対の銀鳳   作:星高目

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いくつかタグを追加いたしました。マジックハッピーというすてきなことばをくださった来迎秋良さん、ありがとうございます

244さん、12さん誤字報告ありがとうございます!





陸皇の最期(後)

 ヤントゥネン騎士団は周辺の騎操士をかき集めた総勢九十にも及ぶ一団となり、一路クロケの森を目指していた。途中でライヒアラの生徒たちを乗せた馬車とすれ違い、そのほとんどが無事であることが確認できたために、張りつめていた騎士団の雰囲気はいくらか明るいものへと変わる。

 

 そんな彼らを驚愕させたのは、白い幻晶騎士に乗る騎操士が持ってきた報せであった。

 

「学生がたった二機で戦っている、しかも一人は中等部の生徒だと……」

 

「信じ難いですが、事実ならば助力するべきかと」

 

「少し急ぐぞ」

 

 その足を速めた騎士団一同は、報告された陸皇亀(べへモス)の居場所に到達したとき、皆が目を疑った。

 

 そこにあったのは、たった二機の学生機に翻弄される陸皇亀(べへモス)という信じがたい光景だった。

 

 赤い幻晶騎士がおよそ幻晶騎士とは思えない速度で動き回り、陸皇亀(べへモス)の足に狙いを絞って一撃離脱を繰り返している。その目ざわりな動きに耐えかねた陸皇亀(べへモス)が赤い騎士を攻撃しようとすれば、距離を取っていたもう一体の幻晶騎士が同じ場所に法撃を集中させ、その傷口を容赦なくえぐっていく。そちらを陸皇亀(べへモス)が狙えば、間髪入れずにまた赤い騎士がというような息の合った連携に、陸皇亀(べへモス)は当たらない攻撃を繰り返すことしかできないまま着実にそのダメージを蓄積させていく。

 

「一発でも掠れば終わり!こちらは何発当てれば終わるか不明!だからこそ言って差し上げましょう。当たらなければ、どうということはありません!」

 

「ありったけ行くよー!唸れ炎よ!舞え、炎よ!切り裂け、炎よ!とどめ!ディバイン……って炎しかないじゃん!」

 

 その二機のコックピットからは高笑いというかなんというか好きなように叫ぶ声が聞こえてきていて、騎士団の面々は余計に状況を理解することが難しくなっていたのだけれど。

 

 やがて限界を迎えたのだろうか、赤い幻晶騎士が陸皇亀(べへモス)の右後ろ足を切り付けたとき、剣がその中ほどで硬質な音を立てて折れ、深々と突き刺さった。そこに五つの爆炎の華が咲き、ついに陸皇亀(べへモス)が膝をつき地を揺らす。

 

 陸皇亀(べへモス)が足を潰されもがいている間に、いつの間にか二機の幻晶騎士は猛烈な速度で騎士団の後ろへ駆け抜けていた。

 

 彼らとすれ違ったフィリップが団員たちに檄を飛ばす。

 

「学生がここまでやったのだ、我らが恐れてなんとする!破城槌部隊、進め!」

 

 破城槌とは、幻晶騎士四体でようやく持つことができるほど大質量の鉄の塊を射出するだけの原始的な近接武器だ。しかしその質量故に、威力は師団級魔獣にとってさえただならぬものである。

 

 かつてフレメヴィーラ建国の折に、この地にはびこっていた数多の凶悪な魔獣を打ち破った兵器。そんな切り札を抱えた騎士団の面々が、動きを止めた陸皇亀(べへモス)へと突貫していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははは!見ろ!我らが騎士団が来たからには、陸皇亀(べへモス)も終わりだ!」

 

 グゥエールとトランドオーケスは陸皇亀(べへモス)の足を潰した後、ヤントゥネン騎士団の陣の後方に退避して成り行きを見ていた。

 

 グゥエールの操縦席の後ろで先ほどまで困惑していたディートリヒが、勝利を確信して高々と笑う。それほどまでにヤントゥネン騎士団の存在はありがたかったのだろう。 

 

 けれど、セラとエルはディートリヒのように浮かれるのではなく、むしろ注意深く陸皇亀(べへモス)を伺い続けている。

 

「エル、魔力貯蓄量(マナプール)はどれくらい?」

 

「三割といったところでしょうか。そちらはどうでしょう」

 

「ん。同じくらい。これで終わってくれるなら問題ないんだけどなー」

 

 お互いの状況を確認しながら二人がその目に映すのは、全部で五つあるうち第一の破城槌部隊がようやく騎士団へ向き直った陸皇亀(べへモス)の懐へと到達した光景だ。

 

「破城槌!撃て!」

 

 陸皇亀(べへモス)の腹に突き付けられた破城槌からカチリ、とトリガーが引かれる微かな音が、明確に二人にも聞こえたような気がした。各幻晶騎士の持ち手に内蔵された紋章術式(エンブレムグラフ)が幻晶騎士から一気に魔力(マナ)を吸い上げ、記された爆裂の魔法を発揮せんとまばゆく輝く。

 

 激発。空気を揺るがすほどの凄まじい爆音とともに鈍い音が響き、これまでいくら切り付けてもダメージが入っているようには見えなかった彼の魔獣が、明らかに悲痛な叫び声をあげて大地にくずおれた。バシャリと液体がこぼれ、破城槌を撃った幻晶騎士たちに降り注ぐ。

 

 決死を覚悟して臨んできた魔獣への明らかなダメージ、それも致命的だろうものを与えたという望外の成果に、続く破城槌部隊もとどめを刺さんと勢いを増した。

 

「……これで終わるほど、たやすい相手ではないでしょう」

 

 その光景を見て、気を引き締めるように呟いたエルの言葉は、今まで陸皇亀(べへモス)と戦ってきた二人だけが抱く思いを表していた。

 

 だから騎士団の彼らは気付かなかった。陸皇亀(べへモス)のその瞳が、憎悪を燃え滾らせていることに。かの魔獣は足を潰され腹を穿たれてなお戦意を失ってなどいないことに。

 

 陸皇亀(べへモス)が大きく息を吸い込む。それはエルとセラが何度も見てきた竜巻の吐息(ブレス)の予備動作だ。しかしその頭が向いているのはその直下。不可解な動きを目の前にしてしかし、破城槌部隊はその抱えるものの重さゆえに立ち止まることなどできはしない。ただ陸皇亀(べへモス)を一刻も早く倒さんと前へ進むのみ。

 

 陸皇亀(べへモス)への空気の流入が、前触れもなく終わりを告げた。

 

「いけません!避けて!」

 

「ダメー!」

 

 破城槌をもって進む彼らが自分たちの遥か後方から必死で叫ぶ二つの声を聞きとったのと、ごうっ、という音を伴って竜巻の吐息(ブレス)陸皇亀(べへモス)の真下に放たれたのはほぼ同時であった。

 

 炸裂音が響き、土塊を弾き飛ばす。その凄まじい風圧によって、すべての破城槌部隊が足を止めざるを得ない。特に顔の間近にいた部隊は、足を止める間もなく飛んできた岩にぼろきれのようになるまで蹂躙された。

 

 幾秒かの間をおいて風がやんだ時、残った彼らは目の前の光景に死を目前にしたときの絶望という感情というものを理解した。

 

 山と見紛うばかりの巨体を持つ陸皇亀(べへモス)が、その両の前足を高く上げている。後ろ足を潰されているためか左右の高さが違うことは何の慰めにもならず、両足がゆっくりと振り降ろされていく様を、彼らはただ微動だにせず見つめていた。

 

 凄まじい衝突の音が響き、幻晶騎士ですら立っているのが精いっぱいの地震を引き起こして地表の砂を高く巻き上げる。今度飛んできた岩の塊は、運が悪かった後方の幻晶騎士までも巻き込んでいた。

 

 揺れが収まり騎士団が立て直した時、彼らは砂煙の向こうに広がる無惨な光景を幻視した。あの中にいる破城槌部隊が生き残っているなどどうして信じられるだろうか。そして、決定打を失ったこれからの戦闘が被害の馬鹿にならない長期戦になることを覚悟した。

 

 しかし。

 

 砂煙が晴れたとき、彼らが目にしたのは想像だにしなかった光景だった。

 

 先の破城槌部隊のように、もはや跡形もないほどに破壊されたと思われた破城槌部隊の目の前には、いつ現れたのかボロボロの岩が立っていた。あの攻撃の中で、何があったのか。砂埃に視界を遮られていた騎士団には理解することができない。一方陸皇亀(べへモス)に迫っていた破城槌部隊も何が起きたのかわかっていないようで、目の前に自分たちを守るように立つ岩を見て動きを止めている。

 

 けれど陸皇亀(べへモス)はその瞳に浮かぶ憎悪を深めて唸った。目の前の現象の犯人は、一度ならず二度までも絶対の攻撃を防いで、邪魔をしたのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グゥエールに乗るエルもまた、その光景を作り出した実行者に気付いた一人だった。あの属性の魔法を使えるのは、自分が知る限りただ一人――。

 

 一瞬思考に入ったエルの耳は、真横で鳴った重々しい金属音を聞き取っていた。その位置とタイミングに、嫌な予感を覚え、視線を巡らせる。

 

 音の出所、そこにはセラの乗るトランドオーケスがうつぶせに倒れこんでいた。今目の前で起きた二つの出来事、エルの脳内ですべてが結び付き、何が起きたのかを理解する。

 

魔力(マナ)切れ……!)

 

 あの攻撃を耐えるために、恐らく複数の戦術級魔法(オーバードスペル)魔力貯蓄量(マナプール)が心もとない状況で発動したはずだ。それをまた四つも同時に行うなど。機体の操作を自分と同じようにやっていたのならば、さすがにその接続を絶っていなくては無理だろうけれど。

 

 トランドオーケスはピクリとも動かない。コックピット内の様子まではわからないが、うつぶせに倒れている以上すぐに脱出することはできないはずだ。

 

 悪い知らせというものは立て続けにやってくるものだとエルは前世で何度も経験していたが、今度ばかりはシャレにならない。残された陸皇亀(べへモス)の左目が横たわる彼女を捉えたことに、エルは気付いていた。

 

 静止したような時間の中で、赤い幻晶騎士と陸皇亀(べへモス)が同時に動いた。騎士団は再び息を吸い込み始めた陸皇亀(べへモス)の矛先が自分たちに向いていることに気付き一拍遅れて散開を始める。竜巻の吐息(ブレス)を貯める動作がはじめと比べて遅くなっているのを見て、彼らは全員の回避を確信し、続けての攻撃の用意をしていた。

 

 その中を、グゥエールが深紅の矢のように陸皇亀(べへモス)へと突き進んでいく。

 

「させません!」

 

 グゥエールが跳躍し、その勢いを拳に乗せて竜巻の吐息(ブレス)を放とうとした陸皇亀(べへモス)の顔面に叩きつける。堅く握られた拳が捉えたのは、彼自身が突き刺したその右目に残る剣だった。叩きつけた拳が圧壊するほどの勢いに、着地した瞬間に戦闘の中で常識外の軌道を繰り返していたグゥエールの脚部の結晶筋肉が断裂し、バランスをとることができずにもんどりうって転がっていく。エルはディーの悲鳴を聞きながら、めまぐるしく回るモニター越しの光景に渾身ともいえる攻撃の結果を悟った。

 

 もしグゥエールの攻撃が、捨て身のものだったとはいえ別の場所を捉えていたなら、陸皇亀(べへモス)はその誇りから仇敵を屠る一撃を放つことができていただろう。けれど現実は彼に味方しなかった。

 その右目に刺さり半ばで折れた剣は、半ばで折れたがゆえに致命傷までは至っていなかっただけなのだ。けれどたった今凄まじい勢いでもって押し込まれたことで、その刃は脳にまで達してしまった。脳を突き刺すという覚えのない激痛に、陸皇亀(べへモス)はその復讐を刹那忘れ、首を振る。

 

 竜巻の吐息(ブレス)は軌道を変え、上空の雲を穿った。自分の右目を奪い、最後の復讐すら邪魔した憎い赤きヒトガタの姿を陸皇亀(べへモス)は首だけで振り返る。その姿は到底無事といえるようなものではなかった。

 

 各所の部品があちこちに飛び散り、結晶質がきらきらと各所からこぼれ落ちてしまっている。足が動かなくなったのか立ち上がろうともがいて何度も失敗する姿を、その瞳は映していた。

 

「破城槌部隊!もう一度突撃せよ!」

 

 またもや一瞬で動いた事態から再起したフィリップが、にわかに動き始めた破城槌部隊に号令する。残る部隊が陸皇亀(べへモス)の視線の向く先に横たわる赤い幻晶騎士を助けんと、法撃を浴びせかける中、山のように動かない陸皇亀(べへモス)へと破城槌部隊が殺到していく。

 

 一撃、二撃、三撃。いくつもの破城槌にその体内を破壊され、血を吐いてもなお陸皇亀(べへモス)は立っていた。これでも足りないのかと追撃を加えようとした騎士団員を、フィリップがそっと制する。

 

 陸皇亀(べへモス)がグゥエールから未だ動かぬトランドオーケスへゆっくりと首を巡らせる。そこまでして、ようやく陸の皇は力なく大地にその身を伏せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔獣はその巨大な体を支えるために強化魔法を使用しているものが多く、陸皇亀(べへモス)もその例外ではない。死んだことで魔力の供給が止まったその肉体は、自重を支えることができずにゆるやかに圧壊していく。生前に反して呆気なく崩れていくその死体の横を、アールカンバーは歩いて行く。

 

 やがて、うつ伏せに倒れているトランドオーケスのそばにたどり着くと、エドガーはアールカンバーの手を機体にかけた。

 

「セラフィーナ、今から機体をひっくり返すがいいか?」

 

 エドガーの声に返事はなかった。そのことを不安に思ったエドガーは丁寧に、しかし安全を保てる限りの速さでトランドオーケスを裏返す。

 

 エドガーが機体から降りたとき、横に小さく降り立つ音がした。そこにいたのは、この場にいるはずのない後輩、エルネスティだ。

 

「エルネスティ、なぜここに……」

 

「グゥエールは僕が操縦していたのですよ。ああ、壊れた機体もまた美しい……本来なら心行くまで味わいたいです。すっごく、すっごーく心惜しいのですが、けれど今はこっちですね」

 

 さらっととんでもないことを暴露したエルに呆気にとられるエドガーを置いて、エルはトランドオーケスのコックピット前に飛び上がり、ハッチを開いた。

 

「ただの魔力(マナ)切れではなかったのですか。何があったのか、起きたら聞かせてもらいますよ」

 

 エルがコックピットから出てきたとき、セラは横抱きに抱えられていた。どうやら気絶しているようで、動く気配はなく穏やかに寝息を立てている。

 

 その後彼らのもとへ集まってきた騎士団長や団員たちに、竜巻の吐息(ブレス)を防いだ岩の正体を説明すると、怪物を圧倒していた二機の騎操士の正体を知ったことも相まって、彼らはやはりひどく驚いていた。

 

 フィリップが進み出て三人に見事というべき美しい敬礼を見せた。それは格式としては王族に臨むとき以外には最上位にあたり、本心からの感謝と尊敬を示すめったにすることのないものだ。団員達も遅れてそれに続き、エドガーが一人狼狽する。

 

「貴君らがいなければ、我らは陸皇亀(べへモス)を相手にもっと甚大な被害を受けていただろう。高等部の騎操士諸君の健闘がなければ、多くの生徒たちの命が彼奴に奪われていたことだろう。ヤントゥネン守護騎士団団長フィリップ・ハルハーゲンとして、そしてフレメヴィーラの国民として君たちに感謝する」

 

 フィリップの言葉は本心からのものであった。今回の戦闘で騎士団が受けた被害は、幻晶騎士八機の大破と、竜巻の吐息(ブレス)の爆心地に近かった騎操士三名の重傷だ。幸いなことに死者は出ておらずもし戦闘がここで終わらなければ、騎士団が壊滅している可能性すらあったのだから。高等部の騎操士は、練習機であることから胴体周りの装甲が厚いことに助けられたものもいたが、それでも時間がたちすぎたのだ。死者が出たために無念な結果となってしまった。

 

 エドガーとエルも一歩進み出て同じく敬礼で答えた。

 

「私は多くの仲間を失い、後輩に背中を守られながら戦場を離れた未熟者にすぎず、その敬礼を受け取るには値しません。ですが、そう言っていただけると仲間たちも浮かばれます。こちらこそ、ヤントゥネン騎士団の皆さまの雄姿と勝利に、敬意を」

 

「僕は自分のやりたいことをしただけですからお気になさらないでください。それより、そろそろどこかにこの子を下ろしたいのですが……」

 

 エルの雰囲気をぶち壊す予想外の言葉に、ふっと皆の力が抜けた。

 

「ああ、救護班があちらに待機している。そこへ運ぶといい」

 

「ありがとうございます」

 

 救護所に向かうエルとセラの頭を、すれ違う団員たちがわしゃわしゃと撫でまわしていく。寝ている子供にするのは気が引けたのか、ほとんど被害を受けていたのはエルだったが。荒っぽい男たちのそれは感謝の念がこもっているとはいえ、アディやステファニアのそれと違って非常に痛い。

 

 セラを救護所に運び終え、激しくシェイクされたグゥエールの中で気を失って運び出されていたディートリヒの横に寝かせたとき、エルはヘルメットの開発を半ば真剣に考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。ヤントゥネンはかつてないほどの賑わいを見せていた。陸皇亀(べへモス)を倒すために全軍で出撃した騎士団が、少ない被害で勝利を収めたという報せが届いたからだ。飲めや歌えやとお祭り騒ぎな街の喧騒を、騎士団の帰還を知らせる喇叭の音が爽快に突き抜けた。

 

 先頭を行く騎士団長機ソルドウォートの後ろに副団長機カルディアリアが続いて城門をくぐった。どちらも傑作として知られる機体で、この街の象徴として扱われることもあるほどだ。市民にとっての誇りともいえる二機が無事であることに、誰もが胸をなでおろす。 

 

 次に城門から現れた物体を見た瞬間、歓声が爆発した。

 

 それは荷車に括りつけられた陸皇亀(べへモス)の頭部だった。その巨大さに恐れを抱き、それを見事討った騎士団を称える声が響き渡る。

 

 その後に続くのは、他の幻晶騎士達による一糸乱れぬ行進だ。高々と正面に掲げられた剣が日の光を反射して煌き、その光景に一層の華を添える。

 

 しかしその中にはグゥエールの姿もトランドオーケスの姿もない。エルがエドガー達から聞いたところによると、今回の事件でエルとセラが活躍したことは公式には伏せられるらしい。

 

 仕方のないことでしょう、とエルは思う。そもそもあまり興味がないですし面倒は嫌です、と。

 

 中等部の学生が騎士団より活躍したなどとは、その威光を保つために間違っても言えるものではない。未だ目覚めないセラには事後承諾になってしまうが、彼女も恐らくあっさりと納得してむしろ周りの方が憤るという結果になるのだろう。自分のように。

 

 しかし腑に落ちないのは戦闘の後セラが気絶していたことと、戦闘中の彼女の豹変だ。セラは魔導演算領域(マギウスサーキット)を全力稼働したためだと言っていた。しかしそれだけであんな風になるものなのだろうか?

考えても分からないが、その方面での彼女の師、オートン先生ならば何かを知っているかもしれないと思い至る。

 

 そこで喧騒の中かすかに聞こえたのは、エルくーん、セラちゃん起きたよーと自分を呼ぶ声だ。

 

 帰ったら聞いてみましょうと結論を出して、エルは声のする方へと向かっていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「以上が今回の戦闘の報告です」

 

 そう言って頭を下げるフィリップに、ふむ、と鷹揚に頷き返す男が一人。陸皇亀(べへモス)討伐の立役者として、ヤントゥネン騎士団長はここ王都カンカネンのシュレベール城の玉座の間にて、国王アンブロシウスへと事件のあらましについて報告を行っていた。

 

「べへモスの死骸の回収はどうなっておる?」

 

「は、回収者だけでは手が回り切らず、我が騎士団からも幻晶騎士を派遣して進めております。幸い騎士団の被害も少なく、通常の業務も支障ありません」

 

 しかし、とフィリップは言葉を区切った。

 

「なにかあったのか?」

 

「は、その……此度相手取ったべへモスの死骸から、その赤ん坊のものらしき触媒結晶も発見されたと報告があります」

 

「なんだと」

 

 その報告に明確な反応を示したのは、アンブロシウスではなく宰相のクヌート・ディクスゴードだった。クヌートが思い至った可能性、それは陸皇亀(べへモス)の生態がともすればこのフレメヴィーラにとってろくでもないものであるかもしれないということ。最悪の事態を想像した彼は、魔獣学者に研究させることを内心決意していた。

 

 今回の陸皇亀(べへモス)がそのこどもを孕んでいたということは。もし陸皇亀(べへモス)が出産を行う場所がここフレメヴィーラの平原であるということになれば、何かしらの対策が必要になるからだ。それはつまり、たとえその期間が数百年単位のものだとしても定期的にかの魔獣が襲来することを意味するのだから。

 

 クヌートの心配をよそに、アンブロシウスは報告とともに手渡された資料をめくる。そこに書いてあるのは表向きに発表された隠蔽された出来事がある経緯ではなく、真実この事件の中で起きたことだ。

 

 ライヒアラの中等部の生徒が二人のみで陸皇亀(べへモス)と戦い、あまつさえ圧倒したという信じがたいことが。

 その生徒の名に見覚えがあることにアンブロシウスは気付いた。

 

「エチェバルリア……ラウリめの孫らか。のう、フィリップよ。こやつらは本当にかような活躍をしたのかの?」

 

「は、この目でしかと見たことでございますれば」

 

 答えるフィリップの声はゆるぎない。この男は実直であることで知られているし、アンブロシウスがかつて連れまわしたことでもその性根はしっかりと理解している。まずもってこのような場で虚言を吐くような男ではない。

 

 さりとて、報告書の内容はやはり簡単には受け入れがたいものであるのも事実には違いないのだ。

 

「お主が益体のない嘘をつくなどとは欠片も思わぬ。思わんのだが、さすがにこればかりはな。特にこのくだり。双子は二人ともその場で魔導演算機(マギウスエンジン)の術式を変更し、一人はそのうえで自らの力で戦術級魔法(オーバードスペル)を構成し戦闘を行ったとある。本当ならばまったくもって正気の沙汰ではないぞ」

 

「半ばは伝聞ですが、動きを見た限り……事実かと」

 

 もしその通りであるならば。単純な強さだけでなく魔導演算機(マギウスエンジン)に手を加えられるという前例のない異能を二人そろって持っていることになる。それに彼らは齢十二の童である。まだ世の中のイロハを知り始めたばかりのそんな時期では、自らが多大な力を持っていると増長するようなことがないとも限らないだろう。

 

 たった二機で師団級魔獣と渡り合う実力を持ち、かつてない異能を持つ彼らがそんなことになればどれほどの望ましくない事態に陥るかは想像もつかない。報告書の人物評を見る限りでは心配する必要もなさそうだが。

 

 親友の孫を疑うのは気持ちがいいことではない。しかし、王としてそれをただ見逃すわけにもいかない。

 

「この者たちを見極めねばならんな。時を見て一度会うこととするかの」

 

 獅子王と呼び称えられるアンブロシウスの瞳が、まさしく獲物を吟味する獅子のようにぎらついた。

 


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