転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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第81話 そうか、これがソウルフードってやつなんだな

 がっくりと肩を落とした僕に、ヤトゥさんが優しく語りかけてきた。

 

「なあ、ハジメちゃん。モノは相談なんだけどねぇ」

「はあ、なんでしょうか?」

「この、米?、いくらか分けてあげてもいいんだけど……」

「ほ、ほんとうですか?」

 

 露骨に喜んだ僕の足を、サラお嬢様のかわいらしいあんよが踏みつけた。

 

「ヤトゥさん、ハジメの代わりにわたしがお話をうかがったらいけないかしら?」

「へ? あ、ああっ! あんた、ゼーゼマンのサラちゃんじゃないか! 魔法使いみたいなかっこしてるから全然気がつかなかったよ! ああ、ヨハンのことは残念だったね。お葬式に行かなくてごめんよ。ヨハンが死んだって聞いたの昨日でさ、埋葬も終わったって言うじゃないか…」

「ううん、お姉ちゃんがお父様のことは静かに送りたいって言ってたから。それから、わたし、今はハジメのパーティーの魔法使いなの一昨日登録して、もう、C級なのよ」

「そうかい、そうかい。あんたたち冒険者になったのかい……って、なんて早さだい。FからEに上がるのだって半年かかるっていうじゃないか。それをたった二日で? まさか」

「それは本当のことなのだわ。ヤトゥ・ヴィーテルドゥム」

 

 サラお嬢様の後ろからリュドミラがヤトゥさんに声をかける。

 

「へえ、ずいぶん懐かしい名前で呼んでくれるじゃないか。その名を知ってるってことは……ふん、そうか、あんたリュドミラ・ジェヴォナかい」

「ヤトゥさん、リューダとお知り合いなんですか?」

「いいや、この商売始める前にちょっと冒険者をやってたことがあってね、そのころいろいろ噂で聞いたことがあったのさ」

「わたしもあなたの噂をずいぶん耳にしたものだわ」

 

 ふたりは、ヤンキーがメンチを切るようににらみ合う。

 先に目をそらしたのはヤトゥさんの方だった。

 

「はあっ、若いころみたいにゃいかないねぇ」

「まだまだ中々のものだわヤトゥ」

「うん、納得だね。ああ、納得だ。三日でFからCなんて離れ業、『スタンレーの魔女』リュドミラ・ジェヴォナが一緒のパーティーなら納得だ。どうせ、『地獄のサイレン』ルーデル・クーも一緒なんだろ?」

「あら、よくわかったわねヤトゥ。もちろんルーも一緒なのだわ」

「ああ、そうかいそうかい。ふん!」

 

 ヤトゥさんがふてくされたように鼻を鳴らした。

 こんなところでもリュドミラとルーデルは悪名をとどろかせている。

 困ったことではあるけれど、僕が情けないから、丁度いいバランスなんだろうな。

 

「えーっと、ヤトゥさん!」

 

 サラお嬢様が頭ひとつと少し大きなヤトゥさんを見上げる。

 

「あ、ああっと、ごめんよサラちゃん。大事な商談の最中だったね。昔っから頭に血が上るとこうだ。はあ、ごめんよ」

 

 へえ、ヤトゥさんはサラお嬢様が子供(サラお嬢様本人には面と向かって言えない)だからといって、子ども扱いするような人じゃないんだ。

 それだけで好感が持てる。

 

「ヤトゥさん、それがお米だとして、売値はいくらつけるおつもりなんですか?」

「そうだね……本当に米だとしたら……」

 

 サラお嬢様の問いかけに、ヤトゥさんは傍の棚から算盤を取って弾き始める。

 

「そうだね、二ポンドで金貨二枚と銀貨三枚ってところかねえ?」

「んなっ!」

 

 僕の口はあんぐりと開いてしまった。

 元いた世界で、ふつうに流通している高級米はキロ三千円くらいがせいぜいだ。それを二ポンドって九百グラムちょっとだよね。それが、金貨二枚と銀貨三枚だって? 日本円で二万三千円ってことじゃないか。

 

「五年位前にフルブライト商会が王家に納入した値段より三割は安いんだけどね」

「はあ、僕は諦めます……」

 

 僕はがっくりと肩を落として踵を返す。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなって!」

 

 ヤトゥさんが僕のマントを掴んで引きとめる。

 

「い、いまのは、売るときの値段を聞かれたから答えただけさ。あんたとの話はここからだよ」

「と、いいますと?」

「へえ?」

「あはっ!」

 

 サラお嬢様が腕を組んでヤトゥさんを見上げ、リュドミラがにやりと笑う。

 

「あんた、米を作れるんじゃないのかい?」

 

 ヤトゥさんが俵を指差す。

 

「それは……、かなりむずかしいです」

 

 バラエティ番組やネットからの知識で米を作る方法は知っている。

 だけれども、『知っている』と『できる』の間には天と地ほどの開きがある。

 

「むずかしいってことは、やりかたは知ってるってことだね」

 

 うわ、この人するどい。

 

「この、たわら……だっけ? その中身が米だったとして、その種があったら作ろうと思うかい?」

「ええ、やりたいですね! でも、何回も失敗すると思います。二、三回で成功できるとは思えません。それどころか、十回やっても失敗するかもしれません」

「よしわかった! この樽二つと俵持ってお行き! んで、五年後ぐらいに成功でも失敗でもいい、結果を持って来ておくれ! 栽培に必要なものはウチが用意する」

「え? ええええっ! いいんですか?」

「うふふ、大盤振る舞いねヤトゥ」

「ヤトゥさんいいの?」

「ああ、元々ただでもらったもんだからね……。あ!」

 

 そこまで言ってヤトゥさんが目をそらしてごもごもと言う。

 

「あの……さ、その……う。十ポンドだけ残してくれるとうれしいんだけど……。その、五年前にフルブライトが王家に納入した分量なんだけど……ね」

 

 ああ、王様に献上でもしてフルブライト商会に張り合いたいわけですね。

 

「ええ、いいですとも。じゃあ、中身を確かめましょうか」

 

 俵を立て、左腰に差してあるナイフを抜いて、藁縄を切る。

 あらかじめ中身がわかっててもドキドキする。

 藁で編んであるフタを取って中を覗く……。

 

「米だ! 米だ!」

 

 僕は思わず叫んでしまう。

 俵の中身は鑑定どおり、籾殻がついたままの状態の米だった。

 田んぼを作って植えれば増やせるかもしれない。

 

「ああ、ほんとに米だ……」

 

 僕がこっちの世界に来てからこっち、ゼーゼマン商隊の食事で米が出ることはなかったし、交易品の中にも米はなかった。

 通過してきた街や村でも、米を食べているところはなかった。

 俵の中から両手で掬い上げた米が涙で滲む。

 僕はこんなに米が好きだったのか……。

 

「白いご飯が食べられるなあ」

 

 ああ、そうだ。これってソウルフードってやつなんだな。

 胸が熱いもので満たされてゆく。

 ここから、籾摺りや精米をしなくちゃいけないから、食べることができるのはもうちょっと先だけど、僕は、もうすぐ確実にご飯が食べられる。

 その想いが僕の両目からあふれて止まらなくなる。

 

「よかったね、ハジメ」

「よかったわね、ハジメ」

 

 僕にはもう、サラお嬢様とリュドミラの笑顔がよく見えなくなっていのだった。


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