王都に到着したアインズとナーベラルは、事前に<
大きな館は二人──現在は三人らしいが──で生活するには過剰な大きさだったが、大商人の息女というソリュシャンの設定上仕方ないのかもしれない。
(でもここの家賃すごい高いんだよなぁ。もう少し小さいところでも良かったんじゃないだろうか)
金欠の一因とも言える館を前にアインズが思い耽っている間にナーベラルが扉に手を伸ばし、玄関ノッカーを鳴らす。
僅かな間の後、開かれた扉の先でセバスがこちらに向かって頭を下げていた。
ソリュシャンは少し離れたところに立ち、小さく頭を下げるというよりは小首をかしげるような礼を取っている。
ナザリックでは決して見ることのできない態度だが、わがまま令嬢がアダマンタイト冒険者相手とはいえ、深く礼をするのは不自然だと考えたのだろう。
その態度にアインズはちょっとした新鮮味を覚えた。
「お待ちしておりました。モモン様、ナーベ様」
セバスが礼を取りながら言う。
部下であるナーベラルに対しても様付けしているのは冒険者漆黒として出迎えるように告げていたからだろう。
セバスも、そして上司に様付けで呼ばれたナーベラルも特に反応を示さないのは流石と言うべきか。
この場で余計な話をするわけにもいかず、アインズは無言で頷くと、ナーベラルの後に続いて館の中に入り込む。
玄関の扉が閉まり、シンとした静寂が館の中を支配する。と同時にアインズは魔法で作り上げた鎧を解いて、冒険者モモンからアインズの姿に戻る。
それに合わせるようにナーベラルとソリュシャンも、それぞれ冒険者と金持ちお嬢様の格好を脱ぎ捨てプレアデスのメイド服へと姿を変えた。
「改めまして。お待ちしておりましたアインズ様」
「うむ。セバスもソリュシャンも久しぶりだな。元気でやっていたか?」
「はっ。お陰様で。ですが今回は私の不始末でアインズ様にお手間を取らせてしまい、謝罪のしようもございません」
「その話は後でよい。では行くぞ、案内せよ」
横柄に手を振って言葉を遮らせたアインズに従ってセバスが歩き出す。アインズがその後に続き、ナーベラルとソリュシャンはアインズの後ろに着いて歩き出した。
応接室だという部屋に案内され、中を覗くと何やら見覚えのある調度品や、豪華な椅子やテーブルなどが並んでいた。
「ナザリックから持ち込んだものか」
「はっ。アインズ様を迎えるにはこの館はあまりに粗末でしたので」
「そうか。まあいい」
床に大理石の石材を置き、一段高くなった場所に置かれた玉座に座ると三人がアインズの前に跪く。
「三人とも、面を上げよ」
三人が同時に顔を上げる。
「先ずは王都での情報収集に関してだが、問題はあるか?」
「いえ。情報収集に関しては何ら問題はございません。こちらの世界にしか存在しない魔法に関しましても粗方
「うむ。この世界ではユグドラシルと異なり新たな魔法の開発ができるというのは驚きだ。その魔法が我々でも使えるのか、あるいは開発も可能なのかについても今後実験せねばなるまい。ちなみに実際に生活してみて王都はどうだ。我々はともかく人間たちにとって暮らしやすい場所か?」
次なる質問にセバスは僅かに間を空けた。
「他の都市を私はエ・ランテル以外には存じませんが、あの都市に比べ王都は光も闇も色濃く感じます」
「ふむ。光とは発展具合や生活水準、娯楽施設などか。では闇というのが例のあれか」
あれと口にしたところでセバスの体が僅かに震える。
完璧な執事として創造されたセバスにしては珍しいその動揺に他の二人が反応する。
僅かだがセバスを責めるような視線だ。
思えばコキュートスも
彼らにとってアインズの命を完璧に実行できないのはそれほどの罪深いことなのだろう。
それもまたナザリックに対する忠誠心の高さ故のことだとアインズは目に見える問題が起きない限りは黙認することにした。
アインズもまたいつ失敗を犯すかわからない以上、取り返しのつく失敗には多少寛容になってもらいたいのが本音なのだが。
「私が保護した人間、ツアレが居た場所もその一つです。王都だけではなく王国内の様々な場所に八本指と呼ばれる裏社会を牛耳る犯罪組織の影があります。王国内部にも深いコネクションを持ち、現状誰も手出しができない状況のようです」
「そんな者どもの息が掛かった娼館から商品を持ち出して問題にはならなかったのか?」
ここがアインズとしてはもっとも気になるところだ。
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たとえ商品の女一人とはいえ勝手に連れ出して問題にならないはずがないと踏んでいた。
「私がツアレを連れ出したことを知っているのは下っ端の男一人だけです。その男には金を握らせ冒険者でも雇って逃げるように指示を出しましたので、問題はないかと思います」
(いや、それはどうだろう。金握らせたって言っても相手は裏社会の人間だ、商品の女と下っ端が同時に居なくなれば調べるはず。そして不自然な金を持つ男なんてすぐ見つかるはずだ)
ナザリック外のことを殆ど知らず、また自分の力量に絶対の自信を持っているせいなのだろう。
ナザリックの者たちはやや短慮なところがある。
これも経験不足から来るものだが仕方ないとばかりも言っていられない。結果として先のシャルティアやコキュートスのようなことが起きている。これまでは何とか皆無事に──シャルティアに関しては無事とは言い難いが──問題が解決できているが、かつての仲間が創造したNPCたちに何かあれば皆に顔向けができない。
故にアインズは厳しい口調を作りセバスを咎めた。
「それは早計だなセバス。私の考えでは恐らく既にお前のこともそのツアレとかいう娘のことも知られていると見て間違いないだろう。近いうちに何らかの行動を取るはずだ」
セバスが目を見開き、残る二人の目つきが鋭くなる。更にアインズに迷惑をかけることになったセバスを責めているようだ。
「私が浅慮でした。申し訳──」
「よい。話の度に謝られても面倒だ。謝罪も反省も全て終わってからにせよ。ではセバス、それにソリュシャンにも聞こう。実際にその娼館の者が来た場合、どう対応するのが正しいと思う?」
アインズの問いに二人は沈黙する。
その間も必死に頭を働かせているようだが、それはアインズもまた同様だった。
(実際来るよな。どうすればいいんだろう。二人が良いアイデアを出してくれれば良いが、浮かばなかったら絶対に俺に聞いてくるよなぁ。何か考えなくては。この世界のレベルは大体把握した、どうせ違法な娼館なら問答無用で叩き潰してもいいのか? いやしかし八本指とかいうのと本格的に敵対することになるのはマズいのか? デミウルゴスが居ればなぁ。いつもの方法で知恵を借りれるんだが)
必死で考え続けるアインズにセバスはゆっくりと首を振る。
その後顔を持ち上げたセバスにしては珍しく、縋るような弱々しい視線をアインズに向けた。
「私ではすぐには思いつくことができません……」
口を開きかけてセバスは唇を真一文字に結び直す。謝罪の言葉を口にしかけたがアインズの先ほどの命令を思い出したのだろう。
「そうか。ソリュシャンは?」
「私といたしましては、あれを消して居なかったことにするのが最善かと愚考いたします。私の中に入れて溶かしてしまえば探しても見つかりません。証拠がなければ表だって動くことはできないでしょう。私が一番気に掛かるのは八本指という組織が表側、つまりは貴族や官僚などとも繋がりがあるという点です」
「ほう。詳しく説明せよ」
「はい。セバス様の行動はつまり下っ端に金を握らせ娼館の女を買ったとも取れる行動です。であるなら強引ではありますが、人身売買と言い出すことも可能ということです。王国では法律でそれが禁じられております。まして表側の権力と繋がる八本指ならばそう指示させることもできるでしょう。そうなればセバス様の行動を罪に問うことも可能かと」
ソリュシャンの説明にセバスの体が強張る。
(なるほどなぁ。裏の組織なら最悪武力で叩き潰せば済むけど、表の権力を使われたらどうしようもないってことか。ソリュシャンもやるな、よく考えているじゃないか。そんな危険性を分かっているなら事前に知らせて欲しかったが)
「その通りだソリュシャン。お前の考えは私も懸念していた」
「流石は至高の御方。私などの考えは既に想定済みだったのですね」
「う、うむ。では重ねて問おう。仮にその人間を始末したとして、調べにきた役人は諦めると思うか?」
「いえ。ですが時間は稼げるかと。無理に捕まえることなどできないでしょう。証拠をでっち上げるにも多少の時間は必要です。その間に娼館だけでなく、八本指の頭そのものを掌握する必要があるかと」
確かに。と再度アインズはソリュシャンの考えを聞いて納得する。
たとえどんな組織でも頭を掌握すればそれで終わりだ。
ナザリックの力ならば、捕らえて殺すことも、洗脳し自由に操ることも意のままだ。
「素晴らしい考えだソリュシャン。よくぞその考えにたどり着いた」
「ありがとうございます。アインズ様」
「あ、アインズ様。ではやはりツアレは始末を」
セバスの震えた声にアインズは無言で首を横に振る。
「その必要はない。それの使い道は既に考えてある。何も殺す必要はないだろう。一応館の中を調べられる可能性を考慮し、ナザリックのどこかに運んでおけ」
「栄光あるナザリックに、
ナーベラルが久しぶりに口を開く。その声には不満がありありと浮かんでいる。
「既に死体という形で幾らでも運んでいるではないか。生きているか死んでいるかなど大した違いではない。ようはナザリックの役に立つかどうかだ。そしてその人間には使い道がある。それだけだ」
「畏まりました。アインズ様のお言葉に口を挟んでしまった愚かなこの身をお許し下さい」
「よいナーベラル。お前の気持ちも分かる。ならばアウラの造ったログハウスに運べ。この地で造った場所ならば問題あるまい」
「はっ! 私ごときの意見に耳を貸していただきありがとうございます」
よいと言うように手を振り、アインズは改めてセバスを見る。
「では纏めよう。先ずセバスが保護した女はここより移動させ、セバスとソリュシャンはこの館にて待機。娼館の人間が来た場合、役人や軍の者など表の組織の者が一緒であればシラを切れ。その際多少強く出ても構わん。娼館の者、あるいは八本指の者だけで来た場合はこの場で捕縛し、ニューロニストのもとまで運び八本指に関する情報を取れ。その場合は八本指とは完全に敵対関係になるため二人とも一度ナザリックに帰還せよ」
「はっ! 畏まりました」
「うむ。では話は以上だナーベラル。ナザリックに<
「はっ。輸送は誰に頼めばよろしいでしょうか?」
少し考え、アインズは言う。
「シャルティアに頼め。今は特に任を与えていないはずだ。ソリュシャンはナーベラルをその女のところに案内し、その後ここに戻れ」
本来階層守護者であるシャルティアを輸送便扱いするのは気が引けるのだが、未だシャルティアは例の失敗を気にしている様子だ。
何か仕事をさせていた方が気が紛れるだろう。
「畏まりました。ではアインズ様、失礼いたします」
ナーベラルとソリュシャンが連れだって部屋を後にする。
残されたのはセバスとアインズのみ。
しばしの沈黙の後、ずっと頭を伏せているセバスにアインズが話しかける。
「さてセバス、面を上げよ。改めてお前に言わねばならないことがある、分かるな?」
「ははっ。私の愚かな考えで勝手な行動をとり、あまつ報告もせずにいたこと。全ては私の不徳の致すところです」
「うむ。<
アインズの言葉の最中、扉がノックされる。アインズはセバスに手で合図を送るとセバスは小さく頭を下げ扉に移動した。
「アインズ様。ソリュシャンが戻りました」
「中に入れよ」
いちいちこんなやり取りをするのは時間の無駄な気がするが、どうも支配者とは常にこうした行動を取るものらしい。
そうしたやり取りの後、ソリュシャンとセバスが並んで礼を取る。
「ではソリュシャンも来たところで改めて二人に問おう。今回の件でお前たちの取った行動の問題点は分かるか?」
「愚かにも報告を怠ってしまったことかと」
「それだ! ソリュシャンお前もまたそうだ。それを知っていながら上司であるセバスの命を背くことを恐れ私に報告をしなかったな?」
「はい。愚かな判断をした私をお許し下さいアインズ様」
「アインズ様。ソリュシャンは何度となく私にアインズ様に報告を入れるよう進言をしてきました。それを聞き入れなかったのは全て私の判断。何とぞソリュシャンには寛大な措置を」
「信賞必罰は世の常。先だってシャルティアにも罰を下した。お前たちだけ見逃すことはできない」
話しながら考える。さて、どんな罰を下せばいいのか。
結局のところ二人とも報連相ができていなかったというだけの話であり、しかも一度それが問題になったのに二人にそのことを伝えなかったのはアインズ本人だ。
あまり重い罰を与えるわけにはいかない。
しかし何も無しというのはアルベドが良い顔はしないだろう。
シャルティアを許そうとした際、彼女がアインズの決定を遮ってまで言ったことなのだから。
となれば。
「本来王都での情報収集の任を終えナザリックに帰還した際、私はお前たちに報賞を与えるつもりでいた。今回の失敗の罪は与えるはずだった報賞を無効にすることによって打ち消すものとする。以上、異論は許さん」
きっぱりと言い放つ。
二人は短い沈黙を空けて時に頭を下げた。二人とも体が僅かに震えている。
「畏まりました。今後このようなことは二度と起こさないとここに誓い、アインズ様のお役に立てますよう精進いたします」
「もう二度とアインズ様にご迷惑をかけることがないよう努めさせていただきます」
深い謝罪とともに頭をさらに沈める二人に対し、アインズは大きく頷いた。
「では二人とも行動を開始せよ。私は一度ナザリックに帰還する。守護者たちに告げることがあるのでな」
「畏まりました。では、アインズ様がおっしゃられたように連中が参りましたら、先の対応を取らせていただきます」
「うむ。対応する際はセバスが表に立ち、ソリュシャンは適当な頃合いを見計らいその場を離脱、会話を聞きつつ
「承知いたしました」
尊大な態度でうむ。と一言告げて頷くと、アインズは<
次はナザリックでの話
原作でもよくあるみんなを集めて今後の方針を告げるシーン
この手のシーンはかなり好きです