対の銀鳳   作:星高目

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未知の設計図

「二人とも、四日後に王都へ一緒にいかねばならんのだが、だいじょうぶかの」

「ぶふぉっ!?」

「……え?」

「その、陛下が、な」

 そう言って祖父は言いよどんだ。いつもの夕食時での唐突な発表にエルも私も驚いている。お父さんも聞かされていなかったようで、口から吹き出た紅茶が綺麗なアーチをかたどった。そんな状況でもにこにこしているお母さんは強者じゃないだろうか。

 

 すごく言いづらそうに陛下の名を口にしたことから、王族関連で大声では言えないことが関わっているのだろうか。でも、たかが一学園の一生徒をわざわざ御前に呼び出すようなことなんて普通はしない。

 

 思い当たるとすれば亀の足止めをしたことくらいだけれど、それで王様が出てくるなんて大袈裟じゃないだろうか。それとも、子どもであるにもかかわらず人の幻晶騎士に勝手に乗ったあげく戦ったことでお咎めがあるのかもしれない。

 うん、ちょっとまずくないかな?

 

「王都、王都ですか!お爺さま、王都の工房を見に行きたいです!あと、騎士団も!」

 

 隣で楽しそうに目を輝かせるエルを、うらめしいという気持ちを込めて見つめる。そんな私の目はたぶん濁っていただろう。

 ああ、そんな厄介ごとはいらないから、ただ魔法の研究したいな。ああ、そうだ。今のうちにあれを作っておこう。

  

 

 

 

 

 

 翌日。

 かん、かん、と槌で鉄を打つ音が響いている。入り口の扉を開けた瞬間になつかしい熱気に包まれて、そっと腰に下げている扇杖をなでる。

 ここはテルモネン工房、バトソンの実家だ。今日は学園がないから、バトソンはここで手伝いをしていると思うのだけれど。

 

「いらっしゃーい、ってセラ、もう帰ってきてたのか」

 

 奥の鍛冶場から出てきたバトソンが、私を見てにっかり笑った。合宿のことについて色々言われると思っていたから、思いの他あっさりと迎えられたことに、拍子抜けしてしまう。

 そのことを尋ねると、バトソンは少し頭を掻いて答えた。

「いや、なあ。二人がいつもぶっ飛んでんのはいつものことだからなあ・・・・・・。無事に帰ってきたならそれでいいんじゃないか?」

 

 なんだか間違った方向への信頼を寄せられていることに不服を申し立てたい。自業自得だから何も言えないのだけれど。

 

「俺には魔獣と戦う力はねえからさ、お帰りって言えるだけでいいんだよ。それだけで十分だ」

 

 だからまあ、お帰り。

 そう言って差し出された手はごつごつとした力強いもので、握り返した私の手を大きく包み込むのだった。

 

 

 

 

 

 

「で、今日はなんか用があるのか?」

 

 挨拶を交わした後にバトソンが発した言葉にコクリと頷いた。バトソンの顔がうへえと歪むのを横目に取り出したるは、設計図の束である。表紙には、某お菓子の魔女を彷彿とさせる可愛らしい人形の絵がどんと書いてある。

 作者は多分私。なぜ推測なのかというと、いつの間にかあったからと言うほかない。

 騎士団の医療で目覚めた後、傍にあった私の荷物入れを開けたら見知らぬ設計図の束があったのだ。筆跡も使われている紙も私のもので間違いなかった。他人の物である可能性も考えたが、ディー先輩にそれとなく尋ねたら、私の意識がなかった三日間の間、必死に書き上げていた物らしい。

 その中から何枚かを取り出してバトソンに手渡す。

 

「おいおい、これは……珍しく可愛らしい趣味だな」

 

 設計図の表紙をみたバトソンが、感慨深げに呟いた。一体どういうことかね。つまり私はいつも魔法の研究ばかりしてて可愛らしくないと言いたいのかね。

 

「おまえは見た目だけならなあ。しかしいったい何に使うんだこれ?」

 

 紙をめくりながらなんとなく尋ねられたのだろう質問に一瞬だけ、言葉がつっかえた。

 紙に記してあった建前はあるし、納得も行く。けれどその本当の所は、私にだってわからない。

 

「……また言葉が話せなくなったら、不便だからね」

 

 設計図の最後のページに書いてあったことをそのまま無機質に伝えると、バトソンが顔をしかめた。事件の詳細についてエルたちから聞いているのだろう。またお前は無茶をする予定があるのかと顔に書いてあるかのようだ。

 

「まあ、そういうことなら形は作ってやる。術式構文は自分で書けよ?」

「……もちろん」

 

 じゃあやるか、と言ってバトソンは鍛冶場へ戻っていった。なんだかんだ言ってその口調の中に嬉しそうな物が混じっている辺り、彼はやっぱり頼りになる職人だと思う。

 ちなみに報酬は、親からの小遣いを全く使わないためにたまったへそくりから出すつもりだ。

 

 

 

 それから二日間私はテルモネン工房へと通った。バトソンが材木(ホワイトミストー)を球状に加工し、何枚かに輪切りにした物の面全てに私が設計図の通りに術式を刻んでいく。その作業を繰り返した。

 

「後はこれを全部くっつければいいんだよな?」

「……そう」

 

 輪切りにされていたパーツを元の球状に接着し、ずんぐりとした胴体部分に乗せる。その上に、アディやお母さんに頼んで用意してもらった、設計図の人形のようにデザインされた布を被せる。

 するとなんと言うことでしょう。多くの魔法少女ファンを恐怖させた首ぱっくん魔女が目の前に現れたではありませんか。

 奇妙な物を見るような表情で、出来上がった人形をバトソンが私に手渡した。

 

「それで、機能は大丈夫か」

「……ん」

 

 手渡された人形に、ある魔法を構築しながら魔力を通す。

 この人形は一種の紋章術式だが、単体では効果を発揮し得ない。

 私が構築したある魔法とは、人形に刻んだ術式を制御する物。

 人形に刻んだ術式は、空気をある法則の元に振動させる物。

 それらを合わせることで、この人形が真価を発揮するのだ。

 

「アイウエオ。カ」

「お、いい感じだな。ちょっと聞き取りづらいけど」

 

 私たちの言葉を発し始めた人形に、成功したとわかったバトソンが上機嫌になる。

 私としてはもうちょっと流暢にしゃべって欲しい。今の人形の声の状態を表すなら、出来の悪いボ○スロイドのようだ。

 ちなみに音声提供はわたしらしい。ちょっと甲高いのであまり似ていないけれど。

 

 そっと腕に抱きしめてみる。木でできているからか、固くて抱き心地はよろしくない。改善の余地ありだろうか。

 

「……バトソン、ありがとう」

「アリガト。アリガト」

 

「おう。交互にしゃべられると訳わかんなくなりそうだな」

 

 上機嫌なバトソンがにっかりと笑う。歯がきらりと輝きそうな程さわやかな笑顔は、やはり見ていて心地がいい。

 

「まあ俺としてはそれが活躍する場はない方がいいと思うぜ」

 

 最後にしっかり釘を刺されてしまった。私だって、これしか使えないような場面はごめんだ。

 まあ、そもそも話せない間私は意識がなかったのだからどうにも実感が薄いのだけれど。

 事件から少し経って、なぜ意識がなかったのか。ヒントはもういくつか与えられていることに気付いた。そして仮説があっているならば、それは決して望ましいものではないということも。

 

「……気を付けるよ」

 

 バトソンに渡さなかった設計図の最終頁に記された言葉に目を向ける。そこには、バトソンに言った言葉の他にも言葉がつづられていた。

 

『私達に必要だよ』 

 

 この世界にはない、日本語で。

 

 

 

 

 なお、人形の機能をエルに披露したところ。

 

「ハ〇ですか!〇ロですね!幻晶騎士に乗せましょう!」

 

 と大喜びされた。残念ながら、自律機能はないのになあ。 


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