オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前話の続き、いつもより早く完成しました
長くなったので後半を更に分けようかとも考えましたが開店まで早めに進めたいのでまとめて投稿することにします


第13話 初めての商談・実践編

 エ・ランテルで見た中では最も立派な館と言うのが取りあえずの感想だった。

 

 予定通りモモンの威光で問題なく検問所を抜けたアインズはセバス、そしてパンドラズ・アクターとナーベラルを伴ってこの館まで移動した。

 門前にいた者に来訪を告げると直ぐに館の入り口まで案内される。玄関の前に立っていた執事らしき老年の男が恭しくお辞儀をし扉を開けた。

 開かれた扉の奥から見覚えのある顔が現れ、アインズは気を引き締め直す。

 

「ようこそお出で下さいました。私が当家の主人、バルド・ロフーレです」

 先に挨拶をされてしまったが、ここは直ぐにアインズから何か言うべきなのだろうか、と思っていたところ、パンドラズ・アクターがすっと前に出てバルドに声をかける。

 

「この度はお誘いいただき感謝します。ロフーレ殿」

 

「おお、モモン殿。以前は時間が取れませんでしたからな。お招きすることが出来て良かった。それで……」

 にこにこと嬉しそうに──それが本心であるかは別にして──笑って言うバルドがチラリとアインズの方を見る。

 異様と言っていい嫉妬マスクを見ても驚きを見せないのは流石と言ったところか。

 今度こそアインズが声をかけるべきか。と一歩足を前に出しかけたところで、再度パンドラズ・アクターがバサリと大仰な仕草でマントを翻しながら後ろ、つまりはアインズの方を振り返った。

 

「ご紹介しましょう。私が昔からお世話になっている恩人、アインズ・ウール・ゴウン様です」

 その大げさな動きは止めろと言いたいところだが今は仕方ない。

 パンドラズ・アクターの導きにより、アインズはやっと足を進めバルドの前に立つことが出来た。

 

「初めましてロフーレ殿、私がシグマ商会、いや王国では名を変える事になりました。新たな店、魔導王の宝石箱の主、アインズ・ウール・ゴウン。この度はお招き感謝します」

 口調は丁寧だが頭を深く下げることはせず会釈程度に留める。尊大な態度だがこれも会議の中で決定したアインズのキャラ付けの一つである。

 

 礼儀を重んじることも必要だが、下手に出すぎては舐められる。そもそもアインズは永い時を魔法の研究に費やした魔法詠唱者(マジックキャスター)という設定だ。

 多少礼儀知らずの方がリアリティがあるだろう。

 とのことなのだが、アインズとしては初対面のそれもこれから仕事の付き合いが出来るかも知れない相手にこんな態度を取るのは胃が痛くなる思いだった。

 気にしないでくれると助かるのだが。

 

「初めまして、ゴウン殿とお呼びすればよろしいですかな?」

 

「それで結構です。ロフーレ殿、それとセバス」

 

「はっ」

 セバスがすっと音もなく前に出てくる。

 バルドの瞳に安堵の色が見えた気がした。

 

「セバスとは顔見知りと伺っています。紹介の必要はありませんね?」

 

「おお。もちろんですとも。久しぶりだねえセバスさん。その様子だと王都には無事に着いたようだ。心配していたんだよ」

 

「あの時は折角の御配慮を無碍にしてしまい、申し訳ございません。私もそして現在は王都に残っておいでですが、ソリュシャン様も無事王都に到着出来ました」

 

「いいんだよ。セバスさんが無事なら。それとナーベさんもよくぞいらっしゃいました。本日は楽しんでいって下さい」

 声をかけられたナーベラルはいつも通り相手を見下したような鋭い視線を向けて、わかるかわからないかぐらい僅かに顎を引いた。挨拶のつもりらしい。

 

「ナーベ」

 

 いつもの癖で思わず声をかけてしまい、直ぐにしまった。と自らの失態に気づく、今の自分はモモンでは無かった。

 

「も、申し訳ございません、あ──アインズ様」

 そしてナーベラルの方も、思わず反応してしまったと言うように口を開き、そのまま固まってしまう。

 二人が同時に失態を犯したことでその場の空気が凍るが、それを救ったのはまたもパンドラズ・アクターであった。

 

「いやロフーレ殿失礼した。実はナーベは幼少時よりアインズ様に世話になっているせいか、アインズ様のことを父親のように慕っていましてね、今回もアインズ様との時間が減ると拗ねているのです」

 

「おお。そうでしたか、それはそれは。悪いときに声をかけてしまったようで。その分最高のおもてなしをさせていただきますよ」

 朗らかに笑った後、バルドは今気がついたと言うように手を叩く。

 

「いつまでもこんな場所で申し訳ない。いや、私は貴族ではないただの商人ですから、礼儀作法には詳しくないもので、多少不手際をお掛けするかも知れませんがご容赦を。皆様もどうぞ力を抜いて楽しんでください」

 その言葉にアインズはどこか演技めいた態度を感じた。

 

 恐らくこの男が言っているのは嘘だろう。

 時には貴族の相手もする大商人なら相手を怒らせないような礼儀は身につけているはずだ。

 つまりこの男はアインズの言葉遣いや態度から礼儀作法を身につけていないと判断し、気を使わせないためにそのようなことを口にしたのだ。

 

(なるほど、勉強になる。セバスが信用するのも頷けるな)

「ではそうさせていただきましょう。もう一つ礼儀知らずですが、私は現在この仮面を外すことが出来ないのです。食事や飲料はまたの機会ということで」

 一瞬バルドの動きが止まるが、直ぐに元に戻る。

 

「それは残念ですな。私の店で出している自慢の品をお出ししようと思っていたのですが、ゴウン殿には別の用意をさせましょう」

 

「申し訳ない」

 

「いえいえ、急にお呼びしたのは私ですからお気になさらず。ではこちらにどうぞ」

 執事ではなく主自らが案内するところに少し驚いたがアインズは黙ってその後に従った。

 

 

 通された部屋は応接室だろうか。

 様々な絵画や調度品の置かれた部屋だ。

 当然ナザリックとは比べものにもならないが、エ・ランテルで見た中ではこちらも一番の質、量だった。

 

 その後しばらくアインズ以外の者たちが商会自慢の品で作られたという食事を取りながら歓談を続けていたが、徐々にバルドは商売に近い話をするようになってきた。

 

「ところでゴウン殿。王都に開店する店は、なにを扱うのですかな?」

 来たな。とアインズは気を引き締める。

 ここからが本来の目的、営業だ。

 

「基本的には武具やマジックアイテムを中心にする予定で考えています。見ての通り私は魔法詠唱者(マジックキャスター)ですので。ずっと僻地で研究を続けていたのですが、ようやく一息つく気になりましてね、今度はその成果を世に広めるつもりなのですよ」

 

「ほう。武具にマジックアイテムですか。ははは、私どもの商会とは扱う物が違うようで安心しました。商売敵にならずに済みます」

 

「むしろ私の研究はロフーレ殿の助けになるかも知れませんね」

 これまでの話の内容からバルドがゴーレムと武具どちらを欲しがるか察しが付いていた。

 

「と言いますと?」

 バルドの目に欲望の光が灯ったことにアインズは気付く。

 

「ロフーレ殿の商会で扱う品、これらはそれなりに豊かな土地を持った村などからの買い付けでしょう?」

 バルドは貴族ではない、ということは大規模な土地で自らの農園や果樹園を開くことは出来ないはずだ。

 つまり商品は余所から買い付けた品を扱っているはず。

 ならばアインズが狙う労働力を必要としている村と繋がっているに違いない。

 事実今までの話の中でも何度かそのような内容を口にしていた。この土地で採れた野菜は旨い、この果実はあの有名な果樹園の最高級品だ、等だ。

 

「まあ、そうですな。最近では帝国との戦争のせいで村から買う食料の買い付け価格も高騰していますが、私としては戦争が大きな儲けにも繋がっているので迂闊なことは言えませんがね」

 やはり。とアインズは内心ほくそ笑みながら話を続ける。

 

「ようは労働力不足ということでしょう。私の商会ではその労働力を提供出来るのですよ」

 

「労働力、それは……」

 男の口調が僅かに揺れる、嫌悪感を示したものだと気づきアインズは慌てた。

 いわゆる非合法の人間や亜人奴隷の売買を持ちかけられたと考えたのだろう。

 

(しまった。勿体ぶり過ぎた)

「ゴーレムです。私の研究の成果の一つで、通常の方法で作成するより遙かに早く、そして安価にゴーレムを制作することが出来るのですよ」

 慌てた様子を見せないように必死に隠しアインズは言う。

 バルドの目が開かれ、ピタリと動きが止まった。

 

「それは、本当ですか? ゴーレムを、安価で?」

 

「ええ。それらも私の成果の一つに過ぎませんがね、ただし私はゴーレムを売るのではなく安価で貸し出しを行おうと考えています。無論小さな町や村でも借りれる程度の金額でね」

 貸し出し。とバルドが声にならないと言うように口を動かす。

 

「まさか……そのような。そんなことが可能であれば、エ・ランテル、いや王国全土の商会が一変しますよ? 本当に、本当に可能なのですか?」

 声を大きくし、椅子から立ち上がるバルドにアインズは腰を引きかけるが弱みを見せるわけにはいかないと寧ろ、大きな態度を取ってみせる。

 思った以上の反応に少し驚きを覚えるがそれを隠してアインズは続ける。

 

「もちろん。先ほど言ったとおり、それらも私の研究の一端に過ぎません、容易いことです」

 

「お言葉を挟むようで恐縮ですが、我が主人の魔法はこの世の誰にも勝るものです。貸し出しのみでも私どもの商会は問題なく利益が出るとだけ言っておきましょう」

 セバスがアインズとバルドの間に入る。アインズの補足をしているのだ。

 要するに利益の入らない値段を提示し、競争相手を潰してから値上げをする、独占禁止法──この世界にそんな法はまだないと思うが──に触れるような真似はしないと断言しているのだ。

 そしてそれはアインズが言うよりもバルドに信用されているセバスが言った方が効果がある。

 

(見事だセバス。今までのセバスなら俺の話の途中に割り込むなんて真似はしなかっただろう。成長したなぁ)

 外見的にも設定的にも、自分より年上のセバス相手にそんなことを思うのはどうかと思うが、アインズとしてはNPC全員が仲間の子供のようなものであり、そういう目で見てしまう。

 

「セバスさんが言うのなら、そうなんだろう。けど、信じられない。そんなことが……しかしゴウン殿、どうして私にその話を? これは商談と考えてよろしいのか?」

 バルドの目に宿る光が強くなる。

 これが商人としてのバルド・ロフーレの本質なのだろう。

 

「無論です。しかし話は私とではなくセバス。今回の件はお前に任せると言ったな? 説明をして差し上げろ」

 椅子に深く腰掛け直し、アインズは自分の後ろに立っていたセバスに前に出るようにジェスチャーで伝える。

 

 正直に言うと無いはずの心臓が跳ね出すような緊張感がアインズを襲っていた。今のところは上手くいっていると思うがこれから先は未知の領域だ。そしてそれをアインズはセバスに押しつけようとしている。

(スマン、セバス。お前に押しつけてしまうが許してくれ。そのかわり失敗しても今回は何の罰も与えないことを約束しよう)

 

「いや、その前に。そういうことならば私たちはここでお暇させていただこう。旧知の間柄とは言え、商談の内容を聞くのは不味いでしょうからね」

 いざ商談スタート。というところで唐突に話を聞いていたパンドラズ・アクター扮するモモンが言う。

 その言葉を聞いてバルドは我に返ったようにハッと表情を変えた。

 

「いや、失礼をしました。お招きしたのはこちらだというのにそのような無礼な真似は出来ません。済まないがセバスさん、この話はまた後日にして貰えないか? 私も急な話で少し考える時間が欲しい」

 

「ロフーレ殿、それはいけない。アインズ様は忙しい身。この後直ぐ王都に向かわれます。我々はその護衛の依頼を受けることになっている。ですのでこれから私とナーベは冒険者組合に行き依頼が入った旨を報告し準備に入るつもりです。この機会を逃せばもうこのような機は巡ってこないかも知れませんよ? 王都に着いた後は直ぐに商会を開店する予定なのですから」

 パンドラズ・アクターの台詞は全て初耳であったが、ここはそれに乗ることにした。

 奴が言うのなら何か意味があるに違いない。

 

「そういうことです。本来はお誘いもお断りする予定でしたが、セバスからもモモン殿からもロフーレ殿は信用におけると聞いていたもので。少し話してみたくなりましてね」

 

「そうでしたか……モモン殿、本当によろしいので?」

 

「構いませんよ。アインズ様には昔から世話になっていますから、ナーベ、構わないな?」

 

「勿論ですモモンさん。アインズ様のお役に立てるのならば私に異論などありません」

 食事中もブスッとした顔でバルドが話しかけても素っ気なく冷たい態度で接していたナーベラルの変わり様にアインズはまた失礼なことをと慌てかけたが、バルドは特に気にしていないようだ。

 と言うより商談の方に気がいっているのだろう。

 

「では、モモン殿まことに申し訳ないが、本日はこれで。またいつでも我が館にも、商会の方にも顔を出してください。ご入り用のものがあれば今回のお詫びに安くさせていただきます。おい、お見送りを」

 バルドの背後に着いていた執事に命じ、パンドラズ・アクターとナーベラルは部屋を後にした。

 静かになった室内。

 互いに相手の出方を窺うような沈黙を挟んだ後、先に口を開いたのはバルドの方だった。

 

「ではセバスさん。詳しい話を聞かせてくれるかな?」

 

「はい。先ほど主人が申し上げました様に、我々には安価で大量のゴーレムを生成する術があります。そのため我々はあくまで販売ではなく、期間を区切った貸し出しを中心に行うつもりです」

 これは以前皆で話し合った会議の場で決まったことだ。

 幾ら安価とはいえ、その日食べる物にも困るような村民に払える額ではないだろうし、ゴーレムにはナザリックの技術も使われている。

 販売では解体され調べられてナザリックの技術を盗もうとする者たちも出てくるだろう。

 

 特に割を食うことになる今現在ゴーレムを制作している者たちは必死になるに違いない。

 そこで貸し出しにして、幾つかの禁止項目を設ける。

 解体の禁止、魔法での調査も禁止、労働作業以外──防衛以外の他者への攻撃や、兵器への流用など──を禁止。

 要するに警護や農奴作業員としての活動以外を禁止させ、それに背いた場合は即座に内部から砕けるように命令をしておくことにした。

 

 これならばナザリックの、つまりはユグドラシルの技術がこの世界に広がることは防げるだろう。

 

「なるほど、それは良い案だ。しかしゴーレムをただの労働力として使用するとは何とも豪勢な話じゃないか。だがそれで私になにを売りたいんだい? 知っての通り私は食品の流通で財を成している、買い取りを行っている村を紹介しゴーレムを入れさせれば確かに作業効率や開拓が進み、より多くの食料を得られるようにはなるだろう。しかし、セバスさんは知っているかどうか分からないが、生産物が多く採れすぎると一つあたりの値が下がるんだ。要するにそれをしたところで喜ぶのは村人だけ、私には利がないよ」

 それだけならこの話は終わりだ。とでも言うようにバルドの目はやや懐疑的なものになる。

 アインズは無言を貫きながらも内心ではハラハラとした気持ちでセバスを見守っていた。

 何か考えがあるのか、それともまさかここで後はアインズ様よりなんて振られはしないだろうか。と不安になる。

 しかしセバスは落ち着き払った様子で、一つ咳を切り話を続けた。

 

「それは当然承知しています。しかしそれは村と我々が直接契約を結んだ場合。バルド様と我々の商会が契約し、バルド様にゴーレムを貸し出した場合はそうはならないのでは?」

 

「どういうことだね?」

(どういうこと?)

 バルドとアインズの心の声が重なる。

 

 セバスは鋭い眼光でバルドを射抜き、はっきりと宣言した。

 

「つまりはバルド様が村にどれほど開拓させるか、それ以上は必要ないかを判断すれば良いのです。村人から人手が足りないと言われればそちらにゴーレムを派遣する。その際村から買い取る作物を安く仕入れさせる。ゴーレムが余ったなら別のことに使用させればよいのです。例えば備蓄庫の増設や運搬に使用している街道の整備等。後でゴーレムに命じることの出来ない禁止事項をご説明しますがそれに該当しない作業なら好きに使っていただいて構いません」

 

(そうか卸売業者か! 我々が直接村人に貸すのではなく間にバルドを入れて細かい貸付を行わせる。我々はバルドに多数のゴーレムを貸すことになるから一年分の貸し出し料が一気に入る。確かに理に適っているが、これバルドには大して利益がないんじゃないか?)

 村単位での面倒な貸し出しや、計算、場合によっては労働力を余らせてしまい、元が取れないなんてことにもなりかねない。

 そんな細々とした仕事を仮にも大商人であるバルドが引き受けるのかといった疑問が浮かぶ。

 

「一つ聞きたいんだが、そのゴーレムの力量と言うのかな。強さはどの程度なんだい? セバスさんも知っての通りエ・ランテルと周囲の村を結ぶ街道には野盗や盗賊が多く出る。運搬の最中にそんな連中に後れをとるようでは──」

 バルドの言葉を遮りセバスは言う。

 

「我々のゴーレム、鉄の動像(アイアンゴーレム)の場合は最低でも冒険者で言うのならば白金級冒険者以上の実力を持っています。先ほども言いましたが積極的に攻撃させることは出来ませんが、身を守ったりまた対象者を守らせることは問題ありません。もしご心配でしたら我々は運搬の商いも行う予定ですのでそちらに頼んでいただければ安全は保障いたします」

 ゴクリとバルドが喉を鳴らして唾を飲む音が聞こえた。

 鉄級冒険者でさえ、専業の兵士と変わらない強さを誇る冒険者だが白金級は更にその三つ上、街道に現れる盗賊程度なら相手にもならず、モンスターでさえ余程の難敵でなければ問題なく倒せるだろう。

 この世界のゴーレムたちの実力は知らないが、アインズはゴーレム作成の際にそれぐらいを目安に作らせた。

 流石にミスリル級以上の強さとなると目立ちすぎると考えてのことだが、白金級でも十分すぎるほどだったようだ。

 

「そ、それが本当なら、いや、私も商人だ。現物を確認させてもらうまで迂闊な返答は出来ない、出来ないが。もし今言ったことが全て本当ならば、値段にもよるが前向きに検討したいと思う」

 あれ? とアインズは不思議に思う。

 何故バルドはこれほど乗り気なのかと。バルドには面倒が増えるばかりであまり利益がないようにしか思えないが。

 

「流石はバルド様、先見の明がございますな」

 

「何を言うセバスさん。少し考える頭があればこれぐらい当然のことじゃないか。もう一つだけ確認させて貰いたいのだが、この商談を持ちかけたのは、私が最初だろうね?」

 

「はい。当然でございます。私がバルド様ならば我々の考えを理解して下さると判断し、アインズ様にお願い申しあげたのです」

 

「それならば尚更だ。確認が済み次第直ぐにでも契約したい。これは時間との勝負になるのだからね」

 

(勝手に話が進んでいく。どういうことなんだろう。しかしここで聞くわけにもいかないし)

 二人のやりとりを半ば呆然と見つめながら、アインズは黙ってことの成り行きを見守ることにした。

 

「アインズ様、都市外に配置したゴーレムをバルド様にお見せしてもよろしいでしょうか?」

 

「構わん、お前に任せると言ったはずだ」

 

「持ってきているのかい? それならば是非見せていただきたい」

 

「これから王都に運ぶ予定でしたので。しかし数が多いので都市内には入れず外の森の中に待機させているのです。野盗やモンスター程度でしたら相手にもならないのは先ほど申し上げたとおりですので」

 当然、そんなことはしていない。セバスのはったりだ。しかしナザリックから<転移門(ゲート)>による運搬が可能なので、この後直ぐに森の中に運ばせれば事足りる。

 セバスもそう考えたのだろう。

 

 その後セバスが詳しい金額の話を開始し、バルドがその値段の安さ故に目を見開き叫び声を上げる一幕などがありつつも、初めての商談は文句無しに成功を迎えた。

 

 

 ・

 

 

「えっと。ここでいいんでありんすね?」

 <転移門(ゲート)>から顔を出したシャルティアが周囲を見回す。

 近くにエ・ランテルの城壁が見えている。

 主から指定されたのはエ・ランテル近郊の森の中、転移用に作られた拓けた場所であった。

 主がモモンとして活動する際の中継地点として使用している場所であり、周囲には人気は無い。

 またモンスターの気配も感じられなかった。

 

「アインズ様からの指示ではそのはずだけど。今のうちにゴーレム並べちゃおうよ、適当に置いているよりきっちり配置してた方が見栄え良いし」

 共に姿を見せたアウラの後から、ゴーレムがゾロゾロと現れる。

 数は五十体。全て鉄の動像(アイアンゴーレム)であり、胸部分に商会の証となるアインズ・ウール・ゴウンの紋章が刻まれている。

 

「そうでありんすね。それはわたしがしておくでありんすからチビすけは魔獣の方を出しておくんなまし!」

 

「はいはい。なんかシャルティア張り切ってるね」

 

「それは勿論。わらわがアインズ様より受けた御勅命でありんすからね」

 御勅命に強いアクセントをつけるシャルティアの言いように、アウラは目に見えて不満を見せるが、今は時間がない。

 言い争いなどをしている間に主が到着してしまったら大変だ。

 

 急いで準備をしなくては。

 

 王都で店舗の内装工事を行っていたアウラが、シャルティアから突然呼び出されたのは三十分ほど前だ。

 シャルティアに主からエ・ランテル近郊にゴーレムと護衛の魔獣を配置せよとの命令が下ったのだ。

 現在商会で輸送用に使用する魔獣は目玉であるギガント・バジリスク以外はまだ数が揃っていない。

 そこでシャルティアと共に内装工事を行っていたアウラが直接魔獣を連れてエ・ランテルに向かうことになり、現在に至る。

 

「はーい。んじゃ出てきてー」

 <転移門(ゲート)>からギガント・バジリスクの頭が現れる。

 大きなトカゲを思わせる巨体は緑色の鱗に覆われ、八本の足を使って器用に進み、ゆっくりと姿を見せた。

 本来は頭には王冠に似たトサカがあるのだが、現在はそこも含めて石化を防止する鎧である凝視殺し(ゲイズ・ベイン)を加工して造られた兜が頭をすっぽりと覆っている。

 これは石化の視線を防止するというより、防止していますよと周囲に分かりやすく示すための物だ。傭兵モンスターとして召喚されたこの魔獣は召喚者及び、召喚者が命令を聞くように指示した者から命令されない限り、その瞳の力を使うことはないのだが、魔獣は都市に届けを出すことで都市の中を歩かせることも出来る。

 

 この巨体故、小さな村や町などには入れないが大都市であれば宣伝も兼ねて都市内部を歩かせることもあるため、周囲の人間たちに余計な恐怖や混乱を与えないための処置としてこうした形となった。

 あの兜には外見からは見えづらいが隙間が開いていて内側から覗ける造りになっているので魔獣も問題なく行動出来るはずだ。

 

「後は……ああ、あれか。ちょっと早く来なさいよ、時間無いんだから」

 ギカント・バジリスクの体が完全に出た後開いたままの<転移門(ゲート)>の向こう側にいるはずの相手に声をかける。

 その後、恐る恐ると言った様子で手が現れ、次いで更にゆっくりと時間をかけて一人の人間が姿を見せる。

 金髪の若い女が胸の前で手を組んで所在なさげに周囲を見回した。

 

「あ、あの。アウラ、様。私は何をすれば」

 一応顔見知りと言うか、何度か人間目線での店舗内装のチェックをさせるために顔を合わせてるので向こうもアウラの名前を知っているらしい。

 しかし、アウラはこの人間の名前を知らない。と言うより興味がないため忘れている。

 セバスの配下となり、王国の店舗に配属されることになった人間の一人程度の認識でしかない。

 だから余計な口は聞かないし、気遣いをしてやるつもりもない。

 

「いい? あんたはここで待機してアインズ様とセバスが来るからその指示に従いなさい。アンタはアインズ様の供回りとして一緒にここに来て、この子とゴーレムの見張りをしていることになってるからそのつもりでね。あたしとシャルティアは姿を消して待機してる。後この子にはアンタの命令も聞くように言ってあるから」

 主より命じられた内容をそのまま一気に女に伝える。

 ペストーニャによってナザリックの一員としての作法を学んでいたところを殆ど無理矢理連れて来たため、未だ状況を理解していないのだろう。

 しかしセバスの名を出した途端、女の顔つきが変わる。

 

「セバス様が……わかりました。私はセバス様とアインズ様のご命令に従えばいいんですね?」

 ピクンとアウラの長い耳が反応する。

 たかが人間が自分たちの主である至高の御方の名よりセバスの名を先に出したのが不愉快だ。

 殺してやろうか。と思いかけるがこの女はアインズ様が使い道があると判断し、今回もわざわざこの女を連れてくるように指示をしたらしい。

 ゆっくりと息を吸い、更に時間をかけて吐く。

 多少落ち着いたところでアウラは一度だけ、と自分に言い聞かせてから口を開いた。

 

「アンタさ。一応セバスの配下だからあたしは勝手に手出ししないけど。その態度、次やったら許さないよ?」

 

「す、すみません。わ、私なにか粗相を」

 

「あー、わかんないのかぁ。ペスも初めにちゃんと教えてやればいいのに、こういうのは初めが肝心なんだから」

 身を守るように腕を回して震える女に、アウラはやれやれと首を振る。

 

「いい! ナザリックに属する者はなにを措いても、どんなことより、誰よりも、至高の御方で在られるアインズ様のことを第一に考えなきゃいけないの。アンタはセバスの配下だけど、セバスの命令の後でアインズ様が別の御命令を下したらアインズ様の御命令に従う。仮にアインズ様がセバスを殺せと命じられたらアンタは勝てる勝てないに関わらず全力を以ってセバスを殺しに掛かる。それがナザリックに属する者の最低限の心得。わかった?」

 セバスを殺す。というところで女が唇を強く結んだことに気がつく。

 納得してない。

 

(やっぱり殺した方がいいかも。人間はまだいるんだし……いや、あたしが勝手に判断しちゃ駄目か)

「アンタの不作法は直属の上司であるセバスの責任になるんだからね。それが嫌なら、アンタ、セバスに言って殺して貰った方が良いよ。セバスなら痛みもなく殺してくれるでしょ」

 

「っ! い、いえ。アインズ様の慈悲によって生かされた命です、何のお役に立たずに死ぬわけにはいきません」

 

「ふーん。ま、良いけど。ほかの連中にもいっときなよ。アンタたちの立場を考えろって」

 

「はいっ」

 心からの反応で無いのは明白だが、これ以上アウラが勝手にこの女に手を出すわけにはいかない。

 後はセバスに直接忠告しておけばいいだろう。

 

「んじゃ改めて。シャルティアー。終わった?」

 

「ええ。完了していんす」

 目を向ければそこには乱れなく並ぶゴーレムの姿。

 この程度の弱々しいゴーレムでも、きっちり並んでいると見られるものだ。

 

「よし。それじゃあたしとシャルティアは姿を消してここにいるから、後は任せたよ」

 それだけ言うと返事は聞かずにアイテムで姿を隠す。

 これで普通の人間にはアウラとシャルティアの姿も声も聞こえなくなる。

 

「随分と優しいでありんすねぇ。アウラ」

 

「別に……アインズ様も仰ってたでしょ。ナザリックの利益になることを最優先にしろって。あの人間は今から開く商会で使う人間だからね、あんまり数もいないし」

 

「あれでしょ? セバスが助けた人間って言うのは。セバスも変な趣味していんすね。わたしにはあの人間のどこがいいのかさっぱりわからないでありんす」

 

「ああ! あれがそうなんだ。知らなかった、人間なんて区別つかないし」

 

「ペストーニャにセバスが助けた人間を連れてくるように言ったらあれが来んしたから。そうだと思いんすけど」

 緊張しているのか、チラチラと周囲を見回す人間を改めて見る。

 確かにさっぱりわからない。

 詳しくは知らないが、セバスはあの人間を妙に気に入っているらしく、わざわざ主にあの女の助命を願い出たとの噂だ。

 一説によるとセバスとは恋人関係だとか何とか。

 

「まー、どうでもいいよ。アインズ様の邪魔になったら殺せばいいんだし、セバスだってそうなったら見逃しはしないでしょ」

 友人であろうと、恩人であろうと、恋人であろうと、ナザリックのそして主の邪魔になるのであれば誰であれ全力を以って排除する。

 それがナザリックの掟だ。

 守護者と同格の力と地位を持つセバスがそんなことも分からないはずがない。

 

「あ! アインズ様が来んした」

 

「本当だ……なんか変な人間も一緒だね。誰あれ」

 セバスを伴って現れた主の横に並ぶ人間の姿を見つけ、アウラは唇を尖らせる。

 至高の御方の隣に立つなど。

 それが許されるのは同じ至高の御方々だけだというのに。

 

「商売相手。という奴でありんしょうね。いつぞやアインズ様が言っていんした。商売とはたとえ自分たちが遙か格上だろうと、客には一定の礼節を持って接しなくてはならない。と」

 

「ふーん。アインズ様が仰るならそうなんだろうけど、なんかムカつく……あ、腰抜かしちゃったよあの人間」

 

「本当でありんすねぇ。無様な姿だこと。ギガント・バジリスクの石化じゃありんせんよね」

 

「あの兜は鍛冶長がアインズ様から下賜された凝視殺し(ゲイズ・ベイン)を加工して造ってるんだよ、そんなこと有るわけ無いでしょ」

 

「じゃあ何であの人間は一歩も動かないんでありんしょうか」

 

「単に驚いてるんでしょ。この世界の人間は弱っちいから、ハムスケぐらいの強さの魔獣でもビビっちゃうんだって。あのギガント・バジリスクはハムスケと大体同じくらいの強さだから」

 

「ああ、あのアインズ様のペットとかいう……アインズ様に乗っていただけるなんて、なんて羨ましい。はぁ、今度は咎ではなくご褒美としてアインズ様に座っていただきたいでありんすねぇ」

 ほぅ。となにやら頬を上気させ、吐息を吐いているシャルティアに、アウラはうわぁと思わず呆れてしまうが、シャルティアには届いていないらしくにやにや笑いながら身を捩らせている。

 

 シャルティア──アルベドもそうだが──がいったい何故あそこまで主に座っていただくという行為を望んでいるのかアウラには解らない。

 

 もちろんアウラとて、主にその場で椅子になれと言われれば喜んでその通りにするが、それはあくまで主より命を頂き、それを実行出来るのが嬉しいのであって、椅子になれることそのものが嬉しいわけではない。

 

 むしろアウラとしては主には頭を撫でていただく方がよっぽど嬉しい。

 今まで何度かその栄誉を賜る機会があり、それだけでアウラの心は満たされ、暖かい気持ちが宿った。

 しかしこの目の前で不気味に笑う同僚と、同じく時折不気味な笑みを浮かべて惚けることのある守護者統括はそれ以上の、恐れ多くも主の妻となり子を授かることを考えているのだという。

 それは不敬な考えのような気もするのだが、守護者の中で最も知恵の優れるデミウルゴスもそれを望んでいるらしいので、何か意味があるのだろう。

 ただ最近、そのことを考えると何となく胸がチクチクするのであまり考えないようにしている。

 

「シャルティア。アンタもアインズ様と一緒に店で働くんでしょ? だったらあの男とアインズ様の会話聞いて勉強しなさいよ。アインズ様がわざわざアンタに<転移門(ゲート)>使わせたのはそういう意味なんじゃないの?」

 余計なことを考えても仕方ないので、アウラは未だ妄想の中に囚われている妹分──喧嘩になるので口にはしないがアウラはそう思っている──に声をかける。

 はっ! と口に出しながら立ち上がってシャルティアは慌てたように、どうにか立ち上がり腰を引きながらギガント・バジリスクに疑惑の眼差しを向けている男と、そんな無礼な男にも極自然に敬語を使いギガント・バジリスクの説明をしている主に目を向けた。

 

「うーん。ゴーレムより先に魔獣の方に興味を示していんすね」

 

「やっぱり人間にはあの程度でもスゴい魔獣なんでしょ。ほら、あの女の命令で操っているところ見せただけでまた驚いてる」

 

「なんか、こうしてみると本当に人間共相手にここまで力を入れる必要性がわかりんせん。もちろんアインズ様のご命令に逆らうつもりはありんせんよ?」

 慌てたように付け加えるシャルティアだが、アウラも実のところそう思っている。

 

 あの程度の魔獣に驚き恐怖する相手なら、力ずくでなんとでもなりそうな気がするのだ。

 と言うよりアウラのペットの魔獣を何体か使うだけで国の一つや二つ簡単に征服出来るだろう。

 

 アインズ様に宝石箱を。

 

 それが現在の最終目的であり、アウラもそのために力を尽くすつもりだが、未だあの深遠なる叡智に溢れた主人の考えはこれっぽっちも解らない。

 

「きっとアインズ様には深ーい考えがあるんだろうけど、解らないのはちょっと寂しいよね」

 

「まったくでありんすぇ。あの大口ゴリラちょっと頭が良く創られたからって、自分だけがアインズ様のお考えを理解出来るようなつもりになって! はっ、今はそんなことを考えている場合ではありんせん! もっと近くに行きんしょう! アインズ様のお声を聞きに」

 優雅さの欠片もない足取りで主人の元に近づくシャルティアに、アウラもはぁと一つため息を落として後ろを歩く。

 

「あ、今度はゴーレムを見た。また驚いてるね。これって単なる鉄の動像(アイアンゴーレム)だよね?」

 様々な種類が存在するゴーレムの中でも下から数えた方が早い脆弱なゴーレムだ。

 とは言えどれだけ弱かろうとナザリック内で創られた存在である以上、アウラも仲間意識のようなものはあるのだが、そうしたものが無いはずの男もゴーレムを前に両手を組んで感激を露わにしている。

 

「それにしても。いちいち声を張り上げて、アインズ様のお言葉が聞こえないでありんしょうが」

 

「アインズ様の声、やっぱり普段のお声の方が良い気がするなぁ」

 声だけではなく口調や話し方も普段と違うため何となく、アウラは違和感を感じてしまう。

 いつもの威厳がありつつも包まれるような優しさに溢れた声の方が断然いいに決まっているのに。

 何故か主は冒険者モモンの方に自分の声を使わせ、現在は口唇蟲を使って別人の声を出している。

 

「それはその通りでありんすが、これもアインズ様のお考えあってのことでしょうから、言い出し辛いのよねぇ」

 いつもの声の方が良いというのはあくまでただの感情論だ。

 きっといつもの通りこれにも深い意味があるのだろう。

 アルベドやデミウルゴスなら解るのだろうか。

 

「やっぱりあたしも勉強しなきゃなぁ」

 主ほどは無理でも少しでも考えを理解し、近づきたいとの思いが強くなる。

 今まではこんなことは無かった。ただ言われるがまま命令を聞いていれば良いとそう考えていたのだが、この世界に来てから自分の考え方も変わり始めている。

 

「チビにしては良い考えでありんすね。まぁ、チビがどんなに努力をしたところで、レディに成れる可能性はありんせんが、頭でありんしたら、ほんの少しばかり良くなる可能性があると思いんすよ」

 

「はぁ? 一生成長しない奴に言われても説得力が無いんですけどー。ナザリックのおバカ代表のくせに」

 

「あぁ? やるでありんすか、チビすけ」

 

「なによ」

 いつもの調子で睨み合うが、その感情は二人同時にたち消える。

 今は少しでも主の手腕を学び、知恵を付けるのが先だ。と同時に思い至ったのだ。

 ふん。と同時に鼻を鳴らして再度主に顔を向ける。

 そこでは男が膝が着きそうなほど腰を低くしながら満面の笑みを浮かべ、主の手を握りしめている姿があった。

 

「では商談成立と言うことで」

 セバスの宣言に主と男は同時に頷いた。

 

「あ」

 

「終わっちゃった」

 ガックリと二人は同時に項垂れた。

 




取りあえず初商談はあっさり成功
まあまだ開店前なのでこの辺りはあまり長くはせずに進めます
次はもう王都での話になるかと
次の更新はいつも通り一週間の予定です

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