美波の奇妙なアイドル生活   作:ろーるしゃっは

23 / 31
ひさしぶりん(土下座)


ACT-3 We are RoundS.
021/ Day Break's Bell


 

「「「ヘルクライムピラー……?」」」

 

 聴き慣れぬ珍妙な言葉を受け、ラウンズ3人の顔に浮かぶは疑問符。奇しくも外国語に強い人間ばかりだけど、そんなフレーズは聞いたことない筈。

「習うより慣れろです、私がやるので先ずみててくださいね」と(のたま)うロシアンハーフに案内されたのは、財団地下深部にある巨大空洞だった。

 

 そのど真ん中に鎮座するは、こんこんと沸き立つ油が噴き出るであろう怪柱。名を────地獄昇柱。

 めいめいで初見の感想を述べていく……も、皆関心があるのは無骨な柱より、これを作った財団にあるらしく。

 

「……固定資産税、幾らくらいなんでしょうか……?」

 

「私も詳しくは知りません。でも毎年ココに国税庁の人が来ると、珍しがって写真撮ったりしてますよ?」

 

 聞けば新規に入庁した職員の、社会科見学のコースになってるらしい。遠足か。

 

「私企業が構えるにはかなり大規模だね。予め都と話は付けてたのかい?」

 

Конечно(もちろん)。豪雨災害の際には装置を停止させ、非常用貯水槽としても機能するよう話を付けて竣工しました」

 

 ついでに避難用シェルターにもなるらしい。核戦争でも想定してるのだろうか。何にせよ備えを怠らないのは良い事だけど。

 

「にゃ〜るほど。この調子だと東京メトロとも懇意なの?」

 

「草創期より蜜月関係です。もっと言えば民営化前、帝都高速度交通営団の頃からデスが」

 

 フランクに戦後史を語るアーニャちゃん達を尻目に、雄大で無機質な空間を眺める。

 高さ有に50mはあろうかという大空洞に聳えるは、白黒写真で見たことがある、サプレーナ島の地獄昇柱によく似た物体。大昔にジョセフ(ひい)おじいちゃんがシーザーさんと修行で使ったらしいんだけど、改修版を目黒に作ったのだとか。ところがアーニャちゃん、「再現だけでは芸がない」とばかり一手間かけたらしく。

 

「そのままでは流石に危険過ぎましたので、人体工学や現代医学の解釈を加え、21世紀の基準に即して改造しました」

 

 ほほう。詳説を代表して私が聞こう。

 

「改造って、何をどう?」

 

「はい、先ず安全性を考慮して柱の傾斜を緩くしました」

 

「妥当ね、ありがとう」

 

「それから噴き出すのが油だと環境に悪いので、ウォッカにしておきまし「却下!」何故ですミナミ、御無体な!」

 

 この道産子は何考えてるんだろう。露伴さんにいっぺん脳味噌を開示してもらう必要があるかもしれない。

 

「酷いですミナミ、折角(ハヤトが)頑張ったのにデスか?」

 

「頑張るとこ間違えてるわ思いっきり」

 

 頰を膨らませて可愛く言っても駄目だ、主に絵面が。こちとら一応アイドル且つ未婚の少女。何が悲しくて大事な同期をウォッカ塗れにしなきゃいけないんだ。

 

「…………えーっと、お酒は何処から調達したんですか……?」

 

「自家製です!」

 

「密造酒じゃない!普通に犯罪よ!」

 

「目を瞑りましょうミナミ、ロシア人から酒を取ったら何が残るんですか。密売はしてないから問題無いです」

 

「ロシア人をなんだと思ってるの」

 

 酒を取ったってラフマニノフとかガガーリンとか残るだろう。

 

 明け透けな開き直りに訊ねた側の文香ちゃんが絶句してる一方、同年代あと2人は何してたかというと。何処かのスイッチでも押したのか、既に酒の吹き出しつつある柱に近づき、猫っ毛少女がテイスティングとばかりお酒をペロッと舐めていた。パパラッチに撮られたら大変な光景である。

 

「お〜、昔誤飲した消毒用アルコールより美味しいねコレ。飛鳥ちゃんもハイどうぞ♪」

 

「未成年だし遠慮しとくよ。あと矢鱈に飲んじゃ駄目だって志希、犬や猫じゃないんだから」

 

『呼んだかね?ウォッカは消毒にも便利だぞ』

 

 機を逃さぬとばかり、喋る黒ラブ颯爽登場。ちなみに今は子犬程の大きさだ。つぶらな目が正直可愛い。言ってるセリフはトンデモだけど。

 

「シャーロック、ハウス」

 

『だが断る』

 

「鷺沢家はそれで良いのかい……?」

 

 真顔のままスタンドを抱え上げ、帰宅を命じる文香ちゃんを見て最年少者が一言。……まあ、コミュニケーション取れてるし良いんじゃないだろうか。心配なのは冷や汗が垂れてる飛鳥ちゃんの心労ぐらいだ。

 

「ね、美波ちゃん、スタンドにお酒飲ませたらどうなるの?」

 

「……多分、術者が酔って(ヴィジョン)を上手く形成出来なくなる……と思うわ」

 

 猫っ毛少女の誰何に、私は思わずあいまい返答。ごめんね志希ちゃん、やったこと無いから分からないんだ。

 

「よし試してみよーアルセーヌ!先ずはサイズの小さいキミから治験だ!」

 

「被験体は出さないからね酒豪じゃないし!」

 

 隣に立ってた飛鳥ちゃんがとばっちり。確かに今はひよこサイズのアルセーヌだけど、実験動物代わりにされては堪らない。

 

「大丈夫!ルブランの原作だとお酒強かった筈!ね、文香ちゃん?」

 

「……有りましたっけ?そんな記述」

 

 書絡みのエクスキューズで、我らが文学少女が肯定しないならそれは虚偽。宇宙の真理である。

 

「ツェペリさんヘルプ!割と切実に!」

 

『無理よアスカちゃん、この娘ったら誤飲で胃洗浄した事もあったのに懲りてないもの』

 

「そんな懲りない弟子を育てたセンセーにそーれ!ばっしゃーん!!」

 

『きゃあああ何するのよ!ブラウスびちゃびちゃじゃない!』

 

 見る間にあられもない姿になった大学教授(幼女)が一名。スキモノな大人が観たら、例え飛天御剣流書類送検されても画像が欲しくなるくらいには扇情的な格好だった。

 

「…………これはまた……耽美派の書家に描写させたい情景ですね……」

 

「自由過ぎる此の才能人共……!」

 

「続いてお二人さんにもどーん!!」

 

「「わあああああ!!」」

 

 哀れ、全員濡れみずく。未成年アイドルがビールかけでもしたのかってくらい酒塗れ。346プロ上層部が見たら卒倒しそうな光景だ。因みに愉快犯のロシアンハーフはというと、いつの間にやら気配を消して何処かへ雲隠れしていた。

 収拾つかないくらいの喧騒が渦巻く中、疲れた目をしたPさんと目が合う。

 

「…………なあ、美波ちゃん」

 

「なんですか仗助さん」

 

「取り敢えずこの酒臭い柱、今後事務所NGな?」

 

「異議なし」

 

 残念でもないし当然だった。でもまさか、この塔が翌年に魔改造を施されて「バベル」と改名されるとは、この時はまだ知る由もなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 その後、お酒を浴びた皆をクレイジー・Dで綺麗さっぱり元通りにしたPさん。彼女達に付着したアルコールまで一瞬で取り除き、物理的に飲酒をしなかった事にしたところで、「それぞれの師に鍛えて貰った方が早いんじゃね?」という常識的な意見を提案。アルコールピラーは開店休業が早々に決定した。

 

 問題はここからだ。ディエゴらの会社に潜り込んだスパイの方々の成果により、敵との接触が有力視されるのは、スタンドの矢が公開展示されるIU本選の日が濃厚とされている。闘う相手の識別は簡単、スタンドが見える人間が悪意を向けてきたら敵。これだけ。

 当日万が一交戦となった時の保険も込みで、自分達の戦力の詳細について説明することにした。

 

 会場に確定で集まるのはPさんと私たちラウンズの4人。この際なのでパッショーネや私のパパ、アーニャちゃんやPさんの友人達のスタンドも合わせて紹介。無論全て部外秘だが、皆を信用してのこと。実に2時間以上に及んだ、図説やら交えた話し合いの感想をまとめると。

 

「なーるほど、んじゃあ〜美波ちゃんが流体操作と波紋操作、仗助が完全回復持ちってことね?」

 

 会議室の机に広げたA3用紙に、スタンド名や人名を英語で──日本語だと漢字が速記しづらいらしい──書いている志希ちゃん。お手本みたいに綺麗な筆記体なのは、癖字だったのをツェペリ先生に修正されたからだそう。

 

「……それから、Pさんの御友人の能力が透明化、空間切断に重力操作。露伴さんが記憶改竄と閲覧。パッショーネの方々が異次元収納に群体型自律行動ユニット、弾性操作に……毒ガス生成散布、ですか」

 

 ギフテッドガールと対照的なのが、親譲りという流麗な草書体で筆記をしている文香ちゃん。毒というワードに因縁の相手を思い出したのか、若干苦い顔だった。

 

「そして、ボスは無機有機問わぬ生命付与。必殺技が脱出不可の無限ループ強制。極め付けに空条博士は基礎スペック最強、兼時間停止能力者。……やろうと思えば世界征服出来るんじゃあないかい?」

 

 飛鳥ちゃんがショッカーの幹部じみた感想を述べる。成る程、確かに聞くだけ聞けば盤石の布陣だ。露伴さんは基本漫画の取材が絡まないと来ないので分からないけど、全員集まればまず負けないだろう……と思える。

 

「加えてこれまで闘ってきたのが、吸血鬼にシリアルキラー、マフィアの総帥。次に相手取るのが死の商人とアメリカ大統領候補……」

 

 改めて並べ立てるとだいぶ血生臭い歴史を、ダイジェストで纏めてくれる彼女。機を見計らい、仗助さんが穏やかに語りかける。

 

「……怖いか?」

 

「……正直言えば怖いよ、プロデューサー。でも……不謹慎と分かってても……同じくらい、ゾクゾクしてる自分もいるんだ」

 

 地球儀を回しながら紫眼を揺らす彼女は、武者震いしながらPさんに向けて答えた。

 

「まあ、進んで3人に出張ってもらう気はねえ。基本は撤退と護身。あくまで無理そうなら、って時の保険だ。それは約束してくれよ?」

 

「了解」

 

 端的な言葉に重みが乗る。呼応するように、傍らにいた少女も。

 

「『この機を逃したら、いつ寝首をかかれるか分からない。だから敵が準備を整える前に一気にカタをつける』。シンプルでいいねえー、このプラン。……あ、それはそうと仗助、石仮面とカーズの細胞、後で調べさせてね?」

 

「落ち着いたらな」

 

「いぇーい!」

 

 そう、天才少女が言い終えたところで。文科三類トップの同期が、入学祝いでおじさんに買って貰ったという万年筆を横に置き、呟く。

 

「美波さん」

 

「?」

 

「……私、これまで美波さんは、聡明で、美人で……そして、強い女の子だと思っていました」

 

「あらありがとう」

 

 百合志向はないけれど、同い年の可愛い友人に褒められるのはグッとくる。思わず彼女の手をとってお礼。さすふみ。

 

「……でも、違いましたね。……それだけでは、言葉が足りません」

 

「ちなみに付け足すならなあに?」

 

「例えるなら、そうですね…………ジャンプ漫画の主人公に見えます」

 

 キラキラした碧眼を私に向けてくる黒髪の学友(18歳・大学生・美少女・戦隊モノは黄色派だった)は、そう静かに断言してくれた。

 …………まあ、皆の士気が上がったみたいで何よりだ、うん。

 

 

 

 ★

 

 

 

 同日夜半、美城プロダクション渋谷寮。皆が寝静まった高層マンションの角部屋で、一ノ瀬志希はいつも通り毛布に包まり寝ようとした…………のだが、目が冴えてそれどころではなかった。仔細を色々と伺った今日の話が、頭の中をグルグルとまわっていたからである。とりわけ。

 

「……ツェペリ家、か…………」

 

 チベットで修行を積み波紋に開花した男、ウィル・A・ツェペリの話は、他人事とは思えなかった。彼は恩師の父祖であるだけに留まらない。友人の開祖・ジョナサンに波紋を伝え、その孫・ジョセフの親友シーザーもその死まで彼等と共にあり、波紋と猛き勇気で以って悪に立ち向かった。

 そして、魂だけを引き戻した眼前の師匠も例外ではない。若くして落命しながらも友を、弟子を守る為に命を使い果たしたという点は、何故か奇妙に一致している。

 

『…………何か、思うところがあったの?』

 

 部屋の中、ふよふよと中空を漂う恩師が控えめに訊ねる。

 

「そりゃあね。……先生の御先祖の功績、とか」

 

『ああ…………大体、短命の人が多いわね。……でもきっと、皆納得ずくだったと思うわよ?』

 

「納得って、そんな……!」

 

『だって、私は全く後悔してないもの』

 

 言い切った師の顔は、疑念の余地などないとばかりに晴れやかで。教え子が思わず言葉に詰まってしまったのを察したのか、努めて明るく話題を変える。

 

『にしても……ねえ?』

 

「?」

 

『いやあ、いい男じゃない?と思って。貴女達のプロデューサーさん』

 

 これに愛弟子その首を傾げるも、話題に乗っかることにした。

 

「……なあに先生、ひょっとして一目惚れ?」

 

 からかったつもり。だがツェペリ女史それを聞くなり「待ってました」、とばかり微笑ましいものを見るような顔になり。

 

『いいえ、志希。歳離れすぎだと思ったけど、私は応援してるわよ?』

 

「げほっ!?ゴホッ!!」

 

 飲んでたホットミルクに溺れそうになり咽せ返る弟子。あんまりな反応に、つい呆れ顔の師匠。

 

『……初めてだわ、貴女がここまで分かりやすく動揺してるの』

 

 みれば目を逸らすばかりか、風呂上がりというのに冷や汗を流している。場を引っ掻き回す平生の彼女の様子からは、まるで想像がつかない姿だった。

 

「……ち、因みにいつから……?」

 

『最初からよ。というか否定しない時点で語るに落ちてるじゃない』

 

 仕方ないでしょう、自分でもここまでのめり込むとは思ってなかったんだし、と心の中でだけ若人は呟く。ただ件の彼が学生時代、改造学ランにリーゼントヘアの小金にうるさい不良であったばかりか、髪型を貶されるとブチ切れるヤバい若者だったことは、幸か不幸か彼女は知る由もない。

 

『にしても凄い物件に懸想したわねえ。既成事実は作ってないの?』

 

「先生、一度懺悔室で悔い改めたら?」

 

 呆れながらも若干頬を赤らめる、という愛弟子の様子を見るにそっちの方はまだらしい。生物化学にも長けてるんだから、無味無臭の媚薬くらい簡単に作れるだろうに。一服盛ればどうとでもなる筈だ。

 割に思考がサイコな師匠、恋愛では手段を選ばない性質だった。

 

『これだけ近くに居るのにプラトニックだなんて、まさか色恋にここまで堅物とは……』

 

「育ての親の台詞と思えないにゃあ」

 

『でもね、貴女って結構気難しいコだったのよ?』

 

「ソレ言われると何も言えなぁーい!」

 

 にゃはは、と明るく笑って返す志希を見て、ツェペリは自然と回想。

 大学に来たばかりの頃は捨て猫みたいな鋭い目をしていたのに、今ではすっかり表情豊かになった。生来の人懐っこさを取り戻しても常に一線を引いてた子が、誰かを真面目に好きになれる、だなんて。

 よくここまで真っ直ぐ育ってくれたものだ。

 

(……この娘のお婆ちゃんから、「孫がお世話になります」って連絡来た時は何事か、と思ったけど……)

 

 亡くなった志希の実母とは、同窓の親しい友人だった。だから、家族葬だけで既に葬儀を済ませた、と聞いた時は本当に悲しかった。

 悲報を聞いて弔問に向かわんとした自分のもとに、なんの因果か海を渡って彼女の娘がやってきた。更にその忘れ形見は、才女だった親友を凌ぐ鬼神の如き才気に溢れていた。

 

(『希望を志す』、だから『志希』。……か)

 

 しかし。母の遺したその名に違わず、終ぞなんでも片手間で出来た少女が、命を賭けなければ出来なかったのがスタンドの発現。恐らくそれは彼女にとって、人生初の挫折だっただろう。

 だがそこで腐ることなく困難を乗り越え殻を破った姿は、師としては嬉しくて堪らない。

 

 幼少期の母との離別や一家の離散もあってか、志希は家族に何処か飢えているところがある。子供に必要な母親の代わり、はそれなりに自分が務められたと思う。だが、父性は?…………父親役を自分が出来ていたとは、お世辞にも思えなかった。

 

(一体どこで何してるのかしらね、この娘のお父さんは)

 

 渡米間もない頃の志希は、よく講義を抜け出してはどこかへ失踪していた。今思えば行方の知れぬ父の手掛かりを、彼女なりに求めていたのかも知れない。

 兎にも角にも、ツェペリゼミの秘蔵っ子にして予測不能の自由人たる彼女は、在学中は常に台風の目みたいな存在だった。

 

『ところでね、志希』

 

「イエス」

 

『実験キット以外にこの賞状類も片付けなさい、ちゃんとね』

 

「ノー!」

 

『即答しないの、一応貴女の栄誉の証なのよ?』

 

「名声が欲しくて勉強してたんじゃないもん♪」

 

『あっ、こら、布団被って寝ようとしない!5分もあれば出来るでしょ!?』

 

「残念無念まった来週ー!それじゃー先生おやすみなさーい♪」

 

 頭が良いのか悪いのかよく分からないトークは、こうして一応の決着をみた。

 

 

 

 ☆

 

 

 財団地下でのお話があった翌日。東京都は新宿、神楽坂某所のカトリック系教会。

 在日フランス人、並びに仏系日本人が多く住まうこの街に、オフの日を利用して二宮飛鳥は脚を踏み入れていた。

 自身のルーツに興味が湧いたのもあったが、どちらかと言えば交流の方が目的だ。特に同年代との会話は刺激になるし、とりわけ静岡に居た頃から家族ぐるみで付き合いの長い、ある少女に是非お目にかかりたいと思っていた。

 

「あーすーかーチャン!ぼんじゅ〜る!じゅまぺ〜る!あしじゅぽーん!?」

 

 丁度良い。気さくに話しかけてきた彼女こそ、今日のお目当て・宮本フレデリカその人だ。

 鮮やかな金髪ショートヘアに翡翠の眼、真白い肌に長い手脚を持つ、よく笑いよく喋る愛嬌の塊。8分の1(ワンエイス)である飛鳥より血の濃い日仏ハーフの彼女は、自称生粋のパリジェンヌだ。軽快なトークが持ち味なのだが、恐るべきはそれを素でやるところである。

 

「bonjour、フレデリカ。それから最後のは日本語だね」

 

「細かいことは気にしなーい!あ、ねえ飛鳥ちゃんお昼食べた?私はまだだったりする!」

 

「ボクもまだだよ。どこか食べにでも行くかい?」

 

「いーよぉ?じゃあごはんにする?ライスにする?それともお・こ・め?」

 

「全部同じ!」

 

「なーんだ飛鳥ちゃんパン派かあ。ならあたりめ持ってきたけど食べる?」

 

「いや大丈夫……ねえコレ柿の種じゃない?」

 

「ううん、でも心が濁ってるとうまい棒に見えるんだよ?ホラ見て美味しそうでしょ?」

 

 全く意味不明なやりとりの後に彼女がポーチの中から取り出したのは、何故か緑に濁った汁が入ったスクイズボトルだった。お菓子どころか固形物ですらない。何がやりたいのだろう。

 

「ちょっと、どうしたのさこれ?」

 

「うちで作った本日の気まぐれカフェオレ。どう?」

 

「ゴメン、野菜ジュースの間違いじゃなくて?」

 

「実はケールとほうれん草入れてみたの。一杯と言わず全部どうぞ?」

 

「青汁だねそれはもう。やめとくよ」

 

 出会って30秒ほどでこんな感じである。律儀に突っ込む飛鳥にとってフレデリカは、仏革命往時のジャコバン派とギロチンくらい相性が抜群だ(意味不明)。

 延々とこのノリに付き合ってると日が暮れてしまうので、何とか軌道修正を試みる。

 

「……ところで、話変わるんだけどさ。フレデリカ、高校出たら何処に行くんだい?」

 

 今日の本題はこっち、現在高校3年生の彼女の去就について。日本のセンター試験はフランス語も使えるし、海外志望ならそれこそおフランスに留学だって検討できる。日本に住むなら国内への進学が妥当な線だが、果たして。

 

「お、気になる気になる?実は既に推薦で決まってるのだ!見てこれ!東京女子短大の合格証だよ!」

 

「フランス外人部隊の勧誘パンフだけどこれ」

 

「ありゃ?間違えた、コッチコッチ」

 

 今度こそ本物がポーチから出てきた。本当に短大へ進学するらしい。何故志願兵募集のチラシを持ってたかは、この際聞かないことにした。

 

「……本当だ、おめでとうフレデリカ。内申だけでクリアなんてボクも見習いたいよ、頑張ってたんだね」

 

「お礼なんてジュテーム飛鳥チャン!お返しに愛のベーゼをアゲル!へーい!」

 

「ちょっ、要らないってば!お互いソッチじゃないでしょ!?」

 

「ぶー。良いでしょ減るもんじゃないし、イーリィのケチ」

 

「唐突に仏語名で呼ばないでくれ、反応に困る」

 

 軽いノリでハグしようとする彼女を手で制する。フランス人の母親に似たのか、そこら辺の感性は非常に開けっぴろげなのだ。実父は野武士みたいな人なんだけど。

 ならばとばかりバックハグしようとする彼女と一進一退の攻防を繰り広げていた時、ぽつりと金髪少女が呟いた。

 

「そういえば飛鳥ちゃん、アイドル始めたから東京に越してきたんだって?」

 

「ああ、といっても始めたのはつい最近だけどね。フレデリカも興味あったりするのかい?」

 

「ううん?じゃあ持ち歌とか持ってたりするのかなー、って思って。ちなみに私はウルトラリラックスかな?」

 

 聞かずとも分かる、この上なくびったりなハマり曲だった。

 しかし、持ち歌。自分のソロ曲・「共鳴世界の存在論」はまだ未発表だ。「お願い!シンデレラ」は持ち歌というより全体曲。ならば。

 

「オリジナルはまだ出てないから、既存曲なら……うーん、Hacking to the Gate、かな?」

 

「あ、どっかで聞いたことある!詳しくないけど!」

 

「多分、耳にしたことあると思うよ。……お昼食べたら、カラオケ行くかい?」

 

「さんせーい!」

 

 で、ランチのち直行。しかもこのあとノリに乗ってしまい、気付けばフリータイムで6時間が過ぎていた。

 結局オフの日の午後半日を、ボイトレして過ごした飛鳥であった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

(……で、今日も私に店番任せきりですか、叔父さま……)

 

 飛鳥がフリーダムガールに振り回されてた同日。人気漫画家がふらりと訪れたりする鷺沢古書堂にて、今日も今日とて店長の姪っ子は、あいも変わらず古本屋の留守を任されていた。

 

「天竺に行ってくる」などと抜かした叔父はさて置き、先日仕入れた古本を消毒し陳列、店内の照明を点け開店準備。手馴れているので挙措動作も早い。ついでに最近は便利な背後霊もいるので、高いところの本を掃除するのに脚立も要らない。ただ。

 

「………………暇ですね。お客さんが来ないと……」

 

 吉原でお茶を挽く遊女の気分が、なんとなく分かった気がする。

 誰も来ないなら自主レッスン──地下室でボイトレとか──をしていたいけれど、いかんせん客商売なのでいつ誰が来るか分からない。よってレジ横の安楽椅子に腰掛けつつ、「運動前後の効率的ストレッチ方法」とか、「疲労回復に効く食事」などと銘打たれた書籍を速読しようとすると。

 

『平日の書店などそんなものだ。暇つぶしならバイオリンでも弾いたらどうかね。マールから教わっているだろう?』

 

 飛んできた高祖父の言葉に、文香は首肯を返す。成る程記憶を紐解けば、数年前に他界した曽祖母から、子供用のバイオリンを用いて手取り足取り教えてもらった覚えがある。

 

「…………確かに幼少期、曽お祖母様から手解きを受けました。ですが……ストラドなんて畏れ多くて、私の技量では安易に触れません。習った、と言っても手慰み程度ですし…………」

 

 そう。この書店にある弦楽器は、超高級品ストラディバリウスのバイオリンが一点のみ。ホームズ家の私物だったものを(マール)祖母さんが嫁入りついでに日本に持ちこんだ後、紆余曲折を経てここで管理されているのだ。

 

『私が若い頃に散々弾き倒したんだ、玄孫が今更ギコギコさせたって問題なかろう』

 

「……流石にギコギコ、という程では……ああ、でもそういえば最初の頃は、弾き始めるとよく犬に遠吠えされました……」

 

 述懐。曽祖母の「獣が聴き入るようになれば一人前」、という言葉は今でも覚えている。ついでに楽器本体を落とさない為に力を入れるので、レッスン後はよく左肩と首筋、顎骨あたりも痛くなった。今となっては懐かしい思い出だが。

 後にこのストラド、346プロの涼宮星花も所有していたばかりでなく、普段使いしているのを知って驚愕する事になるのだが。

 

 その時。犬、というワードに何か言いかけた背後霊が、徐にぴくりと片眉を跳ね上げた。

 

『……客人だ。足音の間隔と、重さからして子供が一人』

 

「えっ……?」

 

 言い終わった瞬間、カラカラとドアベルの鳴る音と共に。

 

「…………こ、こんにちは」

 

 預言通りお客様一名。今日の開店第一号は、年端もいかぬ少女だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…………お探しの本が、お有りですか?」

 

 入店から3分。黙して棚を睨んでいた少女へ、柔らかさを意識して声を掛ける。本棚の上部分は高さ2.5m程度の為、背の低い彼女では見上げるにも一苦労だろう。

 

 さてさて容姿は黒髪黒目、背丈はおよそ150cmに満たないだろう彼女は、大人びてはいるが小学生といったところか。意志の強そうな目元とカッチリした格好で硬質さを漂わせる彼女が、淡々と口を開く。

 

「推理かミステリー小説で、面白い本を探してるんです。怪人二十面相とかは読んだんですけど……」

 

 掘り下げていくと、有名どころ(「そして誰もいなくなった」など)は一通り摘んだらしい。

 聞けば彼女、出身は兵庫なのだが、先日から親の仕事の都合で東京に住み始めたという。父が職場でいい本屋がないか聞いたところ、ここを勧められて娘が来たそうだ。

 名も知らぬ誰かの推薦に感謝しつつ、話を進める。

 

「逆に、こういったものは避けたい、というのはありますか?」

 

「ああ、詰め込みすぎは好きじゃないです」

 

「詰め込みすぎ?」

 

「はい。嘘と分かってても現実味が無いと、イマイチ作品に没入出来なくて。例えば……推理モノなら『シャーロック・ホームズ』とか、ですね」

 

(…………ッ!?)

 

 後半の聞き慣れたフレーズに、一瞬だけだが顔が強張る。この場所で私にこんな思わせぶりな台詞……まさかこの娘、敵方のスタンド使い!?……気取られたのか、この店がッ!!?

 

 ……と思ったが、別段敵意は感じない。後ろに漂うホームズ御本人は彼女には見えてないみたいだし、何よりこの名探偵が一言も警告を発さない。興味深げに眺めているだけだ。静観で問題ないだろう。

 証拠に彼女、そのまま話を続けに来る。

 

「いやー、主人公ひとりで全て出来ちゃうのは、いくらなんでも設定盛り過ぎじゃないですか?もうちょっと控えめでもいいのに」

 

「な、なるほど……。『リアルな嘘』が見たい、という事ですね」

 

 非現実的って思う気持ちはわかる!凄いわかるけど実在するんです!なんなら今、貴女が喋ってる店員は玄孫です!コナン・ドイルは実はワトソン助手のゴーストライターだったんです!……とは言えない。

 

『ふむ。と言っても実話であるし、私など万能には程遠いのだがね』

 

 言ったって誰が信じるか、自分も未だに半信半疑なのに。彼については『自分の事をホームズだと思い込んでいる精神異常者』と評された方がまだしっくりくる。

 

 方向転換、とばかり今度は理想のキャラクターを訊ねてみた。すると。

 

「理想、ですか。難しいですね」

 

 彼女、眉間に皺を作ったのち。

 

「ああ、強いて言えば……自分の娘に『ありす』、とか名付けないような人です」

 

 重いの来ちゃった!しかも親友のお母さんがその名前!良かった美波さんが此処にいなくて!

 さりげなくユニットリーダーを危険物扱いしながらも、気を取り直してどうにか話を組み立てる。結構ややこしい子なのかも知れない。

 

「……失礼、えーっと……「あ、橘と申します」……有難う御座います。では……橘さんの下のお名前が『ありす』……という事なんですね?」

 

 無言の首肯を返される。戦国武将の(いみな)を呼んだら、こんな空気になるだろうか。

 繕ってコホン、とひとつ咳払い。どうにも彼女、自身の名前が好きではないようだ。

 流石に社会通念上、明らかに困るような名前──かつて耳目を集めた「悪魔くん」とか──ならフォローの仕様もないが、しかし文香には「ありす」と言う名は、到底卑俗なものには思えなかった。

 

「……あの、私は好きですよ、橘さんの名前」

 

「えっ」

 

 だから、思ったままを打ち明ける。繋げれば「橘ありす」。……うん、語感も響きも全然悪くないじゃないか。何を嫌悪することがあろう。

 

「……おそらくは英語圏の女性名、『Alice』が由来しているのではないか、と思うのですが……」

 

「あー、確か昔そんな事言ってました……」

 

 おお、良かった良かった。ならば糸口がみえてくる。あと少しだ。

 

「……アリスの語源は古い仏語、アンシャン・フランスにある『Adelais』、という言葉から成ります。元々の意は『高貴』。……決して、恥ずかしい名などではありませんよ」

 

 諭すように、穏やかに語り掛ける。脳内辞書から引っ張って来た言葉だが、古典知識も偶には役に立つものだ。読んでて良かった、語源集。

 

「……キラキラネームじゃ、ありませんか?」

 

「いいえ。貴人のように気高く誇り高くあれ、という意味も込めて、御両親が命名されたのかもしれませんね」

 

 ペット感覚でつけたとも思えない。容姿を見たって名前負けしていないし、そして何より話し進めるうちに段々と、少女の表情から険が取れてゆくのを感じる。

 

 来店時に見せていた険しい顔は、きっと緊張ゆえのものだったのだろう。今向けてくれる落ち着いた柔和な笑顔こそ、彼女生来のそれの筈。

 文香としてもお客様の自然な笑顔が見られれば、物売りとしてこれ程嬉しい事はない。

 

 それから数十分ばかりお勧めの書について話し込み、幾冊かを推薦。やがてどこか憑き物が落ちたような顔で、彼女は帰宅の途についていった。

 カランカラン。ベルの音と共に退店して行く少女の小さな背が見えなくなってから、高祖父がぽつりと呟く。

 

『……曇りは晴れたようだね、良かった良かった。誇るといい、君の智力の賜物だ』

 

「大した事はしていませんよ。聴く度量が、彼女に備わっていただけです」

 

 玄孫の謙遜に、探偵は思わずフ、と目を細め。

 

『しかしフミカ、君は幼女趣味だったのかね?その点はあまり関心しないな』

 

「……ニコチンパッチなら買ってあげようかと思いましたが、やっぱり無しにしておきます」

 

『すまないな我が愛しき玄孫よ。後生だから翻意してくれないか。今ならサービスでナチスが遺した金塊の在り処を教えよう』

 

 鮮やかな掌返しとは、なんだこの名探偵。台詞の後半は虚言だろうし。対し黒髪少女は幾分か溜飲を下げたのか、口角を上げ花の様に微笑んだ。

 

「駄目です」

 

 この一年後、まさか件の少女・橘ありすとユニットを組むことになるなんて、予想だにしないまま。

 

 




・イーリィ
中の人ネタ。

・涼宮星花
もう1人のストラド使い。実父は空条貞夫と一緒に演奏したこともある、世界的バイオリニスト。ボイスはまだ無い。

・宮本フレデリカ
フレンチフリーダムファッショニスタ。何やっても許される枠。のちに「オンナ高●純次」なる異名を獲得する。本作では鬱病にはならない模様。

・橘ありす
可能性の塊。ポケモンで例えるとイーブイ。最近、文香お勧めの本をタブレットの電子書籍で購入。「Alice or Guilty」がTVで流れるとチャンネルを変えるタイプ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。