キッドが決闘でなぶられているころ、エルネスティは廊下を歩いていた。バトソンからアディのことを聞いて、当てもなくアディを探していたのだ。
突然後ろからエルは抱きしめられた。振り返れば、エルの髪に顔をうずめてとろけた表情を浮かべるステファニアの姿があった。
「このサラサラ感。たまらないわ~」
「えーと、ステファニア先輩?」
「この人をだめにするサラサラ感が悪いにょよ~」
「ステファニア先輩、アディの居場所を知りませんか?」
この状況でこの人が来たということは、なおも頬ずりを続けるステファニアにかまっている場合でもないのだろうと考えて、エルは彼女の行為をスルーする。もっとも、当のステファニアがいきなり本題からそれているのだが。
徐々に頬ずりの勢いを弱め、エルからゆっくりと手を放した彼女の表情は、いくらかの悲しみを浮かべていた。
「アディはね、バルトに呼び出されたみたいなのよ」
「バルト……あなたの弟御でしたね。それにキッドやアディを……」
二人を嫌っている、そのことをエルは言いよどんだ。アディを連れて行ったということは何が起きているのかはある程度察しが付く。とはいえ、これは身内の問題だ。エルがどこまでも踏みいていいものではないという、前世からの価値観がエルの行動を迷わせていた。
次の言葉を聞くまでは。
「……アディだけじゃなく、セラちゃんも連れていかれたかもしれないわ」
「……詳しく教えてください」
瞬間、エルの雰囲気がステファニアが一瞬たじろぐほどの鋭いものに変わった。その目はもう迷うことなく、エルがすでにまっすぐに事に当たることを決めたのだと確信させられる。
バルトがかなりの大人数を連れていたことや、セラがそのうちの一人に呼び出されていたことを説明して、ステファニアは最後に付け加えた。
「君にこんなことを言える立場ではないのだけれど……エル君に二人を探しに行ってもらいたいの」
「身内が巻き込まれたとなれば、もちろんです。しかし申し訳ないのですが、二人に危害が加えられていた場合、いかにあなたの弟御といえど、容赦できそうにないですよ?」
その冷静な表情の裏で、エルは静かに激情を制御していた。他人の家庭事情に深く踏み込むつもりはなかったが、しかし人の双子の妹まで巻き込んでくれるとは。もはや同情の余地はなく、キッドとアディがあとで困らないように立ち回りつつ全力で突っ込むだけだ。
先に『家族』に手を出したのはあちらなのだから。
エルがそんなことを考えているまではわからずとも、見た目からは想像できないほどに激怒している事はステファニアには察せられた。あの双子を越えるエルの逆鱗に触れた弟の末路を想像して、いくらか諦めたような表情でつぶやく。
「……死なない程度にお願いね」
「ずいぶんと割り切りますね」
「バルトが一人で動いているならまだいい、本当はよくないのだけれど……。私がとめてあげられた。でも、今回は違う。生徒会長として、姉として、見過ごすことはできないわ」
それは姉として、道を誤ってしまった弟への心配だった。聞く限りではなるほど心底嫌な奴だと思っていたバルトはなにがしも、しっかり愛されているではないかとエルはほんの少しだけ手心を加えることを決めた。本当にほんの少しだけではあったが。
ステファニアはエルを抱きしめていたから、その表情を伺うことはできない。その悲痛な声を心に留め、エルは問いかけた。
「アディが連れていかれた場所を、教えていただけませんか?」
アディとセラが連れてこられた校舎は、広い敷地を持つライアヒラ騎操士学園の歴史の中で使われなくなった、数ある校舎のうちの一つだ。
二人は今、後ろ手に縛られ足も縛られた状態で背中合わせに椅子に括りつけられている。アディが連れてこられて一時間、セラが連れてこられて三十分ほどたった今もアディは目を覚まさない。
「チっこのクソガキが!やってくれやがって」
「おい、片方は意識を失ってるんだからあんまり騒ぐな」
セラは男たちのやり取りを静かに眺めていた。部屋にいるのはバルトサール以外の七人の男たち。対して自分は縛られた女性が二人。一人は気を失っていて杖も奪われているとなれば、今動くのは得策ではないだろう。外からかすかに聞こえてくる歓声を聞けば、今すぐにでも逃げ出したくはあるのだけれど。
男たちのやり取りは続く。
「なんだよ、気い失ってるやつもいて縛ってるんだぜ?一人は触媒結晶もちゃんと奪っておいたし」
「さっき一発痛い目見たやつが偉そうになんか言ってるぜ」
「あれは油断したんだよ!一遍味わってみろ!」
「嫌だね」「絶対にお断り」「むしろご褒美だろ」「……え?」
外野のやり取りを気にすることもなく、叫んでいた男がアディに近寄る。
「ガキだと思って油断してりゃあ付け上がりやがって、一発思い知らせてやる!」
男がこぶしを握り、アディに振りかぶる。セラがそれを察知して、体に力を入れた瞬間のことだ。
「こんにちはー。誰かいます……ね」
突然、ガラガラと強く教室の後ろの扉を開けて現れたのはエルネスティだ。場所が場所だけに誰も来ないと安心していた男たちが振り返った時には、銀色の暴威はすでに走り出していた。
椅子に縛られているアディとセラの姿を見たエルはここが当たりの場所であると理解した。ならば、怒りのままに制圧するのみだ。
教室には七人の男。まずは手近なものから排除していこうと、エルは風の中級呪文
扉の近くにいた男二人が派手に吹き飛んでいって、ようやく男たちは事態を理解するに至った。しかしそれはあまりにも遅すぎた。杖を構えることができたものもそうでないものも一瞬で吹き飛ばされていく。
「ああくそ!」
アディの目の前にいた男は、比較的早く事態に気付いたといえる。二人の男が吹き飛ばされた時には我に帰り、目の前のアディを人質にせんと動き出していたのだから。
しかしその目論見がかなうことはなかった。
男がアディに向きなおった瞬間見たのは、縄をどうやってかすべて切ってほかの男にとびかかっていくセラの姿と、自分の顔に勢いよく飛び込んでくる椅子だった。
結局、男たちの内四人をエルが、三人をセラが倒すことで教室内は再び沈黙に包まれた。
「……エル、ありがとう」
少し照れくさそうに告げる妹の姿というのは、兄としてもやはり悪いものではない。それが男たちを自分が縛られていた縄で縛りながらでなければなおよかったのだけれど。
エルがアディの縄を切断しながら口を開く。
「しかしセラ、あなたも縛られていたのにどうやって動いたのですか?」
教室に入った時にエルは真っ先にアディの目の前にいる男を排除しようとしていた。それが一番距離からして急を要したからだ。しかしそれはセラからのアイコンタクトによって、対処をセラに任せることにしたのだ。
見たところ、セラは常日頃から身に着けている扇杖を二つとも奪われている。触媒結晶がなければ魔法は発動できない。それでどうやって拘束を抜け出したのだろうか。
セラは男たちを縛り終えると、徐に靴を脱ぎ、さらに靴下を脱いだ。転び出てきて、セラの手に収まったのは、彼女の扇杖に要として使われている、先がとがったダンベルのような形をした触媒結晶だった。もっともそれは一部が壊されてまるでキノコのような形になっていたが。それを見てエルも合点がいった。
どうやらセラは触媒結晶を直接肌に触れさせて隠し持つことで魔法を発動し、拘束を切ったのだろう。
セラは男に案内されている時点で触媒結晶を扇杖から外して一つを片手に、一つを靴下の横に隠し持っていた。扇杖はその特性上要が抜ければバラバラになってしまう。それを束ねて持っていれば、それがもともと二つの杖だったなどと想像する人はいないだろう。何せ、扇はこの世界には存在していないのだから。
触媒結晶の一つを奪わせたのは、相手を油断させるためである。現に男はあまりセラの身体を注意深く見ていなかったのだから。あるいは、彼が女性に対して意外と紳士だったのかもしれないけれど。
そしてエルがアディの拘束を解き終えるのを見届けると、セラは窓から
エルは眠り姫を前にして頭を抱えた。アディはエルよりも身長が大きいため、どうやってキッドのもとまで連れていくのかが問題になることに気付いたのだ。
できればもう少し待ってほしかったです。とエルはひとりごちた。
ライアヒラ騎操士学園の中庭では、二人の生徒の決闘がなおも続いていた。すでに一時間以上も戦っており、ほとんど一方的な内容であるにもかかわらず決着の気配は見えない。周囲の生徒も興が冷めたのか、はじめと比べれば観衆は随分とまばらだ。
バルトサールはここにきてようやく違和感を覚え始めた。ここまでできるだけ長くいたぶるために本気ではないにしろ木刀で幾度となく殴ってきたのに、目の前のキッドは闘志の炎を目から消すことなく、立ち上がり続けている。
「ぐあっ!」
今もそうだ。ほとんど直撃で、肋骨が折れていてもおかしくないようなものなのに、それでも奴は倒れないでいる。人質がいるからか攻撃こそしてこないけれども、あまりにタフすぎる。
何かがおかしい。
その目も気に入らない。この状況で、希望をいまだに宿したその目が。その目が絶望に染まるその時が待ち遠しいというのに。
だから、その無駄な希望を捨てさせてやろう。
「時間稼ぎかい?アーキッド」
「……!」
「そうだよなあ。待っていれば『あれ』が来ると期待しているんだよなあ?だとしたら残念だとしか言いようがないね。縛られているのではどうしようもないからなあ」
周りに人がいることを意識しての遠回りな示唆。しかしキッドはその意味するところを理解して、やはりかと歯を食いしばる。その姿が、バルトサールの心にいくらかの満足をもたらした。
「そろそろ皆も飽きてきたようだ。決着をつけようじゃないか、なあ?」
彼はアディとセラの所有品を見せつけるようにして木刀を構える。次が渾身の一撃だというのはキッドにも分かった。『ある方法』でダメージを抑えていたとはいってもキッドの体にそれほど余力がないことは、彼にも、野次馬の目にも明らかだ。
そしてバルトサールの視線を見るに、次の攻撃を避けることは耐えてきた努力を無に帰することになるのだろう。
一か八か、賭けるしかないとキッドが考え、バルトサールが踏み込んだその時。
ダン!と何かが勢いよく着弾したような音が辺りに響いた。何事かと観客席を見れば、捕えられているはずのセラが最前列に立っていた。遅れて、同じく最前列にアディをお姫様抱っこで抱えたエルがふわりと降り立つ。
バルトサールはその光景を信じられないでいるのか、フリーズしたように動かない。
対するキッドも、身体強化を使用したまま勢いよく走りこんでくるセラと、赤い顔をしたまま普通に走ってくるアディ、そして自分の仕事は終わったとばかりに平静な顔をしているエルを見て、少しだけ呆けていた。
セラはキッドの目の前でぴたりと止まったかと思うと、キッドが大けがをしていないか体をまじまじと見つめ、心配していたほどではないと知ると安堵の息を吐いた。次いでバルトサールを無表情ながらに睨み付けると、後ろの二人に空間を開けた。
アディはバルトサールに向かって親指を下に向け、首元で横一文字に動かすという彼女の怒りがよく表れたジェスチャーを取っていた。
すました顔で歩いてくるエルに、キッドは笑って文句を言う。
「おせえよ」
「すいません。教室がやたら多いのがいけないのですよ。誰かさんはキッドを心配する
あまり、アディを置いて真っ先に出て行ってしまいますし」
「……私がいたら邪魔だもの」
「なんじゃそりゃ。まあいいけどよ」
なんだっていい、エルは間に合ってくれたのだから。キッドは軽く笑うと木剣を構えなおした。
一方のバルトサールはすでに状況は自分にとって限りなく不利に変わったことを悟っていた。突然の乱入者に野次馬は何事かと怪訝な表情を浮かべている。自分の行いがもし皆にばれれば、たとえこの決闘に勝ったとしても自らの名声は地に墜ちることだろう。それはもはや避けようのないことか。
もはやここまでの間に満身創痍になっているキッドを倒して、口封じを行うほかにない。
「お前だけは、お前だけは!」
「今までの借り、まとめて熨斗つけて返してやらあ!」
叫び声をあげて切りかかってくるバルトサールに対し、キッドは温存していた魔力を使い切って限定身体強化を使用して迎え撃つ。強化された膂力で剣を打ち払われたバルトサールは、勢いに抗しきれずに木剣を弾き飛ばされてしまう。それが大きな隙になったとみるや、キッドは彼に全身全霊のタックルをかました。勢いよく場外に弾き飛ばされたバルトサールに審判があわてて駆け寄り、彼が気を失っていることを確認すると、高らかにキッドの勝利宣言をした。
それまでの戦いを見ていた野次馬からすれば、目を疑う光景だった。一方的に嬲られているとばかり思っていたキッドが、乱入者が現れた途端にそれまでの戦闘が嘘のような凄まじい力を発揮し、一瞬で決着がついたのだから。
決着がついたとわかるや否や雄たけびを上げ、そのまま倒れこんだキッドを支える銀髪の少女と、そして続いて駆け寄った黒髪の少女らの腕と足に縄の跡が残っているを見て、ようやく野次馬の彼らは何がこの決闘の裏で起きていたのかを悟るに至った。
彼らが所属するのは騎士学科だ。騎士は国民の盾として、騎士道を重んじるものとして決闘の勝者に与えられる栄誉というものを重視する。それを卑劣極まる手段で得ようとしたバルトサールに対して向けられる視線は、当然ながらどこまでも冷ややかなものになる。野次馬に紛れていた彼の取り巻きが彼を運ぶことさえ手伝わず、まるで汚物を見るような目で観衆は見送ったのだった。
勝ち鬨を上げて倒れこんだキッドを、地面にぶつかる直前でセラが受け止めた。アディはそれに少し遅れてキッドに駆け寄っていく。
「……キッド、大丈夫?」
「キッド!ねえキッド、大丈夫なの?」
「なんともねえ、とは言えねえな。ずいぶんと痛めつけられちまった」
「うわ、服敗れてるじゃない!……攻撃、全部避けちゃえばよかったのに」
「二人を人質に取られてるってわかっちゃあな、そうそう避けるわけにもいかねえよ」
「それは……ごめんなさい。私の油断のせいで、セラちゃんも、私のせいで捕まっちゃって……」
アディの目の端から涙がこぼれ落ちそうになっているのを見て、キッドがわしゃわしゃと彼女の頭をなでる。
「気にすんなって。悪いのはあのバカだし、セラもほら、な……セラ?」
セラはうつむいているため、アディやエルからはその表情はうかがい知れない。 しかしいつの間にかセラに膝枕される形になっていたキッドからはその表情がよく見えた。
いつもの無表情とはかけ離れた、悔しげな表情。その目にはかすかに涙がたまっていた。
「ごめんね、キッド。私は、もっと早く抜け出すことができたかもしれなかったのに、こんなに来るのが遅くなって、代わりに、キッドに怪我をさせて」
見たことのないセラの表情に、キッドは不謹慎だとは思いつつもどきっとしてしまう。それをごまかすように彼はセラの頭を撫で始めた。
「だから気にすんなって。二人は怪我をしてないんだろ?ならいいさ。体を張った甲斐があるぜ。それよりエル、ありがとな」
彼女の表情を見ているのも悪い気がして、キッドはエルに話を振った。
「間に合って何よりです。それより」
エルはバルトサールから回収していた髪飾りをアディに返しながら聞く。
「相当打ち込まれたみたいですが、そんなにダメージはなさそうですね」
「ああ、あいつこっちが避けられないからって中途半端な力加減で打ち込んできたからよ」
苦笑しながらキッドは答える。
「当たる瞬間そこにだけ
「なるほど……危険な芸当をしますね」
「他に何も考えずに済んだからできたことだよ。後あのバカは急所を狙ってこなかったからな。そうじゃなかったらやばかった」
「結局あの人の敗因は自身の詰めの甘さだったのですね」
「……そこだけはあのバカに感謝する」
気付けば、常の無表情に戻っているセラがバルトサールに毒を吐いていた。その落差にキッドが驚いている間に、野次馬は解散していった。
「そろそろ、僕たちも行きましょうか。後片付けをしておくので、セラとアディはキッドを保健室へ連れて行ってください」
「……キッド、立てる?」
「いや、大丈夫だ。ゆっくり歩くなら問題ねえよ」
立ち上がり、よろよろと歩いて行くキッドについていくセラとアディを見送ったエルは、離れた位置で成り行きを見守っていたものに声をかけた。
「よかったのですか?弟御の負った傷は、並大抵のものではありませんよ?」
そこにいたのは、エルにアディとセラのことを教えたステファニアだった。
「……そうね。けれどバルトはあまりにもひどいことをしてしまったもの」
彼女は、すがすがしさの中にほんの一抹だけ寂しさを感じさせる表情で首を振った。
「あの子は本当……こういうところばかりお母様に似てしまったのだから。そろそろ報いを受けるべきだったのよ。私も、もう少しあの子とちゃんと向き合ってみるつもり」
「苦労しているのですね……」
エルは自問する。自分はセラと向き合えているだろうかと。そして彼にとって、その答えは簡潔なもので事足りる。
異世界にて出会った、地球という前世を共有しているだろう双子の妹と自分はどう接するべきか。彼女は何か迷っている節があるようだが、エルからすれば答えは一つしかない。
どうあっても『セラはセラ』で『エルはエル』であり、彼女は自分の双子の妹であるという、たったそれだけのことなのだ。
自問の答えを確かめたエルはステファニアに問いかける。
「後始末はお願いしても?」
「ええ、家の方とも話さないといけないから」
ステファニアに一礼して、エルはその場を去っていく。後に残されたステファニアは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
決闘事件の数日後。
今回の行いが学内に広まってしまったバルトサールは実家と学園から注意を受け、実家に送り返されたうえで暫く彼の家が所有する騎士団で性根を鍛えなおされることになったとステファニア先輩から教えられた。その時にアディと一緒になって私の感触を心行くまで味わって行かれたのは、少し恐ろしい何かを感じたのであまり思い出したくない。あれを平然と受け流せるエルはメンタルが凄まじい。
しかしエルに二人の矛先が移った時、アディが妙に赤くなっていたからこないだの事件で何かが変わったのだろう。それをからかって少しだけ仕返しできた気分になったとともに、二人のこれからが楽しみになった。
一方キッドはというとそれほど大きな怪我をしておらず、意外とすぐに回復することができた。
「せい!」
「……!」
そして私は今、リハビリがてらにということで、キッドと剣術のみでの模擬戦を行っている。いつもキッドの相手をしているアディは、最近はエルについていることが多くなったため、私が代わりにということで相手を務めている。
とはいえ、私の魔法抜きでの実力はそう大した物ではない。この模擬戦もキッドの一撃を受け流した後にカウンターを狙うという流れを何度も繰り返している。けれど、特訓の成果もあって持久力では勝っているとはいえど、体格と力で劣る私がこのまま同じことを繰り返していればいずれ負けるのは目に見えている。
キッドの振り下ろしを回避した直後に右上段から切り下ろしを仕掛ける。キッドの大剣の扱いも慣れたもので、下方にあった大剣を一瞬で引き戻して、すぐさま横に構えてガードの構えを整えられた。けれど。
そこまでは読み通りで、切り下ろしはフェイントだ。
剣から右手を放し左の逆手に持ち替え、体を思い切りひねって一歩踏み込んでの下段からの突き上げに変える。
「うおっと!」
予想外の一撃だっただろうに、キッドは反応して見事に私の攻撃を防いだ。とはいえ、剣が完全に浮き上がって大きな隙を見せている。踏み込んだ勢いそのままにキッドの喉元に剣先を突き付け、私の勝利で試合は終わった。
「だー!魔法なしでもセラに分が悪いのかよ。なさけねえ」
キッドの言う通り、魔法なしでの模擬戦は私が六割ほど勝っているため、私の勝ち越し状態が続いている。逆に言えば、父からの教えを受けていても一割ほどしか勝ち越せていないのだけれど。
だーと地面に倒れこむキッドを横目に思う。キッドは確実に成長している。体の成長も合わせれば、恐らく魔法なしの戦闘だと近いうちに私はキッドに勝てなくなるだろう。魔法ありなら一度も負けるつもりはないけれど。
キッドを見ていて否応なしに意識させられるのは、いまだにうっすらと残っている青あざやかさぶただ。それらは、キッドが私とアディが人質にとらえられていることを知って、あのバルトサールに無抵抗にいたぶられた証拠だ。
私はそれを見るたび、私のせいでキッドを傷つけてしまったと自責の念に駆られると同時に、キッドにまた別種の気持ちを抱くのだ。
女の子を守るために傷ついてでも体を張るというヒーローのような勇敢な行いへの尊敬と、同時にその行動が私とアディを守るためのものであったということに、言葉にならない嬉しさを感じる。
今回の事件でアディにとっての王子様がエルだったのなら、私にとってのキッドは誇り高い騎士のようだったということになるのだろうか。今回はさすがに冗談ではない。
「ん?どうした?」
気が付けば私はキッドの肩にかすかに残った痣を撫でてしまっていたらしい。何やら変なことをしてしまったかと思ったけれど、結局そのまま続けることにした。
素直な気持ちを、伝えておこう。私達のために体を張ってくれた彼に。
「……キッド、ありがとう。まるでヒーローみたいだ」
「お、おう。おう?」
いまいち釈然としないキッドの反応に、そういえばこの世界にヒーローという概念はなかったなと今更ながらに思い出した。とはいえ二度もこんな恥ずかしいことを言う勇気もなく、そのままエルとアディが帰ってくるまでキッドと二人でゆったりと過ごしたのだった。
後日エルに聞いたところだと、キッドにヒーローの意味を問われたので教えたところ、一瞬で顔を真っ赤にしたのだとか。何で教えたのか。エルは心底楽しそうに笑っていたけれど、妹としてはいまいち納得がいかないと抗議し、なぜか二人で模擬戦を行うことになった。
結果は秘密だ。