開店まではまだまだ時間が掛かりそうですが
とは言え祭は準備をしているときが一番楽しい派なので、ここが一番書きたいところでもあります
しばしお付き合いいただければ幸いです
第6話 下準備開始
ナザリック地下大墳墓第九階層にあるアインズの自室、その中にアインズとアルベドの姿があった。
現在モモンが王都にいるということになっているためその間に久しぶりに自室に戻ることにし、つい先ほどまでベッドに転がって疲れ果てた頭を休めていたのだがアルベド来訪の知らせを聞き、執務室として使っている部屋に移動したのだった。
「それでアルベド。なにか報告か?」
いつもの長い賛美を込めた挨拶の後、アインズが尋ねる。
「はい。セバスとデミウルゴスからの報告で八本指の制圧に成功したとのことです」
「そうか。流石に早いな」
娼館襲撃の際、トップに近しいどころか、トップの一人を無傷のまま捕らえたのだから当然と言えば当然だが、多少肩すかしを食らった気分だ。
「現在ナザリック内で教育を行い、ナザリックへの忠誠を植え付けている最中です。そう時間もかからず、奴らはナザリックのために働く奴隷となるかと」
「うむ。これで我々の邪魔をする組織は消えた、早速王国内に商会を開く下準備を始めるとするか」
アインズの宣言にアルベドは少しだけ拗ねたように視線を逸らした。
完璧な美貌はそんな表情でも美しく見えるのだから美人は得という言葉にも納得がいく。
「夫の留守を守るのが良き妻の役目。とは言え、こうもアインズ様がお出かけばかりでは、私といる時間が殆どありません。ナーベラルはまだしも、今度はソリュシャンまで」
(色々と突っ込みどころはあるが、そこを指摘していては話が進まない。というかなんでナーベラルは良いんだろう。二人は仲が良かったかな?)
NPCの設定や、かつての仲間達同士の関係性によってNPC同士でも仲が良い者や反りが合わない者もいる。アルベドとナーベラル、二人の制作者を思い出すが特別仲が良いイメージは無いためアインズは首を捻った。
「仕方あるまい。これは王国への強い影響力を得るために必要なこと。私自らが指揮を執る必要がある」
「それは納得出来ますが……でしたら私もお連れいただければ」
結局のところアルベドの言いたいことはこれなのだろう。
24時間365日お傍を離れたくありません! と力強く語っていたことを思い返す。
その時はデミウルゴスが何かを吹き込んで納得させていたのだが、今回もというわけにはいかないだろう。
考えてみると、他の者達はあれこれと外に出てナザリックのために働いているというのに、アルベドは基本的にナザリックから外に出ることがない。
勿論理由もある。
ナザリックの運営は彼女にしか任せられない大役だからだ。
本来はアインズ本人が行うべきものなのだが、当然アインズにそんなことが出来るはずもない。
だからアインズが外に出るから代わりにという名目でアルベドに押しつけているのだ。
それを悪いとも思っているが、かと言って代案があるわけでもない。
彼女以外の守護者達が成長し、ナザリックの運営を手伝えるようになれば良いのだが、現状ではそれも時間がかかりそうだ。
せめてデミウルゴスに多数押しつけている仕事を他の者達に割り振れるようになれば。
「アルベド。お前にナザリックを離れて貰うわけにはいかん。お前にばかり負担をかけて済まないとは思っているが──」
「そのような! 申し訳ございません、わがままを言ってしまいました。最近アインズ様がずっと外に出てばかりでしたので、少し寂しさを感じて」
確かにここ暫くアインズはようやく成れたアマダンタイト級冒険者としての場数を踏むべく多数の仕事を受けていたせいでナザリックに帰還する回数が減っていた。
「いや、うむ。そうだな」
何を言うべきなのか、恋愛経験のないアインズは良い言葉が思い浮かばず口ごもる。
「お前には感謝している。今回の件が片づいたら私も少しは時間が取れるだろう。その時は仕事を抜きにしてどこかに行くか? 以前告げた褒美も兼ねてな」
恐る恐る、口を開く。
昔見たドラマか何かのセリフでこんなものがあった、仕事を抜きにしてというところが重要らしい。
その意味では褒美と付けたのは余計だったかもしれないと言ってから思うが、一度口にした言葉を撤回は出来ない。
「っ!!」
ビクンとアルベドの翼が反応する。
そのまま俯いていた顔が持ち上がり、爛々と輝く瞳がアインズを捉えた。
「そ、そそそれは二人きりで、ということでしょうか!」
「う、うむ。まぁそうだな」
守護者みんなでと言いたいところだがそんなことを言えばどうなるか、想像したくもない。
「アインズ様と、二人きりで、デート。デート……くふー!」
翼をバタつかせ、そのまま天井に向かって飛び立ちかねないので、アインズは大きく咳をする振りをしてそれを留めた。
「あっ。申し訳ございません。私としたことが」
「いや、うん。ともかくそのためにも今は商会を成功させることを考えよう」
「そうですね。私とアインズ様の未来のためにも! 是非! 是非! 成功させましょう」
(早まったかもしれない)
「う、うむ。では早速商会で売る品物を決めるとするか、とりあえずナザリックの技術で生産可能で人間達が喜ぶ物を主力商品とするのが良いのだが」
何か一つでも主力商品があるというのが重要だ。
特に他では手に入らない物がいいが、プレイヤーの存在も考えるとユグドラシルにしか無い物はマズイだろう。
「やはり、武具が適当ではないかと」
瞬時に冷静さを取り戻したアルベドが提案する。
「武具か、それならば鍛冶長にこの世界の鉱物を加工させれば造れるな」
「はい。加えて冒険者の頂点であるモモン様が使用している武具の生産者となればそれだけで宣伝となります。利幅も大きく利点は多いかと」
素晴らしい、良いこと尽くめだ。と言いたいところではあるが、アルベドの口調は少し硬くまだ何か言いたいのだと分かる。
アインズは顎先に手を持っていきアルベドを見る。
「では問題点は?」
「はい。やはり武具は一般に流通しづらいことかと。冒険者たちには良く売れるでしょうが王国内の冒険者は三千人ほど、いくら安く生産出来ると言っても銅や鉄、金プレートの冒険者まで買えるようにしては利益が出ません。そうなると白金以上にしか売ることが出来ません」
「全員買ったとしても六百人ほど、しかも武具はそうそう買い直すものでないとすると、一度売れたらその後が続かないか」
白金クラスの冒険者の数は以前、シャルティアの事件の際にエ・ランテルの冒険者組合の組合長から聞いていた。
冒険者は装備品一つを買うか買わないかで命に関わるため金のある冒険者は装備品に金を惜しまないことは知っている。
おそらくモモンが使っているレベルの武具が安く手に入ると言えば挙って買いに来るだろう。
ただしそれは一度切り。
後は破損するまで買いに来ない。これでは王国の経済を手中に収めるなどということは出来ないだろう。
「やはり一般の国民も買えるモノが必要だな。第六層の果樹園や畑はどうなっている?」
以前ナザリックの支配下に入ったドライアードに命じ第六層にリンゴの樹を植え育てさせていたはずだ。
アインズは食べることが出来ないので味の善し悪しは分からないが、あれもこの世界にもある物には違いない。
「申し訳ございません。未だ味の方はナザリックに保管されている品にはほど遠く、人間達が作っている物と比べても大差ありません。また数も王国内に広く流通させるほどの量は確保出来ておりませんので」
「まあ、仕方ない。結局のところ果樹園にしろ畑にしろ数を揃えるには、広い敷地がなければどうにもならんからな、いずれ外の世界にも土地を持てればその時に改めて考えよう」
これは元々ダメ元というか、もし味が良ければ高級品として売りに出すことを考えた程度だ。
アインズの考える国民に広く売れる商品にはほど遠い。
「
これもまた広く売るのでは無く、少数相手の商売になってしまうが仕方ない。
先ずは商品の種類を揃えるところから始めよう。
王都の魔術師組合でセバスがいくつかスクロールを購入していたが、どれも金貨を必要とし一般としてはかなり高級品だったはず。
それでも込められた魔法は一位階や二位階のものが多い。
三位階の魔法などこの世界ではそうホイホイ使えるものでは無いのだから。
そう思ってのアインズの提案だったがアルベドはおやとどこか不思議そうな顔をしつつ小さく柳眉を寄せた。
「恐れながらデミウルゴスが持ち込んだ皮では何の皮なのか知られた際に大きな問題となるでしょう」
「そうか。そうだったな、失念していた。あれを使っていると人間に知られるわけにはいかないか」
デミウルゴスが聖王国の牧場で育てているのは
人間にとってモンスターは恐ろしい敵なのだから、いつ暴れ出したらと疑われてしまうだろう。
それに
それをどうやってここまで運んでいるのかという問題にも繋がり兼ねない。
アルベドはそれを心配していたのだろう。
「ですが
デミウルゴスの牧場の皮を使用しても未だ第三位階までの魔法しか込められないと聞いている。
それに対し人間達が売買している
「しかしあそこで働くには組合員になる必要がある。ナザリックの者を送り込むのは些か心配だな」
ナザリックには人間が一人しかおらず、また彼女を送り出すわけにはいかないから、仮に魔術師組合に人材を派遣するにしても人間以外ということになり、正体が露見する危険性がある。
人間に化ける魔法やアイテムもあるが、この世界にはタレントや武技と言った固有の能力が存在する。
それらを使用して正体を見破られる可能性もあるのだ。
「確かにそうですね。そこまで思い至らず、己の浅慮を恥るばかりです」
「よせ。この手のアイデアを出す作業は数をこなすことが重要だ。例え問題点に自分で気づいていたとしても、あえて口にする。もしかしたら相手はその問題点を解決する術を思いつくかもしれない。それが重要なのだ」
アインズの言葉にアルベドはハッと一瞬何かに気づいたような表情を見せたが、直ぐに頭を下げた。
「承知いたしました。私もアインズ様を見習いそのように致します」
アインズは、うむ。といつものように威厳を示しつつ頷き、その瞬間あることを閃いた。
「そこで思いついたのだが、ナザリックの者達からアイデアを募ろう。中には使えるものもあるかもしれん。全員となると数が多すぎるから、よし。第四、第八、そして第七階層を除く守護者各員と、プレアデスに一般メイド達を中心に本日中に知らせ二、三日後に全てのアイデアを私の元まで届けさせよ。公平を期すため無記名で募集し、それをアルベドと直接商会の運営に関わるセバス、ソリュシャンの三名で精査し、見込みのあるものを私の元まで持ってくること。私はその間にパンドラズ・アクターとの入れ替わりに違和感が無いかを実験することとしよう」
アインズが先ほど提案したアイデアをアルベドはいとも簡単に問題点を指摘してきた。
これをあまりに繰り返し続けると、アインズが本当は無能なのではないか、と疑われる気がしたのだ。
考えてみれば先ほど問題点を指摘した時も、どこか不思議そうだったのはそのためだろう。何故この程度のことに気づかないのだろうと思ったに違いない。
そんな意図はなかったのだが、結果として先ほどの問題点を知りつつ話し合うことの重要性についての発言がちょうど良い言い訳になったし、アルベドもそれで納得したようだが、あまり繰り返すのは危険だ。
「畏まりました。デミウルゴスも除外ですか?」
「うむ、デミウルゴスには少々仕事を割り振りすぎた、何より今回は守護者達の成長を見るために行う。デミウルゴスが居ては気後れもしよう。同様の理由でアルベドも今回はアイデアの精査のみに努めよ」
「畏まりました。ですが例えば提出されたアイデアを私の方で問題点を指摘し、訂正した上でアインズ様にお出ししても問題はありませんか?」
「ああ、もちろん。ただしその場合元のアイデア、つまりは問題点を残したままのものと一緒に提出せよ」
これにも狙いはある。
アインズとしてはアイデア。と言うか思いつき程度のものはいくつかある。それを無記名ということを利用し、ナザリックの一員のフリをして提出しようと考えたのだ。
どんな問題点があるか、それをアルベド達がどう改良したのかを知れば今後の役に立つだろう。
「承知いたしました」
「うむ。では早速取りかかれ。あまり時間はないからな」
挨拶をした後、アルベドが部屋を後にする。
再び一人になり、本来なら再びベッドにでも寝転がって休憩をとりたいところだが、セバスたちが八本指を制圧したのならば商会の方も手早く進めなくてはならない。
そのためにもアインズはフゥと重い息を吐きながら、次なる仕事に取りかかることとした。
もっとも気が重く、意図的に後回しにしていたものだが、覚悟を決めなくては。
「<
通信先から、姿勢を正し敬礼をしているような足音と気配を感じながら、アインズは再び重い息を吐いた。
・
主人の部屋を後にしたアルベドは自分の足取りが軽くなっていることに気がついた。
主人には気づかれなかっただろうか。と一瞬心配になったが、直ぐに思い直す。
叡知に溢れる我が主人であれば直ぐに気がついたに違いない。その上でそれを指摘しなかったという事は、そのように浮かれた自分を認めてくれたという事だ。いや、もしかしたら可愛い奴だと思ってくれたかもしれない。
「くふふ。これは大きなリード。いえ、もう勝ったと言っても良いんじゃないかしら」
正妻の座を争うライバルの姿を思い浮かべ、アルベドは頬を緩ませる。
「毎回毎回、アインズ様の椅子になれたことを自慢して」
本来あれは心優しき主人が失態を犯したシャルティアに対して下した罰なのだが、あの娘にとって、いやナザリックのあらゆる者達にとってあれはご褒美に他ならない。
ここのところ、シャルティアは会う度にその時のことを語ってくるのだ。
主人の重み、体に伝わる感触や温度を聞いてもいないのに事細かに。
とは言え彼女も単に自慢したいのではなく──もちろんそれもあるだろうが──結局罰らしい罰を与えられなかったことを悔やんでいるらしく、しかし主人が罰とした以上、別の罰をと言い出すことも出来ず落ち込んでいた。
その時のシャルティアの表情を思い出し、アルベドは小さく息を吐く。
「まずシャルティアに教えてあげようかしら」
主人が出した命令を思い出す。
人間達が欲する商品開発、シャルティアにそんな発案が出来るとは思えないが多少はフォローしてやっても良い。
これはシャルティアのためというより主のためだ、落ち込んだままではまた別の失態を犯すかも知れない。それでは慈愛に溢れる主が気にしてしまうだろう。
結局のところ失態はそれ以上の成果で償うほか無い。
そのチャンスくらいは与えても問題はないだろう。
行き先を変更し、アルベドはシャルティアに<
「<
ナザリックの内政を殆ど任されているアルベドには今シャルティアが特に主人から仕事を任されていないことは知っていたが、一応尋ねる。
『アルベド? 何の用でありんすかぇ?』
声は普段通りだが、やはりどこか覇気がない。
「仕事よ。アインズ様からのご命令」
『……なんでアルベドが言ってくるんでありんすか?』
声が一気に下がる。
基本的に主人は命令を下す際、自分で本人に<
今回間にアルベドが入ったことでシャルティアは自分が主人にないがしろにされているように感じたのかも知れない。
「別に貴女だけじゃないのよ。守護者全員とプレアデス、一般メイド達にも通達が下ったのよ。私はそれを伝えているだけ」
『そ、そうでありんすか。それで! アインズ様はなんと! あの時の失態を償い、シャルティア・ブラッドフォールンの有益さを示すチャンス! 逃すわけには』
ビリビリと響くような強い声には確固たる決意と意志が込められていたが、同時に何となく今回も空回りに終わりそうな予感があった。
「ナザリックの技術で作れて人間達が喜ぶ商品のアイデアよ」
淡々と告げた後、暫く間が開いた。
『え?』
小さな呟きに対し、アルベドは再び同じ事を告げる。
「ナザリックの技術で作れて人間達が喜ぶ商品のアイデアよ」
『え?』
かえってきたのは再び同じ答えだった。
今回はアルベド回、商品開発に向けての準備回なのでやや短めになりました
次はシャルティアを中心とした話になる予定です