「店の名前、だと?」
店舗内の改装や、商品として出すゴーレムの在庫等の目処がつき、そろそろ王都で開店を知らせる宣伝や商会の登録と言った手続きを開始しよう──そのあたりはセバスに丸投げする予定だが──とした矢先、セバスが妙に真剣な表情でそんなことを口にした。
「はい。僭越ながら、商会の登録や宣伝を行うためにもそれを決める必要があるかと」
「……なるほど」
シグマ商会のままでは駄目ということか。
セバスがここまで言うのだから何か理由がありそうだが、ストレートに聞いて良いものかアインズは考えながら椅子に深く座り直した。
「それについては私も懸念しておりました。シグマ商会、この名前は私とセバス様が王都で活動するために名付けた仮の名前、当初はそれを本物の商会に流用することなど考えておりませんでしたので、つい私たちの姓に因んだ名を付けてしまいましたが」
セバスと一緒にいたソリュシャンも神妙な顔つきで言う。
「我々だけで活動するのならばまだしも、アインズ様がその尊きお名前を用いて商会の主として活動する以上、商会の名を戦闘メイド由来というのは失礼にあたります。ここはアインズ様に相応しい名に変えるべきかと具申致します」
(ああ、そう言うことか。本当にNPCたちは細かいことに気を使うよなぁ。しかし言われてみればその通りという気もする)
「確かに、それは私も懸念していた。これはアインズ・ウール・ゴウンの威光を広く知らしめる為のものでもある。ではセバス、ソリュシャン何かアイデアはあるか? 矢面に立ち直接的な運営を行うのはお前たちだ。お前たちが好きに決めて良い」
こう言ったのには訳がある。
アインズのネーミングセンスだ。
かつての仲間たちの反応を見るに自分にはネーミングセンスが無いのは明白だ。
自分が名付けた武器やアイテムのネーミングを見る度みんなが妙になま暖かい目をしていたのを思い出す。
(俺は良いと思うから始末に負えん)
かつての仲間たちはそれを指摘してくれたが、きっとNPCたちはその名前がおかしいと思っていても、全肯定するに違いない。
それではマズい。
アインズのネーミングセンスが悪く自分が笑われるだけならばまだいいが、セバスの言うとおりアインズは、アインズ・ウール・ゴウンの名前を背負っている。
アインズが笑われるということはギルドそのものが笑われるということ、それは許されない。
なのでいつもの方法を採ることにした。
つまり出来る相手に丸投げである。それは相手に責任を押しつけるものであり申し訳なく思うのだが他に方法は思いつかない。
「私はセバス様の部下、セバス様を差し置いて名を決めることなど出来ません」
ソリュシャンのきっぱりとした返答に、アインズは頷きセバスに目を向けた。
「恐れながらアインズ様、王国の後は別の周辺諸国にも手を広げるとのこと。であればその際は分かりやすく今回の名と同じ店名を使うと考えてよろしいでしょうか?」
「その通りだ。毎回別の名を付けては宣伝力が落ちる。今回決める名をそのまま全ての国で使う。そのつもりで考えてみよ」
少し間を空けた後、セバスは腰から折って深いお辞儀を取った後発言する。
「申し訳ございません。私ではアインズ様に相応しき名前を創造することが叶いません。ここはアインズ様御自らに決めていただきたく……」
(いや、それが出来ないから言ったのに! しかしセバスは元々こういうタイプだったな。自分からの主張が薄いというか、理想の執事とはそうやって出しゃばらないものなんだろうか。たっちさんにそう創られたのなら無理はさせられないか)
「そうか……わかった、私が考えよう。ただしこれは重要な案件だ。この場で決めることは出来ぬ、後ほど知らせよう」
「畏まりました」
うむ。と偉そうに頷きながら、アインズは内心かなり焦っていた。
と言うのもここのところアインズはあの商品開発でボロクソに打ちのめされたのを皮切りに、店舗の内装や、販売価格、店内での制服、等々細かい部分について決めるために幾度か話し合い、そのいずれでもアインズがこれだと思った上で出したアイデアは──もちろんアインズが考えたと思われないよう婉曲に提案したのだが──ことごとく却下され、元から殆ど無かった自信は木っ端みじんに打ち砕かれていた。その矢先で今回の提案だ。
もうアインズは自分で決めるという選択は端から捨てていた。
(またみんなから意見を募るか、いやしかし時間が無い。もう決めることは残っていないんだ、後はこの名前付けで最後。となれば余計な時間はかけられない)
「では今日はここまでだ。下がって良い」
「はっ、失礼いたします」
「失礼いたします」
セバスとソリュシャンが連れ立って外に出ると部屋の中にはアインズと今日の当番のメイドだけが残る。
現在アルベドは別の仕事──と言うか彼女本来の仕事であるナザリックの内政に関わる仕事だ──を行っているためここにはいない。
アルベドがいればこの件も丸投げ出来たのだが、別の仕事をしているというのにこんなことで呼び出すわけにはいかない。
しばらく一人で考えてみたがやはり頭に浮かぶのは似通ったものばかりだ。
「外に出る。供をせよ」
ここで一人で考えているからダメなのだと自分に言い聞かせるように心の中で唱え、じっとアインズを見つめていた今日のアインズ当番、フォアイルに告げる。
考えが行き詰まっていたせいで口調が僅かに荒くなり吐き捨てるような物言いになってしまった。
「はい、畏まりました!」
やけに気合いの入った返答にアインズがちらりとフォアイルの顔を見ると、うっすらと頬を上気させ喜んでいるように見える。
やはり以前ハムスケに調査させた通り、メイドたちには傲慢な態度の方が受けがいいのは間違いなさそうだ。
(はぁ、詫びるわけにもいかんからな。偉そうな態度を取り続けるのって意外と大変なんだなあ)
元より人を使う側ではなく人に使われる側だった社会人鈴木悟にとっては辛いところだ。
やはり以前から密かに考えていた計画──王族や貴族を
対象となる支配者階級の人物を選ぶ必要があるが、なにを基準で選べばいいのか分からない上、今まで忙しくて後回しにしていたがもはや後の祭りだ。
モモンに加え今後商会運営まで行うのであればしばらく時間は取れないだろう。
別の意味でも気疲れを感じながら、アインズはフォアイルに扉を開けさせ、外へと出る。
慣れ親しんだ第九階層の廊下を進む。
時折、掃除を行っている一般メイドたちがアインズの姿を見ると一斉に深いお辞儀をして出迎えた。
そんな彼女たちに軽く手を振って答えながらアインズは行く宛もなく足を進める。
黙って後ろを着いてきたフォアイルは何も言わないが訝しんでいるかも知れない。
しかし元から目的地など無い。
かと言って部屋に戻っては何をしに外に出たのかと思われる。どこか適当な場所を見つけてそこに入るしかないと考えたアインズは何気なく周囲を見回した。
「ん? あそこは……フォアイル。あの店を知っているか?」
小さなドアを見つけフォアイルに問う。アインズが入ったことはないが何となく見覚えがある店だ。
「はい。あそこは副料理長が管理をしているショットバーです。私は行ったことはありませんが、メイドの何名かが飲みに行ったことがあると聞いています、確かデミウルゴス様やコキュートス様、シャルティア様も利用されているそうです」
「ほう。副料理長のバーか」
しかしシャルティアはアンデッドであるため毒と同じ類の効果である酩酊の効果は受けないはずだが、酔えなくても良いのだろうか。
アインズとは違いシャルティアは飲み食いは出来、味も感じられるらしいのでそれを楽しんでいると言うことか。
「副料理長には、商品の一つであるドリンクのレシピ制作を頼んでいたな。まだ完成はしていないと聞いているが」
「はい。空き時間に試行錯誤を重ねているようです。まだ納得のいくものが作れないと言っておりました」
「ふむ。そう言えば以前外の世界で集めた食材で作らせた料理の試食会を行わせたがメイドたちも参加したのだったな」
「はい。私も御相伴に与りました」
「外の食材はどうだった?」
ソリュシャンはナザリックのものは比べものにならないと言っていたが、あれはあくまで外で作った料理と比べてだ。
外の食材を料理長たちに作らせた物であれば味の差は食材の差のみとなる。
アインズの問いにフォアイルは一考もせず、ピシャリと言い切った。
「人間たちの作った物などナザリックの食材とは比べ物にもなりません!」
「そ、そうか」
ナザリックで提供している食事は第六階層で育てた野菜類も使っている。
あれはバフ効果など無いただの野菜であり味の差はないはずだが、それともマーレの魔法によって大地の栄養素を回復させているからその影響で味が変わっているのだろうか。
となると後々は野菜類も売りに出しても良いのかも知れない。
「本日のこの時間ですと副料理長は中におりますが、アインズ様如何されますか?」
ドアをじっと見ていた為にフォアイルはここに用事があるのだと勘違いしたようで、ピンと背筋を伸ばしアインズの命令を待つ姿勢を取った。
(ここに用事があったことにするか。誰かいれば店名の相談をしても良いし、いなくてもドリンクの進捗状況を確かめにきたと言えば済む)
「うむ。ではフォアイル、扉を開けよ」
「はい。畏まりました」
深くお辞儀をした後、扉に手をかけゆっくりとドアが開かれる。
薄暗い店内にアインズは黙って足を踏み入れた。
・
ナザリック地下大墳墓第九階層の一室、落ち着いた雰囲気が漂う小さな室内に二つの影があった。
一人はこのバーのマスターでありナザリックの料理人を努めるマイコニドの副料理長。
もう一人はこのバーの常連である、第七階層の守護者デミウルゴスだ。
彼が休日にここに来るのはいつものことであったが、今日は少し様子が異なる。
普段デミウルゴスは一人で来るときは大抵マスターである副料理長と歓談しながらゆっくりと酒を味わっているのだが、今日は妙に無口で、ただ黙って酒を飲んでいる。
やけ酒をしているようにも見えるが、それでも以前副料理長が心配して声をかけたが故に後悔することとなったシャルティアとは比べ者にならない洗練された飲み方だ。
よって彼も余計な口を挟むことなく、ただ黙ってグラスを磨き続けた。
「ピッキー、もう一杯頂けるかな」
「同じもので?」
「そうだね。そういえば例のナザリックはどうだい? 以前はまだ味に納得いっていないと言っていたが」
「まだまだ満足は遠いですが。以前よりはよくなったかと」
「ではそれを貰おう」
十種類のリキュールを使用したカクテル、ナザリックは見た目は良いが、その名前を冠するに足るほど味は良くはなく、暇を見つけては味の改善に努めている。
本来ならば客に試作品を飲ませ実験台にするようなことはしたくないのだが、相手から言ってきた場合はその限りではなく、今回もデミウルゴスが望むのなら、と準備を始めた。
やや時間をかけて完成したナザリックを差し出した後、不意にデミウルゴスが口を開いた。
「ピッキー。済まないね」
その謝罪が何を意味するのか副料理長は直ぐに察することが出来た。
酒を味わい、楽しむ場であるバーで感情のままに酒を飲む己を恥じ、マスターである自分に詫びを入れたのだと。
「お気になさらず、そうした飲み方もあります、元よりバーはそうした思いを吐き出す場でもありますよ」
シャルティアの時のような面倒くさい酔い方をされるのはごめんだが、こうして常連客が日々の鬱憤を晴らし、バーのマスターに愚痴をこぼすのも、なんだかこれぞバーのマスターの仕事という気がして悪くない。
「では、少し聞いてくれるかな」
ナザリックを一口飲んでからデミウルゴスは言う。
どうぞ。と手で促すと彼はゆっくりと語り始めた。
「王国でナザリックが商会を開くという話は聞いているかな?」
「ええ。食堂で出している調味料やドレッシング、スパイスを商品として出すということでしたので、人間の国で取れるものだけを使用して作るレシピを料理長が考案中です、私はドリンク系しか作れませんので、それとは別にドリンクのレシピを考案中ですが」
「そうだったね」
納得したように頷くデミウルゴスに、副料理長は驚く。あのデミウルゴスがそのことを忘れていたことにだ。
「今回の作戦はアインズ様に宝石箱を、この世界をお渡しするための第一歩と言っても良い。決して失敗は許されない」
「ええ。だからこそ、アインズ様が自ら指揮を執るのだと聞いています」
「アインズ様は私など足下にも及ばない、智謀に優れた御方。当然今回の作戦も何の問題もなく成功なさるでしょう」
至高の御方に対する絶対的な信頼感、それは副料理長も同様で、その通りとばかりに頷いてみせる。
しかしだとするとなぜ彼は落ち込んでいるのだろうか。
「その作戦にアインズ様は配下の者たちから広くアイデアを集め、商品を生産し、店舗の確保に内部の改装、様々な仕事を守護者やシモベに振り分けていますが、私にはお声がかからない。無論私はアインズ様よりいくつも仕事を任せられている。そのことに誇りを感じてはいます。全力で取り組まなくてはならないことだとも。しかしこれほど大規模な作戦から外されたのだと思うと……」
小さく息を吐き、デミウルゴスはカクテルを飲み込んだ。
「……お気持ちは分かります」
「そうか君は。いや失礼をした」
一言口にしただけでデミウルゴスはすべてを察したようだ。
やはり彼の知力はナザリックでもトップクラスなのだと実感する。
副料理長は基本的に飲食が必要なシモベ──一般メイドやプレアデスたち──の食事を提供するのが仕事だ。
そしてナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウン様、あの素晴らしき御方はアンデッドであり飲食は不要と言うか飲食が出来ない。
故に直接主の役に立つことが出来ない副料理長からすれば、デミウルゴスの苦悩はまさに贅沢な悩みであり、彼はそのことに一言で気づき謝罪を口にしたのだ。
「お気になさらず」
「いや。ようやくアインズ様のお役に立つことが出来るようになったせいか、焦っていたようだ」
「無理もないでしょう。ナザリックはこの地に来てから大きく変わりました。様々な種族が増え、より強大になっていく。アインズ様がこれまで御自らが行っていた仕事を我々を含めた皆に割り振ってくれるようになったのもそれが理由でしょう」
「そうだね。ならば私は自らに課せられた仕事をこなしつつ、アインズ様が私の力を必要として下さる時をお待ちすることにするよ」
「それがいいでしょう。ところでどうです? ナザリックの味は」
「うん。以前よりは大分味も良いし飲みやすくなった。強いて言うならまだ後味が良くないかな」
更に一口カクテルを口にしてから、デミウルゴスは言う。
もう気は晴れたようで、いつもの彼らしさを取り戻したようだ。
(これがシャルティア様であればこうはいくまい)
こちらが何を言おうと、ぐだぐだ言いながら酒を飲み続けた階層守護者を思い出しながら副料理長は気分良く胸を張った。
とその時、そんな彼を祝福するかのごとき福音が響き彼は視線をドアに向けた。
そこに立っていたのは絶対者。
漆黒のローブを身に纏い、一点に闇を凝結したかのようなその立ち姿はまさしくナザリックの支配者、アインズ・ウール・ゴウンその人であった。
「これは、アインズ様!」
デミウルゴスが立ち上がり礼を取ろうとするのを主は手を差し出して止める。
「止めよ。お前は休日中でここはバーだ、そのような態度は相応しくはないだろう」
「はっ、畏まりました。しかしアインズ様どうしてこちらに?」
そうは言っても座り直すようなことはせず、直立のまま主を出迎えるデミウルゴスの問いに主は軽く笑いながら答えた。
「いやなに私も休息だよ。コキュートスとお前がちょくちょくここに来ていると聞いてな。座らせてもらうぞ」
お供のメイドが一礼をしそのまま外に出て扉を閉める。
主はそのままデミウルゴスの隣に腰掛けた。
奇妙な静寂が周囲を包む。
普段であればマスターである福料理長が注文は何にするか尋ねるところだが、飲食の出来ない主に何を飲みますかと聞くのはむしろ不敬に当たる気がする。
「……ふむ。ここではマスターと呼ぼう」
そんなことを考えていた副料理長に、主は顔を向け告げる。
「はい。アインズ様」
「ではマスター。人が飲んでも問題なく、この世界の材料だけで作れるカクテルを出して貰えるか?」
「畏まりました」
以前命令がありレシピを作っているのは、野菜や果物を使用したドリンクでありカクテルではなかったはずだが余計な詮索はせずに言われるがままに思いつくカクテルを作り始める。
代わりにデミウルゴスが疑問を問うた。
「アインズ様。それは例の商会でお出しになるのですか?」
「うむ。第一弾としての商品は決まったが、人間は欲深く飽きやすい、同じ商品を出し続けていては飽きられよう。第二弾三弾と新たな商品を出さねばな」
「その彗眼流石でございます。人間は実に忘れやすい。例の八本指も今は大人しくしていますが、定期的に躾をして、ナザリックへの忠誠を忘れさせないようにすべきかと」
「そうだな。しかし何のミスも犯していないのに罰を与えるのはアインズ・ウール・ゴウンの名が泣こう。その代わり失態を犯したときは容赦せず、その様子を全員に見せてやればいいだろう」
「なんと慈悲深い、アインズ様のご配慮彼らにも必ずや伝わるでしょう」
「うむ。ところでデミウルゴス。その商会についてなのだがな。一つお前の意見が聞きたい」
ピクンとデミウルゴスの尻尾が微かに揺れたが、副料理長はそのことに気づかぬ振りをする。
「私に、でございますか?」
「そうだ。今日の会議でこういう意見が出た。商会の名前についてだ」
「確か、シグマ商会……なるほど、そういうことですか」
「む? 分かるか、デミウルゴス」
「はっ。シグマは戦闘メイド達の姓を参考に付けられた名、アインズ様の御名を広める為の商会が彼女たち由来の名では確かに問題でしょう」
「うむ。流石はデミウルゴス。取りあえず王都に開店する店の名前を別に付けることとした。シグマ商会はあくまで帝国での店名。王国の店には別の名を付け、それをそのまま広めるつもりだ。その後シグマ商会を吸収し、こちらが本店になった設定とする」
「素晴らしい案かと」
「うむ。その名をどうしたものかと考えていたのだが、それをお前に考えてもらおうと思った訳だ」
「そ、そのような大役をこの私に?」
デミウルゴスの声が震えている。
無理もない、と副料理長は準備を進めながらさりげなくデミウルゴスを見た。
主はうむ。と鷹揚に頷いた後にカウンターに腕を乗せ、半身動かしてデミウルゴスに体を向ける。
「以前お前には褒美として我が副官を任じたが結局お前達に任せ、私は何もせずに終わってしまったからな。その代わりではないが、何か良い案はあるか?」
もはや尻尾の動きを隠しもせず、デミウルゴスは感極まったように絶句していたがやがて、僅かに震えた声で口を開いた。
「……では恐れながら、以前私とコキュートスでこのような話をしたことがあります。アインズ様がこの世界を収め、世界の王となられた時、アインズ様をなんとお呼びするのが相応しいか。と」
「ほう。そのような話を」
感心したように呟いた主が続きを促す。
「単なる王ではその辺りの虫けらと変わりないため、もっと別のアインズ様に相応しい呼び方を考える必要があると。私はアインズ様の崇高なる賢知を讃え、賢王がよろしいかと愚考しました」
「……なるほど」
「それに対しコキュートスは多くの者達を支配し導くことになるアインズ様には、魔を導く王、魔導王が相応しいと。その意見には私も感服いたしました」
副料理長もその時のことを良く覚えている。
彼自身その名が主に相応しいと手を叩いたものだ。
「悪くない名だ。私が世界を手にした暁にはそう名乗るのも悪くない」
「そう仰っていただけると思っておりました。故にその名を知らしめ、尚かつこの世界、美しき宝石箱を手に入れるとの思いを込め、『魔導王の宝石箱』という名は如何でしょうか?」
デミウルゴスの言を受けた主は何度か口の中でその名を呟いた後うむ。と言うように大きく頷いた。
「良かろう。では今後、我々の商会は魔導王の宝石箱を名乗ろう」
「ありがとうございます。やはり、アインズ様には何もかもお見通しのようですね。私の無様な思いを見通しこのような報賞を賜り、この上なき幸せにございます」
メガネを外したデミウルゴスは目頭を押さえた。
その瞬間、副料理長も遅ればせながら主の考えに思い至った。
賢知に溢れる主は、デミウルゴスに仕事を与えていないことを気にして、わざわざこの場に足を運び、商会の名前付けという大役を与えに来たのだと。
そして同時にもう一つ気づく。何故主が自分に命じていたドリンクではなくカクテル、つまりは酒を作らせたのかを。
ならばバーのマスターとしてやることは決まっている。
「アインズ様、お待たせいたしました。第六階層で採れたリンゴをベースに作ったカクテルでございます。リンゴがやや酸味の強い出来となっていますので、それを最大限活かすようさっぱりとした口当たりになるようにしました」
カウンターの上にカクテルを差しだし、さりげなくデミウルゴスの前に置かれたカクテルナザリックに目を向けた。
「ん? うむ。ではデミウルゴス、乾杯といこうではないか」
流石は至高なる御方。
ここまで見越しての注文だったとは。
感服しつつ、副料理長は背を向けグラス磨きに戻る。
客が一人ならば話し相手にもなるが、客同士が話しているのならば黒子に徹するのが良いマスターと言うものだ。
「はっ。では何に乾杯いたしますか?」
デミウルゴスの問いに主は僅かに考えるような間を空けた後こう口にした。
「無論、『魔導王の宝石箱』その素晴らしき名が決定したことにだ」
押し殺したような嗚咽が一瞬聞こえたが、それは聞かなかったことにした。
今回で決めることは大体決まったので、次回から初商談に入ります