんな個性なのよ」
まるで障害にも値しないとばかりに、その鋼鉄の武器ごと腕を粉砕し突き進む。
人形のように力を失った脳無の体を運びながら、矢は―――黒影の体へと着弾し
弾ける閃光。
黒影の巨体が揺れ、縮んでいくのも確認せず僕は跳ぶ。
少しでも、早く彼女達の無事が知りたくて、会いたくて。
木々から跳び降りて、ラグドールさんやマンダレイさんに負担をかけない様に気をつけながら、それでも焦りながらやっとかっちゃんの前に跳び降りて――――
「―――――メルセデスッ、メルセデスさん!!」
麗日さんも無事だっ、かっちゃんは!
着地と同時に、その姿を確かめる。
切り裂かれた体操着の中に見える、健康的に焼けた肌とか意外に可愛いピンクのフリルの付いた上下の下着。
それに一瞬、目が奪われ。
傷だらけの体に、すぐに別の意味で心臓が跳ねる。
無事なのか、そう声をかけたくて・・せめて無事を確かめるために手を伸ばして。
「オイ、クソデク・・・テメェ、俺達が戦ってる間ナニしてやがった・・・?」
大きな舌打ちと、低い声。
幼馴染だからこそ分かる、怒った・・・ちょっと悲しそうなかっちゃんの姿に思わず手が止まる。
(な・・・・なんでさ)
最近、少し気になっている幼馴染みとの距離感に思わず胸の中でそんな声が漏れた。
ヤンデレインパクト後-デク視点-
僕の腕の中で、轟さんが泣いていた。
普段は冷静な彼女が、声を押し殺して僕の胸に顔を押し付けて肩を震わせている。
ずっと、自分自身の生まれに苦しんで、それでも折れずに耐えてきた心の強い彼女がここまで泣くなんてきっとよほど恐ろしい事があったんだろう。
「・・・イズクは、ワタシが恐いか?・・・傍にいたら、迷惑だろうか?」
不意に、胸元からそんな声が聞こえた。
しゃくり上げるように、途切れ途切れで・・・微かな声。
今ここで、何があったのか僕は分からなくて一瞬言葉に詰まってしまう。
正しい答えを、返してあげたくて・・・でもそんな言葉なんてない事に気付く。
彼女は、僕がどう思っているのかそれが聞きたいのだろうから。
震えるその、赤と白の綺麗な髪に手を乗せて、安心させる様にゆっくりと撫でる。
ビクリと一瞬震える体に、ダメだったかと手を放しかけて―――すり寄る様に、さらに体を近付けてくる轟さんに僕の心臓がドキリと音を立てて跳ねる。
赤くなりそうな顔を振り、気持ちを落ち着けて・・思ったことを伝えようと気持ちを固める。
「ごめんね。轟さんが何に悩んでるのか、僕は分からない」
今はそれが本当で、だからこそ適当に話を合わせるなんてことしたくは無いんだ。
でも――――
「でも、僕は君のヒーローになるって誓ったんだ。そばで見ててもらわなくちゃ困るよ。・・・だから僕はずっと・・・轟さんに傍に居てほしい」
あの日言った言葉は本当で、僕にとって大事な決意の時だったんだ。
僕は何があっても、誰が敵でも、轟さんのヒーローになる。
冷静で、少し気持ちの動きが分かりにくいけど・・・本当は誰よりも気持ちが行動に表れてて、繊細で友達想いで優しい彼女のヒーローに。
「・・・ずっと、か」
腕の中で、彼女の体が動く。
確認するように呟かれた声は少し小さくて、少し恥ずかしい台詞だったかと冷えたはずの頬がまた熱くなって。
抱き着く力が、少し強くなった。
離れないと訴えるような、その華奢な腕に守ってあげたいという気持ちが溢れてくる。
勇気を振り絞って・・・ちょっと気になる女の子の小さな背中を、応えるように抱きしめ返した。
「梅雨ちゃんっ!どうしようっ、ラブだよ、ラブコメだよ!」
「ラブコメね。でも、お茶子ちゃん・・・今は爆豪ちゃんを押さえるの手伝ってもらっていいかしら?」