オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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会議やら話し合いばかりやっている気がしますが、もう1話か2話後決めることを決めたら初めての商談に入ります
開店するのはまだ先ですが


第10話 進行状況確認

 紆余曲折はあったが、ナザリックの最終目標が世界征服と決定したことでアインズも覚悟を決めた。

 と言うよりもはや目の前のことだけに尽力することにした。と言うべきだろうか。

 どのみちアインズが今から世界征服に続く道のりを考えられるわけでもない。

 

 そのあたりは出来る者──いつも通りデミウルゴスとアルベド──に任せておくのが無難だろう。

 よってアインズはとにかくこの商会を成功させることだけに力を注ぐことにした。

 

 今日はセバスに言って探させた王都内にある空き店舗の物件精査を行っているところだった。

 

「ふむ。セバス、お前が選んでくれたこの物件だが周囲はどうなっている」

 何枚かある中から一枚を取り出しセバスの前に差し出す。

 

「はっ。こちらは本通りから外れていますが、治安は良く高級な店舗が並んでいる区画にある店舗です」

 セバスがハキハキと淀み無く返事をする。

 

 ふむ。と納得したような態度をとって見せたものの、アインズとしては正直何を基準に選べば良いのか見当がつかない。

 皆が考えてくれたアイデアを元にすれば、おそらく成功は間違いないだろう。

 

 だからといって初めから本通りにある一等地に店を構えて良いのか。

 初めは小さい店舗から徐々に大きくしていった方が良いのではないか。

 しかしそれでは店舗を変える度に余計な金がかかることになる。

 商品を置く倉庫を確保する必要もあるかも知れない。となると倉庫街に近い場所にした方が良いのか。

 

 何より。

(初期費用がこんなにかかるとは。高い、高すぎる!)

 アインズの現在の手持ちが一気に無くなる金額だ。

 

 セバスの選んできた店舗候補は全て本通りに面した場所か、あるいは高級店のある場所ばかりだ。

 ナザリックの、いやアインズ本人の財政状況を知らないから仕方が無いが、今更実は金がないので安い物件を探してきてくれとは言えない。

 もはや立地条件は無視し、金額の部分だけをチェックしながら書類を読み進める事にした。

 

 ふと手を止める。

 一軒だけ妙に安い店舗の情報が乗っていたからだ。

 

「セバス、この物件はなんだ。妙に安いな」

 

「はっ。ナザリックの格に合うとは思えないのですが、一応条件を満たしておりましたので候補に加えました。なんでも曰く付きの物件とのことです」

 

「ほほう?」

 興味をそそられ書類を初めから読み直す。

 

 他の物件に比べるとあまり広くは無いが、それでもエ・ランテルで見たンフィーレアの店よりは広い。

 本通りからは外れているが広い道路で直接繋がっており、周囲は店舗がいくつかあったが密集し過ぎている訳ではなく、ある程度閑散としている。

 条件は悪くない。むしろアインズとしてはかなり良いと思えた。何より値段が素晴らしい。

 

「その曰くとはなんだ?」

 

「いわゆる潰れやすい店です。この周辺には他にもいくつか店がありますが、なぜかこの店舗に入った店だけが何度も潰れているそうで、そのためすっかり借り手がいなくなり現在は別の店の倉庫代わりに使用されていましたが、その店が規模を縮小するために再び空き店舗となったようです」

 

「なるほど」

(縁起の悪い物件ではあるけど、この安さは魅力だな)

 

「よし。セバス、もう一度この物件について詳しく調べよ。周辺の状況、その曰くとやらが人為的なものである可能性もある」

 

「畏まりました」

 

「うむ。場合によっては賃貸ではなく買い取りも検討する。ナザリックの者が多数出入りをすることもあるだろうからな。その場合賃貸よりは我々の物にした方が手っとり早い」

 

「しかし、アインズ様。このような物件でよろしいのでしょうか?」

 

「構わん。そもそも人間達の造る建物などどれも同じだ、我々の足元にも及ばない。であるならせめてその曰くとやらをものともしないという点で少しでも早く名を上げる役に立たせるのが良いだろう」

 そんな曰く付きの物件ならば持ち主は賃貸よりむしろ手放したいと考えているかも知れないとの計算も働かせている。

 何より購入しさえすればいちいち引っ越しなど考えず、増築していけば済むようになり、その方が最終的には安上がりになるだろう。

 

 しかしながら購入の場合には、アインズの手持ちだけでは足りないだろうから、ナーベラルとパンドラズ・アクターの二人で冒険者漆黒として働きに出てもらおう。

 

(二人だけでちゃんと仕事が出来るのか確かめる意味でも良いだろう。決してパンドラズ・アクターをナーベラルに押しつけたい訳ではないが!)

 ここ数日、パンドラズ・アクターはアインズの模倣を完璧にするという名目で、幾たびもアインズの元に訪れていた。

 その度にアインズは存在しない胃と、がらんどうの頭脳がキシキシと痛むのを感じていたのだ。

 

「畏まりました。では、私はこれで」

 

「うむ。ああ、そうだ。例の八本指だったか? そちらはどうなっている?」

 セバスとデミウルゴスが全員を捕らえた後、マーレ発案の方法で教育しナザリックに忠誠を誓わせたと聞いている。

 デミウルゴスに任せると言った以上なるべく手は出したく無いが、もし完全にそれが完了しているならば、奴らの資金を使用して店舗の開店資金に回しても良いかも知れないと思いついての発言だった。

 

「はっ。奴らは全てナザリックに絶対の忠誠を誓っておりますが、現状は八本指としての活動をそのまま続けさせております。急激に取り潰すと大きな影響があると思われますので」

 

「そうか。だが最低限麻薬部門だけは規模を縮小し王国内に広めるのは止めさせるようデミウルゴスに伝えよ。王国は将来我らの傘下に入ることになる。これ以上国力を落とされては困る」

 

「はっ。デミウルゴスもそこは承知しているようで、現在は王国外、特に敵対している帝国を中心として流通させているようです」

 

「ならば良い。先ほどの命は取り消しだ。引き続きそちらはデミウルゴスに任せよう」

 

「はっ」

 立ち姿、口調、振る舞いにおいて完璧な対応を見せるセバスにアインズはふとイタズラ心を覚え、話を変えた。

 

「時にセバス、ツアレと他の女たちの様子はどうだ?」

 動きにはなんの淀みもないが、ほんの一瞬虚を突かれたような間が空いた。

 

「はい。大きな問題はございません。精神的にも安定し、今は客前に出しても恥ずかしくない対応を学ばさせるためにペストーニャに預けております」

 

「そうか」

 若干誤魔化された気はするがあまり深く追及するのも気が引ける。

 

「一応全員に気を配れ。今は助け出したお前に恩義を感じているが、人間というのは忘れていく生き物だ。我々が台頭し巨大な商会になった暁には、他の商会やあるいは国家が探りを入れて来る可能性もある。その際ナザリックの者であればなんの心配もないが、人間は懐柔される恐れがある」

 既にツアレを始めとした人間達には顔合わせを行いナザリックに忠誠を誓わせた。

 

 しかし八本指とは異なり恐怖や拷問、痛みによる忠誠ではなく、あくまで自分達を救ってくれた恩人に報いるという恩義による忠誠だ。

 他に行く宛も無いからナザリックにしがみつこうとしているだけかもしれない。ならばもっと良い条件を提示されれば、裏切る可能性もある。

 

「──はっ、その際は私が責任を持って処理いたします」

 僅かな動揺も淀みも無くセバスが言い切る。

 

 以前のセバスであればその善性故に迷ったかもしれないが、前回の失敗以降優しさを残しつつも、必要であれば非情な決断を下せるようになっていた。

 これも成長だろう。

 

「うむ。セバス、お前の優しさは甘さを含んだものだと思っていたが、今のお前であればなんの問題も無かろう。信頼している」

 

「ははっ。ありがたき幸せにございます。アインズ様のご信頼に報いる働きを誓います」

 

「ただ、そうだな。ツアレに関しては大きなもので無い限り一度だけ失態を犯しても見逃そう」

 

「あ、いえ、しかし。ツアレだけそのように特別扱いをするわけには」

 その鋼の執事が慌てるという珍しい光景を見て、今日のアインズ当番であるシクススが目を丸くしたが、直ぐに表情を戻した。

 アインズも愉快げに一度笑った後、手をひらつかせ、セバスを落ち着かせる。

 

「あれの妹には一つ借りがある。私は恩には恩を仇には仇を返すべきだと思っている。受けた借りも同様だ、よって今は亡き者から受けた借りは、その姉に返す。それだけだ」

 ツアレの顔を見て、本名を聞きそれに気がついた。かつてアインズ達が冒険者としての第一歩を踏み出した際に出会った冒険者チームの一人の顔だ。

 

 その後彼女が残した日記によってアインズはこの世界の一般知識を得ることが出来た。

 これはその借りを返すだけである。

 しかしセバスはそんなアインズの言葉にいたく感動を覚えたらしく、胸に手を当てると恭しく礼を取った。

 

「慈悲深きそのお言葉、しかと胸に刻みました」

 

「うむ。無論何もないのが一番だがな。少し話し過ぎたか。ではセバス改めて私の命を実行に移せ」

 

「畏まりました」

 部屋を後にしたセバスを見送ってから、アインズは椅子に座り直し提出された別の書類に目を通した。

 

 コキュートスより提出されたドワーフの王国との国交を結ぶための企画書だ。

 その最初に書かれていたのがドワーフの国に関する知識であり、鉱石の採れる鉱山内部に都市を構え、そこで発掘された鉱石で様々な武具を生産しているとのことで、中には超希少金属で作られたものも存在しているとのことだ。

 

 この世界で超希少金属と言えばアダマンタイトだがもしかしたらそれ以上の金属もあるかもしれないと思うと、空洞の胸が躍る気がした。

 

(これは是非とも成功させなくては)

 次のページに書かれたドワーフの国のあるアゼルリシア山脈。その名前にはアインズも覚えがあった。

 

(ここにいるのは確かフロスト・ドラゴンだったか。そう言えばドラゴンの名前を調べてもらう約束もしていたな)

 結果として果たされることの無かった約束だがそうした伝説があるのだと教えてくれた少女の顔が思い浮かんだが、それも直ぐに消えた。

 

(本当に世界征服を考えるなら、ドラゴンは是非とも欲しい存在だ)

 ユグドラシルでも最強種族の一つであったドラゴンは戦力もそうだが、コレクターとしては素材の意味でも魅力的だった。

 

「フロスト・ドラゴンであればコキュートスなら相性的にも問題はないが……」

 問題になるのは交渉の際に誰に行ってもらうかだ。発案者であるコキュートスが行くのが当然というか、他の者に任せてはコキュートスの手柄を奪う形になってしまうため、出来るだけコキュートスに任せたいところだが、コキュートスは性質上交渉事に向かない。

 

 順調に成長はしているが、まだまだデミウルゴスなどとは比べものにならない。

 騙されて不利な取引を決めたり、こちらに損失を出した場合のことを考えるとやはり誰かに一緒に行ってもらいたい。

 

(そうなるとやはりデミウルゴス、か……いや、俺が直接行っても良いんじゃないのか?)

 ユグドラシルにおいてドラゴンは寿命が無いという設定であり、年を重ねれば重ねただけ強くなる。

 

 この世界に古くからいるドラゴンであればどの程度の強さなのか、アインズにも想像がつかない。

 そこにNPCたちだけを送り込んで良いものか。

 臨機応変な対応に関してはまだまだアインズに分があると考えている。

 

(いや、これは重要な案件だ。幸い武器自体はナザリックでも作れるし他の商品もある。先ずはもっと詳しい情報を集めてもらおう)

 そう決めたアインズは、書類を保留の箱に入れ次の書類を手に取った。

 

 

 ・

 

 

 未だセバスたちが借りたままの館内に、今回の作戦における主立ったメンバーの姿があった。

 セバス、ソリュシャン、シャルティア、パンドラズ・アクター、ナーベラル。

 ナーベラルに関しては漆黒との繋がりに関する設定を密に行うための参加である。

 

「では、運営会議を始める。進行はソリュシャン、お前に任せる」

 

「はいっ。承知いたしました」

 指名されたソリュシャンの表情は明るく、他の者はどこか残念そうに見える。

 未だこの程度の小さな命令でも一喜一憂するのだから困ったものだ。

 

「では僭越ながら私が進めさせていただきます。まず店舗についてですが、セバス様が候補として挙げていたものからアインズ様がお選びになった店舗を買い上げることとなりましたので、当面はそちらの店舗を王国でのナザリックの拠点の一つとして活用いたします」

 以前セバスが言っていた曰く付きの物件は借りるのではなく買い上げる話を持ちかけると思いの外あっさりと持ち主が手放すことを承諾したらしい。

 曰くに関してもやはり人為的なものはなく、最初のうちは単純に運が無く、その後はその噂のせいで商売がうまく行かなかっただけだろうと結論づけられた。

 曰く付きの物件でそれなりに安くはあったが、足りない分はナーベラルとパンドラズ・アクターが多数の依頼をこなしその報酬によって賄われた。

 

「ナザリックの者が転移するための場所、周囲から目隠しになる部屋を作っておけ。我々も普段はそこから出入りすることになる」

 

「畏まりました。現在アウラ様を主導として内部の作り替えを行っております。周囲に気づかれないように作業を行っているため多少時間がかかりますが」

 

「構わん。流石にある程度の防御対策は必要だろうからな」

 本音を言うとそんな無駄な金は使いたくないのだが、何の対策もされていない場所にアインズが駐留することにアルベドを始めとして全ての守護者が反対を表明し、以前ログハウスを造った経験のあるアウラが主導となって買い上げた物件は外見はそのままに人間如きではどうしようもないほど強固な要塞へと変わりつつある。

 

「はい。では次に商品の開発状況についてですが、シャルティア様。お願い致します」

 指名されたシャルティアが立ち上がりアインズに向かって優雅に一礼してから手にした書類をジッと見ながら話を始める。

 

「では、先ずわたしが主導として発案したゴーレムについてでありんすが、取りあえず人間用に強さを調整した石の動像(ストーンゴーレム)鉄の動像(アイアンゴーレム)を二百体ずつ作成しんした。ひとまずは第六層に置いていんす。レンタルで人間どもに貸し出しする物の外見は全て同じデザインにし、後ほど商会の目印のような物を着け一目で我々の所有物だと判るようにする予定でありんすぇ。コキュートス発案のドワーフの国との国交を前提とした武器は現在のところ保留中、なんでもドワーフの国に行ったことのある蜥蜴人(リザードマン)が詳細な場所を思い出さないようでありんす」

 

「ふむ。必要であれば私がそいつの記憶を操作し場所を探ろう。コキュートスにはいつでも動ける用意だけするように伝えよ」

 交渉の結果、武具を取り扱えるようになったとしても店頭に並べられるようになるまでは時間がかかる。

 急ぎ過ぎるのも良くないが出来れば手早く進めたい。

 

「承知致しんした」

 頷いてからシャルティアが続きを口にする。

 

「本に関してはこの世界の印刷過程が未だ不明のため、こちらの方法で作成すると場合によっては面倒なことになりかねないので、製造より先に人間どもに見せても問題のない本を厳選していんす。チビすけ……アウラの魔獣による運搬業は魔獣を都市内に入れるには登録が必要とのこと、その登録者をどうするか考え中でありんすが、アインズ様、如何しんしょうか?」

 

「ふむ。取りあえずは私が登録することにしよう。魔獣の選定は終わっているのか? 弱すぎても困るが、あまり強い魔獣だと騒ぎになるぞ。ハムスケより少し弱いくらいが丁度良いのだが」

 伝説の魔獣と言われるハムスケよりも強い魔獣を使役すると、相対的にモモンの評価が下がる可能性がある。

 それを危惧しての言葉であったが、シャルティアは書類のページをめくり確認してから続けた。

 

「ギガント・バジリスクがよいのではないかとのことでありんす。目を隠す兜を作成し石化の視線を使わせない状態にしておけば問題は無く、傭兵モンスターとして召喚すれば、運搬の際にはナザリックの者であれば誰の命令でも聞きんしょう」

 

「ギガント・バジリスクか。大丈夫か? モモンとして活動しているときに退治したが、あの程度のモンスターでも殆ど伝説扱いだったが」

 

「小さい頃から飼い慣らし、それが成長したという設定にするとのことでありんす」

 

「そうか。それならば問題はないか。ではそれを目玉として他にもそれなりの数を揃えさせよ、こちらはもっと弱くこの世界の人間でも飼える、八足馬(スレイプニール)鷲馬(ヒポグリフ)で構わん。では次だ」

 

「はい。後はメインではありんせんが、ドワーフの国の武具が入荷するまでの間、ミスリル、オリハルコンをベースにした装飾性に優れた武具を生産していんす。こちらは既に試作品が出来上がっていんすから、後ほどお持ち致しんすぇ」

 これはメイド達から寄せられたアイデアの一つで、武具としての性能よりも地位のある人間が飾って置くための装飾品としての武具を開発することとした。こちらはナザリックの鍛冶長を中心にあくまで装飾メインで攻撃力、防御力は低いものばかりだが、それなりの金額で売るつもりだ。ゴーレムが一般人向けなら、こちらは貴族達など地位のある人間とのパイプ作成の為の商品である。

 

「うむ。今はこんなところか。食品や調味料は店が大きくなってからだな。先ずは少数精鋭で顧客を掴むことから始めよう。後はマジックアイテムか、上位の冒険者用にこの世界にも存在しつつ珍しいまたは高価な物をいくつか用意しよう。これは私とナーベラル、我々で選定する。お前だけが見聞きした物もあるだろうからな」

 

 モモンとして活動している間、モモンだけあるいはナーベだけで活動をしたこともある。

 買い物や商人に発注するのも大抵ナーベラルに任せていたため、そうした情報はナーベラルの方が覚えているだろう。

 

「畏まりました。今後も漆黒として活動する際にはその手の情報も集めますか?」

 

「そうだな。出来れば今後は我々以外のアダマンタイト級冒険者が持つ武具やアイテムを知りたいところだ、そのあたりも調べてくれ」

 

「はっ!」

 

「さてソリュシャン。現在決定していることは以上か?」

 

「はい。これで全てとなります」

 思いの外短かった。

 もちろん、これから決めるべきことは幾つもあるのだろうが、会社を興したことのないアインズではなにを優先するべきなのか良く判らない。

 

 どうでも良いことを優先させて不思議に思われても困る。

 

(しかし、今回はデミウルゴスもアルベドもいないしなぁ。誰かに話を振ると言っても、ソリュシャンか、それとも)

 なにを考えているのか判らない埴輪顔がこちらをじっと見つめている。

 その視線はアインズに何かを訴えかけているようにも見えるが、話を振りたく無いという思いが強い。

 

(いや、仮にもあいつは俺の、息子、子供……まぁ、それに類する何かだ、あまり邪険にし過ぎるのも良くないか)

 ゴホンと咳の真似事をしてから、改めてアインズはパンドラズ・アクターを見た。

 

「パンドラズ・アクター」

 

「はっ! 如何なさいました? アインズ様」

 今回は書類もあるため、全員を同じテーブルに座らせて話をしていたのだが、アインズが名を呼んだ途端、パンドラズ・アクターは立ち上がり胸の前に手を当て軽く頭を下げながら言った。

 

「いや、うむ。まだまだ決めるべきことは多々あるが、お前は何から決めるべきだと思う?」

 

「我が神のお望みのままに」

 ドイツ語禁止したせいで余計にパンドラズ・アクターの口撃力が増した様に思える。

 ドイツ語など殆ど知らないアインズは、なんか格好付けてるぐらいに感じていたものがしっかりと意味のある格好付けに変わってしまい更にダメージを負うこととなった。

 

(しかし、今更ドイツ語で良いというのも気が引ける。ええい、もういい無視だ無視。こいつのこの手の台詞は全て聞かなかったことにすればいい)

「そうではない。私はお前の成長をこそ見たいのだ。己で考え発言せよ」

 

「畏まりました! であるならば、私はアインズ様の商会でのアバターを決めるべきかと」

 

「ん? ソリュシャンの父親でセバスの主人というところまでは決まっているが、もっと詳しく設定をするということか?」

 

「はっ! 商会が成長するに従い、すり寄る者も増えるでしょう! で、あるならば。商会のトップであるアインズ様に近づこうと考えるはず。ここの設定を固め、皆で共有しておくことが重要かと」

 いちいちオーバーなリアクションを取りながら演説するかのごとく言い放つパンドラズ・アクターに向けられる視線は皆一様に冷たい。

 自らが作り出した存在を射抜く視線はそのままアインズの体をも貫いていく。

 

(やめてくれ。俺の造ったNPCにそんな冷たい目を向けないでくれ!)

 限界に達した羞恥心が沈静し直ぐにまた湧き上がる。

 それを短い時間で何度か繰り返してから、アインズはやっと落ち着きを取り戻しパンドラズ・アクターに目を向けた。

 

「そうだな。ならばそこから始めるか。全員の立ち位置もキチンと決める必要がある」

 セバスは現状のままで問題ないにしても、他の二人──特に急遽参加が決まったシャルティア──の立ち位置は難しい。ソリュシャンは娘と言うことになっているが、外見上はそれより幼いシャルティアはどうすればいいのか。

 

 もう一人の娘か。しかしソリュシャンとは似ていない。

 ふとそこであることに気がついた。

 

(こいつら演技が出来るんだろうか?)

 ナーベラルは全くと言っていいほど出来ていない。これはもはやそういう設定なのだと諦めているが、ソリュシャンとシャルティアはどうだろうか。

 個人的にはソリュシャンは出来そうな気がするが。

 

「ところでソリュシャン。現状だとお前は私の娘となっているが」

 

「はい。恐れ多いことですが、アインズ様がお決めになったのでしたら、そのように努めさせていただきます」

 

「うむ。では練習だ。今から少しの間私を父と思って接して見せよ。お前自身が演じる役に合わせてな」

 ソリュシャンを除いた周囲の者が微かに反応を示す。

 なぜか最も大きく反応していたのはパンドラズ・アクターであった。

 その埴輪顔から感情を読みとるのは困難であったが何となくショックを受けているような気がする。

 

「畏まりました。ではお側に失礼致します」

 立ち上がったソリュシャンはペコリと一礼すると椅子を持って移動する。

 

 そのままアインズの真横に椅子を置いた彼女はそこに腰掛け、にっこりと笑みを浮かべてアインズを見た。

 いつもの彼女とは異なり、瞳に光が入り輝いて見える。

 

「ではお父様。進行を続けさせて頂きます」

 

「う、うむ」

 笑顔のままソリュシャンはアインズに寄りかかるように体を預けた。

 瞬間、シャルティアとナーベラルが不愉快そうに眉を寄せたが、アインズに恋慕しているシャルティアはともかくなぜナーベラルまで反応するのだろう。とアインズが不思議に思っている横でソリュシャンは話を続ける。

 

「では、私とお父様の関係についてはこれで問題ないと致しまして、それ以外の方々とお父様との関係を決めましょう。セバス、何か意見はありますか?」

 

「私は元よりアインズ様の執事、それは商会でも変えずとも良いかと」

 あっさりとセバスを呼び捨てにして見せるソリュシャンに、セバスもまた何の問題も無いとばかりに返答して見せた。

 逆に他の者が僅かに反応したくらいだ。

 

「うむ。セバスに関してはそれで良かろう。ではシャルティアだが」

 選択肢は幾つかある、娘か、メイドか、従業員か、その辺りだろう。

 どれもシャルティアにこなせそうな気はしないが、それはシャルティアの演技力次第と言ったところか。

 

「恐れながらアインズ様。わたしからひとつ提案がありんす」

 

「ほう。言ってみよ、お前が演じるのだ、お前が一番やりやすいものが良かろう」

 シャルティアが自分で考え提案してきたというところに驚きと共に成長を感じ、嬉しさを覚えたアインズは続きを促した。

 

 その直ぐ後、アインズは己の言葉を後悔することになる。

 

「当然、アインズ様の妻でありんす! さぁソリュシャン。その場所をわらわに譲り、貴女はわたしのことをお母様と呼びなんし」

 部屋の中に白けた空気が漂い出す。

 特に指さされたソリュシャンはあーあとでも言いたげに重いため息を吐いて見せた。

 

「恐れながら。それは流石に無理があるかと」

 真っ先にセバスが否定する。

 

「ええ。流石に私の母とは。逆ならばまだ判らなくもないのですが」

 チラリとソリュシャンがアインズに流し目を向けていることに気がつき、アインズは誤魔化しも兼ねて一つ咳を落とした。

 

「そうだな。当然シャルティアにも外見通りの年齢の人間として過ごしてもらわねばならぬ。残念ながら却下だ」

 

「そんな! わたしにとってはそれが一番自然な配役でありんすのに。そもそもアインズ様ほどの御方に妻がいないと言うことこそ不自然な話。後妻ならば娘より年下でもそれほどおかしくは無いでありんすぇ」

 そうなのだろうか。と一瞬納得しかけるがアインズは心の中で慌てて首を振る。

 アインズが口を開こうとした瞬間。

 

「アインズ様! 一つご提案があります!」

 再び、今度は椅子を鳴らしながら慌てたように立ち上がり大きく手を広げ声を張り上げるパンドラズ・アクターによってアインズの言葉は潰された。

 

「……なんだ?」

 

「はい! 帝国より王国に支店を出しに来た商人と言うのが現在アインズ様が設定なされたアバターですが。これより後、王国だけでなく帝国においても商売を広げるおつもりならばそれが枷となりかねません」

 一気にまくし立ててくるパンドラズ・アクターにアインズは僅かに引きながら話を聞く。

 

「アインズ様がお作りになられた名が帝国にいなければ正体が露見すると?」

 パンドラズ・アクターの言葉を受けてセバスが反応する。

 

「如何にも! 王国で有名になればなるほど、何故帝国にいた時から名が知れていないか疑問を持たれます。ですので、私はアインズ様に余計なアバターは不必要かと考えます」

 

「ん? それはつまり、アインズ・ウール・ゴウンとして活動するべきだということか?」

 パンドラズ・アクターの言うことにも一理はあるが、ナザリックの行動の隠れ蓑として王国を裏から支配すると言うのが今回の作戦の肝だ。

 それなのにナザリックが表に出ては意味がない。

 

「いえ、正確には違います。アインズ様はナザリックの絶対的支配者以外に、この世界でその尊きお名前を用いた別の顔をお見せになったと聞いております」

 ズレてもいないのに帽子の鍔を摘み片手を後ろにあて、帽子の位置を直す仕草を見せながらパンドラズ・アクターは続ける。

 

「カルネ村において、アインズ様は研究に没頭していて俗世を知らない魔法詠唱者(マジック・キャスター)を名乗っていたと」

 助けた見返りを金銭ではなく情報にするために、カルネ村の村長にはそう告げたし、今でもあの村の住人はアインズのことをそう認識しているはずだ。

 

「確かに。その通りだ」

 

「それを今回も使用いたします。アインズ様は世を忍び様々なマジックアイテムや新たな武具、ゴーレム等の製作法を編み出した偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)。研究がひと段落したため、その成果を世に広めるために商会を開いた。隠れていたのだから帝国に名が知られていなくとも不思議はない」

 

「ふむ。それで、セバスやソリュシャン、シャルティアの立ち位置はどうなる?」

 

「そのままで問題ないかと。つまりは偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ様の世話を行っている執事、お嬢様方につきましては、ある意味こちらも真実、アインズ様のお仲間の娘で、現在はアインズ様が親代わりを務めている。と」

 ほう。と感心を示し、アインズは息を吐いた。

 

(流石はパンドラズ・アクター。いちいちその動きを取らないといけないのか。とか言いたいことはあるが、知能に関してはとても俺が作り出したとは思えない出来だ)

「面白い意見だと思うが、皆はどう思う?」

 

「アインズ様の仰せのままに。ですが、私個人と致しましては、別の名ではなくアインズ様として君臨していただいた方が、我々はもちろん、従業員になる人間たちも混乱せずに済むかとは思います」

 

「確かに。お前たちならばいざ知らず、人間たちでは私が複数のアバターを持っていては混乱しかねないな。そのせいで正体が露見しては目も当てられんか」

 セバスの意見に納得を示してから未だアインズに身を寄せているソリュシャンに目を向けた。

 

「私もお父様のお気に召すままに。どのような役であれ完璧にこなして見せます」

 

「う、うむ。ソリュシャン、そろそろ演技は止めて良い。お父様も止めよ、パンドラズ・アクターの案を採用するのならば、父の友人をそう呼ぶのはおかしな話だ」

 ヘロヘロさんにも悪いしな。と口に出しかけた言葉を飲み込み、アインズはソリュシャンに言う。

 彼女は一瞬、ほんの少しだけ拗ねたように唇を尖らせた後、アインズから離れ、畏まりました。と一礼した。

 

「……わたしも異存はありんせん。ですが、妻役が必要なときにはいつでも。いつでもこのシャルティア・ブラッドフォールンをご指名してくんなまし」

 

「か、考えておこう」

 力強いシャルティアの宣言にアインズは余計なことを言えずそう返すのが精一杯だった。

 視線の端でなにやらパンドラズ・アクターが小さくガッツポーズをしているのも気になったが、それにも触れることは出来なかった。 




パンドラズ・アクターがやっと登場しました
書くにあたって改めて原作の登場シーンを読み返してみましたが、思ったより普通に話してて驚きました
アニメの影響かもっと弾けていた気がしたので

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