美波の奇妙なアイドル生活   作:ろーるしゃっは

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再開すんのに1年2ヶ月もかけたssがあるらしい(評価謝謝茄子)





022/ LiPPS

「予選はこれで、一段落、っと…………」

 

 8月半ば、2014年度アイドルアルティメイト・第1回予選会場。

 帳の落ちた設営会場の裏側で、東方仗助はひとり胸をなで下ろす。

 自分が受け持ったユニット「ラウンズ」の4人が、目出度く予選を通過したからだ。しかも。

 

(……シード通過ってのは流石だな。今西()()が、4人とも強く推しただけはある)

 

 ただし。予選の様子をあの好々爺(こうこうや)はにこにこと眺めていただけだったが、仗助は内心気が気ではなかった。

 言わずもがな、スタンド覚醒に伴う一連の事件を知っていたためである。

 

(美波ちゃんは大丈夫と思ってたし、事実その通りだったけどよ)

 

 又姪にあたる美波については、場数から言って全く心配していなかった。何せ彼女、初めてのスタンド覚醒、並びに初戦闘は優に15年前。超常現象と付き合って来た年季が違う。

 体力は元より超人レベルの上、人前で何かを披露するのも全く臆さない。年相応に戸惑ったり迷ったりもするが、枢要な局面では必ず勝ちを収めている。

 まあ18年も空条承太郎の娘をやってれば、勝負事には強くて当たり前ではある。

 

 問題は飛鳥、志希、文香の3名……だったのだが、奇しくも皆その道の先達がくっついている。若人達のメンタルケアを仗助が務めるだけでなく、スタンド3人にもこっそりお願いしていたのが奏功したのか、パフォーマンスは現状出来る最高のものだった。

 書類を纏めて挨拶回りをしていた、そんな折。

 

「あれ?こんなとこでどーしたの、プロデューサーさん?」

 

 聞き覚えのある声に、振り向くと。

 

「……莉嘉ちゃん?」

 

 そこに居たのは、今年の3月まで担当していたアイドル……の、妹の姿だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 先月誕生日を迎え、12歳になったばかりの少女、城ヶ崎(じょうがさき)莉嘉(りか)。ツインテールの似合うこの快活な小学生を、仗助は約10年前から知っている。

 笑顔が姉にそっくりなこと、喧嘩する時もあるが基本はお姉ちゃん大好きな子であること、未満児の時にカブト虫用ゼリーを間違えて食べたこと、などなど。

 

「来てくれてたのか、ありがとな?」

 

「うん。よかったよ〜、新しいコ達!思わずあたし、ウルトラオレンジ6本も折っちゃった☆」

 

 使用済ペンライトをポーチから出してみせる彼女。来年中学生にやっと上がるという年頃なのに、既にジェルネイルにイヤーカフまで付けているのは、お洒落な姉の影響だろうか。

 

「そりゃあ良かった、アイツらにも伝えとくぜ。関係者席にいたのか?」

 

「うん。運営さんが『莉嘉チャンなら特別よ♡』って通してくれてね。ほら、あのオネエのスタッフさん」

 

「サンキュー。あとでお礼言っとくわ」

 

 言ってた拍子に。

 

「ところで、お姉ちゃんこっちこなかった?」

 

美嘉(みか)か?……いや、こっちじゃあ見てねーけど」

 

「あれれ、おっかしいな?んじゃラインしちゃうね!」

 

 とか言いながら彼女、取り出したスマホで通話。誕生祝いで買ってもらったばかりという最新機種には、姉と撮ったプリクラがカバーに貼ってある。程なくして。

 

「……おっ、来た来たお姉ちゃん!」

 

 言うが早いが莉嘉、大きな声を出して手招き。

 程無くして遠くからでも目立つ、綺麗な淡いピンク髪の少女が走り寄ってきた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ゴメンねP、子守させちゃって。……ほーら莉嘉、帰るよ?」

 

 妹に続き現れたのは莉嘉の実姉、城ヶ崎美嘉(みか)。今年で高校二年生になるティーンエイジャーにして、昨年華々しくアイドルデビューを飾った少女でもある。

 仗助は彼女が子役モデルだった頃から面識があるため、もうじき知り合って10年程になるのだが。

 

「ねえねえ、お姉ちゃん」

 

 通話を切ってSNSを身始めたらしい妹が、姉のホットパンツを引っ張る。

 

「?」

 

「今ね、お姉ちゃんの名前をTwitterで検索してみたんだけどさ」

 

「うんうん」

 

「そしたら、この画像が出てきてね?」

 

 妹の装飾過多なスマホ画面に表示されたのは、先般撮影したばかりという姉のグラビア。今週号のヤンジャンだかの表紙を飾っていた筈だ。なんでもこの号だけ増刷がかかるくらいには好評だったとか。

 

「お、水着モデルのやつか。よく似合ってんな」

 

「ぇ、ぁ、……アリガト、P」

 

「応」

 

 横合いからのPの感想が、不意打ち気味だったのか。いつまで経っても初々しい姉の様子に、思わずおませな妹はニヤリ。()いのう愛いのうお姉ちゃん、と妹ながら微笑ましく思う。気分はお節介な仲人である。

 

「んっふっふ〜仲良いねえおふたりさん?」

 

「そりゃあ付き合い長いからな」

 

 飄々と返すP。彼の中では美嘉と接する時の感覚は、又姪の美波へのソレに近い。なにせ彼女が初めてのランドセルを嬉しそうに背負ってた時から知ってるのだ。莉嘉に至っては幼稚園に入る前から。気分は親戚のおっさんである。

 

「でねでね、『これは永久保存不可避、思わず致した』みたいなツイートが結構あるんだけど」

 

「はあああああ!?」

 

「うおぅ……」

 

 話の途中で美嘉が呆れる。見る間に顔が赤くなっていくのが、傍から見ていてよく分かった。感情の機微には敏い莉嘉だが、ネットスラングにはまだ疎いらしい。

 

「『致した』って何したの?主語が無くない?」

 

「莉嘉……ちょっと静かにして、お願い……」

 

 きょとん、とあどけない顔をした小学生の疑問。が、傍らの仗助、何も言えない。具体的に説明したらコンプライアンス違反だ。それ以前にセクハラか。

 内心で頭を抱えた色男だったが、数瞬考えたのち。

 

「莉嘉ちゃん、セーフサーチとブロック使おうか。な?」

 

 詳細な説明をするか否かは、各家庭の方針に任せることにした。あとは美嘉が自分の名前を不用意に検索しないよう釘を刺すくらいか。

 ちなみに346プロダクション、エゴサは非推奨である。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 それから数分後。「お姉ちゃん、あたし先に車乗ってるね☆」と言い残した莉嘉を尻目に、気力尽きたのかへなへなと座り込む姉。迎えの車が来ているとは言われたが、美嘉の仕事の委細までは知らない。仗助は今の彼女の専属Pではないのだから。

 

 ただ放置は出来ない。大人びているとはいえ、一応彼女はまだ16歳。遅くとも21時までには、親御さんの車にぶち込まなければならないのだ。

 そんな訳で、メンタルケアを臨時で請け負うことにした。

 

「あのよ、美嘉。嘘かホントかもわかんねェーようなネットの書き込みなんて……」

 

「……アタシ控えようかな、グラビア……」

 

 言った端からグスン、と涙目。派手な見た目の割にピュアな娘なのは、長年の付き合いでよく知っている。346プロでは楓と並び、お互いよく知る仲である。

 

「まあまあまあ。スパムかも知れねーしさ」

 

「…………プロデューサー」

 

「ん?」

 

「男のヒトって、皆そうなの?……プロデューサーも?」

 

 ……おいおい、こりゃ不味いか?芸歴も長いし男の劣情なんて仕事中はシャットアウトしてるだろう、と思っていた。

 がしかし彼女、仕事に対してはドのつく真面目だ。生真面目過ぎて割り切れないのか。

 

(「高校入ってから男子の視線が変わった」……とは去年言ってたなァ、そういや)

 

 実際、美嘉は此処1年で(莉嘉が)「お姉ちゃん最近は逆サバ読んでる」と評するくらいにスタイルが激変している。

「可愛い」という称賛には慣れているだろう。しかし矢鱈に色目で見られ始めた事は、思ったよりストレスなのかもしれない。

 

「……心配すんな、俺まで疑う必要ねェーっての」

 

「わっ、ちょっ……」

 

 そう言って、平仮名覚えたての頃から知っている女子高生の頭を撫でる。照れ隠しに雑に撫でてる……様にみせて、若干傷んでいた御髪にクレイジー・D。枝毛をゼロにし毛艶を与え、ハイブリーチと染髪のダメージを完全修復。

 しっかり手入れされてはいるが、この方が比べるまでもなく早く治る。全くもって医者泣かせのスタンドだ。

 

「野郎の目は惹いてナンボだ、タレントなんてな。『同性からも憧れられる様になりたい』、って去年言ってたよな?目指すのはそこで良い」

 

「…………うん」

 

「根詰めすぎてまた倒れんなよ?俺の気掛かりはそんだけだ」

 

「うん」

 

「キツかったら俺やちひろさんなりに言え。美嘉はストイックで視野も広いし、何より華がある。大丈夫だ」

 

 言い終わると同時に手を離す。……よし、ヘアスタイリングも元通り完璧だ。修復を知らぬは本人ばかりなり。

 

「今度またなんか奢っからよ、元気出せって」

 

 ところがこのギャル、唐突に降ってきた甘い言葉に言質を獲った、とばかり。

 

「……ホント!?なんでも?」

 

「流石に油田とかはムリだぜ?」

 

「もう。直ぐそーゆーこと言う」

 

「わりわり」

 

 油田。冗談めかして言ったこの言葉、実のところ嘘ではない。

 仗助はジョセフ(オヤジ)所有のテキサス州西部にある油田の一部を、数年前に生前贈与されている(ちなみに就職祝いだった)。当然ながら米国の戦略資源でもあるため、おいそれと人に譲れるものではない。だから「流石にムリ」と答えたのだ。

 

 もちろん美嘉はというと、一般常識に従ってジョークと捉えたらしく。

 

「……モノじゃなくて、記憶に残る方がいいな。……そうだ、今度のPのオフの日、1日頂戴!」

 

「え?……いや別にイイけど、それで良いのか?」

 

「ソレが良い。何して過ごすつもりだったの?」

 

「杜王町に帰る予定だったけど「着いてく」……まじ?」

 

「大マジ。大丈夫、ちゃんと変装するから!お願いっ!」

 

 パン、と両手を合わせての懇願。まだ歯も生え変わらない頃からよく知っている仲だけに、なおさら断り辛い。

 彼女の両親は……駄目とは言わないだろう。何せ娘の子守り役を10年近く務めていたため、無駄に信頼が蓄積されている。

 結局かつて志希に根負けしたみたいに、OKを出す以外なかった。

 

「やったー!仔細はまた連絡しよっか★」と付け加え、意気揚々と帰っていく彼女の足取りは、羽が生えたように軽い。去り際にウインクまで残していく始末だ。気の所為か、瞳の中に漆黒の炎みたいなものまで見えた気がする。

 

 其処で気付いた。

 

(……アレ?今の、もしかして嘘泣きか?)

 

 いつの間にそんなスキル身につけたんだ。狸寝入りもヘタだった癖にどうしたのか。

 昨年度まで城ヶ崎美嘉の担当Pであった人間なりに、思わず邪推。

 

(小悪魔路線?いや、キャラ変?)

 

 丁度5年前、自身もモデルから転身したばかりの頃にプロデュースする事になった彼女。

 しかし。若い頃はイカサマ上等の不良高校生、年経てからは正攻法と搦め手を併せ、片端から有利な契約を結んでいくPの寝技師振りと社交スキルを間近に見続けた事は、今日に至るまでの美嘉に強い影響を与えていた。曰く。

 

()()だけでは凡百のタレントと大差ない。()()()()()だけでは悪人と変わりない。ヒトを惹き付ける『カリスマ』とは、清濁併せ呑む『覚悟』を持ってこそ宿るッ!」────ジョースターの血族に10年もくっついて回っていた彼女は、いつの間にやらそんな矜持を有していたのだ。

 

 

(……まァいいか。10代なんて人生で一番よく変わる時期だ。俺もそうだったし)

 

 当然そんな事は露知らぬ仗助、自分なりに勝手に納得。撤収の合図を裏方にかけ、その足でラウンズ4人を迎えに行く。

 こうして後の「カリスマJK」誕生に、実は彼自身が知らないところで深く関わっていたのである。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「よーし、今日も一日頑張った!」

 

 茜射す、夕暮れの目黒区内。黄昏の街の中、下宿先に向け歩を進める私・空条美波は、人目がないので思わず大きな独り言。

 

 一昨日、IU予選を目出度く通過した私達は、8月末の本選出場の切符を手にした……だけでなく、Xデーまでの間は練習に加え、各々のスタンド能力を高めていく運びとなった。

 気付けば本選も迫ってきた日のこと。真夏のうだるような暑さの中でレッスンを終え、空条邸に帰ってきた私。だけども。

 

(……ん?)

 

 ……が、玄関におばあちゃんのペタンコ靴の他に、見慣れぬ靴が二足あるのを発見。片方は。

 

(ビルケンシュトック……? サンダル代わりにするには勿体ないわね。おじいちゃん帰ってきたのかしら?)

 

 クロックスに似たデザインの真新しい皮製のソレは、恐らく買って数日も経ってない。てっきり貞夫おじいちゃんのかと思ったけど。

 

(……いや違う、サイズ28.5cm……丈瑠の靴か!)

 

 本人を見なくても特定は容易だ。こんな大きい靴を履いて空条家に出入りする人は、弟含め()く僅か(因みにパパの靴は29cm)だから。「夏休みに入ったから上京する」と昨日連絡があった、そういえば。しかし。

 

(もう一足は……女物ね。アーニャちゃんのかな?)

 

 ビルケンの横に綺麗に並べて置いてあるのは、Noubel(ヌーヴェル)Voug(ヴォーグ)の新作ローヒール。(グレー)地に入った金色がアクセントになっている、キレイ目だけどカジュアルな一足。

 道産子の来襲を予期して、客間へ足を運んでみると。

 

「お、新田さんお早いおかえり。ついに事務所解雇されたん?」

 

「うるさい只今。……あれ、えーっと……?」

 

「こんにちは、お邪魔してます」

 

 阿呆な事を抜かす愚弟の横に、見知らぬ綺麗な女の子が座っていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「へえ〜っ、じゃあご近所さんなの?」

 

 流れで自己紹介を済ませたのち、我が祖母が彼女・速水奏ちゃんについてペラペラと語ってくれたところによると。

 

「そうなのそうなの、速水さんとこの娘さんなのよこの子〜♩」

 

 速水さん。同じ目黒区内に住む、料理上手で激シブイケメンボイスのおじさんだ。イタリア料理が得意らしい。でもって娘さんだけど、丈瑠とカフェで駄弁ってたついでに、帰りがてらウチに寄ったそう。

 

「区内会で母がいつもお世話になってます。以前から良くして頂いてるみたいで」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

 ふふ、と薄く微笑みながらホリィおばあちゃんと親しげに話すのは、姿勢良く椅子に座ってハーブティーを飲んでる彼女。デコルテの覗くオフショルダーのサマーニットを着こなす様は、高校生らしからぬ色気に溢れていた。こんな子がいたらクラスの男子は目が肥えて大変だろう。

 

「こうして会うのは初めまして、ですね美波さん。丈瑠(コレ)から話は聞いてます」

 

 と言って、弟の頭を遠慮なしにべしべしはたく奏ちゃん。付き合ってるわけじゃあないみたいだけど、この愚弟はいつの間にこんな綺麗な娘さんを引っ掛けてきたのか。今度アーニャちゃんに仔細を全て伝えておこう、と思いつつ。

 

「なあ、俺ペットか何か?」

 

「そんな美波さんだなんて、タメでいいわよタメで。なんなら会話も今後タメで」

 

 ペットがなにか喋ってたけど置いておく。育ちは体育会系だけど、個人的には気安い方がウェルカムだ。証拠に飛鳥ちゃんも志希ちゃんもタメ口だし。

 ……え? 文香ちゃんは誰に対しても敬語じゃないか、って? アレは彼女の譲れぬ流儀。家族どころか父祖の宿敵にすら敬語で接する姿勢は最早突き抜けている。

 

 閑話休題。首を可愛く少しだけ傾けた少女は、両耳のドロップピアスを揺らして納得したように返答。

 

「そ、そうなの? なら遠慮なく。じゃあ……美波ちゃんでいいかしら?」

 

「美波で」

 

「流石にそれは……」

 

「ぜひぜひ!」

 

「み……美波」

 

「Exactly! 私は奏ちゃんて呼ばせてもらうわ!」

 

「やめい姉ぇ、思いっきりヒかれてんぞ」

 

「シャラップ」

 

「口が悪りィーなこの似非アイドル」

 

 横から茶々を入れてきた弟を、すかさずアイアンクローで抑える。じたばたしてるけど経験則で分かる。此奴、異常に打たれ強いのでこの程度ではノーダメージだ。

 

「……よ、よろしく」

 

「こちらこそ!」

 

 よし上手くできた。たぶんきっとパーフェクトコミュニケーション。若干ヒかれてるかも知れないけど気のせいだろう。

 

 さて。空条姉弟のバイオレンスシーンなんて、オムツも取れないだろう幼少期から見慣れているホリィおばあちゃんが、にこにこと嬉しそうに微笑む。

 

「やっぱり女の子が増えると違うわね。両手に華じゃない、タケル?」

 

「落ち着け婆ちゃん、こっちの茶髪はただのゴリラだ」

 

「表に出なさい。顔面叩っ壊すわよ」

 

 齢18のうら若き女子大生になんて口の利き方だ。お姉ちゃんが修正してやろう、有り難く思いなさい。

 

「あらあら、仲が良いのねえ」

 

「ホリィさん、これは違う気がするわ……」

 

 苦笑いの奏ちゃん、我が家特有のノリを段々分かってきてくれたみたいだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ひとしきり互いの趣味や嗜好について語り合ったのち、仕切り直し。

「ジャズスタジオに行ってくるわ、留守番よろしくね」と言い残したおばあちゃんが、車に乗って出て行ったためだ。今日はそのまま貞夫お祖父ちゃんとディナーと洒落込むらしい。歳いっても仲の良い夫婦なのは正直、理想の老後を見ているようでちょっと羨ましい。

 

 そんなわけで1人分空いた空気を、どこか変えるように丈瑠が呟く。

 

「んじゃあ奏、今日の本題本題」

 

 ところが問われた彼女、なにやら思い出したのか「あっ」という顔。どうも何か忘れてたみたいだった。

 

「……有難う、キミも偶には役に立つのね」

 

「扱い雑くない最近? 泣いていいか?」

 

「よしなさい。目薬()して泣いたフリするだけでしょ?」

 

「うん」

 

「そこは素直なのね……」

 

「いつでも素直だろう俺は」

 

天邪鬼(あまのじゃく)が服着て歩いてる男が?」

 

「やったぜ」

 

「褒めてないわよ」

 

 右手を掲げてガッツポーズしてる愚弟──ちなみにアーニャちゃん相手にもこんな調子だ──いつの間にやら奏ちゃんの尻にも敷かれていたようだ。

 さて。コホン、と息を整えた彼女の言葉に拠れば。

 

「……昨日、私がダーツバーで会ったコ、どう見ても目覚めかけでね。動物霊引っ張ってきてるのかと思ったけど、アタリみたいなの」

 

 案件は、やはりというべきかスタンド絡み。相次ぐ邂逅に気が気ではないのか、「連絡は取り合ってるけど、相談したくて」と骨子を述べ、真剣に語りかけてくれる美少女JK。

 BGMに音を刻むのは、壁掛け時計の秒針のみ。端正な面立ちも相まって、まるで映画のワンシーンのような絵になる光景だった。

 ……横で変顔をする丈瑠の姿が無ければ。

 

 首を90度くらい横に傾け、「トゥエエイ」と歯をむき出して笑う弟。真横を向いて察した奏ちゃんが、おバカ男子高生へ静かに詰め寄る。

 

「ど・う・し・て・色々ぶち壊すのよキミは!」

 

「出来心でつい……」

 

「ちょっとくらい我慢しなさい!」

 

 美少女に首根っこを掴まれてガタガタ揺らされる真顔の実弟。このふざけた性格はホリィおばあちゃん曰く、「若い時のパパに似たのかも」との事だ。

 

「あんまり怒るとシワが増えるぞ」、などと抜かす懲りない男の頬を引っ張って黙らせたのち、奏ちゃんは一度呼気を整える。

 どうも丈瑠(コレ)といるとキャラを崩されがちみたいで、照れ臭いのか耳が赤い。

 

「話、戻すわね。私が昨日会った、女の子の話なんだけど……」

 

 

 

 ★

 

 

 

 トスッ。トスッ。トスッ。

 

 速水奏が空条家を訪れる前日の、8月某日。東京都は吉祥寺某所に位置するダーツバー、「 Gold Crow」。

 此処にとある一人の少女が、先程から無言でゲームに興じていた。

 

 うなじが見えるほどのベリーショートヘアを揺らし、眼に黒曜石を湛える彼女。

 勢いのまま投げたブツがコルクボードに刺さる音が、店内の喧騒を掻き分けて耳に届く。薄暗い照明の中、水も飲まずにひたすら投擲。出来栄えに中々満足したところで、ふと我に返って少女はスマホを見返す。

 ……母親から怒涛の着信が入っていた。その数およそ20件。

 

(あー、めっちゃ鬼電来てる…………)

 

 綺麗に染め上げられた銀髪を、思わず手櫛でくしゃりと撫でる。

 華の女子高生が東京のダーツバーで1人、昼間からカウントアップの練習。生まれも育ちも京都の彼女が、だ。

 勿論、休日一人旅って訳じゃない。昨日、勢いで父親と喧嘩して実家の和菓子屋を飛び出し、手提げ一つと着の身着のまま、京都駅から新幹線で東京へ。今後の予定は未定も未定。住む場所どころか泊まるところも決まってない。

 

 そんなわけで、俗に言う家出少女。それが今の彼女こと、塩見(しおみ)周子(しゅうこ)のありのまま。

 昨日はネカフェに飛び込んでネットサーフィンし、途中コンビニで色気の無い替えの下着を購入。日付が変わったら暫く仮眠を取った後、コインシャワーを浴びて退店。モヤモヤを晴らしたくて向かった先が、このダーツバー。ただシングルで2時間投げっぱなしだったからか、いい加減店員からの視線がキツイ。

 

 そろそろ河岸を変えようかと思い立って、丸椅子から腰を浮かせたところ。

 

「わっ……!?」

 

 ぐらり。暫く肩から先だけ動かしてた所為か、急にふらっと立ちくらみ。ヤバい。舐めプして座り投げしてたのはマズったか。

 つんのめる身体が前によろめく。額とウッドの床が熱烈なキスをかますかと、思った矢先。

 

「……大丈夫? 貧血?」

 

()()()手に、後ろから肩を掴まれた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あ、ありがとございま……す……!?」

 

 咄嗟に支えてもらったお礼を言おうと振り向いた周子は、声の主たる女の子を見て思わず魅入った……じゃなくて、驚いた。

 

(……え、アレ…………?)

 

 その()の背後に、一瞬だけヒトガタの幽霊みたいなモノが廻えた……気がしたから。

 

「どう致しまして。気をつけてね」

 

 メローイエローの瓶に色っぽく口を付ける彼女。金色の猛禽みたいな眼が、艶のある青髪によく映える。鎖骨にかからぬベリショの髪は、奇しくも二人して似通っていた。

 

(気の所為……かな……?)

 

 瞬きを二度、三度。ショートパンツにノースリーブというラフな格好のクールビューティがその間に、悠然と立ち去ろうとするのを。

 

「ちょっと待って?」

 

 思い余って、華奢な腕を掴んで引き留めていた。……普通に人肌の体温だ。さっきの()()()()ではない。

 

「?」

 

「助けてくれたお礼。お礼させて?」

 

「肩掴んだだけじゃない。いいわよ、悪いし」

 

 立ち去ろうとする美少女に、でもでもと追い縋る。気分はまるでナンパ師か女衒。流石に不審な目で見られているなと、自覚してると。

 

「…………私、これからダーツの練習予定なのよ。どうしても一泡吹かせなきゃならない奴がいてね」

 

 なんでも、こてんぱんに負けたので滅茶滅茶悔しかったらしい。超然としてる様に見えて負けず嫌いの気があるのかな? 相手は家族? 友達? 先輩後輩? …………あ、分かった。つまり。

 

「もしかして、男のコ?」

 

「あ、あのねぇ……!」

 

「リベンジマッチの練習なら付き合うよん。こう見えてもあたし、結構ダーツは玄人よ?」

 

 否定のそぶりを見せた彼女が目を丸くする。……うん。この子なら良いかもしれない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「勘当された!?」

 

「うん、実家の和菓子屋追い出されてねー」

 

「……えっと、これからどうするの?」

 

「なーんにも考えてない!」

 

「まじでヤバい奴じゃない……」

 

 ダーツをひとしきり終えたのち、クーリングがてら最寄りのスタバでティーブレイクを楽しむ女子2人。

 

 その片割れ、先程追いすがる銀髪少女にナンパ?されたJK・速水奏は絶句する。ヘビーな話をあっけらかんと話す少女には、悲壮感がまるでなかったからだ。心配なんて何もない、といわんばかり。

 

「心当たりとかないの?」

 

 大体、今後の生活とか学校とかどうするんだ。警察に捜索願だって出されてるのかもしれないのに。しかしこの家出少女、思い詰めた様子もまるでなく。

 

「さあ?下手やらかした覚えはないんだけど」

 

「なんかあるでしょ、なんか」

 

「うーん、売り物の八つ橋勝手に食べた……のはいつもやってるしノーカンか。店に置いてある信楽焼の狸、こっそりドラえもんカラーにリペイントしたのは2週間前だし……」

 

「やらかしてるじゃない」

 

「あ、もしかしてレジ横の福助人形にタイガーマスク縫い付けたことかな。どれだろ?」

 

「むしろ今迄よくお父さん怒らなかったわね」

 

 チラッと聞いただけでも余罪が多過ぎる。看板娘というより不良娘だろう。仕事はやってたみたいだけど、余計なこともしっかりやってたみたいだ。ただ本人が否定するので、他に理由を見繕うなら。

 

「そんな派手に髪染めたからじゃない?」

 

 聞いた限りではそれなりに伝統ある大店(おおだな)のようだ。娘が銀髪にしてピアス開けただけでも、結構うるさいんじゃなかろうか。

 

「えーひど〜い、私のこれ生まれつきだよん?」

 

「いや染めたてでしょうソレ」

 

「何故ばれたん」

 

「地毛が銀髪の日本人なんて見た事ないもの」

 

「そりゃあ、あたし京都人だし?」

 

「国じゃなくて自治体でしょ京都府は」

 

「やあん、(あね)さんいけずでありんす」

 

(くるわ)言葉が混じってるわよ」

 

 この人をおちょくったような口調、既視感を覚えると思ったらどこぞの茶髪男子高校生にそっくりだ。外面だけは一級品なのも共通している。

 

「んまあ、冗談は置いといてね?」

 

 抹茶ラテを一口啜った周子は、そこで一度奏の背後に視線を外し、また目を合わせた。

 それはまるで、金眼の奥に秘められた()()()を、探るように。()()()切り出す頃合いを、見計らうかのように。

 

「……原因があるとしたら、あの日かな」

 

「あの日?」

 

「うん。死に掛けた年寄り狐を看取ったの」

 

「まあ、可哀想に……。……ん、これ昔話の導入?」

 

「いやいや、今度は真面目な話だよん。伏見稲荷って神社あるでしょ?あそこにお詣りしてた途中で山道に迷い込んで、そこで見つけたの」

 

「それって俗に言う、『呼ばれた』ってやつじゃあ……というか、よく下山できたわね……」

 

「まあね。問題はその後、自力で何とか下山した日の夜。あたし、急に()()()()()()()ね」

 

 銀髪の彼女は、一度そこで言葉を区切った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 2日間、気持ち悪くて家から出られず。飯風呂寝るの他にやった事と言えば、神棚に病気平癒を祈るだけ。

 そして熱が引いて眼が覚めると、世界が変わっていたらしい。

 

 何が、かと言えば。

 

「『憑かれた』みたいなの。狐に」

 

 目配せ、一拍。周りの客には「見えて」ないだろうな、と確かめるような挙措。そして。

 

「なっ…………」

 

 ズアッッッ!!────奏が何が言い切る前に、言葉と共に。

 周子の背後に、半透明の巨大な『狐』が顕れる。然してその霊圧は、そこらに漂う地縛霊のソレではない。その霊格は、矮小な獣のものではない。

 それはきっと、己が魂を変質させた、力を持つ確かな幽体。

 

「ッ…………!」

 

 迎撃を考慮し自分のスタンドを出すことも忘れ、奏は思わず瞠目する。その黄金が己が背後を捉えているのを確認した周子はこの日、初めて大真面目に口火を切る。

 

「……古戦場跡が腐る程ある街で、()()()()()霊感があっても何の得もない。血塗れの落ち武者を四六時中見て平気な程、神経太くなれなくてね」

 

 金色の体毛、九本の尾に朱色の注連縄と隈取り。首元に九連の勾玉、口に巻物、赫赫(かくかく)と漲る深紅の眼。いっそ清々しいくらいにありがちな九尾の狐が、そこに居た。

 

「しかも京都って良くも悪くも、古風な考えの人が多くってさ。『娘が狐憑きなんて嫁の貰い手もないだろ』、って遠回しに言う輩はあたしの周りにもいる。……そんな訳で『お店に迷惑かかるから別居したい』、って言ったらお父さんと喧嘩になってね?」

 

 馬鹿みたいでしょ?精神医学が発達したこのご時世に。

 

 そう言って故郷を自嘲する彼女は、何処か寂しげに笑ってみせた。

 

「貴女、まさかッ…………!」

 

 今気付いた。さっきまでのやりとりは、ここに至るまでの前座。「速水奏」の人間性を推し量る為の、言葉遊びにして実地試験。

 ずっと、()()を切り出す機会を伺ってたのかッ!

 

「ねえ────」

 

 果たして、彼女から課されたテストは合格だったのだろうか。妖しげな光を帯びた黒いダイヤが、黄金の眼とかち合った。

 

 

「──────『視えてる』よね、奏ちゃん?」

 

 

 

 

 




・城ヶ崎莉嘉
まだアイドルにはなってない。ビッ●リマンシールの美品スーパーゼウスを36枚持っている。来夏、サティポロジアビートルの交配飼育に挑戦予定。

・城ヶ崎美嘉
カラオケなら徹夜でいける和食党ギャル系先輩アイドル。不用意に顔を触るとオラオラされる。最近「翔んで埼玉」を楓にオススメされた。

・塩見周子
上京組。美容室で思い切って髪と眉を染めた。マイダーツは20本以上所有。献血し過ぎで左肘の血管が太くなってきたため、控えようか思案中。

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