オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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初商談。とは言え準備段階で商談相手に会うまではいきませんでした


第12話 初めての商談・準備編

 提出された書類に目を通し考えている振りをしながらアインズは昨夜のことを思い返していた。

 

(デミウルゴスには悪いことしたかな、いや喜んでいたし、問題ないだろう)

 

 『魔導王の宝石箱』正直に言ってアインズにはそれが良い名前なのかどうかは判断が付かないが、黄金の輝き亭のように王国の店らしくはあるし、申し訳ないが最悪責任はデミウルゴスに押しつけられる。

 

(しかし魔導王か、賢王よりはマシだから勢いで採用してしまったけど、そもそも国を持っている訳でもないのに王を名乗って良いのだろうか)

 アインズの立ち位置は研究を続けていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだから、この名前では自分こそが魔導王だと名乗っているも同じことのような気がして恥ずかしいし、なにより問題にならないか心配だ。

 

 つまりは王以外の者が王を名乗っては不敬だとか文句を付けられはしないだろうか、と言うことだ。

 

 例えば冒険者の二つ名とかで王と付く名を持っている者がいれば問題はないと思うのだが、アインズはそんな大層な名前持ちは聞いた覚えがない。一応きちんと調べようと、セバスが王都で収集した大量の資料を探し出し読み返し始める。

 流し読みで王を名乗る者がいないか調べているとふと、報告書とは違う書類が混ざっていることに気がついた。

 セバスが混ぜて報告したということはないだろうからきっとアインズが入れる場所を間違えたのだろう。

 

 問題はその内容だ。

 

「なんだこれは」

 膨大な桁が並んだ数字の後には金貨の文字、今後かかるであろう金額を算出した書類だ。

 

 その内訳は、王国で店を開く際の国に支払う登録料、王都に商品を持ち込む際に掛かる税金、売買する予定の品物を扱っているいくつかの組合への加入金や商品の技量選定するための品物の納付。

 つまりは店舗そのものに掛かる金では無く、王都で商会を開くにあたって必要な初期費用である。

 

 いや、勿論その存在は知っていた。しかしこんなに掛かるとは、商売を始めるためには掛かるのは建物や土地、商品そのものに掛かる費用が殆どで税金とかその辺は大した金額にはならないだろうと考えていた。

 

 だからてっきり既に払い終わったものだと思っていたのだが、この書類にはアインズが承認した証の印字が押されていない。

 

(まずい、忘れていた。いや見落としていたのか。こんな金額払えないぞ。しかもこれ期限がもう直ぐじゃないか)

 只でさえ、店舗を賃貸ではなく買い取りにしたことでアインズの個人資産だけでは足りず、ナーベラルとパンドラズ・アクターにいくつもの仕事をこなさせてその穴埋めをしたのだ。

 その残りももう僅かしかない。

 今からまた働きに出ろと言っても実際に金が貰えるのは依頼を完了してからだ。

 間に合わない。

 

(八本指か。今度こそ奴らの金を……いやしかし昨日デミウルゴスに配慮しろといったばかりだ。いきなり金を寄越すように言うのはまずいか)

 必死に頭を悩ませていたアインズの元に<伝言(メッセージ)>が届いた。

 

 相手はナーベラル。現在彼女はエ・ランテルに戻りパンドラズ・アクターと共に漆黒としての活動を再開している筈だ。

 

『アインズ様、失礼いたします』

 

「ナーベラルか。どうした?」

 動揺を隠し普段の通りの態度で言う。

 まさかパンドラズ・アクターが何か問題を起こしたのだろうか。そんなアインズの心配とは裏腹に返ってきたのは全く別の用件だった。

 

『はっ。例のロフーレ商会の下等生物(ウデムシ)がアインズ様にお目通りを願っております。改めて館に招待したいとのことです。例の約束の確認も兼ねているかと』

 アインズ様を疑うなど不愉快極まり無い。と続けるナーベラルの口調からは圧倒的な殺意が滲み出ていた。

 

(こんな時に! いや、待てよ。これを利用すれば)

 苛立ちが精神鎮静化で直ぐに収まると同時に頭の中で閃くものがあった。

 

「そうか──いや、丁度良い。私もこれからそちらに向かおう、モモンとアインズを同時に見せることで別人であることをアピールしておかねばと思っていたところだ。パンドラズ・アクターにもそう伝えよ」

 思いついたアイデアとは別の理由を口にしてアインズはナーベラルに命じる。

 

『畏まりました。お待ちしております』

 賽は投げられた。もうこのアイデアを信じて進むしかない。しかし未だアイデアが完全に纏まってはいない。となると一人で行くのは不味い。

 

「セバスを呼べ。この階層にいるはずだ。その後、私の口唇蟲を持って戻れ」

 この部屋に入ってからずっとこちらを見ていた本日のアインズ当番のメイドに声をかける。

 

「畏まりました」

 お辞儀をしてメイドが部屋を後にしてからアインズは思わずため息を吐いた。

 アインズが先ほどから声を出す度にメイドは体をびくつかせて反応していたがそれは敢えて触れずにいた。

 エ・ランテルの宿に居たときは一人だったから愚痴もこぼせたし、チマチマ金勘定も出来たのだが、この執務室ではそうはいかない。ずっと見られっぱなしというのは緊張するし気を使ってしまう。

 

 現在セバスは店舗の買い付けが終了し、アインズ付きの執事としての本分を全うしている。

 とはいえ常にアインズに付き従うのはアインズ当番のメイドでありセバスは第九階層を中心とした居住区全体を取り仕切っている形だ。

 ついでに現在ナザリックで働くために最低限の礼儀や知識を学ばせている元娼婦たちの面倒も彼に見させている。

 

(あの人間たちも取りあえず順応してくれているみたいで一安心だけど、やっぱりナザリックに人間を入れることに反対している者もいるからなぁ。外に別の建物を造るべきか。店舗の改装が終わったらアウラ達に任せてみるかな。ああ、次から次へと問題が、いや頑張れ俺、休む余裕は無いぞ)

 考えすぎて靄の掛かった思考を振り切るように頭を振りながらそんなことを考えていると扉がノックされ、セバスの声が聞こえたため、入れ。と命じる。

 

 部屋の中に入ったセバスが深く礼を取った。

 

 いつ見ても素晴らしい立ち居振る舞いだ。件のバルドが取引をしたこともないのに、アインズとの邂逅を熱望していたのは、全てこのセバスの主ならばそれはそれは素晴らしい人物に違いない。と考えた故のことだろう。

 

 そう考えると今から会うのも多少怖じ気付くところだが、今回アインズにはどうしても成し遂げなければならないことがある。

 そして勝算もある。

 

「セバス、来たか」

 

「はっ、主のお側にお仕えする事こそ私の本懐にございます」

 

「うむ。ならば丁度良い。今から私はエ・ランテルに出向く、供をせよ」

 勝算とはつまりセバスの存在だ。

 ろくに相手の素性も分からないのにバルドがここまでしてアインズにコンタクトを取ろうとするのは全てセバスの存在故だ。

 今回もセバスを連れていけば上手く立ち回れるだろう。

 そんなアインズの考えなど知るよしもないセバスは僅かな間も空けず、畏まりました。と了承し再度頭を下げた。

 疑問を口にされるのも困る場合があるが、なにも聞かずに頷かれるのもそれはそれで寂しいものだ。

 

「会談の相手はバルド・ロフーレだが、確かお前は会ったことがあると言っていたな。どのような人物だ?」

 さりげなく目的を話すと少しだけセバスは考えるような仕草をしてから口火を切った。

 

「商人らしく、己の利を第一に考える者ではありますが、それとは別に弱き者を心配し、助けようとする心も持ち合わせております。信用しても良い人物かと」

 ほう。とアインズは関心を示した。

 

 セバスは属性が善に傾いていることもあって、ナザリックの内では少数派の人間に優しい者であり、公平に相手を見る目に関しては信用出来る。

 他の者ならば人間と言うだけで格下の存在としてしか見ないが、セバスは人間を脆弱な存在と認識しつつも、その内面に目を向けることが出来るのだ。

 そのセバスが信用出来ると言うのならばそうなのだろう。

 アインズが会話を交わした限りでは他の人間との違いはよく分からなかったが。

 

「そうか。食品を手広く商っている者ならば良い関係を保っていた方がいいな。セバス、基本的にお前に任せよう。私は仮面を着けて行くつもりだ。当然食べ物や飲み物を勧められても飲み食いは出来ん。その辺りもお前が対応せよ。ナザリックの商品に相応しい品があるとは思えないが、将来的には食品の販売も行うつもりだ。この世界の最高品質という奴の味を確かめておけ。そして今回は必要に応じてこちらから取引を持ちかける」

 

「取引、でございますか?」

 

「うむ。王都で開店する前にエ・ランテルでゴーレムの貸し出しか武具、どちらかを纏めて契約させる。話の中でどちらであれば可能かを探る、バルドは食品を中心に扱っているが大商人ならば他の品を扱うことも、それらを扱う者たちへのコネもあるだろう」

 これが本当の目的である。

 要するに王都で開店する前にエ・ランテルの大商人バルドに纏めて商品を購入させてその売り上げを税金その他に掛かる支払いに充てると言う計画だ。

 

「畏まりました」

 自分で言っておきながらなんだが、かなり無茶な要求をしているはずだが、セバスは疑問を挟むことなく頷き返答する。

 そんなセバスを見ながら、ふとアインズは伝え忘れていたことを思い出した。

 

「それと昨日お前が口にしていた商会の名だが」

 プレアデスの姓に関係した名前は主に失礼では。と提案したのはセバスだ。

 

「はっ」

 

「昨夜決定した。店の名は魔導王の宝石箱。魔を導く王で魔導王だ」

 

「それは──素晴らしき名かと。アインズ様を表すのにそれ以上の名はございません」

 

「うむ。であればいい。ところで一つ聞いておきたいのだが、王国でお前に命じた調査の中で、王族以外に王の名を冠した者や店、通称は存在したか?」

 今からバルドに会いに行くのだ。流れによっては店名を話すことになるだろう。その前に先ほどの疑問を解消しておかなければならない。

 

「……いくつかございました。件の八本指の警備部門の六腕の中にも一人」

 

「ほう。何という名だ?」

 

「……恐れ多くも、彼奴は不死王を名乗っておりました。その二つ名が許されるのはアインズ様お一人のみ、ご安心を。奴は欠片も残さず滅しましたので」

 

「そ、そうか。うむ、その通りだな、他にはどうだ? 裏社会ではなく表でも名が通っている者はいたか?」

 

「それでしたら王国ではございませんが、帝国の闘技場王者は代々武王を名乗ると聞いた覚えがございます。元よりアインズ様は帝国で研究をしていたということになっておりましたので、御名に王を用いていても問題はないかと」

 

「ならば問題はないか」

 頷くアインズの元に、再びノック音が聞こえ、今度はセバスが対応する。案の定口唇蟲を取りに行っていたメイドであったため、中に通す。

 

「こちらです」

 ヌルヌル君と命名した口唇蟲を恭しく持ったまま現れたメイドからそれを受け取る。

 

「御苦労。私はこれより出掛ける、セバスを供として連れていくのでお前は待機せよ」

 労いの言葉と次なる指示をメイドに与える。

 

 彼女は僅かに残念そうな顔をしかけたが、直ぐに表情を引き締め、アインズの命に従って恭しく礼を取った。

 それを確認した後、アインズはヌルヌル君を頚椎に張り付ける。

 

「ん、んん、んー」

 途端に声が変化する。

 

 モモンとアインズが同じ声では問題だと言うことで、商会のトップをする時は金貨を使用して召喚した傭兵モンスターの口唇蟲にニューロニストが選んだ声を使用することにした。

 個人的には中々渋くて良い声だと思っているのだが、アインズの元の声が良いとの意見が多く、今後アインズ・ウール・ゴウンとして表舞台に出るのであれば、モモンの方を変えるべきではないか。という意見もあったがアインズがそれらを却下し、結局この形に落ち着いた。

 

 既に周囲に名声が知れ渡っているモモンの声を変えるというのは大変だというのが表向きの理由だ。

 しかし本当の理由は録音した自分の声を聞いたことのあるアインズにとってはこちらの声の方がずっと良く思えたからだ。

 

 今後表舞台で活躍し、威厳を見せる機会が多くなるのならば尚更である。

 

「よし、行くぞセバス。これは商会を成功に導くための一歩目だ。失敗は許されないと思え」

 自分に言い聞かせるつもりで口にした言葉だったが、セバスはその言葉を重く受け止めたらしく、緊張した面もちで深く頭を下げた。

 

「畏まりました。全力を以って当たらせていただきます。決して以前のような失態は犯さないことをお約束いたします」

 重たすぎる決意を示すセバスの気迫に押され、アインズはゴクリと息を呑むが喉に張り付いた口唇蟲のおかげか動きに現れることはなく、セバスにも気づかれずに済んだ。

 

「よし。では行くぞ」

 

「はっ!」

 セバスを伴いアインズは失敗の許されない久しぶりの営業に出向くために歩き出した。

 

 

 <転移門(ゲート)>でアインズがいつも使用している黄金の輝き亭の一室に入ると、モモンの格好をしたパンドラズ・アクターとナーベラルが膝を突いて待っていた。

 

「お待ちしておりました。アインズ様」

 自分の声──改めて聞いてみると自分が思っていた以上に威厳が感じられない気がする──で自分の名を様付けで呼ばれると何だかこそばゆく感じてしまう。

 

「パンドラ……いや、ここではモモンと呼ぼう。立つが良い、無いとは思うが万が一誰かに見られると問題だ」

 商会、いや魔導王の宝石箱の主人、アインズと冒険者モモンの間柄は、モモンが強くなる以前から世話をして武具を与えていた恩人。ということになっているので、敬語を使われるのは問題ないが、アダマンタイト級冒険者が膝を突き傅いていると言うのは見た目が良くない。

 

「分かりました」

 すっと立ち上がるモモンだが、その相方、ナーベラルは未だ膝を突いたまま、頭を下げて停止している。

 こう言うところはまだ自発的に考えて行動は出来ないようだ。

 

「ナーベも同じだ。立ち上がるが良い」

 

「はっ。失礼いたします」

 モモンの従者だと勘違いされている以上、それ以外の相手に傅くのは良くないだろう。

 

「ではナーベ。これからの行動についてお前たちに説明をする。誰か上がってこないか確認しておけ」

 

「か、畏まりました」

 ナーベラルの目が、パンドラズ・アクターとセバスを交互に捉えた後、妙に小さな声で、<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させた。

 そしてそのまま部屋の出入り口付近に移動する。

 やや顔が赤く、俯きがちである。

 

(<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>ならあの位置でも問題なく外の音が拾えるはずだが……ああ、そうか。恥ずかしがっているのか、似合っているし良いと思うんだけどなぁ、まあ俺も自分で使ったときは人に見られるくらいなら死にたくなったけど)

 

 アインズと二人でいる時は特に問題なく発動させていたはずだが、他の面子、特に直属の上司であるセバスの前では見せるのは気が引けるのだろう。

 これ以上アインズが見ていると、他の二人も合わせるように見てしまうので、アインズは視線を外し、パンドラズ・アクターに目を向け直した。

 モモンの姿をあまりマジマジと見たことはないが、こうして見ると漆黒の鎧は見栄えが良い。英雄と呼ばれるだけの風格を持ち合わせているように見える。

 

(しかし、こいつただ立っているだけなのに、妙に格好良いな。俺がモモンに戻った時大丈夫かな)

 パンドラズ・アクターの立ち姿に嫉妬にも似た気持ちを抱きつつ、アインズは時間が無いことを思い出し、気を取り直しパンドラズ・アクターに話しかけた。

 

「ではモモン。現在の状況を説明してくれ」

 

「はっ。現在ロフーレ商会の使いは一度帰らせています。アインズ様と合流した後、直接館を訪ねると言ってありますから、念のためアインズ様には都市の外からエ・ランテルに入る姿を見せた方が良いかと」

 

「そうだな。では私は一度離れた場所に転移し、改めてエ・ランテルに入る。お前たちは検問所の前で待て。あそこの門番は魔法詠唱者(マジック・キャスター)を警戒する節がある。問題が起こったときはお前たちが割って入り、身元を保証せよ」

 以前、カルネ村の娘に渡したゴブリンの角笛が道具鑑定の魔法で調べられて大変なことになったことがあった。

 アインズもそんな面倒は避けたいところだが、だからといって防御系のマジックアイテム全てを外して丸腰になるのは短時間でも避けたい。

 あの時もモモンが一声かけただけで娘はすぐに解放されていたからもし調べられそうになってもモモンが声をかければ大丈夫だろう。

 

「でしたら先に私が門番に話しておきましょうか? 恩人が来るので迎えにきたと言えば検問所の中に入れるでしょうしそのまま一緒に入ればスムーズに事が運べるかと」

 パンドラズ・アクターの言葉にアインズは確かに。と心の中で納得する。 

 

「うむ」

 よくぞ気づいたな。とでも言いたそうな満足げな態度で頷く。

 

(確かに都市の中にいたんじゃ検問所で揉めてるかなんて分からないもんな。こういうところなんだよな、こういう時にサラッと最適な行動を思いつけるかどうかが優秀さの証明って言うか。こいつは出来る奴だと実感するんだよなぁ)

 今回の場合はどちらかというと、パンドラズ・アクターが優秀と言うよりはアインズの考えが足りないと見るべきだろう。

 

 こうした細部でアインズは自分の凡庸さを改めて実感してしまい、果たして今後も知恵者としての演技を続けられるのか心配になってしまう。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。アインズは何でもない振りをして話を続けた。

 

「次に今回の目的だが、本来はバルドとの約束を果たし大商人と顔を繋げること、そしてアインズとモモンが別人であるということをアピールすることだったが、もう一つ別の目的が加わることになる」

 セバスにはここに来る前に話していたが二人にはまだ話していなかったことだ。

 二人とも黙ってアインズの話を聞き入っている。

 

「機会があればバルドと商談を行う。その理由は……分かるな?」

 一応アインズは金策以外の理由も一つ考えていたのだが、パンドラズ・アクターを試す意味で聞いてみた。

 デミウルゴスやアルベドには良くこうやって試す振りをして話してもらうことがあるが、パンドラズ・アクターにはこの手のフリをしたことがなかった。

 

「はっ。僭越ながら、いくつか思い当たることがあります。まず第一に」

 何故かマントを翻しながら、ピッと親指を持ち上げる。

 

「纏まった資金の調達です。今回商会の店舗を買い取り、また改築するに当たり多量の資金を使用しました。当然ナザリックの資産から比べれば微々たるものですが。ユグドラシル金貨が使用出来ない以上、この世界の金を保持しておくのは当然のこと。八本指から資金を送らせるのも繋がりを見つけられないためにも現在は避けるべきでしょうし」

 いきなり本命が当てられて無いはずの心臓が跳ね上がるが、それを誤魔化しその通り、とアインズは頷いて続きを促した。

 

 続いてパンドラズ・アクターはもう一本指を持ち上げて二つ目を示した。

 

「二つ目は確認です。我々の用意した商品が王国の商人たちにとって、どれほど有益な物であるかを確認をし、今後の商談に活かします」

 

「その通りだ。パンドラズ・アクター」

 あえてここで言葉を区切る。

 アインズが考えたのはこの二つの理由だが、パンドラズ・アクターが三つ目の利点を考えているかもしれないと思ったのだ。

 そしてそれは的中した。続く指を持ち上げたパンドラズ・アクターが続けて口を開く。

 

「三つ目は、王国の商人に我々の実力を示すことです。それも王都で示すのではなく、エ・ランテルで示すことが肝心なのです」

 

「それは如何なる理由でしょうか?」

 セバスが口を挟む。

 珍しいことだが、今回はセバスに任せると言い失敗が許されないと発破をかけてしまったから力が入っているのだろう。

 これが良い方に転がってくれることを祈るしかない。

 

「王都の大商人にいきなり大口の取引を持ちかけた場合、必ずや警戒されます。何しろ我々の商品はどれも王国、いや周辺諸国の常識には無いものばかり。自分たちに勝ち目がないと悟れば必ず邪魔をしてくるでしょう。勿論その程度の妨害は我々にとって問題にはなり得ませんが、我々は未だ正式に商会を開いていない身、商売は一手目で躓くと後に影響が出かねません。王都の商人を相手にするのは商会を軌道に乗せてからの方が良いでしょう」

 

「なるほど。しかしそれはバルドも同じでは?」

 

「王都の商人にとって我々は直接戦う相手ですが、エ・ランテルの者から見ればあくまで別の地の同業者、我々の技術や商売を学ぶことはしても邪魔はしないでしょう」

 パンドラズ・アクターの説明にセバスが納得したように頷く。

 後ろの方でナーベラルがおお。となにやら感心したような顔をしていることに気がついた。

 二人の時はあまり知性を見せることはないのだろうか。どんな会話をしているのか少し気になった。

 

(おっとそんなことを考えている場合じゃないか、褒めてやらねば)

「す……」

 

「そして四つ目……アインズ様、何か気になるところが?」

 

「いや、何でもない。続けよ」

(まだあるのかよ! ビックリしたバレるところだった)

 はぁ。と何やら不思議そうに首を傾げパンドラズ・アクターは四本目の指を持ち上げ利点を語り出す。

 

「四つ目はエ・ランテル近郊にも我々の商会の名を広めておくことに繋がるからです。今回の作戦は最終的には周辺諸国にアインズ様の御威光をお示しになる必要があります。そのために三国の境目にあるこの都市で名を売ることは全ての国に我々の情報が伝わることになります。それも噂話として、ここが重要です」

 パンドラズ・アクターの台詞に頷きながらもアインズは内心では首を傾げていた。

 

 情報は正確であればあるほど良い。と考えるアインズとしては噂話は信用しないし、そんなものが周辺諸国に流れたとしてどんな利点があるのか想像もつかない。

 セバス、そしてナーベラルもアインズ同様ピンときていないらしく、そんな二人を見てからパンドラズ・アクターは再度マントをはためかせる大仰な動きと共に話を続けた。

 

「常識を覆すような信じられないほどの商品の数々と、素晴らしく完璧な主人を有する商会が王都に誕生した。このような噂が仮に帝国と法国に流れた場合、彼らはどう対応するでしょうか?」

 

「……最初から本気では対応はしないでしょう。眉唾物だと考えつつ少し調べるか、あるいは何もしないかのどちらかかと」

 リアルと異なり、噂話や手紙でしか情報を行き来させられないこの世界では──<伝言(メッセージ)>もあるがどうもこの世界ではあまり信用されていないらしい──情報を調べるだけで多量の時間と資産が必要となる。

 よって調べる側は多数存在する噂話の中から自分たちにとっての利となるもの、あるいは本当かどうかはっきりさせたいものを優先することになる。

 

「通常であればそうでしょう。しかし人間の中にも聡い者は少数ながら存在する。つまり噂話から我々に目を付けた者たちだけが、自分だけが利を得るために接触を試みるでしょう。それが出来た者は我々にとって取り引きし取り込む価値のある存在だと言えるのです。言わばふるい落としを兼ねたテストのようなものです」

 なるほど。とセバスとナーベラルが同時に頷く。

 

 アインズも頷きたいところを我慢して、同じことを考えていましたと言うように小さく頷くだけに留めておいた。

「以上です。アインズ様、他に何か有れば是非お聞かせいただきたいのですが」

 

「……いや、現時点ではそれだけだろう。パンドラズ・アクター、良くやった」

 これがデミウルゴスあたりならばもっと褒め称えてやるところなのだが、パンドラズ・アクターはアインズが自ら創り出した存在、褒めるのは自画自賛のようで気恥ずかしいし、何より他の者たちに贔屓しているように思われては困る。

 軽く褒める程度にしてアインズはさて。と前置きをして全員を見回した。

 

(パンドラズ・アクターめ、お前のせいで四つ全てを完遂しないといけなくなったじゃないか。いや、聞いたのは俺だけども)

「しかしこれはあくまで予定であり、相手がどう動くかによって異なる。臨機応変な対応が必要となるが、お前たちならば問題なく実行できると確信している。では作戦開始だ」

 一応失敗した際の言い訳を口にしつつアインズは宣言する。

 

「はっ!」

 三人の揃った声を聞きながら、アインズはどんどん失敗が許されなくなっていく状況に、気づかれないようにため息を吐いた。

 




長くなったので切ります
続きは既に半分近く終わっているので次の話を投稿するのはいつもより早くなりそうです

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