転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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たいへん長らくお待たせいたしました。


第88話 神様でも知らないことはいくらでもある

 コルクでしっかりとされた酒壺の栓を抜いて、ルーデルに差し出す。

 

「ほわあああっ! なんだこれ? こんな香りの酒知らないぞ!」

 

「ええ、ええ! ほんとうに! こんなにかぐわしい香りのお酒は初めて拝見しました」

 

「うむ! この香気は我も初めてかぐものだ。大地が続く限り我が知らぬことなどないのに」

 

「あいすくりん」

 

 若干一柱様がまったく関係のないことをおっしゃっているが、神様でさえ知らないお酒って!

 そんな僕の心を読んだのか自称使徒イェフ様が耳打ち魔法ウィスパーで教えてくれる。

 

『わたくしたち神といえど、この地上のすべての事象を知りえるわけではありません。ただ一柱を除いてね。わたくしたちが知りえるのはわたくしたちを認知し、祈りを捧げてくれるものがいるところだけなのです。わたくしたちのことを知らず、独自の神々に祈られている方のことは知りえないのです』

 

 なるほどもっともな理屈だ。

 全知全能のクセに、ちょっとした悪事も働かないという自己矛盾を抱え込んでいる唯一絶対を自称する神様なんかよりよっぽど存在がリアルだ。

 なら、生命を司る女神様や大地の女神様、そして、冥界の主宰神たる女神様でさえ知らないなんていうこの酒は、感謝の心を表すのにもってこいだ。

 まあ、自分で買ったものではないから、そこらへんに後ろめたさはあるけれど。

 そこは、とりあえず棚上げしよう。

 今は、みんなが上機嫌になることが一番大切だ。

 

『ハジメさん、そんなあなただから私は……そのときの一番大切なことを、自分の細かな自尊心と引き換えにしないあなただから、私はこの世界にお招きしたのです。あなたがこの世界に来てくださってほんとうによかった』

 

 イフェ様の声がじかに鼓膜を揺らす。

 自称使徒様イェフ様が、光の粒子に変わる花を咲き乱れさせながら微笑んでいる。

 僕はなんだか無性にうれしくなった。

 

「この一壺は、ルーとリューダに! 君たちがいなかったら今回の作戦は成功しなかった。ありがとう! そして、もう一壺はみんなで! みんなのおかげで今回のクエストのうち、急を要するものを終わらせられることができました。ありがとう! さあ、テーブルのゴブレットを持ってきて乾杯をしましょう!」

 

 エフィさんが障壁魔法を解いて、長テーブルの上のゴブレットが載ったトレイを持って来る。トレイを持つその姿はまるで、ベテランのウェイトレスみたいにサマになっている。

 

「ははっ! さすがは台下ご慧眼です! 非才、実は旅の途中で食い詰めることしばしばでして、その際、宿屋で給仕の真似事をして路銀を調達していたのです」

 

 この人存外無計画なのかもしれない。

 

 さてはともかくもエフィさんの給仕によりゴブレットが行き渡り、僕は一人ひとりに等分になるように日本酒を注いでゆく。

 

「みんなはこっちだからね!」

 

 サラお嬢様の声に振り向くと、女の子たちのゴブレットにサラお嬢様とリュドミラが果汁を注いでいた。

 

「サラ、よく気がつきましたね。ありがとう!」

 

 僕の謝辞にサラ様が頬を染め少しだけ舌を出す。いわゆるテヘペロだ。

 そうして、みんなの杯が満たされる。

 

「ハジメさん! 用意ができました!」

 

 ヴィオレ様の声にみんなを見回す。

 そこにあるのは笑顔、笑顔、笑顔。

 満座に満面の笑顔だ!

 嬉しくてうれしくて、視界が滲む。

 

 僕は酒が満たされた杯を掲げて歓喜を叫ぶ。声が少し裏返ったのはご愛嬌だ。

 

「乾杯ッ!」

 

 夕闇が訪れ、魔石利用のガーランドライトが柔らかに照らすゼーゼマン商会のお屋敷の裏庭は、咲いては光の粒子に変わって消滅してゆく見たこともない美しい花々が咲き乱れたのだった。

 

 

 

 その少女は、そーっと、ほんとうに誰もが気がつかないくらいにそーっとゼーゼマン邸の裏庭からお屋敷の通用門に辿りついた。

 一分間に一メートルという超遅速の移動速度で、誰にも気づかれることなくここまで来たのだった。

 通用門の閂を外し、音をたてることなく扉を開ける。

 そして、じんわりと門をくぐり外へ出た。

 

「いやはや、流石だ。で、これからどこへ行こうというのかな?」

 

 僕は少女に声をかける。

 

「げぎゃッ!」

 

 美しいエルフの少女の外見に不釣合いなしゃがれ声で短く叫び、びくりと痙攣するように肩をすくめて彼女が振り向いた。

 

「ふむ、人語を解することはできる……か」

 

 いつでも僕に飛びかかれるように、エルフの外見の少女が背中を丸め、膝を畳む。

 彼女は女神様が現れたとき、他の子等といっしょに女神様方に駆け寄ってはいたが、女神様方に撫でられてはいなかった、そして、少女たちが食事に戻ったときには裏庭の壁にもたれて食休みを取っている風にしていた。

 だが、僕はけっして、この少女から注意をそらすことはしていなかった。

 ゴブリンプリンスの傍らから連れ出してからこの方、一時も注意を逸らすことはしていなかったのだった。

 

「ここから出てどこへ行く? 再び東の森に入って、今度こそゴブリンパレードを起こすか? ええ? ゴブリンプリンセス!」

 

 そう、この完璧なエルフの外見の少女は、ゴブリンプリンセスだった。

 あのゴブリンプリンスの洞窟拠点で、妹を助けに来たエルフの少年を装ったゴブリンプリンスの幻術で肌の色を変えられ、妹の娘、エルフハーフのゴブリンプリンセスの姪を演じさせられていたエルフの少女だ。

 エルフの少年を装ったゴブリンプリンスの三文芝居を見破って殺し、この少女にかけられていた幻術を解いたら、エルフの少女が出てきたのだった。

 だが、それは、ゴブリンプリンスが仕掛けた氏族存続のための一手だった。

 自分が討たれても、ゴブリンプリンセスたるこの少女を生き残らせ、氏族の復活を図るという策謀だったんだろうな。

 

「残念だったな。ゴブリンプリンスの最後の望みだったから、お前を生かしておいたんだが……。再びゴブリンパレードを図ろうというならここで殺さなきゃならない。洞窟で俺は言ったろう。俺の仲間は間違えないって。俺の仲間は囚われた女の子のうち、エルフは二人って言ってたんだ」

 

 僕の鑑定スキルでこの完璧なエルフの外見の少女がゴブリンであることは確認できている。 

 そして、混じりけナシの二人のエルフの少女は、今頃、ヴァルジャンさんの宿屋の名物のキッシュに舌鼓を打っているだろう。

 

「さあ、どうする?」

 

 問いかけた僕に飛びかろうと、エルフの姿をしたゴブリンプリンセスが足に力を込めるのが感じ取れる。

 そんなことを感じ取れた自分に、たった三日かそこらで、ずいぶんレベルが上がったもんだと思わず口角が上がる。

 

 俺は雑嚢からゴブリンプリンスの頭をかち割った例のシャベルを抜き出した。




毎度御愛読ありがとうございます。

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