244さん、12さん誤字報告ありがとうございます!
ヤントゥネン騎士団は周辺の騎操士をかき集めた総勢九十にも及ぶ一団となり、一路クロケの森を目指していた。途中でライヒアラの生徒たちを乗せた馬車とすれ違い、そのほとんどが無事であることが確認できたために、張りつめていた騎士団の雰囲気はいくらか明るいものへと変わる。
そんな彼らを驚愕させたのは、白い幻晶騎士に乗る騎操士が持ってきた報せであった。
「学生がたった二機で戦っている、しかも一人は中等部の生徒だと……」
「信じ難いですが、事実ならば助力するべきかと」
「少し急ぐぞ」
その足を速めた騎士団一同は、報告された
そこにあったのは、たった二機の学生機に翻弄される
赤い幻晶騎士がおよそ幻晶騎士とは思えない速度で動き回り、
「一発でも掠れば終わり!こちらは何発当てれば終わるか不明!だからこそ言って差し上げましょう。当たらなければ、どうということはありません!」
「ありったけ行くよー!唸れ炎よ!舞え、炎よ!切り裂け、炎よ!とどめ!ディバイン……って炎しかないじゃん!」
その二機のコックピットからは高笑いというかなんというか好きなように叫ぶ声が聞こえてきていて、騎士団の面々は余計に状況を理解することが難しくなっていたのだけれど。
やがて限界を迎えたのだろうか、赤い幻晶騎士が
彼らとすれ違ったフィリップが団員たちに檄を飛ばす。
「学生がここまでやったのだ、我らが恐れてなんとする!破城槌部隊、進め!」
破城槌とは、幻晶騎士四体でようやく持つことができるほど大質量の鉄の塊を射出するだけの原始的な近接武器だ。しかしその質量故に、威力は師団級魔獣にとってさえただならぬものである。
かつてフレメヴィーラ建国の折に、この地にはびこっていた数多の凶悪な魔獣を打ち破った兵器。そんな切り札を抱えた騎士団の面々が、動きを止めた
「ははは!見ろ!我らが騎士団が来たからには、
グゥエールとトランドオーケスは
グゥエールの操縦席の後ろで先ほどまで困惑していたディートリヒが、勝利を確信して高々と笑う。それほどまでにヤントゥネン騎士団の存在はありがたかったのだろう。
けれど、セラとエルはディートリヒのように浮かれるのではなく、むしろ注意深く
「エル、
「三割といったところでしょうか。そちらはどうでしょう」
「ん。同じくらい。これで終わってくれるなら問題ないんだけどなー」
お互いの状況を確認しながら二人がその目に映すのは、全部で五つあるうち第一の破城槌部隊がようやく騎士団へ向き直った
「破城槌!撃て!」
激発。空気を揺るがすほどの凄まじい爆音とともに鈍い音が響き、これまでいくら切り付けてもダメージが入っているようには見えなかった彼の魔獣が、明らかに悲痛な叫び声をあげて大地にくずおれた。バシャリと液体がこぼれ、破城槌を撃った幻晶騎士たちに降り注ぐ。
決死を覚悟して臨んできた魔獣への明らかなダメージ、それも致命的だろうものを与えたという望外の成果に、続く破城槌部隊もとどめを刺さんと勢いを増した。
「……これで終わるほど、たやすい相手ではないでしょう」
その光景を見て、気を引き締めるように呟いたエルの言葉は、今まで
だから騎士団の彼らは気付かなかった。
「いけません!避けて!」
「ダメー!」
破城槌をもって進む彼らが自分たちの遥か後方から必死で叫ぶ二つの声を聞きとったのと、ごうっ、という音を伴って
炸裂音が響き、土塊を弾き飛ばす。その凄まじい風圧によって、すべての破城槌部隊が足を止めざるを得ない。特に顔の間近にいた部隊は、足を止める間もなく飛んできた岩にぼろきれのようになるまで蹂躙された。
幾秒かの間をおいて風がやんだ時、残った彼らは目の前の光景に死を目前にしたときの絶望という感情というものを理解した。
山と見紛うばかりの巨体を持つ
凄まじい衝突の音が響き、幻晶騎士ですら立っているのが精いっぱいの地震を引き起こして地表の砂を高く巻き上げる。今度飛んできた岩の塊は、運が悪かった後方の幻晶騎士までも巻き込んでいた。
揺れが収まり騎士団が立て直した時、彼らは砂煙の向こうに広がる無惨な光景を幻視した。あの中にいる破城槌部隊が生き残っているなどどうして信じられるだろうか。そして、決定打を失ったこれからの戦闘が被害の馬鹿にならない長期戦になることを覚悟した。
しかし。
砂煙が晴れたとき、彼らが目にしたのは想像だにしなかった光景だった。
先の破城槌部隊のように、もはや跡形もないほどに破壊されたと思われた破城槌部隊の目の前には、いつ現れたのかボロボロの岩が立っていた。あの攻撃の中で、何があったのか。砂埃に視界を遮られていた騎士団には理解することができない。一方
けれど
グゥエールに乗るエルもまた、その光景を作り出した実行者に気付いた一人だった。あの属性の魔法を使えるのは、自分が知る限りただ一人――。
一瞬思考に入ったエルの耳は、真横で鳴った重々しい金属音を聞き取っていた。その位置とタイミングに、嫌な予感を覚え、視線を巡らせる。
音の出所、そこにはセラの乗るトランドオーケスがうつぶせに倒れこんでいた。今目の前で起きた二つの出来事、エルの脳内ですべてが結び付き、何が起きたのかを理解する。
(
あの攻撃を耐えるために、恐らく複数の
トランドオーケスはピクリとも動かない。コックピット内の様子まではわからないが、うつぶせに倒れている以上すぐに脱出することはできないはずだ。
悪い知らせというものは立て続けにやってくるものだとエルは前世で何度も経験していたが、今度ばかりはシャレにならない。残された
静止したような時間の中で、赤い幻晶騎士と
その中を、グゥエールが深紅の矢のように
「させません!」
グゥエールが跳躍し、その勢いを拳に乗せて
もしグゥエールの攻撃が、捨て身のものだったとはいえ別の場所を捉えていたなら、
その右目に刺さり半ばで折れた剣は、半ばで折れたがゆえに致命傷までは至っていなかっただけなのだ。けれどたった今凄まじい勢いでもって押し込まれたことで、その刃は脳にまで達してしまった。脳を突き刺すという覚えのない激痛に、
各所の部品があちこちに飛び散り、結晶質がきらきらと各所からこぼれ落ちてしまっている。足が動かなくなったのか立ち上がろうともがいて何度も失敗する姿を、その瞳は映していた。
「破城槌部隊!もう一度突撃せよ!」
またもや一瞬で動いた事態から再起したフィリップが、にわかに動き始めた破城槌部隊に号令する。残る部隊が
一撃、二撃、三撃。いくつもの破城槌にその体内を破壊され、血を吐いてもなお
魔獣はその巨大な体を支えるために強化魔法を使用しているものが多く、
やがて、うつ伏せに倒れているトランドオーケスのそばにたどり着くと、エドガーはアールカンバーの手を機体にかけた。
「セラフィーナ、今から機体をひっくり返すがいいか?」
エドガーの声に返事はなかった。そのことを不安に思ったエドガーは丁寧に、しかし安全を保てる限りの速さでトランドオーケスを裏返す。
エドガーが機体から降りたとき、横に小さく降り立つ音がした。そこにいたのは、この場にいるはずのない後輩、エルネスティだ。
「エルネスティ、なぜここに……」
「グゥエールは僕が操縦していたのですよ。ああ、壊れた機体もまた美しい……本来なら心行くまで味わいたいです。すっごく、すっごーく心惜しいのですが、けれど今はこっちですね」
さらっととんでもないことを暴露したエルに呆気にとられるエドガーを置いて、エルはトランドオーケスのコックピット前に飛び上がり、ハッチを開いた。
「ただの
エルがコックピットから出てきたとき、セラは横抱きに抱えられていた。どうやら気絶しているようで、動く気配はなく穏やかに寝息を立てている。
その後彼らのもとへ集まってきた騎士団長や団員たちに、
フィリップが進み出て三人に見事というべき美しい敬礼を見せた。それは格式としては王族に臨むとき以外には最上位にあたり、本心からの感謝と尊敬を示すめったにすることのないものだ。団員達も遅れてそれに続き、エドガーが一人狼狽する。
「貴君らがいなければ、我らは
フィリップの言葉は本心からのものであった。今回の戦闘で騎士団が受けた被害は、幻晶騎士八機の大破と、
エドガーとエルも一歩進み出て同じく敬礼で答えた。
「私は多くの仲間を失い、後輩に背中を守られながら戦場を離れた未熟者にすぎず、その敬礼を受け取るには値しません。ですが、そう言っていただけると仲間たちも浮かばれます。こちらこそ、ヤントゥネン騎士団の皆さまの雄姿と勝利に、敬意を」
「僕は自分のやりたいことをしただけですからお気になさらないでください。それより、そろそろどこかにこの子を下ろしたいのですが……」
エルの雰囲気をぶち壊す予想外の言葉に、ふっと皆の力が抜けた。
「ああ、救護班があちらに待機している。そこへ運ぶといい」
「ありがとうございます」
救護所に向かうエルとセラの頭を、すれ違う団員たちがわしゃわしゃと撫でまわしていく。寝ている子供にするのは気が引けたのか、ほとんど被害を受けていたのはエルだったが。荒っぽい男たちのそれは感謝の念がこもっているとはいえ、アディやステファニアのそれと違って非常に痛い。
セラを救護所に運び終え、激しくシェイクされたグゥエールの中で気を失って運び出されていたディートリヒの横に寝かせたとき、エルはヘルメットの開発を半ば真剣に考えていた。
翌日。ヤントゥネンはかつてないほどの賑わいを見せていた。
先頭を行く騎士団長機ソルドウォートの後ろに副団長機カルディアリアが続いて城門をくぐった。どちらも傑作として知られる機体で、この街の象徴として扱われることもあるほどだ。市民にとっての誇りともいえる二機が無事であることに、誰もが胸をなでおろす。
次に城門から現れた物体を見た瞬間、歓声が爆発した。
それは荷車に括りつけられた
その後に続くのは、他の幻晶騎士達による一糸乱れぬ行進だ。高々と正面に掲げられた剣が日の光を反射して煌き、その光景に一層の華を添える。
しかしその中にはグゥエールの姿もトランドオーケスの姿もない。エルがエドガー達から聞いたところによると、今回の事件でエルとセラが活躍したことは公式には伏せられるらしい。
仕方のないことでしょう、とエルは思う。そもそもあまり興味がないですし面倒は嫌です、と。
中等部の学生が騎士団より活躍したなどとは、その威光を保つために間違っても言えるものではない。未だ目覚めないセラには事後承諾になってしまうが、彼女も恐らくあっさりと納得してむしろ周りの方が憤るという結果になるのだろう。自分のように。
しかし腑に落ちないのは戦闘の後セラが気絶していたことと、戦闘中の彼女の豹変だ。セラは
考えても分からないが、その方面での彼女の師、オートン先生ならば何かを知っているかもしれないと思い至る。
そこで喧騒の中かすかに聞こえたのは、エルくーん、セラちゃん起きたよーと自分を呼ぶ声だ。
帰ったら聞いてみましょうと結論を出して、エルは声のする方へと向かっていったのだった。
「以上が今回の戦闘の報告です」
そう言って頭を下げるフィリップに、ふむ、と鷹揚に頷き返す男が一人。
「べへモスの死骸の回収はどうなっておる?」
「は、回収者だけでは手が回り切らず、我が騎士団からも幻晶騎士を派遣して進めております。幸い騎士団の被害も少なく、通常の業務も支障ありません」
しかし、とフィリップは言葉を区切った。
「なにかあったのか?」
「は、その……此度相手取ったべへモスの死骸から、その赤ん坊のものらしき触媒結晶も発見されたと報告があります」
「なんだと」
その報告に明確な反応を示したのは、アンブロシウスではなく宰相のクヌート・ディクスゴードだった。クヌートが思い至った可能性、それは
今回の
クヌートの心配をよそに、アンブロシウスは報告とともに手渡された資料をめくる。そこに書いてあるのは表向きに発表された隠蔽された出来事がある経緯ではなく、真実この事件の中で起きたことだ。
ライヒアラの中等部の生徒が二人のみで
その生徒の名に見覚えがあることにアンブロシウスは気付いた。
「エチェバルリア……ラウリめの孫らか。のう、フィリップよ。こやつらは本当にかような活躍をしたのかの?」
「は、この目でしかと見たことでございますれば」
答えるフィリップの声はゆるぎない。この男は実直であることで知られているし、アンブロシウスがかつて連れまわしたことでもその性根はしっかりと理解している。まずもってこのような場で虚言を吐くような男ではない。
さりとて、報告書の内容はやはり簡単には受け入れがたいものであるのも事実には違いないのだ。
「お主が益体のない嘘をつくなどとは欠片も思わぬ。思わんのだが、さすがにこればかりはな。特にこのくだり。双子は二人ともその場で
「半ばは伝聞ですが、動きを見た限り……事実かと」
もしその通りであるならば。単純な強さだけでなく
たった二機で師団級魔獣と渡り合う実力を持ち、かつてない異能を持つ彼らがそんなことになればどれほどの望ましくない事態に陥るかは想像もつかない。報告書の人物評を見る限りでは心配する必要もなさそうだが。
親友の孫を疑うのは気持ちがいいことではない。しかし、王としてそれをただ見逃すわけにもいかない。
「この者たちを見極めねばならんな。時を見て一度会うこととするかの」
獅子王と呼び称えられるアンブロシウスの瞳が、まさしく獲物を吟味する獅子のようにぎらついた。