対の銀鳳   作:星高目

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学園へ行ってみよう
学園の始業


「今日は二人の入学式ね」

「わしらは教員席から見ることになるからのう。二人の表情をしっかり観察しておくかの」

「二人ともあんまり変わりそうにないと思いますよ」

「ひょっとするとセラは微妙に緊張して変顔になるかもしれないじゃない」

「しっかり見ておくとしようか」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 西方暦一二七四年、日本でいえば多くの人が桜を眺めて一時の休息を得る春に、ライヒアラ騎操士学園は新入生を迎えていた。

 

 ライヒアラ騎操士学園はその規模の大きさから、ライヒアラのみならず近隣の村や街の子どもたちも入学してくるため、新入生の数は相当に多いものになり、校門をにぎやかなものにしていた。その中に、エルをはじめとするいつもの五人組の姿もあった。

 

 今日は彼らの入学式であり、長い学園生活の第一歩となる日だ。というにもかかわらず、緊張しているように見えるのは、五人組の中では常日頃から表情が変わることがないセラだけである。彼女は人ごみになれないのか、しきりにきょろきょろと周囲を見渡している。その間にも、ほかの皆は幻晶騎士が通れるほどに巨大なライヒアラ学園の校門について話していたりして、とても気楽そうだ。

 

 エルなどは校門の横に配置されていた、新入生たちを歓迎するためのきらびやかな飾りつけが施された幻晶騎士を見て、人目もはばからずに拝み倒し始めてしまった。

 

 そんなロボットまっしぐらな兄の姿を見て、自分の緊張がばかばかしくなったセラはため息を一つ吐き、その襟をひっつかんで会場へ歩いて行く。

 

 ほかのキッド、アディ、バトソンの三人は双子の姿を二人の小ささ故に見失いそうになりながらも追いかけていくことになる。

 

 アディが、名案を思いついたという風に彼らを抱きしめれば見失わずに済むのではないか提案したことで、その声を聞いた双子がさらに速度を上げ、ちょっとした鬼ごっこが朝から行われるのであった。

 

 

 

 初々しい緊張感の中で行われた入学式は、特に何事もなく終わった。入場行進で父と祖父に見られていることに気付いたセラが口の端をほんの少しだけゆがませていたり、諸々の話の間キッドがずっと寝こけていたりしていたが。

 

 そして、時刻は昼頃。入学式を終え食堂に流れ込んだ生徒の多くが目に止める五人組があった。

 

 うち二人は紫がかった銀髪をセミロングにそろえた、瓜二つな少女達。違いといえば、腰に差すお互いに特異な杖の形と、はいているのがスカートかズボンか、そしてその表情という程度のものである。

 

 うち二人は黒髪をぼさぼさと緩いウェーブで流し、肩ほどの長さにした非常に雰囲気が似ている少年少女。

 

 うち一人は赤茶けた髪を伸ばしたドワーフ族の少年。

 

 楽しそうに歓談する彼らを見かけた生徒は一様にその組み合わせに興味を示したが、話しかけるまでには至らなかった。

 

 そんな中で、五人組の一人である少女(?)エルが、自分たちに近づいてくる上級生の姿を目にとらえていた。彼女の姿を見たほかの生徒たちの間にざわめきが広がっていく。

 蜂蜜色の金髪を揺らしながら彼らに近づいて行った上級生の少女は、とても自然な所作で彼らの隣の席に座った。

 

 銀髪の双子は、黒髪の双子の二人の表情が彼女を見た瞬間に苦々しい緊張を含んだものに変わったことに気付いていた。この貴族のように上品な上級生は二人の関係者、それも何かしらの気まずさを含んだものなのだろうかと思考を巡らせる。

 

 同様にキッドとアディの緊張を感じ取ったのだろう彼女は彼らに小さく笑いかけ、そうしてもう一方の銀髪の双子に向きなおった。その仕草すら優雅で、見るものに安心感を与えるものだ。

 

「初めましてかわいらしい友人ちゃんたち。私の名前はステファニア・セラーティ。あなたたちは?」

 エルは少し面食らい、セラはその無表情のままに少し細められた目で彼女をぼうっと見ていたものの、二人とも食事を置いて姿勢を正した。

 

「僕はエルネスティ・エチェバルリア、男です。こちらが妹のセラフィーナ・エチェバルリア、そちらはバトソン・テルモネンで、そちらの二人が……」

 

「大丈夫、知っているわ。エルネスティ君、機嫌を損ねたならごめんなさいね。アーキッド、アデルトルート。久しぶりね。元気そうで何よりよ」

 

 柔らかに笑い、話す彼女に対する二人の様子はいつもの彼らのものに比べてどこか硬さが感じられるものだ。

 

「ご無沙汰しています。ステファニア『姉様』」

 

 それはいつもどこか適当なキッドの口から出たとは思えないほどに堅い口調で、拒絶の意思を含んでいるように感じられるものだった。ステファニアはそれに一瞬悲しそうな表情をしたものの、すぐに笑みを戻した。

 

「あなたたちもライアヒラ学園に入学する歳になったのね。声をかけてくれてもよかったのに」

 

「ステファニア姉様は、今中等部の三年生でしたよね。なら、バルトサール兄様もここに?」

 

「ええ。騎士学科の中等部二年生よ。そのうち会うこともあるでしょう」

 

 その言葉を聞いたキッドとアディは一瞬いやそうに口をゆがめ、すぐに取り繕った。家族にしてはどこか不穏な空気の会話であることを感じているのか、他の三人も動きを止めている。そのうち、エルが食べかけのクレープに一気にがつがつとかぶりつき始めた。見た目のギャップに驚く周囲にかまわず食べつくしたエルは、口の中のものがなくなったのを確認してから口を開いた。

 

「さて、お昼ご飯も食べ終わりましたし、あまり長居してもほかの生徒の迷惑になるようなので、日を改めてみてはいかがでしょう」

 

 食堂はエルの言う通り多くの生徒で混み合っていた。それに気づいたステファニアは名残惜しそうに言う。

 

「……そうね。あなたたちも騎士学科だったものね。ならまた会う機会もあるでしょう。こんどまたゆっくりと話しましょう」

 

 そして彼女は立ち上がると、去り際にエルとセラの頭を撫でていったのだった。

 

 

 

――セラ視点――

 昼ごはんの後もどこか上の空だったキッドとアディは、帰り道にエルに問いかけられたことで彼女との関係性を話すことを決めてくれた。

 

 あまり人に言える話でもないからとエルの部屋に集まって聞いたところによれば。

 

 いわく、自分たちの父は貴族で、母はその妾である。父は自分たちを認知しており、家や食費を世話してくれている。しかし本妻はとても嫌な人で、異母姉であるステファニアは自分たちに優しいものの、その下にいる二人の弟の内一人が、本妻と同様に自分たちを毛嫌いしており、何かにつけて嫌がらせをしてくる。その弟こそ、会話に出てきたバルトサールであり、うざいから自分たちはとても気に入らない。

 

 話している間の二人の表情は重苦しく、時折憎々し気なものにもなっていたから、本当に嫌な思いをさせられてきたのだと思う。母親のオルターさんが何もしないのも二人にとっては悔しいのだろう。

 

 一通りの話を聞いたエルは一つ頷いた。

 

「おおよその事情は分かりました。それで?」

 

 いきなり立ち上がり、キッドとアディのそばまでエルは歩いて行く。私はずりずりと膝立ちではいよっているのだけれど、エルの方に二人とも意識がいっているらしく、気付いていない。

 

「それでって、なんだよ」

 

 キッドに問い返されたエルはイイ笑顔で指折り数え始めた。

 

「方針は撃退ですか?黙殺ですか?それとも闇討ちとかでしょうか?」

 

「……エル。社会的抹殺という選択肢も入れないと」

 

「そうですね。名案です!」

 

「名案です。じゃねえよ!物騒すぎんだろ?」

 

 ここはあれしかないと襟に手をかけ、女の子座りでキッドを見上げる。

 

「……撃退?黙殺?それとも……や、み、う、ち?」

 

「っ。……言い方の問題でもねえよ!」

 

「ねえねえキッド。セラちゃんの仕草がちょっと大人っぽかったのはわかるけどさ、すごく間が開いたのはなんで?ねえねえなんで?」

 

「しいて言うならば表情があれば満点なのですが……」

 

「だーもう!話戻すぞ!」

 

 突っ込みの連続楽しかったんだけどな。残念。

 

 息を切らしたキッドはエルの方へ向き直った。

 

「あーもう。お前らが友人でよかったと思うぜ。敵ならどんだけ怖かったか」

 

「本当にさすがエル君とセラちゃんね!でも、あまり迷惑をかけるわけにもいかないから……」

 

 

 そう言って目を伏せるアディ。けれど、迷惑をかけるかけないからどうだ、だなんてこれだけ親しくなったのにずいぶんと野暮だと思う。できることなら、私はこの二人の力になりたいと思っているのだから。

 エルも同じ考えのようで、一瞬あった目線に了解の意を込めてお互いに頷く。

 

「そうですね。僕があまり首を突っ込んでいい問題でもないかもしれません。でも友人が困っているのに見捨てる気はありませんよ。困ったことがあったら言ってください。力になりますから」

 

「……二人だけならできないことも、四人ならきっとできる、と思う。私とエルは、二人の味方だよ」

 

「……ああ、わかった!」

 

 私たちの言葉に元気づけられたのか、力強く頷いた二人に笑顔が戻った。やっぱり、近しい人には暗い顔でいるよりは笑顔でいてくれる方が嬉しい。

 

 けれど、貴族が絡んでくるなんて。それに聞いた限りでわかるバルトサールの性格からすれば、必ず二人に絡んでくるだろう。そして二人は私たちと一緒に特訓してきた結果、この年代では並ぶものがいないほどの能力を持っている。

 

 中学生程度の歳でプライドに凝り固まった貴族様が、見下している二人が実は自分よりも上だと知った時の行動というのは思いつく限りろくでもないものしかない。

 

 きっと一波乱が起きるのだろう。

 

 

 二人が帰った後、私とエルは午後に配られていた『時間割表』を確認していた。どんな授業があるか確認するためだ。

 

 初等部一年生の授業はどれも基礎的なものばかりで、前世の知識とこれまでの特訓を考えれば、ひどく退屈なものになるだろうことは間違いないと思う。眺めるのも早々に、中等部、高等部の授業へと自然に目は流れていく。

 

 その中にひとつ、とても気になる授業を見つけた。高等部の選択科目である『魔法開発論』だ。この世界では、新たな魔法を開発するというものはそうそうあるものではない。開発したと思ったら既存のものに酷似していたり、魔法を高難度まで理解したものの多くは騎操士になるなどの背景もあるからだ。だからこそ、この授業は異彩を放つ。

 

 同じ時間枠にある初等部の授業は、騎士学科必須科目の『魔法学基礎』。どうやら同じように気になったらしいエルとともに父に聞いてみたところこの授業は、初歩もいいところで、初級呪文程度しか行わないらしい。

 

 なぜエルも父に『魔法学基礎』について聞いたのかと思えば、エルが時間割表を見せて指さす授業は『幻晶騎士設計基礎』だった。こちらも同じようにかぶっている授業は『魔法学基礎』。

 

 らんらんと目を輝かせているエルとともに呟いた一言は、この授業、邪魔、だった。

 

 

 

 そして訪れた魔法学基礎の授業。今回の内容は実力に応じたクラス分けのためのちょっとした実技テストだ。とはいっても入学したばかりの子どもたちにそんな大した違いもあるわけもなく、出てくる呪文はせいぜいが中級魔法の爆炎球(ファイアボール)程度で、多くは簡単な初級魔法を使っている。それも、一発撃って息切れする程度の魔力量の子たちばかりだ。

 

 正直に言って、あまり高いレベルとは言えない。

 

 私より先に順番が訪れたのはエルだった。エルは自分の番が来るなり、やる気なさげにテストを行っていた試験官に質問した。

 

「先生、このテストで授業内容を大幅に超える結果を出せたら、今後この授業を免除していただけませんか?」

 

 いくつか問答をした後、教師は馬鹿にしたような表情で上級呪文の使用を条件に授業の免除を認めた。エルができないと思っての発言だろうけれど、残念ながら甘い。エルは言質を取ったとばかりにガッツポーズをして、的に向かって構えた。

 

 最初に唱えたのは徹甲炎槍(ピアシングランス)という中級魔法、それも十本。とても初等部の一年生が行う所業でもないからか、教師陣も周囲の生徒も驚いている。

 

 エルを知る私たちからすれば、この程度で驚いてるようでは、といったところだけれど。

 

 魔法がすべて命中したのを確認したエルは、本番の風と雷複合の上級魔法、雷轟嵐(サンダリングゲイル)を唱えた。的になった案山子は木っ端みじんである。

 

 口をあけっぱなしの先生は、唖然とした表情のまま、エルに授業の免除を許可することになった。

 

 エルの後ろに並んでいた私は、そのすぐ次の番となった。まだ口が空きっぱなしになっている教師に一応ということで確認しておく。

 

「……先生。私も彼のように上級呪文を使ったなら、この授業を免除していただけるでしょうか」

 

「あ、ああ」

 

 言質は取った。後は実行するだけである。

 

 

 扇杖(ファンロッド)を構えて狙うのは一体の案山子。ここはただ上級呪文を唱えるだけでもいいけれど。

 

 ……エルには負けたくない。

 

 「徹甲炎槍(ピアシングランス)

 

 現出せしめたのは、二十本の炎の槍。エルの二倍の量だが、この程度は私の魔導演算領域の広さをもってすれば大したことはない。この時点でもう驚いている人もいるが、本番はここからだ。

 

 出てきた二十本のうち十本の槍は、案山子に向かって直進していく。残りの半分はというと上下左右に、的から明らかに外れたコースを飛んでいる。

 

 エル以外は、きっと量を出しすぎて制御を誤ったと思っているのだろう。教師の顔も心なしか安心したように見える。

 

 けれど、計算通りだ。半ばまで差し掛かったあたりで槍は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、すべての槍が案山子に直撃した。案山子はやはり木っ端みじんだ。ただのかかしですな。

 

 よく開く教師の口を横目に上級呪文を構築する。こちらも派手にいこうじゃないか。

 

炎雷焦土(カラミティスコーチ)

 

 扇杖(ファンロッド)の先に現れたのは炎と雷を圧縮した拳大の球だ。その大きさに反して、制御しているにもかかわらず熱が漏れ出ているような錯覚を感じさせるそれを、案山子に放つ。

 

 放たれた球が案山子に命中した途端に閃光と爆音が辺りに響き渡り、みんながとっさに目を閉じ耳を塞ぐ。恐る恐る目を開けた先には、案山子一体どころか、間を開けて隣り合う案山子まで燃えている小さな焼け野原があるのみだ。直撃した案山子はそもそも存在したのかすら怪しいほどの惨状になっている。

 

 ……みんなに注意しておくの忘れてたなあ。

 

 結局私とエルは晴れて授業を免除する権利を獲得し、私たちの姿を見て奮起したキッドとアディがそれぞれ炎と雷の中級魔法を唱えて周りに実力の違いを見せつけた。特訓の成果はあるようで何よりです。

 

 ハイタッチで喜び合う私たちと、実力の違いを見せつけられて落ち込む周りの生徒たちとの落差が印象的だ。

 

「セラ。あれは使う呪文を間違えていませんか?」

 

「心臓が縮み上がったぜ全く」

 

「……ちょっとはりきりすぎた」

 

「しょんぼりしてるセラちゃん可愛い……」

 

 これで来週は、『魔法開発論』 を心置きなく楽しむことができる。他の生徒たちに謝った後、やはり私もみんなとハイタッチをすることにした。


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