対の銀鳳   作:星高目

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少女の家族

「二人とも騎操士になりたい、か」

「どうしたの、お父さん?」

「騎操士は危険な仕事だ。二人の夢を応援することは、いずれ二人を死地に送ることになるかもしれない」

「マティアス殿もようやく父親としての自覚が出てきたようじゃな」

「お義父さんはどう思いますか?」

「二人の子どもなのだから、二人で決めるが良い」

「そうねえ……私はそれでもいいと思うわ」

「え?」

「あの二人なら、なんでも乗り越えていきそうな気がするの。それに、放っておいても自分たちで突き進んでいくでしょうし」

「なら私たちが教えることもまた親としての責任か……」

「それにあなた、セラのお願いを断れるの?」

「……無理だな。エルでも同じだ」

「親ばかここに極まれり、じゃな」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「今日は皆で出かけようか」

 

 朝食を食べ終わった後の家族全員が集まっている場で、父のマティアス・エチェバルリアが私たちにそう告げた。

 

「お父様。今日はお仕事は大丈夫なのですか?」

「ああ。大丈夫だ。今日と明日は非番をもらえたし、学園も二日間安息日のはずだ。ですよね?お義父さん」

「そうじゃな。して、どこへゆくのかの」

 

 父はライヒアラ騎操士学園で指導教官を務めているため、非番の日をもらうことはあまりできない。生徒が休みであったとしても、教官として次の授業の用意や、使用する練習機の数の調整など仕事はたっぷりあるからだ。

 

 一方父に問いかけられた、祖父のラウリ・エチェバルリアはこのライヒアラの象徴ともいえるライヒアラ騎操士学園の校長だ。授業の用意などがないにしろ、必然的に学園が開かれている日は夜まで帰って来ることができない。

 

 母はいつも家にいて、私とエルに魔法を教えてくれている。本来なら高価な魔法の教本が家にあるのは祖父のおかげであり、母が教え上手なこともあって私たちは魔法の習得に苦労することがない。

 

 こうしてみると私の今世の家族はそれなりに偉い人ばかりで、一般家庭の内では私たちが騎操士になるためにこれ以上ないほど恵まれた環境にあるのだということがよくわかる。

 

 母を筆頭に、私たちに甘すぎることが問題らしい問題と言えるだろうか。

 

「幻晶騎士!幻晶騎士がみたいです!」

「……図書館で、魔法の本がみたい、です」

 

 この世界の図書館は意外なことに、高価な魔法関連の書籍が相当数置いてあることが多い。それは国民にある程度の自衛手段を与えるという目的もあるが、どうやら国策としては騎操士の門戸をできる限り広げるために、魔法の教本を買うことができない人々でも教育の機会を得られるようにという目的があるらしい。

 

 魔獣の生息域に囲まれたフレメヴィーラ王国にとって、騎操士の数はそのまま国力に繋がってくる。もし貴族しかなる機会を得られないような特権階級であっては、早晩国が崩壊するだろう。だからどんな生まれであっても騎操士になることができなければいけない。初代国王の時代から続くその方針がどれだけ有効であったかは、一般階級出身の騎操士の数が貴族のそれに劣らない程度であるということからも察せられるだろう。

 

 重要なのは騎操士に求められる魔法というものは高度で複雑であるということだ。

 つまり図書館にはその性質上、一般に上級魔法(ハイスペル)と呼ばれる類の高難度な魔法について解説されている本も多く置いてあるのだ。

 

 家族のみんなが一緒だということならきっといい本を見つけられるだろう。

 

 前世から追い求めてきた魔法だ。家族との団らんやエルとの訓練以外の多くの時間を魔法の学習に費やしてきた。目的は別ながら、それはエルも同様なのだけれど。

 友達がいるのかどうか?どうか聞かないでほしい。

 

 私たちのそれぞれの願望100%なお願いに対して、父は苦笑した。

 

「いや、たまにはみんなでキャンプに行こうじゃないか」

 

 家族でキャンプ、その響きは私にとって魔法の学習よりも素敵なものだった。

 

 

 

 ライヒアラの外壁の外には、のどかな草原が広がっていた。初めて見る景色というわけでもないけれど、日本でも街の中でも見ることが少なかった景色はやはり新鮮味のあるものだ。とはいえ、転生による影響からか日本の景色をそう多く覚えているわけでもないのだけれど。

 

 今回向かうのは街から少し離れたところにある、魔獣がほとんど駆除された安全な森らしい。

 

 森までの道を馬車に揺られてゆるりと進んでいく。エルは御者として馬を操る父に幻晶騎士の話をきらきらした瞳でせがんでいた。私はどうするべきか迷って、誰に話しかけるでもなくただ過ぎ行く景色を眺めている。母と祖父が私を心配そうに見ていることには気づかないふりをして。

 

 

 

 母や祖父に話しかけられないのは、私が”家族”というものに複雑な思いを抱えているからだ。

 私の前世での両親は私が小さいころに交通事故で突然亡くなった。だから両親との記憶というものはあまり残っていない。その後に私を引き取ってくれた家族とも、私は距離を取ってしまった。皆優しくしてくれたし、最期の日でさえその姿勢は変わらなかったにもかかわらずだ。ずっと私が距離を取っていることを気に病んでいた。

 

 家族を失ったからと、現実から逃げるようにして大切な人たちを傷つけた私に、この人たちの優しさを享受する権利などない。

 

 それでも。

 きっと今のような在り方も、家族には心配をかけてしまうだろうから。

 いつか前世の家族と折り合いをつけて、今の家族をありのままに受け入れられるようになるまで、どうか待っていてほしいと思う。

 それは少し自分勝手な願いかもしれないけれど。

 

 

「セラ、着いたわ」

 

 そう呼びかけられて目を覚ましたのは母の膝の上だった。いつの間にか寝てしまっていた私に、母が膝枕をしてくれていたようだ。

 すぐに立ち上がろうとして、母に止められる。母はまっすぐに私の目を見つめていた。

 

「もし怖いことがあるなら、私たちをちゃんと頼ってね。あなたは大人びてて自分だけでなんとかしようとしちゃうもの。お母さん、自信を無くしちゃいそう」

「特に俺はあまりセラに何もしてあげられてないからなあ。もっとお父さんを頼ってくれ」

「子どもは大人に甘えるものじゃよ」

「セラはもっと皆に甘えてもいいと思いますよ」

 

 気付けば家族のみんなに囲まれていた。なぜこんな状況にと思えば、頬に慣れない感触を感じた。涙が通って乾いた後の、かさついた感触。

 まあ、なんだろうか。どうやら家族に私が心配をかけなくてすむようになるには、まだ時間がかかるらしい。

 

「……あり、がとう」

 

 森の入り口の木々が日の光に照らされて、来るものを優しく迎え入れるかのようにそっと風に揺れている。そんなうららかな午後のことだった。

 

 森の中は木々もまばらで、見通しがよくなだらかに上っていく道であった。

 

 そうはいっても整備されていない凹凸のある道は体力を削り、疲労感を与えるものだ。父は言わずもがな、祖父と母も何事もないように歩いていたけれど子どもの私たちはそうもいかない。魔法で身体能力をごまかし、時折父に背負ってもらいながら目的の場所にたどり着いたのは夕方の頃合いのことだった。目の前を歩いていた父が突然立ち止まって、私はそこが開けた場所であることが分かった。

 

 「ごらん。エル、セラ。綺麗だろう?」

 

 そういって父が指さした光景を、おそらく私は一生忘れることがないだろう。

 

 森の中に突然現れたかなりひらけた場所。そこには白い花の花畑があり、その美しい花を誇るように咲き乱れている。夕日に照らされたそれらは、幻想的と言えるまでの色合いだ。

 そして花畑の向こう、遠くに見えるのは同じように夕日に照らされたライヒアラだ。鮮やかな橙と濃い影のコントラストが、遠くからでもその輪郭を鮮やかに映し出している。

 

 その光景は思わず時が止まることを祈るほどに美しい。

 

 言葉もなくたたずむエルと私を、父が両手に抱き上げる。

 

「私はくじけそうになればこの景色とお前たちのことを思い出すんだ。なんのために私は戦うのか、とね」

 

 景色から目を外して見た父の表情は、何かを決心したような、それでいて温かいものだった。

 

「騎操士は人々を守るためにある。二人が騎操士になるのなら、どうかこのことだけは忘れないでいてほしい」

 

 父は私たちにとても大切なことを伝えようとしている。そのためにこの場所へ私たちを連れてきたのだ。

 それは魔法や幻晶騎士のために騎操士になろうとする私たちへの注意でもあったのかもしれない。

 

 けれどこの光景は、私が騎操士になることをより強く望ませるものだった。

 

 この景色が決して失われることのないよう、守るために。人々を魔獣から守るために。

 

 少しして、キャンプの準備を終えた母と祖父が近づいてきた。

 

「きれいでしょう?お父さんはね、この場所でこの景色を前に私にプロポーズしてくれたのよ?」

「ティ、ティナ。それを言うのは恥ずかしいからやめてくれ」

「恥ずかしいだなんて。あの時のあなたはとっても素敵だったからそんなことないわ」

「そうじゃなくてだな……」

 

 さっきまでとは一転母にたじたじになっている父を見て、私はエルと顔を見合わせる。そうして、おかしくて仕方がないというようにお互いにクスリと笑うのだった。

 


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