対の銀鳳   作:星高目

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初投稿の作品となります。
楽しんでいただければ幸いです。


プロローグ

 時は既に夕方も半ばで、うっすらと空が朱に染まり始める頃合いだった。ある中学校の教室では、帰りの会の中で教師が本日の別れの挨拶を行っていた。

 

「起立、姿勢、礼」

 

 話が終わるやいなや、日直の生徒の掛け声で生徒達は思い思いに帰り支度を始める。窓際の席で静かに座っている少女もまた例外ではなく、ゆっくりと筆箱を片付け始めていた。

 

「木下、ちょっといいか」

 

 少女に声をかけたのは担任の教師だった。周りから視線を集めていることを感じて、少女は億劫そうに教師を見る。

 

「こないだの模試、学内で一位だっただろ。賞品出てるぞ。おめでとう」

 

 教師が手渡してきたのは、賞品が入っているだろう封筒だった。しかし少女にとって賞品を受け取ることはあまりうれしいものではなかった。それは話を聞いた周囲からの視線が少女には自分を突き刺しているように感じられるからだ。いつの間にかしんとしていた教室の雰囲気から、少女は逃げるように教室を出ていった。

 ヒソヒソと囁かれる、彼女への僻みの言葉を聞きながら。

 

 

 

 学校を出た後、少女は本屋を訪れていた。目的は若者向けの小説、いわゆるライトノベルであった。

 

(この本の方法はまだ試していなかったはず……)

 

 彼女は手にしていたライトノベルを二、三冊ほど持ってレジへ向かった。レジにいた本屋の店主が彼女に気付き、にこやかに笑う。

 

「また来てくれたんだね。いつもありがとう」

 

 少女は返事こそしなかったものの、少しだけ嬉しそうに首を振った。それに気をよくした店主が、会計を進めていく。そのなかでおや、と一つ声を漏らした。

 

「またこのジャンルを買うとはよっぽど君は魔法の物語が好きなんだねえ」

 

 呟くような問いかけに少女はただうつむくばかりであった。

 

 

 

 太陽が地平線に沈んで一番星が見え始めた空の下、少女はライトノベルの中で描かれる“奇跡”について考えながら人があふれる街を歩いていた。周りの光景もあまり気に留めることなく。

 だからこそ気付かなかった。青になった信号を渡り始めた時に、減速することもなく信号に突っ込んでくる自動車が存在することに。その自動車が走る先には自分がいることに。

 

 少女が車に気づいたのはそれが目と鼻の先と言える距離まで近づいてからだった。

 

 

――拝啓天国のご両親へ。いかがお過ごしでしょうか。唐突な知らせで申し訳ないのですが、どうやら私は死んでしまうようです――

 

――拝啓現在のご両親へ。最後まで私は迷惑をかけてしまうようです。温かくしていただいていたのに、お礼の一つも言えずに申し訳ありません――

 

そんな遺言のような言葉を思い浮かべながら、少女は自分に向かって猛然と突き進んでくる自動車を見ていた。頭上で輝く赤信号はどうやら意味を成さないようで、車は止まる気配を見せない。

 

 少女は逃れようのない現実を前に思う。私が一体何をしたというのか。

 

 少女は答えて自嘲した。私は何も成し遂げていないのだと。“奇跡”を、長年追い求めていたものを未だにこの手に掴んでいないのだと。

 (魔法、見つけられなかったな……)

 

 両親がいなくなってからずっと求め続けた“魔法”という名の奇跡に未練を残して、少女の視界は白く塗りつぶされていった。

 

……そう、確かに彼女の物語はここで終わるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 ここではないどこか。地球とはまた異なった世界。その大地の一つであるセッテルンド大陸を縦断するオービニエ山地の東に存在するフレメヴィーラ王国は、そのさらに東にある森林や国内の未開拓地域から現れる“魔獣”と戦い続けてきた国だ。

 

 多くが凶暴で、種族によっては山とも見紛う程の大きさのものが存在する魔獣に対抗するために、太古より人間は”力”を追い求めてきた。結果、地球とは経た歴史が違う世界ではあるものの、武器や体術、軍隊といったお馴染みの武力も存在している。

 

 しかし想像してほしい。強大な魔獣に、それがどれほどの役に立つだろうか。巨大な体躯を持ち、あまつさえそれ相応以上の膂力を持つ魔獣に、それだけで対抗することがどれほど無謀なことであるだろうか。

 

 だから人間は魔獣に対抗するために、地球には存在しなかった技術を用いて新たな”力”を作り上げた。

 

 その”力”が十mを越す大型の人型機械、“幻晶騎士(シルエットナイト)”である。

 今、草原を模した広い演習場で二体の幻晶騎士(シルエットナイト)が苛烈な剣劇を繰り広げている。

 両者の力量には差があるのか、終始一方が格闘戦で相手を圧倒している。しかし圧された方もそのままでいる気はないようで、相手の攻撃を強くはじき返すことで、強引に隙を作り距離を取った。

 そうして剣と入れ替えに騎士が取り出したのは、剣と同じほどの長さを持つ杖であった。油断なく杖を相手に向けた騎士に、剣を片手に盾を前に構えることで相手も応えた。

 そのままお互いの隙を探らんと、数秒の緊張が演習場に訪れる。

 

 

 かすかな地鳴り、金属のこすれあう音。低く鳴り続けている吸気音が、辺りに緊張感を増しているせいか、離れた位置に設えられた観客席でさえ息が詰まるような空気に包まれていた。その中に、演習場の様子を周囲の緊張とは釣り合わないほど目を輝かせて見つめている子ども達がいた。

 

 騎操士(ナイトランナー)の装備をした父親に抱き抱えられている彼らは、小さな双子の兄妹だった。その容姿は似通ったもので、二人とも紫がかった銀髪に蒼い瞳の愛くるしい顔をしている。もしお互いが同じ服装をしていたならば、全く区別がつかないだろうほどに、兄妹は似ていた。

 

唐突に高鳴った吸気音を合図に、均衡は打ち破られた。

 

 仕掛けたのは盾を構えていた幻晶騎士だ。空いた距離を詰めんと、一直線に相手に突進していく。相対する一体は手に構えた杖からいくつもの火炎弾を放つことで相手を迎え撃った。凄まじい勢いで飛翔する火炎弾は、寸分たがわず相手を捉えており、彼我の相対速度からすれば避けられるはずもない。

 

 観客は皆、この演習の勝敗を確信した。そして思う、突進は愚策であったのだと。

 

 その予想を裏切るかのように、仕掛けた幻晶騎士(シルエットナイト)はそれを構えた盾で受け流した。一瞬にして縮まる距離と予想外の展開に、観客が息を呑む。

 

 演習場が静まり返った時、相手に剣先を突き付けていたのは突進を仕掛けた幻晶騎士(シルエットナイト)であった。劇的な決着に観客席が熱狂に沸き上がる。そんな中で、兄妹は興奮を抑えきれないというような可愛らしい声で呟いていた。

 

「ろ、ろぼっとだ……」

「……まほうだ……」

 

 父親は食い入るように幻晶騎士(シルエットナイト)を見つめ続ける兄妹の頭を撫でる。

 

「あれが幻晶騎士(シルエットナイト)。我が国を守る最強の騎士だ」

 

 しかし兄妹はそんな父親の声も聞こえていないようで、周りの観客がいなくなっても幻晶騎士(シルエットナイト)に夢中になっていた。一人は目の前で動くロボットに対する感動から。一人は目にした魔法への執着から。

 

 やがて二人は、将来幻晶騎士(シルエットナイト)に乗る”騎操士(ナイトランナー)”になることを決意するのであった。

 

 お互いに性別は違えども、どちらも少女のような見た目を持つ二人は、しかし全く異なる性格をしている。

 

 兄はエルネスティ・エチェバルリアという。彼は聞き分けがよく、とても大人しく賢い子供だった。

 

 妹はセラフィーナ・エチェバルリアという。彼女は兄同様に賢かったものの余りにも大人しく、ひどく無口な子供だった。

 

 彼らに共通しているのは容姿だけではない。しかしそれは当の二人でさえ、いまだに知らないこと。

 

 

 それは彼らが地球から転生した人間で、前世である日本での記憶を持っているということだ。




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