ヤトゥさんのタジャ商会を後にした僕たちは、野菜とパンそれからベーコンやソーセージに卵を買い込んで帰途につく。
肉は、夕べシチューに使わなかった分のオークの肉がマジックバッグにたんまり残っているけど、味に変化をつけるために豚と牛を1キロずつ購入した。
それにしても、夕べ、ゴブリンの宿営地を壊滅させた直後に狩に出かけてオークを仕留めて来て、解体、食肉へと加工したルーデルとリュドミラのバイタリティには開いた口がふさがらない。
「取り急ぎだったから、オークくらいしか狩れなかったのだわ」
と、リュドミラは言ったけれど、取り急ぎじゃなかったら、何を狩って来たのか、ものすごく気になるところではある。
ドラゴンでさえも簡単に狩って来そうだ。
もし、ドラゴンなんか狩ってこられたらどうしようか?
まず、ステーキは確実にやってみたい。
せっかく醤油が手に入ったのだから、ガーリック醤油で、レアのドラゴンステーキ……。
想像しただけで口の中が唾液で溢れる。
最低5ウマウマと言われるモンスター肉、頂点生物のドラゴンは何ウマウマなんだろう?
ってか、最低5ウマウマのモンスター肉って何の肉なんだろう?
夕べのシチューはオークの肉を使っただけあって、今まだ僕が作ったシチューの中でも最高の出来だった。
5ウマウマはあったと思う。
………………………………………………。
!!!! っあ!
「ああッ!」
「どうしたのハジメ?」
「なにか思い出したのかしら?」
サラお嬢様とリュドミラが直立歩行する猫を見たような顔をする。
そうだ、僕は思い出した。
僕の今のこの体の持ち主アイン・ヴィステフェルトさんはどうだかしらないど、『僕』は初めてだったんじゃないか!
モンスター肉を食べたの!
最低5ウマウマと言われるモンスター肉を夕べ僕は食べてたじゃないか! ごくごく普通に食べてしまってたじゃないか5ウマウマを!
なんやかんやですっかり見落としてたよ!
夕べ食べた肉がモンスター肉だったってこと!
すっかり鹿やら猪やらのジビエ感覚で食べてたよ。
最近は鹿肉とかネット通販で買えるから、ジビエもかなり身近になってるし……ね。
あああっ! 言い訳になってない。
「いや、夕べ、何気なくあっさりと、スルーっと食べちゃってたなあって……。せっかくモンスターを狩ってきてくれたのに、感動薄くて申し訳なかったなって。ごめんねリューダ」
「あらあら、今頃気がついたの? 夕べ食べたのがモンスター肉だったって!」
「うん……。お恥ずかしながら。たった今……」
「夕べのシチュー、とってもおいしかったわ!」
「ルーは怒ってないかな?」
「あの子はそんなこと気にしていないと思うのだけれど……。そうね、怒ってたとしても、ハジメのお料理と、さっきヤトゥからもらってきたお酒を飲ませれば忘れちゃうとおもうのだけれど?」
リュドミラがにっこりと微笑んだ。
僕はその提案に無条件で乗っかることにした。
「では、始めましょう! よろしくお願いします」
「「「「「「おおおおおっ!」」」」」」
なぜか厨房は、やる気まんまんの女の子たちで溢れ返っている。
狭くはない厨房なのに身動きもままならないくらいだ。
「えーっと、これはどういう……」
「みんな、ハジメさんのお手伝いがしたいって……」
ヴィオレッタお嬢様が困ったように微笑む。
「食事の用意ができるまで、ベッドで休んでいてくださいって申し上げたのですが……」
「働かないとキリギリスになっちゃいますから!」
エフィさんの言葉尻にかぶせるように答えたのは兎人の女の子だった。
帰りの馬車で、お情けを……って言い出した娘だ。
「うん、でも君たちは……」
休んでた方が……といいかけた僕の鼓膜をエフィさんの囁き声が直に揺らす。
風魔法ウィスパーだ。
『必死なのですよ。台下に気に入られようと』
「な……っ!」
僕は言葉を飲み込んだ。
ゴブリンの苗床になるという危機からは脱したものの、この子達は依然としてさまざまな危機に直面している。
飢えの危機、貞操の危機、尊厳の危機……。
この子達の小さな肩にはそれがずっしりと乗っかっている。
僕に気に入られれば、その危機が遠ざけられる。
たぶんそれは、藁にも縋る思いなのだろう。
僕なんかに気に入られようなんてしなくたって、僕はこの子達を奴隷商に売り払ったりしないのに……。
でも、それだけではだめなんだろう。
この世界では、国というものに国民を保護する機能が備わっていない。
自助自己救済が基本だ。だから冒険者なんて職業も成立する。
モンスターに村を襲われ、親類縁者を全て失った子供が自活できるほど甘くはない。
もとの世界だって、子供がたった一人で生活するなんてマンガの中くらいでしかお目にかかれない。
こんな子達に、「さあ、もう君は自由だ」なんて言ったところで悪いおじさんにだまされてどこかへ連れていかれるのが関の山だ。
この子達に必要なのは食う寝るところ棲むところと、理不尽な暴力にさらされない安心できる場所なのだ。
「はあ…、問題山積だ」
思わず溜息が出る。出るけれどとりあえず目の前のことをひとつずつ片付けていけば、いつかはなくなるはずだ。そう言う方向性で頑張ろう。
「じゃあ、みんなには……、コンロの設置をやってもらいましょう。ヴィオレ、ウィルマ、みんなに手伝ってもらって、裏庭にコンロを2~3台セッティングしてください」
「まあ、ハジメさん! ……ということは、アレをやるんですね!」
ヴィオレッタお嬢様が目を輝かせる。
「ええ、ヴィオレ。きょうはアレです。ゼーゼマンキャラバン名物のアレです」
「わあッ! アレ、街でやるのって初めて! キャラバンに出てるときしか食べられないものだって思ってたわ」
「ハジメさん、アレとはいったい?」
サラお嬢様とヴィオレッタさまのはしゃぎようにエフィさんが首をかしげる。
「ああ、ウィルマは初めてね。うふふ、アレって、とーっても楽しいパーティのお料理なの!」
サラお嬢様が全身でWktkしている。
「はははっ。それは楽しそうでおいしそうでございますね」
「じゃあ、みんな、私について来て! えーっと、コンロって帰ってきてたかしら? なかったら、サラの土魔法で竈を作ってもらいましょう。とりあえず、納屋を見に行くわ」
ヴィオレお嬢様が女の子たちを引き連れて厨房から出て行く。
「えーっと、僕のほうにもひとりかふたりいてくれると助かるんだけど……」
その背中にだめもとで声をかけてみる。
「あ、はいっ!」
大きな耳をピクリとさせて、あの兎人の娘が振り向いて駆け戻ってきてくれる。
そして、少し遅れて狼人の子がひとり駆けて来た。
「ああ、ありがとう。君にはこれをお願いしたいんだけど大丈夫かな」
僕はタマネギとニンニクにしょうがと一昨日チーズをおろすのに使ったおろし金を取り出す。
「皮をむいて、この道具にこういうふうにこすり付けるんだけど……」
「はいっ! がんばりますっ!」
兎人の少女は目を見開いて勢いよく頷く。
「さて、と、君には……」
狼人の少女を振り向いて、僕は調理台の上にタマネギやピーマン、アスパラガスなどといった野菜と包丁を出す。
「お野菜を切るんですね」
はきはきとした口調で狼人の少女が頭ひとつ低いところから僕を見上げる。
「うん、そうだね、皆が一口で食べられるくらいの大きさでよろしく。包丁使ったことある?」
「はい! ご飯のしたくはわたしの仕事でしたから!」
そういって、狼人の少女が包丁を取って、野菜を切り始める。
「サラ! サラにはまた、魔法でアレをお願いしますからね」
僕はかき回す仕草をしてみせる。
「わあ、今日も作るのね!」
「はい、食後の甘いものはひつようですからね」
そうして僕は、マジックバッグから四斗樽と酒のつぼを取り出し、ボウルに注ぐ。
砂糖と蜂蜜を適量入れてかき回し、兎人の子がハーブと香味野菜をすりおろすのを待つ。
僕が作ろうとしているのはのは、おそらくこの世界初の醤油ベースバーベキューソースだ。
ゼーゼマン商会のお屋敷は裏庭での『バーベキューパーティー』に向かって猛然と動き始めたのだった。